16 / 22
第15話 鼠
しおりを挟む
子供達に温かいスープをあげて、新しい部屋に案内してあげた。
使用人見習いとして働いてもらうのは、一週間後からだ。それまではゆっくりと休み、家に慣れてもらうと説明した。
彼女達は、こんな奴隷に優しくしてくれて……と感謝していたけれど、オードウィンのおかげでその奴隷契約は解除されている。もうあの子達が奴隷だからと遠慮することはない。
それを伝えると、彼女達は抱き合い、泣いて喜んでいた。奴隷から解放されたことがそれだけ嬉しかったのだろう。
満足するまで泣いて、何度も何度も私に礼を言って、最後には泣き疲れて眠ってしまった。
まだ幼い少女達の寝顔は、とても幸せそうだ。見ているこっちが穏やかな気分になるくらい、安らかな表情をしていた。
私は起こさないよう静かに部屋を退出する。
そろそろミオ達が待っている別荘に向かおうかと思い、玄関に向かうとセバスを含む使用人数名が待機していた。
「行かれるのですか?」
「ええ、そろそろ良い時間だし、待たせるのも悪いからね」
「馬車で送りましょうか?」
「……いいわ。そこまで遠いわけじゃないし、自分の足で行く」
歩いて10分程度で着く距離だ。わざわざ馬車を使ってまで行く距離ではない。
それに、うちの馬車は国王から贈られただけあって、かなり豪華な造りになっている。平民なのにそんな馬車を持っているのは、皆からおかしく見られるだろう。
「かしこまりました。ミア様なら問題ないと思いますが、一応お気をつけて……ああ、それと数分前に使用人を別荘に向かわせました。もう着いている頃かと思います」
「そう、ありがと……それじゃあ後は任せたわ。気が向いたらまた帰ると思うから、それまで自由にやっていていいわよ」
「はい、我ら一同、ミア様のおかえりをいつでもお待ちしています。行ってらっしゃいませ」
『行ってらっしゃいませ』
「はい、行ってきます」
アリアは一時間と少し掛かると言っていた。
今は彼女達と別れてちょうど一時間が経っている。ゆっくり歩いても大丈夫だろう。
「──止まれ」
私はあまり人の通らない裏道に入った時、後ろから声を掛けられた。
一瞬ダルメイドの従者達が復讐に来たのかと思ったが、どうやら違うようだ。
すぐさま魔力感知を発動する。
不審者達は統率の取れた動きで、私を包囲していた。全員が慣れたように動いている。
ただの学生が、ましてやあの馬鹿どもが取れるような動きではない。
──となると、あっちか。
私は溜め息を吐き、英雄のスイッチに切り替えた。
わざわざ声を掛けて止めたということは、顔は知られているということになる。今更英雄としての仮面を付ける必要はないだろう。
敵は五人。背後に一人と、建物の上に四人。
英雄を相手にするには心許ない数だが……さて、私に何の用だろうか。
「貴様が英雄だな?」
「あら、人違いよ?」
「その髪、その口調、種族はエルフ。英雄としての特徴を全て持っている」
「……そうなのよねぇ。特徴が英雄に似ているからって、時々襲われるから困っているの。だから人違いってことにして帰ってくれない?」
「無論、帰るわけがないだろう」
「…………あっそ」
流石に馬鹿ではなかったか。
「目的は何かしら?」
「……言えぬ」
「見たことのない服装だけど、どこの手の者かしら?」
「……言えぬ」
「ふむ……相変わらず暗殺者ってのは、お固い連中が多いわね」
もう少し楽しくコミュニケーションを取れれば、こういった襲撃に会うたびに溜め息を吐かずに済むのだけれど……無駄な情報を口に滑らさないために、奴らは基本無口だ。
そして異常なほどに主人に忠実だ。拷問をしようと、自分で舌を噛んで自殺する。舌を噛めないようにしても、魔力の暴走を利用して自爆する。
「目的を話してくれれば、逃がしてあげるけど?」
「必要ない」
「あら、英雄様が見逃してあげると言っているのに、それを無下にするなんて……」
「お前を殺せば問題ない!」
「──なるほど、やっぱりそれが目的か」
「なっ、しま──ガッ!」
振り向き、一番近くの相手を『天握』で掴み、左手をグッと閉じる。
「まずは一人。死になさい」
「ぐ、ぁああああああっ!!」
『天握』には、次の技がある。
掴んだ全てを空間の圧縮によって潰す。
『壊握』
『天握』で掴み、『壊握』で握り壊す。
私、英雄が誇る絶対不可避の技だ。
男は全身からおびただしい量の血を流して絶命した。
もう動き出すことはないと、私は男から興味を無くす。
「……これで残り四人。早速一人脱落したけれど、帰る気はあるかしら?」
これで帰ってくれたらありがたいのだが、残念なことにその願いは叶わなかった。
襲撃者は素早く動き出す。私を撹乱させようと考えているのか?
