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第15話 鼠

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 子供達に温かいスープをあげて、新しい部屋に案内してあげた。
 使用人見習いとして働いてもらうのは、一週間後からだ。それまではゆっくりと休み、家に慣れてもらうと説明した。

 彼女達は、こんな奴隷に優しくしてくれて……と感謝していたけれど、オードウィンのおかげでその奴隷契約は解除されている。もうあの子達が奴隷だからと遠慮することはない。
 それを伝えると、彼女達は抱き合い、泣いて喜んでいた。奴隷から解放されたことがそれだけ嬉しかったのだろう。

 満足するまで泣いて、何度も何度も私に礼を言って、最後には泣き疲れて眠ってしまった。
 まだ幼い少女達の寝顔は、とても幸せそうだ。見ているこっちが穏やかな気分になるくらい、安らかな表情をしていた。

 私は起こさないよう静かに部屋を退出する。

 そろそろミオ達が待っている別荘に向かおうかと思い、玄関に向かうとセバスを含む使用人数名が待機していた。

「行かれるのですか?」
「ええ、そろそろ良い時間だし、待たせるのも悪いからね」
「馬車で送りましょうか?」
「……いいわ。そこまで遠いわけじゃないし、自分の足で行く」

 歩いて10分程度で着く距離だ。わざわざ馬車を使ってまで行く距離ではない。
 それに、うちの馬車は国王から贈られただけあって、かなり豪華な造りになっている。平民なのにそんな馬車を持っているのは、皆からおかしく見られるだろう。

「かしこまりました。ミア様なら問題ないと思いますが、一応お気をつけて……ああ、それと数分前に使用人を別荘に向かわせました。もう着いている頃かと思います」
「そう、ありがと……それじゃあ後は任せたわ。気が向いたらまた帰ると思うから、それまで自由にやっていていいわよ」
「はい、我ら一同、ミア様のおかえりをいつでもお待ちしています。行ってらっしゃいませ」
『行ってらっしゃいませ』
「はい、行ってきます」

 アリアは一時間と少し掛かると言っていた。
 今は彼女達と別れてちょうど一時間が経っている。ゆっくり歩いても大丈夫だろう。

「──止まれ」

 私はあまり人の通らない裏道に入った時、後ろから声を掛けられた。
 一瞬ダルメイドの従者達が復讐に来たのかと思ったが、どうやら違うようだ。

 すぐさま魔力感知を発動する。
 不審者達は統率の取れた動きで、私を包囲していた。全員が慣れたように動いている。

 ただの学生が、ましてやあの馬鹿どもが取れるような動きではない。

 ──となると、あっちか。

 私は溜め息を吐き、英雄のスイッチに切り替えた。
 わざわざ声を掛けて止めたということは、顔は知られているということになる。今更英雄としての仮面を付ける必要はないだろう。

 敵は五人。背後に一人と、建物の上に四人。
 英雄を相手にするには心許ない数だが……さて、私に何の用だろうか。

「貴様が英雄だな?」
「あら、人違いよ?」
「その髪、その口調、種族はエルフ。英雄としての特徴を全て持っている」
「……そうなのよねぇ。特徴が英雄に似ているからって、時々襲われるから困っているの。だから人違いってことにして帰ってくれない?」
「無論、帰るわけがないだろう」
「…………あっそ」

 流石に馬鹿ではなかったか。

「目的は何かしら?」
「……言えぬ」
「見たことのない服装だけど、どこの手の者かしら?」
「……言えぬ」
「ふむ……相変わらず暗殺者ってのは、お固い連中が多いわね」

 もう少し楽しくコミュニケーションを取れれば、こういった襲撃に会うたびに溜め息を吐かずに済むのだけれど……無駄な情報を口に滑らさないために、奴らは基本無口だ。
 そして異常なほどに主人に忠実だ。拷問をしようと、自分で舌を噛んで自殺する。舌を噛めないようにしても、魔力の暴走を利用して自爆する。

「目的を話してくれれば、逃がしてあげるけど?」
「必要ない」
「あら、英雄様が見逃してあげると言っているのに、それを無下にするなんて……」
「お前を殺せば問題ない!」
「──なるほど、やっぱりそれが目的か」
「なっ、しま──ガッ!」

 振り向き、一番近くの相手を『天握てんあく』で掴み、左手をグッと閉じる。

「まずは一人。死になさい」
「ぐ、ぁああああああっ!!」

 『天握』には、次の技がある。
 掴んだ全てを空間の圧縮によって潰す。

 『壊握かいあく

 『天握』で掴み、『壊握』で握り壊す。
 私、英雄が誇る絶対不可避の技だ。

 男は全身からおびただしい量の血を流して絶命した。
 もう動き出すことはないと、私は男から興味を無くす。

「……これで残り四人。早速一人脱落したけれど、帰る気はあるかしら?」

 これで帰ってくれたらありがたいのだが、残念なことにその願いは叶わなかった。

 襲撃者は素早く動き出す。私を撹乱させようと考えているのか?
 普通の相手には有効な手段だ。しかし、魔力感知で常に奴らの場所を把握しているので、私には意味がない。彼らはほぼ同時に姿を現し、全方位から私にその牙を向ける。誰か一人でも傷を付けれれば良いという魂胆だろう。

