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第16話 魔法の授業

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 それから一ヶ月が経った。

 ダルメイドの謹慎は終わり、奴はアルバートのクラスで通常通りの授業を受けている。
 戻ってきてすぐに何か仕掛けて来るのではないかと警戒をしていたが、案外何も起こらなかった。
 不思議なことに、奴の従者達も妙に大人しい。廊下ですれ違っても何か妨害してくるわけではなく、暴言を吐いてくるわけでもない。

 ただ何か視線は感じたけれど、それを行動に移そうとはしていない。

 あのどうしようもないクズ野郎であるアルバートも今は大人しくしているようだと、奴を見張っている者からの報告が上がっているらしい。
 だが、油断してはならない。前にも言った通り、動かずとも何かを企むことはできる。怪しい動きを見せるまでは、警戒を緩めるべきではない。

 しかし、今奴らは静かだ。
 気味が悪いくらい、静かに学園生活を過ごしている。

 考えすぎだ。折角学生をやっているのだから、もう少し方の力を抜いた方がいい。とアリアに言われた。

 何十年も『英雄』として動いていた私は、常に最悪な展開を予想する癖が付いてしまっている。
 彼女の言う通り、私が考えすぎなだけなのかもしれない。
 あいつらだって下手なことをすれば学園にいられなくなるのだ。これ以上の妨害行為は危険だと判断したのだろう。

「ミアさん」

 そういえば、別件の方で襲撃を仕掛けてきた何処かの部隊については、まだ何も連絡が入っていない。

 相手は死体なのだから尋問に手こずることはないだろうから、おそらく死霊術士がタイミング悪く不在なのだろう。
 ……まぁ、この程度はいつも通りのことだ。どうせ私を排除したい他国が仕向けて来ただけだろうし、結果を急ぐ必要はない。

 ただ、これに関しては、学園内に居る時は気をつけた方がいいだろう。
 学園だろうと襲撃を企む奴らなら、私だけではなく他の人達にも被害が出てしまう。それは避けなければならない。

 一番ダメなのは、ミオも同じく狙われることだ。

 妹を守るために入学したのだから、私のせいで彼女を危険な目に合わせるのだけは避けるべきだ。
 もし最悪な事態に陥ったのならば、私は容赦しない。

「ミアさん!」

 ふと聞こえた大声に、ハッと我に返る。

「ん……ああ、何?」
「何? ではありませんよ、もう……授業はちゃんと聞いてください」

 アレク先生が呆れたように溜め息を吐いた。
 後ろの黒板には、いつの間にかびっしりと文字が書かれていた。
 私が考え事をしている間に、随分と時間が経っていたらしい。

「聞いているわよ。一応授業だもの」
「では、私の質問に答えていただけますか?」
「…………ミオ、ごめん。あの人なんて言ってた?」
「ミアさん! 聞いていないのなら正直に言ってください! どうして見栄を張ったのですか!?」

 怒られてしまった。

「はぁ……『魔術と魔法の違い』についてです。誰も答えられずにいたので、ミアさんならばわかると思って声を掛けたのですが……まさか聞いていないとは……」
「ごめんって……その謝罪として良い回答をしてあげるから」
「そうですか……では、こちらにどうぞ」

 私は立ち上がり、アレク先生の横に移動する。

 黒板をよく見ると、何人かが『魔術と魔法の違い』についての考えを書いたであろう文章を発見した。
 しかし、どれも深く考えすぎて論点がズレている。この議題はもっと単純な答えで終わる。

「魔術と魔法は一緒。はい終了」

 私は結論だけを述べ、元の席に戻ろうと教壇から降り──ようとしたら、アレク先生に腕を掴まれた。

「ちょっと待ってください」

 ああ、この雰囲気。覚えがある。
 アレク先生が次に何を言うのか、それを理解した。

「…………説明不足、かしら?」
「わかっているのなら口数増やしていただけません?」
「いや、結論だけを言えば満足すると思って……」
「彼らが満足しているように見えますか?」