普通の相手には有効な手段だ。しかし、魔力感知で常に奴らの場所を把握しているので、私には意味がない。彼らはほぼ同時に姿を現し、全方位から私にその牙を向ける。誰か一人でも傷を付けれれば良いという魂胆だろう。
だが、舐めないでもらいたい。
「残念だったわね」
私は両手を突き出し、四人全員を掴む。
「全方位なら対処できないと思った? ……残念でした」
姿は見えずとも魔力感知で敵のいる場所を把握していれば、私の『天握』は発動可能だ。
「はい、お疲れ様」
両手を閉じる。
バキッ、グチャ、ゴリッという鈍い音が、連続して鳴る。
普通の人ならば聞くに耐えない人体の破壊音と、断末魔の叫び。
……ミオを連れていなくて良かった。
私は安堵の溜め息を溢した。
何度も刺客を潰してきた私は流石にもう慣れたが、あの子には刺激が強いだろう。
「しっかし、こいつらは何だったのかしら?」
今までに何度も刺客を送られた。
全てを平等に返り討ちにしてきたが、今回は特におかしいと思えた。
──妙に歯応えがない。
英雄を殺すのだから、それなりの実力を持った奴らが送られてくる。
しかし、今回の襲撃者はお世辞にも強いとは言えなかった。ランク付けするとしたら、下から数えた方が圧倒的に早いだろう。
目的もわからないまま殺すのは問題だと思うかもしれないが、これは王国にいる死霊術士に任せればアンデッド系の従者として蘇らせ、嘘を言わない尋問を行うことが可能だ。なので私は、問答無用で握り潰している。
私は収納袋から通信機を取り出す。
「もしもし、ラインハルト?」
『……はい、ミア様ですか? どうしました?』
「鼠が五匹。場所はツートン広場近くの裏路地。殺しておいたから回収よろしく」
『…………はい、確認しました。後はお任せ下さい。お怪我はありませんでしたか?』
「相変わらずよ。それじゃあ、後はよろしくね」
通信を切る。
いつもはこのままラインハルト達と同行するのだが、今日は祝勝会という用事が入っているため、襲撃者を適当に並べてその場から立ち去る。
予想外の時間を食ってしまった。
私は早歩きで別荘に向かう。
「あ、お姉ちゃん!」
「ミア!」
玄関の方にはミオとアリアがいた。
どうやら予定よりも早く準備が終わり、私の登場を待っていてくれたようだ。
「ごめんね。予想よりも遅くなってしまったわ。道中に鼠が出てね。駆除するのに手間取っちゃったのよ」
「鼠?」
ミオは、どうして鼠? と思っているようだ。
「鼠……そうですか。お怪我はありませんでしたか?」
だが、流石に王族であるアリアは、鼠が隠語であることを理解したようだ。
神妙な面持ちで私の身を案じてくれるが、この程度のこと日常茶飯事である私にとってはいつも通りだ。
なので、何も問題は無いと言って安心させる。
「そう、ですか……でも、気をつけて下さいね?」
「はいはい、わかったわよ」
「アリア、お姉ちゃんの強さを見たでしょう? 大丈夫だって」
「……ええ、そうですね。確かにミアならば大丈夫でしょう」
アリアはこれ以上心配しても意味はないと判断したのか、渋々と納得してくれた。彼女は私が英雄だと知っているし、かなりの頻度で刺客を送られていることも知っている。だからいつも通り大丈夫だと納得してくれたようだ。
「さ、早く中に入りましょう。皆が待っているのでしょう?」
「そうなの! お姉ちゃんが送ってくれたお手伝いさんのおかげで、思ったよりも楽させてもらっちゃったよ」
「それには本当に助かりました。ありがとうございます、ミア」
