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プロローグ

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「みおね、みおはぁ、おねぇちゃんのこと……だいしゅき!」

 それは妹が3歳になった時、誕生日パーティーで言われた言葉だ。

 ふにゃっと顔全体が緩んだその笑顔は、当時の私にとって『天使』のようにしか映らなかった。

 父親似である銀髪の私とは違い、妹の髪は母親似の金髪だ。
 それはいつも明るく笑う妹にお似合いで、彼女の笑顔で私は救われていた。

 私が月ならば、妹は太陽。
 性格も見た目も対照的な私達は、いつも一緒に居た。

「……ええ、私も大好きよ。ミオ」

 この子が幸せなら、私も幸せ。
 この子が不幸ならば、私も不幸だ。

 ──私にはこの子が必要だ。

 どんなことがあっても、私はこの子の味方でいてあげよう。
 例えこの子に不幸が降りかかろうと、どんな手段を用いてでもこの子を助けよう。

 その日、私はそう決意した。



          ◆◇◆



「……み……あ、さ……。…………ミア様。ミア様!」

 馬車の窓から外を眺め、移りゆく景色をボーッと見つめていた私は、その声で現実世界に戻ってきた。

「……ああ、何かしら?」
「何かしら、ではないですよ。……珍しくボーッとしてどうしたのですか?」

 そう言って心配そうに見つめてきたのは、整った顔付きの男だ。
 彼は私の秘書兼護衛で、名前を『ラインハルト』と言い、『剣聖』という異名を授かっている剣の達人だ。

「少し……昔を思い出していたの」
「昔、ですか?」
「ええ、私が10歳で、妹が3歳の時のことよ」
「……妹様のことですか……」
「そう」
「はぁ……思い出すのは構いませんが、話はしっかりと聞いてください」
「聞いているわよ。それで……何だったかしら?」
「聞いていないじゃないですか……まぁ、いいです。今度はちゃんと聞いていてくださいよ?」

 声を張ってそう言うラインハルト。
 適当に手を振って答え、エルフ特有の長耳を彼の方に向けた。視線は外を見つめたままだ。

「明日は国王の護衛のため、遠出致します。準備は今日の夕刻までに済ませておいてください」
「……護衛? どこかに行く予定なんてあったかしら?」
「思いっきり聞いていないこの人…………明日は隣国との協定の日です」
「……ああ、理解したわ。ガルミーユ先進国対策のためね?」

 私の問いに、ラインハルトは無言で頷く。

 私がホームにしている国『シュバリエ王国』は、周辺国家の中では大きな方だ。

 我が国と同じ規模を持つ国家は他に三つ。
 圧倒的戦力を誇る『デュラン帝国』、世界で唯一の宗教国家『ミンシルト法国』、最近になって頭角を表すようになった『ガルミーユ先進国』だ。

 そのガルミーユ先進国が何か妙な動きをしていると、国王がそんなことを言っていた気がする。
 私は国同士の問題に興味はなく、全て聞き逃していたけれど……そうか、あの時に護衛の依頼についての話が持ち上がったのか。

 面倒な仕事だとは思う。
 正直、国王の護衛なんてラインハルトだけで十分だ。
 この前にもそう言ったんだけど…………

「世界でただ一人の『英雄』であられるミア様が居るだけで、安心感というものが違うのですよ」

 との返事が返ってきた。

 はぁ……本当に面倒な話だ。

 私はこの世界で唯一の『英雄』という称号を授かっている。

 称号というのは呼び名だけではなく、それに合った恩恵を得ることができる。
 例えば『英雄』という称号は、全ステータスが大幅に上昇し、全ての状態異常が無効化されるという、人外な恩恵を得ることが可能だ。

 ……とは言っても、私はこれを望んで手に入れたわけではない。
 私はただ一人だけを守るために力を付けていた。そのために我武者羅に頑張っていたら、いつの間にか知らない人達から、英雄とはやされるようになっていた。