 私はクラスメイトの面々を眺める。

 ……ふむ、教壇から全員の顔がよく見え……じゃなくて。

「まぁ、満足しているようには見えないわね」
「では、説明をお願いします」
「それは教師の仕事ではなくて?」
「授業中に別のことを考えていた罰です」

 それを言われると逆らえない。

 ……ただ、どう説明したものか。

 私はあまり説明が得意な方ではない。さぁどうぞと言われても……困ってしまう。
 こういう時、複数の前で話し続ける教師というのは凄いなと感心する。私には永久に縁の無いことであってほしい。

 いや、現に今そのような状況になってしまっているわけだが…………。

「はぁ……」

 溜め息を一つ。

「何か質問はあるかしら?」

 私は自分から教えるのではなく、クラスメイトからの質問に答える作戦に出た。

「……あ、じゃあ、はいっ!」
「はい、何かしらミオ?」
「えっと、お姉ちゃんは魔術も魔法も一緒って言ったけど、私にはあまり同じようには思えないの。どうして一緒なの?」
「良い質問ね」

 後ろの方で「良い質問って皆が思っていることでは……」とアレク先生が言っていたけれど、右手を向けたら大人しくなった。私の力を知っている者には、この右手は脅しの材料になる。

「元々、この世界には魔術しかなかったの」

 私はミオにもわかるように説明を始めた。



 元々魔術は、人々が神様に祈りごとを始めたことから始まった。
 どうにかして神様と交信できないかと、色々な手段を試したところ、人は不可思議な現象を捉えることに成功した。それが魔術の元素であり、とても小さな『奇跡の力』だった。

 人々は、これを研究すれば神との交信に一歩近づく。そう思ったらしい。

 そして人は、不可思議な力のことを『魔力』と呼び、小さな奇跡のことを魔を操る術『魔術』と名付け、どうすれば力を強く引き出せるかを考えた。

 それから地面に魔紋を描いて力を発動させる『魔法陣』や、『触媒』を用いて魔術を強化する手段が編み出されるようになった。

「魔法が生まれたのは、それから随分と経った後よ」

 魔術の研究に行き詰まった人々は考えるようになった。

 ──魔術で発生する未知の力は、一体どこから来ているのだろうか?

 そして彼らは、空気中だけではなく、人の体内にも『魔力』が含まれていることに気づいた。それから人は魔力を発生させるのではなく、体内に魔力を取り込み、いかに増幅させるかの研究を進めるようになる。

 そして見事彼らは己の魔力を増長させることに成功させ、魔法陣を描いたり貴重な触媒を用意したりするとこなく、魔の力を発生させるようになった。

「本来魔術は、沢山ある術の中の一つでしかなかった。知識を持ち、技術を必要とする高等術だった。……でも、その課程を全て排除して、素人でも簡単に不思議な力を使えるようになった」

 その時、魔術は崩壊した。

「彼らはその力をこう名付けた。魔術の法を犯す力『魔法』と」

 面倒な作業を省略できるのだ。誰もが魔術ではなく魔法を使うようになった。

「遥か古の失われた力に『古代』しかないのは、その時代に魔術しかなかったという証拠ね」

 どこにも『古代魔法』というものはない。
 時代が経てばその言葉も出てくるだろうけど、今の時点でそんな言葉は一つも残されていない。

「つまり魔術と魔法は、時代の流れによって変化した呼び名ってことよ。手段は違うけれど、根本的な部分は同じ。だから私は、どちらも一緒だと答えたの」
「……しかし、一つ疑問がある。どうして人は魔術を廃れさせてしまった?」

 そう口にしたのは、ベールだ。

「魔術はある意味、完成された術だ。現に、この国を魔物や邪悪なものから守っているのは、魔術結界によるもののおかげだと教えてもらった。さらに研究をすれば、もっと高度な魔術を編み出していたはずだ」
「これも単純なことね……手間が掛かるから廃れた。それだけよ」