「お礼はうちの使用人に言ってあげて。私は命令しただけだから、礼を言われるようなことはしていないわ」
「それでもミアが向かわせてくれたおかげで、みんな感謝していましたよ」
「前にお姉ちゃんのお家にお邪魔した時も思ったけど、使用人さんって凄いね! 三人でみんなの仕事をほとんど終わらせちゃうんだもん」
「……ミオ、彼女の屋敷に仕えている使用人は、全てがその道のプロです。下手をしたら王族のメイド達よりも……」
流石にそんなことはないと思うが、確かに私に仕えてくれている使用人達は、かなりの技術を持っている。新しく雇った使用人も、最初はそこまで有能ではなかったけれど、いつの間にかプロ以上の動きができるように教育されている。
それがいつも不思議だった。でも仕事ができるのならそれで良いかと、あまり深くは考えないようにしていた。
あの獣人の子達も、気がついたらプロレベルになっているのだろうか。
いや、彼女達は一番の姉であるコロネ以外は、マナーも何も知らない子供だ。流石にそこまでに教育されているなんてことは……ないだろう。
「お姉ちゃん? どうしたの?」
考え事をしていると、ミオに顔を覗かれた。
私の思考は現実世界へ戻り、反射的にミオを抱きしめた。
「お、お姉ちゃん!?」
「危うく尊死するところだったわ」
「どういうこと!?」
だって可愛い顔が至近距離に近づいてきたのだ。
私でなければ死んでいた。もう少し近ければ私も死んでいた。さいこ……最強の攻撃ですありがとうございました。
「ほら、馬鹿なことを言っていないで行きますよ」
「馬鹿なことじゃないわ。真剣なことよ」
「掘り返さなくて良いですから! 行きますよ!」
アリアが怒鳴り、私の手を取って玄関の中に入る。
……何をそんなに怒っているのだろう?
「何でもありません……!」
まだ何も言っていないのだけれど、何でもないのなら気にしなくても良いか。
その後、私はクラスメイトに祝福されながらパーティーを過ごした。
見栄を張りたがる貴族ばかりのクソつまらないものとは違うので、どこか新鮮に感じた。
今回の件のおかげで、クラスメイトと話す機会も増えた。
仲が良い……とまでは言わないが、それなりに親密になれたのではないかと思う。
……それに、こんな親しげに話しかけてくれる人達と話すのは、久しぶりに楽しい時間だった。
──こういうのも、たまには悪くはないな。
クラスメイトに囲まれて楽しそうに話すアリアと、出された料理を頬張っているミオ。
そんな二人の生き生きとした表情を眺め、私はそんなことを思っていた。
使用人見習いとして働いてもらうのは、一週間後からだ。それまではゆっくりと休み、家に慣れてもらうと説明した。
彼女達は、こんな奴隷に優しくしてくれて……と感謝していたけれど、オードウィンのおかげでその奴隷契約は解除されている。もうあの子達が奴隷だからと遠慮することはない。
それを伝えると、彼女達は抱き合い、泣いて喜んでいた。奴隷から解放されたことがそれだけ嬉しかったのだろう。
満足するまで泣いて、何度も何度も私に礼を言って、最後には泣き疲れて眠ってしまった。
まだ幼い少女達の寝顔は、とても幸せそうだ。見ているこっちが穏やかな気分になるくらい、安らかな表情をしていた。
私は起こさないよう静かに部屋を退出する。
そろそろミオ達が待っている別荘に向かおうかと思い、玄関に向かうとセバスを含む使用人数名が待機していた。
「行かれるのですか?」
「ええ、そろそろ良い時間だし、待たせるのも悪いからね」
「馬車で送りましょうか?」
「……いいわ。そこまで遠いわけじゃないし、自分の足で行く」
