恋する嘘つき霊能者

灰羽アリス

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 御手洗さんと会話するきっかけをつくってやっただけで、リンが満足するはずもなく。
 翌日の昼休み、校舎の中を逃げ回っていたおれをリンはあっさりと見つけ出し、二階から三階に繋がる階段の裏へと連行した。
 また何を命令されるのかと戦々恐々とするおれに、しかしリンは、穏やかな笑顔を浮かべて「お礼をしようと思って」なんて言いだした。

 我儘な部分を知っているだけに、素直なリンは逆に恐怖である。
 いったい、何を企んでいるのか。

 疑いの眼差しを向けるおれに、リンは苦笑する。

「捕って食ったりしないから、大丈夫だってば。今日は本当に、昨日のお礼をしようと思っただけなの。そりゃ、今日の放課後も、図書室についてきてほしいっていう下心はあるけど、それだけよ」

 そう言うリンは、肩にかけていたサブバッグを逆さにし、床に中身をぶちまけた。出るわ出るわ、お菓子の山。スナック菓子から、グミ、飴まで、かなりの種類がある。

 お礼というより、これは賄賂だな。これからも、惜しみない協力をお願いしますってところか。

 こんなことしなくても、おれはどうせリンには逆らえないのに。

 おとなぶった口調で、えらそうに命令を繰り出しながらも、やることはどこか子どもっぽい。
 お礼をしたいと言いながら、肝心の「ありがとう」は言えない。
 不器用なんだなと思った。そう気づくと、急にリンがいじらしくなって、無性に頭を撫でてやりたくなった。

 振り返れば、このお菓子事件が、おれがリンに心を許し始めたきっかけだったのだと思う。

「いっぱい食べてね」

 二人で床に座り込む。薄暗い階段裏にいるのに、リンは草原でピクニックでもしているように、わくわくした顔をしていた。

「このチョコ、おいしいんだよ」

 完全に忘れていた。おれは、物体に触れることができない。渡されたチョコは、おれの手のひらをすり抜けて、むなしく床に落ちた。

「あ……」

 リンも忘れていたらしい。誰よりも幽霊に詳しい『祓い屋』のくせに、おっちょこちょいである。

「ええっと、に、匂いを! 匂いを楽しんで!」

 幽霊は味覚が無いから、匂いも感じないんですけど……
 けれど、それは言わないでおくことにする。どうせリンも、あとで気づく。
 この時点で、リンに対する恐怖はほとんどなくなっていた。

 放課後、当たり前のように図書室に連行されたときも、とくに嫌じゃなかった。
 実のところ、おれはこの状況を楽しみつつあったのかもしれない。
 リンは御手洗さんをぽーっと観察し、おれは面白いおもちゃでも見つけた気分で、リンを観察する。朝から晩まで、ただ空間を漂うしかなかった白黒の日常に、色がついたかのようだ。
 そうやって数日を過ごすうちに、リンがいない放課後をどうやって過ごしていたのかさえ、わからなくなっていった。

 御手洗さんとリンは、うまくいっているように見えた。リンが忘れた手帳は無事、御手洗さんの手からリンに戻され、それをきっかけに、二人はまた仲良く話をした。話題はもちろん、富田太郎についてのオタク話。それ一辺倒なのに、よく話が尽きないよな、とおれはいつも感心する。

 とりあえず、二人が友達になれたことは間違いない。ただ、御手洗さんのほうに、リンに対する恋愛感情があるかといえば、無いと思う。御手洗さんの態度はとても自然で、恋してるって雰囲気は皆無だからだ。
 リンも、それに気づいているみたいで、このままではダメだと危機感をあらわにしている。

「作戦をたてるわよ」

 そう言いつつ、作戦の立案はおれに丸投げのリンである。
 何かいいこと思いついた? と2、3分ごとに聞いてくる。
 昼休みの定位置となった階段裏に胡坐をかき、うーんと頭をひねる。

「本以外の話題を振ってみたら」
「ええっ、私から?」
「でないと、富田太郎の無限ループだぞ。抜け出したいんでしょ?」
「それは、そうだけど」
「まずは軽いところから。そうだな、大学の話でも聞いてみたら? 進路に迷ってる、とか言ってさ」
「進路の話題かぁ。本気の相談になりそう」

 あれでもない、これでもないと、いっこうに解決の糸口を見ない会議を続ける。

 こうして会っていると、リンはちょっと変わってはいるけど普通の女の子で、彼女がおれの存在を脅かす『祓い屋』だってことをついつい忘れそうになる。ていうか、忘れていた。
 リンが『祓い屋』の娘だと久しぶりに思い出したのは、リンの話題が第三者の口から出たときだった。

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