 そのせいで動きづらいったらありゃしない。
 自分の時間なんてほとんど取れず、人の目もあるので下手なことができない。
 どこに出ても周りからワーキャーと声が上がり、正直面倒だ。仕事時はいつも素顔を隠す仮面をつけるようにしているので、素顔を知る人は親しい人以外いない。そのため仮面を外してしまえば、休日も追いかけ回される心配はない。

「帰りたい」
「もう帰路についています。あと数分程度で国に到着しますよ」
「……そうじゃなくて、実家に帰りたいのよ」
「それは……なんとも遠慮していただきたいですね」

 ラインハルトは困ったような表情になった。

「ミア様の実家はエルフの秘境。世界の果てにあるとされている場所ですよね?」
「ええ、そうね……」
「行きと帰りで何週間掛かるかわかりませんし、何か急な事態が起こった時に我々が秘境に辿り着けません。申し訳ないのですが、それでは困ります」

 エルフの秘境に辿り着けるのは、エルフのみ。
 たまに奇跡のような確率で迷い込む人間がいるけれど、その場合は監視者が人知れず森の入り口まで誘導している。なので、エルフ以外が秘境に辿り着くことはない。

「別に、私が居なくてもどうにかなるとは思うけれど?」

 何もシュバリエ王国の要が私だけだというわけではないのだ。
 ラインハルト然り、他にも国と契約している強者は何人か居る。
 そいつらが束になっても私には勝てないだろうけど、それでも苦戦はする。なので私が絶対居なければならない。ということはないのだ。

「それに前に聞いた話では、ミア様はご両親と上手くいっていないのでは? それでも帰りたいということでしょうか?」
「両親なんてどうでもいい。私が会いたいのは妹、ただ一人よ」

 父親はダークエルフで、母親はエルフ。
 そんな二人の間に産まれた私は、特に父親の血を色濃く受け継いでいた。……と言ってもそれは外見のみの話。
 父親が特別強かったから私も強くなったわけじゃなく、実力で言えば普通だった。

 では何故、私はこんなに強くなったのか。それはたった一言で説明が可能だ。

 ──天才だから。

 私は幼い頃から『天才』と言われていた。
 小さい体に強大な力を宿し、まだ力の調整ができていない頃はよく物を壊してしまっていた。
 そのため、私は故郷のエルフ達から恐れられるようになっていた。直接何かを言われたわけではなく、ただ周りの反応を見て「ああ、そうなんだな……」と理解しただけだ。

 しかしそこで問題だったのは、深くまで理解してしまったことだ。
 エルフ達が私に向けていた視線の色を、両親も向けていると知ってしまった。とはいえ最初はほんの一瞬だったので、気のせいかと思っていた。でも、時が経つにつれて私の力は高まり、それに比例して両親は私から距離を置くようになっていた。

 それをはっきりと理解したのは、15歳の誕生日の時だ。

 私には妹が居るからと我慢をしていたけど、ある時に私の力が暴走しかけて、妹に害を与えそうになったことがある。
 その時になって私は、「このままでは一番大切な妹を、私が殺してしまう」と悟り、エルフの秘境を出たのだ。
 それから百年。一度も故郷に帰ったことはない。親には育ててもらった恩として毎月仕送りをしているけど……それだけだ。

「……ミア様は、相変わらず妹様が大好きなのですね」
「何を今更。私が本当に守りたいのは、あの子だけよ。国王と妹の危機となれば、私は迷わず妹を助けに行くわ」
「俺の前では別に構いませんが、国王の前ではそれ言わないであげてくださいね? 絶対泣きますから」
「ええ、大の大人に泣かれるのは面倒だもの」

 過去に一度、私が不機嫌な時に冷たい態度を取ったら、マジ泣きされたことがある。
 後に聞いた話では「普通にマジで怖かった……」とのことで、国王の前では感情をセーブしようと思った。