歩いて10分程度で着く距離だ。わざわざ馬車を使ってまで行く距離ではない。
それに、うちの馬車は国王から贈られただけあって、かなり豪華な造りになっている。平民なのにそんな馬車を持っているのは、皆からおかしく見られるだろう。
「かしこまりました。ミア様なら問題ないと思いますが、一応お気をつけて……ああ、それと数分前に使用人を別荘に向かわせました。もう着いている頃かと思います」
「そう、ありがと……それじゃあ後は任せたわ。気が向いたらまた帰ると思うから、それまで自由にやっていていいわよ」
「はい、我ら一同、ミア様のおかえりをいつでもお待ちしています。行ってらっしゃいませ」
『行ってらっしゃいませ』
「はい、行ってきます」
アリアは一時間と少し掛かると言っていた。
今は彼女達と別れてちょうど一時間が経っている。ゆっくり歩いても大丈夫だろう。
「──止まれ」
私はあまり人の通らない裏道に入った時、後ろから声を掛けられた。
一瞬ダルメイドの従者達が復讐に来たのかと思ったが、どうやら違うようだ。
すぐさま魔力感知を発動する。
不審者達は統率の取れた動きで、私を包囲していた。全員が慣れたように動いている。
ただの学生が、ましてやあの馬鹿どもが取れるような動きではない。
──となると、あっちか。
私は溜め息を吐き、英雄のスイッチに切り替えた。
わざわざ声を掛けて止めたということは、顔は知られているということになる。今更英雄としての仮面を付ける必要はないだろう。
敵は五人。背後に一人と、建物の上に四人。
英雄を相手にするには心許ない数だが……さて、私に何の用だろうか。
「貴様が英雄だな?」
「あら、人違いよ?」
「その髪、その口調、種族はエルフ。英雄としての特徴を全て持っている」
「……そうなのよねぇ。特徴が英雄に似ているからって、時々襲われるから困っているの。だから人違いってことにして帰ってくれない?」
「無論、帰るわけがないだろう」
「…………あっそ」
流石に馬鹿ではなかったか。
「目的は何かしら?」
「……言えぬ」
「見たことのない服装だけど、どこの手の者かしら?」
「……言えぬ」
「ふむ……相変わらず暗殺者ってのは、お固い連中が多いわね」
もう少し楽しくコミュニケーションを取れれば、こういった襲撃に会うたびに溜め息を吐かずに済むのだけれど……無駄な情報を口に滑らさないために、奴らは基本無口だ。
そして異常なほどに主人に忠実だ。拷問をしようと、自分で舌を噛んで自殺する。舌を噛めないようにしても、魔力の暴走を利用して自爆する。
「目的を話してくれれば、逃がしてあげるけど?」
「必要ない」
「あら、英雄様が見逃してあげると言っているのに、それを無下にするなんて……」
「お前を殺せば問題ない!」
「──なるほど、やっぱりそれが目的か」
「なっ、しま──ガッ!」
振り向き、一番近くの相手を『天握』で掴み、左手をグッと閉じる。
「まずは一人。死になさい」
「ぐ、ぁああああああっ!!」
『天握』には、次の技がある。
掴んだ全てを空間の圧縮によって潰す。
『壊握』
『天握』で掴み、『壊握』で握り壊す。
私、英雄が誇る絶対不可避の技だ。
男は全身からおびただしい量の血を流して絶命した。
もう動き出すことはないと、私は男から興味を無くす。
「……これで残り四人。早速一人脱落したけれど、帰る気はあるかしら?」
これで帰ってくれたらありがたいのだが、残念なことにその願いは叶わなかった。
襲撃者は素早く動き出す。私を撹乱させようと考えているのか?