 人とは怠惰な生き物だ。楽な道を見つければ、すぐにその道へ路線変更してしまう。だから魔術は廃れた。それだけの単純な理由だ。

「今となっては、どこかの研究員が魔術の必要性を再び見出して、それなりに魔術も使われるようになったけれど、それでも使用率は圧倒的に魔法の方が多い」

 でも、と私は言葉を続ける。

「将来、ベールのように魔術を必要だと思ってくれる人が、絶対に必要になるわ。だからベールはその気持ちを忘れないで。……そうしなければ、過去の偉人達が残してくれた魔術が、本当の意味で死んでしまう」

 クラスメイト達は考え込むように俯いた。

「でもよ、魔法ならもっと良いやり方があるんじゃないか?」

 誰かがポツリと、そう呟いた。

「……この中で、魔法は全てを解決する。と思っている人はどれくらいかしら?」

 そうすると大半が手を挙げた。
 ミオとアリアは……迷っていたようだが、手を挙げていない。他にも手を挙げていない生徒はいたけど、クラスの一割程度しかいない。

「今手を挙げている人、全員間違い。この世界のことをもう少し勉強しなさい。逆に今手を挙げていない人は正解よ。よく手を挙げなかったわね。偉いわ」
「……だが、魔法が万能なのは本当じゃないか」
「いいえ、魔法は万能じゃないわ。それは皆もよく考えればわかることだと思うけれど?」

 この世界には色々な術がある。
 医術、農作技術、建築術等々、どれも人の役に立っている。

 ──だが、魔法は?

 答えは、無い、だ。
 戦うことでしか魔法の存在意義は無い。

 それを理解したクラスメイト数人は、悔しそうに顔を歪める。

「それでも魔術こそは、魔法こそは万能だと言いたいのであれば、勉強しなさい。沢山勉強して、頭を柔らかくして、人を傷つける魔法を、人を助けるための魔法にしなさい」

 過去の私にはそれができなかった。
 まだ幼かった私にとって、魔法はただ殺すためだけの道具でしかなかった。

 その結果編み出したのが『天握てんあく』と『壊握かいあく』だ。

 まだ若いクラスメイト達には、ただ殺すだけの魔法を勉強してほしくない。
 戦うのはもう疲れた。そう言って心折れる者は、これ以上増えてほしくない。

 そのための言葉だった。

 …………私としたことが、少し熱くなってしまったわね。

「先生、このくらいで良いですか?」
「ええ……ありがとうございます」

 ──ゴーン、ゴーンと、タイミング良く授業終了の鐘が鳴った。

「それでは休憩に入ります。午後は実技です。皆は訓練場に集合していてください」

 だが、誰も動き出そうとはしない。
 全員が俯き、私の言葉を真摯に受け止めていた。

「やり過ぎてしまったわ」
「ですが、今日のことは良い経験となったでしょう」
「……そう、なら良いわ」

 これで何人かが考え直してくれるのであれば、私がキャラじゃないことをした意味もあるってものだ。

「ミアさんは教師としての才能があるのではないですか?」
「……冗談はやめて。私には、そんな資格ないわよ」

 私は席に戻る。
 するとアリアが軽い拍手で迎えてくれた。

「流石はミア。とても勉強になりました」
「そうでもないわ……」
「いいえ、そんなことありません。とても良い経験になりました。ミオもそう思うでしょう?」
「…………うん、お姉ちゃんの言葉、凄く考えさせられるものだった。……でも、まだ私にはよくわからない、かな。それだけ深い言葉だったと思う」

 考え込んだようなミオ。
 彼女も、今回のことで思うところがあったようだ。

「……ごめんねお姉ちゃん。でも、絶対に今日のことは無駄にしないよ」

 彼女なりに本気で考えたことで、本当にこれで正しいと感じたのなら、私はそれで十分だ。
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