 だが、舐めないでもらいたい。

「残念だったわね」

 私は両手を突き出し、四人全員を

「全方位なら対処できないと思った? ……残念でした」

 姿は見えずとも魔力感知で敵のいる場所を把握していれば、私の『天握』は発動可能だ。

「はい、お疲れ様」

 両手を閉じる。

 バキッ、グチャ、ゴリッという鈍い音が、連続して鳴る。
 普通の人ならば聞くに耐えない人体の破壊音と、断末魔の叫び。

 ……ミオを連れていなくて良かった。

 私は安堵の溜め息を溢した。
 何度も刺客を潰してきた私は流石にもう慣れたが、あの子には刺激が強いだろう。

「しっかし、こいつらは何だったのかしら?」

 今までに何度も刺客を送られた。
 全てを平等に返り討ちにしてきたが、今回は特におかしいと思えた。

 ──妙に歯応えがない。

 英雄を殺すのだから、それなりの実力を持った奴らが送られてくる。
 しかし、今回の襲撃者はお世辞にも強いとは言えなかった。ランク付けするとしたら、下から数えた方が圧倒的に早いだろう。

 目的もわからないまま殺すのは問題だと思うかもしれないが、これは王国にいる死霊術士に任せればアンデッド系の従者として蘇らせ、嘘を言わない尋問を行うことが可能だ。なので私は、問答無用で握り潰している。

 私は収納袋から通信機を取り出す。

「もしもし、ラインハルト?」
『……はい、ミア様ですか? どうしました?』
「鼠が五匹。場所はツートン広場近くの裏路地。殺しておいたから回収よろしく」
『…………はい、確認しました。後はお任せ下さい。お怪我はありませんでしたか?』
「相変わらずよ。それじゃあ、後はよろしくね」

 通信を切る。

 いつもはこのままラインハルト達と同行するのだが、今日は祝勝会という用事が入っているため、襲撃者を適当に並べてその場から立ち去る。

 予想外の時間を食ってしまった。
 私は早歩きで別荘に向かう。

「あ、お姉ちゃん!」
「ミア!」

 玄関の方にはミオとアリアがいた。
 どうやら予定よりも早く準備が終わり、私の登場を待っていてくれたようだ。

「ごめんね。予想よりも遅くなってしまったわ。道中に鼠が出てね。駆除するのに手間取っちゃったのよ」
「鼠?」

 ミオは、どうして鼠? と思っているようだ。

「鼠……そうですか。お怪我はありませんでしたか?」

 だが、流石に王族であるアリアは、鼠が隠語であることを理解したようだ。
 神妙な面持ちで私の身を案じてくれるが、この程度のこと日常茶飯事である私にとってはいつも通りだ。

 なので、何も問題は無いと言って安心させる。

「そう、ですか……でも、気をつけて下さいね?」
「はいはい、わかったわよ」
「アリア、お姉ちゃんの強さを見たでしょう? 大丈夫だって」
「……ええ、そうですね。確かにミアならば大丈夫でしょう」

 アリアはこれ以上心配しても意味はないと判断したのか、渋々と納得してくれた。彼女は私が英雄だと知っているし、かなりの頻度で刺客を送られていることも知っている。だからいつも通り大丈夫だと納得してくれたようだ。

「さ、早く中に入りましょう。皆が待っているのでしょう?」
「そうなの! お姉ちゃんが送ってくれたお手伝いさんのおかげで、思ったよりも楽させてもらっちゃったよ」
「それには本当に助かりました。ありがとうございます、ミア」
「お礼はうちの使用人に言ってあげて。私は命令しただけだから、礼を言われるようなことはしていないわ」
「それでもミアが向かわせてくれたおかげで、みんな感謝していましたよ」
「前にお姉ちゃんのお家にお邪魔した時も思ったけど、使用人さんって凄いね! 三人でみんなの仕事をほとんど終わらせちゃうんだもん」
「……ミオ、彼女の屋敷に仕えている使用人は、全てがその道のプロです。下手をしたら王族のメイド達よりも……」

 流石にそんなことはないと思うが、確かに私に仕えてくれている使用人達は、かなりの技術を持っている。新しく雇った使用人も、最初はそこまで有能ではなかったけれど、いつの間にかプロ以上の動きができるように教育されている。
 それがいつも不思議だった。でも仕事ができるのならそれで良いかと、あまり深くは考えないようにしていた。

 あの獣人の子達も、気がついたらプロレベルになっているのだろうか。
 いや、彼女達は一番の姉であるコロネ以外は、マナーも何も知らない子供だ。流石にそこまでに教育されているなんてことは……ないだろう。

「お姉ちゃん? どうしたの?」

 考え事をしていると、ミオに顔を覗かれた。
 私の思考は現実世界へ戻り、反射的にミオを抱きしめた。

「お、お姉ちゃん!?」
「危うく尊死するところだったわ」
「どういうこと!?」

 だって可愛い顔が至近距離に近づいてきたのだ。
 私でなければ死んでいた。もう少し近ければ私も死んでいた。さいこ……最強の攻撃ですありがとうございました。

「ほら、馬鹿なことを言っていないで行きますよ」
「馬鹿なことじゃないわ。真剣なことよ」
「掘り返さなくて良いですから! 行きますよ!」

 アリアが怒鳴り、私の手を取って玄関の中に入る。
 ……何をそんなに怒っているのだろう?

「何でもありません……!」

 まだ何も言っていないのだけれど、何でもないのなら気にしなくても良いか。

 その後、私はクラスメイトに祝福されながらパーティーを過ごした。
 見栄を張りたがる貴族ばかりのクソつまらないものとは違うので、どこか新鮮に感じた。

 今回の件のおかげで、クラスメイトと話す機会も増えた。
 仲が良い……とまでは言わないが、それなりに親密になれたのではないかと思う。
 ……それに、こんな親しげに話しかけてくれる人達と話すのは、久しぶりに楽しい時間だった。

 ──こういうのも、たまには悪くはないな。

 クラスメイトに囲まれて楽しそうに話すアリアと、出された料理を頬張っているミオ。
 そんな二人の生き生きとした表情を眺め、私はそんなことを思っていた。
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