普通の相手には有効な手段だ。しかし、魔力感知で常に奴らの場所を把握しているので、私には意味がない。彼らはほぼ同時に姿を現し、全方位から私にその牙を向ける。誰か一人でも傷を付けれれば良いという魂胆だろう。
だが、舐めないでもらいたい。
「残念だったわね」
私は両手を突き出し、四人全員を掴む。
「全方位なら対処できないと思った? ……残念でした」
姿は見えずとも魔力感知で敵のいる場所を把握していれば、私の『天握』は発動可能だ。
「はい、お疲れ様」
両手を閉じる。
バキッ、グチャ、ゴリッという鈍い音が、連続して鳴る。
普通の人ならば聞くに耐えない人体の破壊音と、断末魔の叫び。
……ミオを連れていなくて良かった。
私は安堵の溜め息を溢した。
何度も刺客を潰してきた私は流石にもう慣れたが、あの子には刺激が強いだろう。
「しっかし、こいつらは何だったのかしら?」
今までに何度も刺客を送られた。
全てを平等に返り討ちにしてきたが、今回は特におかしいと思えた。
──妙に歯応えがない。
英雄を殺すのだから、それなりの実力を持った奴らが送られてくる。
しかし、今回の襲撃者はお世辞にも強いとは言えなかった。ランク付けするとしたら、下から数えた方が圧倒的に早いだろう。
目的もわからないまま殺すのは問題だと思うかもしれないが、これは王国にいる死霊術士に任せればアンデッド系の従者として蘇らせ、嘘を言わない尋問を行うことが可能だ。なので私は、問答無用で握り潰している。
私は収納袋から通信機を取り出す。
「もしもし、ラインハルト?」
『……はい、ミア様ですか? どうしました?』
「鼠が五匹。場所はツートン広場近くの裏路地。殺しておいたから回収よろしく」
『…………はい、確認しました。後はお任せ下さい。お怪我はありませんでしたか?』
「相変わらずよ。それじゃあ、後はよろしくね」
通信を切る。
いつもはこのままラインハルト達と同行するのだが、今日は祝勝会という用事が入っているため、襲撃者を適当に並べてその場から立ち去る。
予想外の時間を食ってしまった。
私は早歩きで別荘に向かう。
「あ、お姉ちゃん!」
「ミア!」
玄関の方にはミオとアリアがいた。
どうやら予定よりも早く準備が終わり、私の登場を待っていてくれたようだ。
「ごめんね。予想よりも遅くなってしまったわ。道中に鼠が出てね。駆除するのに手間取っちゃったのよ」
「鼠?」
ミオは、どうして鼠? と思っているようだ。
「鼠……そうですか。お怪我はありませんでしたか?」
だが、流石に王族であるアリアは、鼠が隠語であることを理解したようだ。
神妙な面持ちで私の身を案じてくれるが、この程度のこと日常茶飯事である私にとってはいつも通りだ。
なので、何も問題は無いと言って安心させる。
「そう、ですか……でも、気をつけて下さいね?」
「はいはい、わかったわよ」
「アリア、お姉ちゃんの強さを見たでしょう? 大丈夫だって」
「……ええ、そうですね。確かにミアならば大丈夫でしょう」
アリアはこれ以上心配しても意味はないと判断したのか、渋々と納得してくれた。彼女は私が英雄だと知っているし、かなりの頻度で刺客を送られていることも知っている。だからいつも通り大丈夫だと納得してくれたようだ。
「さ、早く中に入りましょう。皆が待っているのでしょう?」
「そうなの! お姉ちゃんが送ってくれたお手伝いさんのおかげで、思ったよりも楽させてもらっちゃったよ」
「それには本当に助かりました。ありがとうございます、ミア」
「お礼はうちの使用人に言ってあげて。私は命令しただけだから、礼を言われるようなことはしていないわ」
「それでもミアが向かわせてくれたおかげで、みんな感謝していましたよ」
「前にお姉ちゃんのお家にお邪魔した時も思ったけど、使用人さんって凄いね! 三人でみんなの仕事をほとんど終わらせちゃうんだもん」
「……ミオ、彼女の屋敷に仕えている使用人は、全てがその道のプロです。下手をしたら王族のメイド達よりも……」
流石にそんなことはないと思うが、確かに私に仕えてくれている使用人達は、かなりの技術を持っている。新しく雇った使用人も、最初はそこまで有能ではなかったけれど、いつの間にかプロ以上の動きができるように教育されている。
それがいつも不思議だった。でも仕事ができるのならそれで良いかと、あまり深くは考えないようにしていた。
あの獣人の子達も、気がついたらプロレベルになっているのだろうか。
いや、彼女達は一番の姉であるコロネ以外は、マナーも何も知らない子供だ。流石にそこまでに教育されているなんてことは……ないだろう。
「お姉ちゃん? どうしたの?」
考え事をしていると、ミオに顔を覗かれた。
私の思考は現実世界へ戻り、反射的にミオを抱きしめた。
「お、お姉ちゃん!?」
「危うく尊死するところだったわ」
「どういうこと!?」
だって可愛い顔が至近距離に近づいてきたのだ。
私でなければ死んでいた。もう少し近ければ私も死んでいた。さいこ……最強の攻撃ですありがとうございました。
「ほら、馬鹿なことを言っていないで行きますよ」
「馬鹿なことじゃないわ。真剣なことよ」
「掘り返さなくて良いですから! 行きますよ!」
アリアが怒鳴り、私の手を取って玄関の中に入る。
……何をそんなに怒っているのだろう?