「──っと、そうしている間に着きましたね」

 その声に窓から顔を出すと、我が国が目前に迫っていた。
 つい話し込んでしまったけど、ラインハルトとはいつもこんな感じだ。
 仕事の時だけ二人は真剣になり、帰り道は他愛ない話をして時間を潰す。

 そうしている間に関門をくぐり、馬車は私の家に止まるのだけれど……どうも今日は人が多くていつも通りに事は進まなかった。
 国に入るために必要な検査場には、長蛇の列が並んでいる。どうにもトラブルがあって止まっているわけではなさそうだ。

「どうしてこんなに人が多いのかしら?」
「おそらく、入学試験のためではないでしょうか?」
「……あーー、そうか。もうそんな時期か」

 今は春。
 この国には『王立トルバラード学園』という学校がある。それは過去に幾人もの偉人を生み出したことで有名で、入学試験を受けるため、こうして各地から入学希望者が集まり、この時期になると国は人で溢れかえるのだ。
 でも、それだけ有名な学校なだけあって、入学条件も難しい。国を訪れる半数は試験に落ちてしまうのが普通だ。
 入学式は国全体でお祝いとなり、とても賑やかな祭りとなる。その反面、騒ぎも沢山起こるのため、兵士達にとってはある意味、入学式の夜が試練の時となる。

 そんな時期だというのを完全に忘れていた。
 英雄の仕事をしていると、どうにも感覚が狂ってしまうな。

 ……まぁ、私にはどうでもいい話だ。

「今日はこの後、どうするのですか?」
「……別に。準備をしろと言われても、大抵の道具は収納袋に入れてあるから。帰って適当に寝るわ」

 収納袋は魔法でできたアイテムで、見た目の何十倍も荷物を収納可能という便利な物だ。
 ほとんどの日常品はそこに入れてあるので、別に特別用意することはない。なので、明日の時間まで適当に時間を潰そうと思っていた。

 ようやく私達の番が回ってきた。
 もちろん顔パスで通れる。

 馬車はゆっくりと街の中を進む。
 無駄に豪華な装飾のせいで、私達の乗る馬車は人目を引く。私はカーテンを閉め、英雄の乗る馬車だとわからないようにした。

「では、明日の日の出に迎えにまいります。お疲れ様でした」
「はいはい。お疲れ様」

 去って行く馬車に軽く手を振り、私は敷地の中に入る。

「……ん?」

 そんな時、ポストに一通の手紙が入っていることに気がついた。

「私宛なんて、珍しいわね──っ、ミオから!?」

 久方ぶりの手紙は、私の妹からだった。
 こんなこと初めてだったので、すぐに家に入り、封を切って内容を読む。

「──これは!」

 その内容に目を通した私は、驚愕に目を見開いた。
 すぐさま家を飛び出し、行き交う人を躱すために魔法で浮遊しながら王城へと向かう。

「見つけた……!」

 ラインハルトの乗っているであろう馬車を見つけた。
 私はその上に降りる。
 その衝撃で馬車は止まり、中からラインハルトが警戒したように出てきた。襲撃者だと思ったのだろう、その目は仕事の時と同じように真剣そのものだった。
 しかし犯人が私だとわかり、すぐに警戒を解く。

「ミア様!? どうしました!」
「ラインハルト……急だけど三年ほど休暇を貰うわ」
「は?」



『大好きなミアお姉ちゃんへ

 お姉ちゃんが家を出て行って百年が経ちました。お元気でしょうか? 私は今も昔も変わらず元気です。
 両親から聞いた話によれば、お姉ちゃんは今、シュバリエ王国に居るのですよね?
 急な話にはなりますが、実は私もシュバリエ王国に向かう予定です。理由はお姉ちゃんに会いたいというのもありますが、王立トルバラード学園への入学試験を受けるためです。到着予定は3月の20日だと思います。
 迷惑な話かもしれませんが、着いた時はお姉ちゃんに案内をお願いしてもいいですか?
 久しぶりに会えるのを、今から楽しみにしています。

                                ミオより』



 今日は3月19日。
 ミオが来るのは──明日だ。
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