「何でもありません……!」
まだ何も言っていないのだけれど、何でもないのなら気にしなくても良いか。
その後、私はクラスメイトに祝福されながらパーティーを過ごした。
見栄を張りたがる貴族ばかりのクソつまらないものとは違うので、どこか新鮮に感じた。
今回の件のおかげで、クラスメイトと話す機会も増えた。
仲が良い……とまでは言わないが、それなりに親密になれたのではないかと思う。
……それに、こんな親しげに話しかけてくれる人達と話すのは、久しぶりに楽しい時間だった。
──こういうのも、たまには悪くはないな。
クラスメイトに囲まれて楽しそうに話すアリアと、出された料理を頬張っているミオ。
そんな二人の生き生きとした表情を眺め、私はそんなことを思っていた。
0
お気に入りに追加
332
あなたにおすすめの小説
アルゴノートのおんがえし
朝食ダンゴ
ファンタジー
『完結済!』【続編製作中!】
『アルゴノート』
そう呼ばれる者達が台頭し始めたのは、半世紀以上前のことである。
元来アルゴノートとは、自然や古代遺跡、ダンジョンと呼ばれる迷宮で採集や狩猟を行う者達の総称である。
彼らを侵略戦争の尖兵として登用したロードルシアは、その勢力を急速に拡大。
二度に渡る大侵略を経て、ロードルシアは大陸に覇を唱える一大帝国となった。
かつて英雄として名を馳せたアルゴノート。その名が持つ価値は、いつしか劣化の一途辿ることになる。
時は、記念すべき帝国歴五十年の佳節。
アルゴノートは、今や荒くれ者の代名詞と成り下がっていた。
『アルゴノート』の少年セスは、ひょんなことから貴族令嬢シルキィの護衛任務を引き受けることに。
典型的な貴族の例に漏れず大のアルゴノート嫌いであるシルキィはセスを邪険に扱うが、そんな彼女をセスは命懸けで守る決意をする。
シルキィのメイド、ティアを伴い帝都を目指す一行は、その道中で国家を巻き込んだ陰謀に巻き込まれてしまう。
セスとシルキィに秘められた過去。
歴史の闇に葬られた亡国の怨恨。
容赦なく襲いかかる戦火。
ーー苦難に立ち向かえ。生きることは、戦いだ。
それぞれの運命が絡み合う本格派ファンタジー開幕。
苦難のなかには生きる人にこそ読んで頂きたい一作。
○表紙イラスト:119 様
※本作は他サイトにも投稿しております。
最恐魔女の姉に溺愛されている追放令嬢はどん底から成り上がる
盛平
ファンタジー
幼い頃に、貴族である両親から、魔力が少ないとう理由で捨てられたプリシラ。召喚士養成学校を卒業し、霊獣と契約して晴れて召喚士になった。学業を終えたプリシラにはやらなければいけない事があった。それはひとり立ちだ。自分の手で仕事をし、働かなければいけない。さもないと、プリシラの事を溺愛してやまない姉のエスメラルダが現れてしまうからだ。エスメラルダは優秀な魔女だが、重度のシスコンで、プリシラの周りの人々に多大なる迷惑をかけてしまうのだ。姉のエスメラルダは美しい笑顔でプリシラに言うのだ。「プリシラ、誰かにいじめられたら、お姉ちゃんに言いなさい?そいつを攻撃魔法でギッタギッタにしてあげるから」プリシラは冷や汗をかきながら、決して危険な目にあってはいけないと心に誓うのだ。だがなぜかプリシラの行く先々で厄介ごとがふりかかる。プリシラは平穏な生活を送るため、唯一使える風魔法を駆使して、就職活動に奮闘する。ざまぁもあります。
元勇者は魔力無限の闇属性使い ~世界の中心に理想郷を作り上げて無双します~
桜井正宗
ファンタジー
魔王を倒した(和解)した元勇者・ユメは、平和になった異世界を満喫していた。しかしある日、風の帝王に呼び出されるといきなり『追放』を言い渡された。絶望したユメは、魔法使い、聖女、超初心者の仲間と共に、理想郷を作ることを決意。
帝国に負けない【防衛値】を極めることにした。
信頼できる仲間と共に守備を固めていれば、どんなモンスターに襲われてもビクともしないほどに国は盤石となった。
そうしてある日、今度は魔神が復活。各地で暴れまわり、その魔の手は帝国にも襲い掛かった。すると、帝王から帝国防衛に戻れと言われた。だが、もう遅い。
すでに理想郷を築き上げたユメは、自分の国を守ることだけに全力を尽くしていく。
目覚めた世界は異世界化? ~目が覚めたら十年後でした~
白い彗星
ファンタジー
十年という年月が、彼の中から奪われた。
目覚めた少年、達志が目にしたのは、自分が今までに見たことのない世界。見知らぬ景色、人ならざる者……まるで、ファンタジーの中の異世界のような世界が、あった。
今流行りの『異世界召喚』!? そう予想するが、衝撃の真実が明かされる!
なんと達志は十年もの間眠り続け、その間に世界は魔法ありきのファンタジー世界になっていた!?
非日常が日常となった世界で、現実を生きていくことに。
大人になった幼なじみ、新しい仲間、そして……
十年もの時間が流れた世界で、世界に取り残された達志。しかし彼は、それでも動き出した時間を手に、己の足を進めていく。
エブリスタで投稿していたものを、中身を手直しして投稿しなおしていきます!
エブリスタ、小説家になろう、ノベルピア、カクヨムでも、投稿してます!
魔物の森のソフィア ~ある引きこもり少女の物語 - 彼女が世界を救うまで~
広野香盃
ファンタジー
魔物の森で精霊に育てられた少女ソフィア。生まれつき臆病な性格の彼女は、育ての親である精霊以外とは緊張して上手く話せない。しかし、人間であるソフィアはこのままでは幸せになれないと考えた精霊により、魔物の森を半ば強制的に追い出されることになる。気弱でコミュ障な少女ソフィアであるが精霊から教えられた精霊魔法は人間にとって驚異的なものであった。目立たず平穏に暮らしたいと願うソフィアだが、周りの誤解と思惑により騒ぎは大きくなって行く。
小説家になろう及びカクヨムにも投稿しています。
42歳メジャーリーガー、異世界に転生。チートは無いけど、魔法と元日本最高級の豪速球で無双したいと思います。
町島航太
ファンタジー
かつて日本最強投手と持て囃され、MLBでも大活躍した佐久間隼人。
しかし、老化による衰えと3度の靭帯損傷により、引退を余儀なくされてしまう。
失意の中、歩いていると球団の熱狂的ファンからポストシーズンに行けなかった理由と決めつけられ、刺し殺されてしまう。
だが、目を再び開くと、魔法が存在する世界『異世界』に転生していた。
能力『ゴミ箱』と言われ追放された僕はゴミ捨て町から自由に暮らすことにしました
御峰。
ファンタジー
十歳の時、貰えるギフトで能力『ゴミ箱』を授かったので、名門ハイリンス家から追放された僕は、ゴミの集まる町、ヴァレンに捨てられる。
でも本当に良かった!毎日勉強ばっかだった家より、このヴァレン町で僕は自由に生きるんだ!
これは、ゴミ扱いされる能力を授かった僕が、ゴミ捨て町から幸せを掴む為、成り上がる物語だ――――。
エルティモエルフォ ―最後のエルフ―
ポリ 外丸
ファンタジー
普通の高校生、松田啓18歳が、夏休みに海で溺れていた少年を救って命を落としてしまう。
海の底に沈んで死んだはずの啓が、次に意識を取り戻した時には小さな少年に転生していた。
その少年の記憶を呼び起こすと、どうやらここは異世界のようだ。
もう一度もらった命。
啓は生き抜くことを第一に考え、今いる地で1人生活を始めた。
前世の知識を持った生き残りエルフの気まぐれ人生物語り。
※カクヨム、小説家になろう、ノベルバ、ツギクルにも載せています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる