1 / 22
プロローグ
しおりを挟む
「みおね、みおはぁ、おねぇちゃんのこと……だいしゅき!」
それは妹が3歳になった時、誕生日パーティーで言われた言葉だ。
ふにゃっと顔全体が緩んだその笑顔は、当時の私にとって『天使』のようにしか映らなかった。
父親似である銀髪の私とは違い、妹の髪は母親似の金髪だ。
それはいつも明るく笑う妹にお似合いで、彼女の笑顔で私は救われていた。
私が月ならば、妹は太陽。
性格も見た目も対照的な私達は、いつも一緒に居た。
「……ええ、私も大好きよ。ミオ」
この子が幸せなら、私も幸せ。
この子が不幸ならば、私も不幸だ。
──私にはこの子が必要だ。
どんなことがあっても、私はこの子の味方でいてあげよう。
例えこの子に不幸が降りかかろうと、どんな手段を用いてでもこの子を助けよう。
その日、私はそう決意した。
◆◇◆
「……み……あ、さ……。…………ミア様。ミア様!」
馬車の窓から外を眺め、移りゆく景色をボーッと見つめていた私は、その声で現実世界に戻ってきた。
「……ああ、何かしら?」
「何かしら、ではないですよ。……珍しくボーッとしてどうしたのですか?」
そう言って心配そうに見つめてきたのは、整った顔付きの男だ。
彼は私の秘書兼護衛で、名前を『ラインハルト』と言い、『剣聖』という異名を授かっている剣の達人だ。
「少し……昔を思い出していたの」
「昔、ですか?」
「ええ、私が10歳で、妹が3歳の時のことよ」
「……妹様のことですか……」
「そう」
「はぁ……思い出すのは構いませんが、話はしっかりと聞いてください」
「聞いているわよ。それで……何だったかしら?」
「聞いていないじゃないですか……まぁ、いいです。今度はちゃんと聞いていてくださいよ?」
声を張ってそう言うラインハルト。
適当に手を振って答え、エルフ特有の長耳を彼の方に向けた。視線は外を見つめたままだ。
「明日は国王の護衛のため、遠出致します。準備は今日の夕刻までに済ませておいてください」
「……護衛? どこかに行く予定なんてあったかしら?」
「思いっきり聞いていないこの人…………明日は隣国との協定の日です」
「……ああ、理解したわ。ガルミーユ先進国対策のためね?」
私の問いに、ラインハルトは無言で頷く。
私がホームにしている国『シュバリエ王国』は、周辺国家の中では大きな方だ。
我が国と同じ規模を持つ国家は他に三つ。
圧倒的戦力を誇る『デュラン帝国』、世界で唯一の宗教国家『ミンシルト法国』、最近になって頭角を表すようになった『ガルミーユ先進国』だ。
そのガルミーユ先進国が何か妙な動きをしていると、国王がそんなことを言っていた気がする。
私は国同士の問題に興味はなく、全て聞き逃していたけれど……そうか、あの時に護衛の依頼についての話が持ち上がったのか。
面倒な仕事だとは思う。
正直、国王の護衛なんてラインハルトだけで十分だ。
この前にもそう言ったんだけど…………
「世界でただ一人の『英雄』であられるミア様が居るだけで、安心感というものが違うのですよ」
との返事が返ってきた。
はぁ……本当に面倒な話だ。
私はこの世界で唯一の『英雄』という称号を授かっている。
称号というのは呼び名だけではなく、それに合った恩恵を得ることができる。
例えば『英雄』という称号は、全ステータスが大幅に上昇し、全ての状態異常が無効化されるという、人外な恩恵を得ることが可能だ。
……とは言っても、私はこれを望んで手に入れたわけではない。
私はただ一人だけを守るために力を付けていた。そのために我武者羅に頑張っていたら、いつの間にか知らない人達から、英雄と持て囃されるようになっていた。
そのせいで動きづらいったらありゃしない。
自分の時間なんてほとんど取れず、人の目もあるので下手なことができない。
どこに出ても周りからワーキャーと声が上がり、正直面倒だ。仕事時はいつも素顔を隠す仮面をつけるようにしているので、素顔を知る人は親しい人以外いない。そのため仮面を外してしまえば、休日も追いかけ回される心配はない。
「帰りたい」
「もう帰路についています。あと数分程度で国に到着しますよ」
「……そうじゃなくて、実家に帰りたいのよ」
「それは……なんとも遠慮していただきたいですね」
ラインハルトは困ったような表情になった。
「ミア様の実家はエルフの秘境。世界の果てにあるとされている場所ですよね?」
「ええ、そうね……」
「行きと帰りで何週間掛かるかわかりませんし、何か急な事態が起こった時に我々が秘境に辿り着けません。申し訳ないのですが、それでは困ります」
エルフの秘境に辿り着けるのは、エルフのみ。
たまに奇跡のような確率で迷い込む人間がいるけれど、その場合は監視者が人知れず森の入り口まで誘導している。なので、エルフ以外が秘境に辿り着くことはない。
「別に、私が居なくてもどうにかなるとは思うけれど?」
何もシュバリエ王国の要が私だけだというわけではないのだ。
ラインハルト然り、他にも国と契約している強者は何人か居る。
そいつらが束になっても私には勝てないだろうけど、それでも苦戦はする。なので私が絶対居なければならない。ということはないのだ。
「それに前に聞いた話では、ミア様はご両親と上手くいっていないのでは? それでも帰りたいということでしょうか?」
「両親なんてどうでもいい。私が会いたいのは妹、ただ一人よ」
父親はダークエルフで、母親はエルフ。
そんな二人の間に産まれた私は、特に父親の血を色濃く受け継いでいた。……と言ってもそれは外見のみの話。
父親が特別強かったから私も強くなったわけじゃなく、実力で言えば普通だった。
では何故、私はこんなに強くなったのか。それはたった一言で説明が可能だ。
──天才だから。
私は幼い頃から『天才』と言われていた。
小さい体に強大な力を宿し、まだ力の調整ができていない頃はよく物を壊してしまっていた。
そのため、私は故郷のエルフ達から恐れられるようになっていた。直接何かを言われたわけではなく、ただ周りの反応を見て「ああ、そうなんだな……」と理解しただけだ。
しかしそこで問題だったのは、深くまで理解してしまったことだ。
エルフ達が私に向けていた視線の色を、両親も向けていると知ってしまった。とはいえ最初はほんの一瞬だったので、気のせいかと思っていた。でも、時が経つにつれて私の力は高まり、それに比例して両親は私から距離を置くようになっていた。
それをはっきりと理解したのは、15歳の誕生日の時だ。
私には妹が居るからと我慢をしていたけど、ある時に私の力が暴走しかけて、妹に害を与えそうになったことがある。
その時になって私は、「このままでは一番大切な妹を、私が殺してしまう」と悟り、エルフの秘境を出たのだ。
それから百年。一度も故郷に帰ったことはない。親には育ててもらった恩として毎月仕送りをしているけど……それだけだ。
「……ミア様は、相変わらず妹様が大好きなのですね」
「何を今更。私が本当に守りたいのは、あの子だけよ。国王と妹の危機となれば、私は迷わず妹を助けに行くわ」
「俺の前では別に構いませんが、国王の前ではそれ言わないであげてくださいね? 絶対泣きますから」
「ええ、大の大人に泣かれるのは面倒だもの」
過去に一度、私が不機嫌な時に冷たい態度を取ったら、マジ泣きされたことがある。
後に聞いた話では「普通にマジで怖かった……」とのことで、国王の前では感情をセーブしようと思った。
「──っと、そうしている間に着きましたね」
その声に窓から顔を出すと、我が国が目前に迫っていた。
つい話し込んでしまったけど、ラインハルトとはいつもこんな感じだ。
仕事の時だけ二人は真剣になり、帰り道は他愛ない話をして時間を潰す。
そうしている間に関門をくぐり、馬車は私の家に止まるのだけれど……どうも今日は人が多くていつも通りに事は進まなかった。
国に入るために必要な検査場には、長蛇の列が並んでいる。どうにもトラブルがあって止まっているわけではなさそうだ。
「どうしてこんなに人が多いのかしら?」
「おそらく、入学試験のためではないでしょうか?」
「……あーー、そうか。もうそんな時期か」
今は春。
この国には『王立トルバラード学園』という学校がある。それは過去に幾人もの偉人を生み出したことで有名で、入学試験を受けるため、こうして各地から入学希望者が集まり、この時期になると国は人で溢れかえるのだ。
でも、それだけ有名な学校なだけあって、入学条件も難しい。国を訪れる半数は試験に落ちてしまうのが普通だ。
入学式は国全体でお祝いとなり、とても賑やかな祭りとなる。その反面、騒ぎも沢山起こるのため、兵士達にとってはある意味、入学式の夜が試練の時となる。
そんな時期だというのを完全に忘れていた。
英雄の仕事をしていると、どうにも感覚が狂ってしまうな。
……まぁ、私にはどうでもいい話だ。
「今日はこの後、どうするのですか?」
「……別に。準備をしろと言われても、大抵の道具は収納袋に入れてあるから。帰って適当に寝るわ」
収納袋は魔法でできたアイテムで、見た目の何十倍も荷物を収納可能という便利な物だ。
ほとんどの日常品はそこに入れてあるので、別に特別用意することはない。なので、明日の時間まで適当に時間を潰そうと思っていた。
ようやく私達の番が回ってきた。
もちろん顔パスで通れる。
馬車はゆっくりと街の中を進む。
無駄に豪華な装飾のせいで、私達の乗る馬車は人目を引く。私はカーテンを閉め、英雄の乗る馬車だとわからないようにした。
「では、明日の日の出に迎えにまいります。お疲れ様でした」
「はいはい。お疲れ様」
去って行く馬車に軽く手を振り、私は敷地の中に入る。
「……ん?」
そんな時、ポストに一通の手紙が入っていることに気がついた。
「私宛なんて、珍しいわね──っ、ミオから!?」
久方ぶりの手紙は、私の妹からだった。
こんなこと初めてだったので、すぐに家に入り、封を切って内容を読む。
「──これは!」
その内容に目を通した私は、驚愕に目を見開いた。
すぐさま家を飛び出し、行き交う人を躱すために魔法で浮遊しながら王城へと向かう。
「見つけた……!」
ラインハルトの乗っているであろう馬車を見つけた。
私はその上に降りる。
その衝撃で馬車は止まり、中からラインハルトが警戒したように出てきた。襲撃者だと思ったのだろう、その目は仕事の時と同じように真剣そのものだった。
しかし犯人が私だとわかり、すぐに警戒を解く。
「ミア様!? どうしました!」
「ラインハルト……急だけど三年ほど休暇を貰うわ」
「は?」
『大好きなミアお姉ちゃんへ
お姉ちゃんが家を出て行って百年が経ちました。お元気でしょうか? 私は今も昔も変わらず元気です。
両親から聞いた話によれば、お姉ちゃんは今、シュバリエ王国に居るのですよね?
急な話にはなりますが、実は私もシュバリエ王国に向かう予定です。理由はお姉ちゃんに会いたいというのもありますが、王立トルバラード学園への入学試験を受けるためです。到着予定は3月の20日だと思います。
迷惑な話かもしれませんが、着いた時はお姉ちゃんに案内をお願いしてもいいですか?
久しぶりに会えるのを、今から楽しみにしています。
ミオより』
今日は3月19日。
ミオが来るのは──明日だ。
それは妹が3歳になった時、誕生日パーティーで言われた言葉だ。
ふにゃっと顔全体が緩んだその笑顔は、当時の私にとって『天使』のようにしか映らなかった。
父親似である銀髪の私とは違い、妹の髪は母親似の金髪だ。
それはいつも明るく笑う妹にお似合いで、彼女の笑顔で私は救われていた。
私が月ならば、妹は太陽。
性格も見た目も対照的な私達は、いつも一緒に居た。
「……ええ、私も大好きよ。ミオ」
この子が幸せなら、私も幸せ。
この子が不幸ならば、私も不幸だ。
──私にはこの子が必要だ。
どんなことがあっても、私はこの子の味方でいてあげよう。
例えこの子に不幸が降りかかろうと、どんな手段を用いてでもこの子を助けよう。
その日、私はそう決意した。
◆◇◆
「……み……あ、さ……。…………ミア様。ミア様!」
馬車の窓から外を眺め、移りゆく景色をボーッと見つめていた私は、その声で現実世界に戻ってきた。
「……ああ、何かしら?」
「何かしら、ではないですよ。……珍しくボーッとしてどうしたのですか?」
そう言って心配そうに見つめてきたのは、整った顔付きの男だ。
彼は私の秘書兼護衛で、名前を『ラインハルト』と言い、『剣聖』という異名を授かっている剣の達人だ。
「少し……昔を思い出していたの」
「昔、ですか?」
「ええ、私が10歳で、妹が3歳の時のことよ」
「……妹様のことですか……」
「そう」
「はぁ……思い出すのは構いませんが、話はしっかりと聞いてください」
「聞いているわよ。それで……何だったかしら?」
「聞いていないじゃないですか……まぁ、いいです。今度はちゃんと聞いていてくださいよ?」
声を張ってそう言うラインハルト。
適当に手を振って答え、エルフ特有の長耳を彼の方に向けた。視線は外を見つめたままだ。
「明日は国王の護衛のため、遠出致します。準備は今日の夕刻までに済ませておいてください」
「……護衛? どこかに行く予定なんてあったかしら?」
「思いっきり聞いていないこの人…………明日は隣国との協定の日です」
「……ああ、理解したわ。ガルミーユ先進国対策のためね?」
私の問いに、ラインハルトは無言で頷く。
私がホームにしている国『シュバリエ王国』は、周辺国家の中では大きな方だ。
我が国と同じ規模を持つ国家は他に三つ。
圧倒的戦力を誇る『デュラン帝国』、世界で唯一の宗教国家『ミンシルト法国』、最近になって頭角を表すようになった『ガルミーユ先進国』だ。
そのガルミーユ先進国が何か妙な動きをしていると、国王がそんなことを言っていた気がする。
私は国同士の問題に興味はなく、全て聞き逃していたけれど……そうか、あの時に護衛の依頼についての話が持ち上がったのか。
面倒な仕事だとは思う。
正直、国王の護衛なんてラインハルトだけで十分だ。
この前にもそう言ったんだけど…………
「世界でただ一人の『英雄』であられるミア様が居るだけで、安心感というものが違うのですよ」
との返事が返ってきた。
はぁ……本当に面倒な話だ。
私はこの世界で唯一の『英雄』という称号を授かっている。
称号というのは呼び名だけではなく、それに合った恩恵を得ることができる。
例えば『英雄』という称号は、全ステータスが大幅に上昇し、全ての状態異常が無効化されるという、人外な恩恵を得ることが可能だ。
……とは言っても、私はこれを望んで手に入れたわけではない。
私はただ一人だけを守るために力を付けていた。そのために我武者羅に頑張っていたら、いつの間にか知らない人達から、英雄と持て囃されるようになっていた。
そのせいで動きづらいったらありゃしない。
自分の時間なんてほとんど取れず、人の目もあるので下手なことができない。
どこに出ても周りからワーキャーと声が上がり、正直面倒だ。仕事時はいつも素顔を隠す仮面をつけるようにしているので、素顔を知る人は親しい人以外いない。そのため仮面を外してしまえば、休日も追いかけ回される心配はない。
「帰りたい」
「もう帰路についています。あと数分程度で国に到着しますよ」
「……そうじゃなくて、実家に帰りたいのよ」
「それは……なんとも遠慮していただきたいですね」
ラインハルトは困ったような表情になった。
「ミア様の実家はエルフの秘境。世界の果てにあるとされている場所ですよね?」
「ええ、そうね……」
「行きと帰りで何週間掛かるかわかりませんし、何か急な事態が起こった時に我々が秘境に辿り着けません。申し訳ないのですが、それでは困ります」
エルフの秘境に辿り着けるのは、エルフのみ。
たまに奇跡のような確率で迷い込む人間がいるけれど、その場合は監視者が人知れず森の入り口まで誘導している。なので、エルフ以外が秘境に辿り着くことはない。
「別に、私が居なくてもどうにかなるとは思うけれど?」
何もシュバリエ王国の要が私だけだというわけではないのだ。
ラインハルト然り、他にも国と契約している強者は何人か居る。
そいつらが束になっても私には勝てないだろうけど、それでも苦戦はする。なので私が絶対居なければならない。ということはないのだ。
「それに前に聞いた話では、ミア様はご両親と上手くいっていないのでは? それでも帰りたいということでしょうか?」
「両親なんてどうでもいい。私が会いたいのは妹、ただ一人よ」
父親はダークエルフで、母親はエルフ。
そんな二人の間に産まれた私は、特に父親の血を色濃く受け継いでいた。……と言ってもそれは外見のみの話。
父親が特別強かったから私も強くなったわけじゃなく、実力で言えば普通だった。
では何故、私はこんなに強くなったのか。それはたった一言で説明が可能だ。
──天才だから。
私は幼い頃から『天才』と言われていた。
小さい体に強大な力を宿し、まだ力の調整ができていない頃はよく物を壊してしまっていた。
そのため、私は故郷のエルフ達から恐れられるようになっていた。直接何かを言われたわけではなく、ただ周りの反応を見て「ああ、そうなんだな……」と理解しただけだ。
しかしそこで問題だったのは、深くまで理解してしまったことだ。
エルフ達が私に向けていた視線の色を、両親も向けていると知ってしまった。とはいえ最初はほんの一瞬だったので、気のせいかと思っていた。でも、時が経つにつれて私の力は高まり、それに比例して両親は私から距離を置くようになっていた。
それをはっきりと理解したのは、15歳の誕生日の時だ。
私には妹が居るからと我慢をしていたけど、ある時に私の力が暴走しかけて、妹に害を与えそうになったことがある。
その時になって私は、「このままでは一番大切な妹を、私が殺してしまう」と悟り、エルフの秘境を出たのだ。
それから百年。一度も故郷に帰ったことはない。親には育ててもらった恩として毎月仕送りをしているけど……それだけだ。
「……ミア様は、相変わらず妹様が大好きなのですね」
「何を今更。私が本当に守りたいのは、あの子だけよ。国王と妹の危機となれば、私は迷わず妹を助けに行くわ」
「俺の前では別に構いませんが、国王の前ではそれ言わないであげてくださいね? 絶対泣きますから」
「ええ、大の大人に泣かれるのは面倒だもの」
過去に一度、私が不機嫌な時に冷たい態度を取ったら、マジ泣きされたことがある。
後に聞いた話では「普通にマジで怖かった……」とのことで、国王の前では感情をセーブしようと思った。
「──っと、そうしている間に着きましたね」
その声に窓から顔を出すと、我が国が目前に迫っていた。
つい話し込んでしまったけど、ラインハルトとはいつもこんな感じだ。
仕事の時だけ二人は真剣になり、帰り道は他愛ない話をして時間を潰す。
そうしている間に関門をくぐり、馬車は私の家に止まるのだけれど……どうも今日は人が多くていつも通りに事は進まなかった。
国に入るために必要な検査場には、長蛇の列が並んでいる。どうにもトラブルがあって止まっているわけではなさそうだ。
「どうしてこんなに人が多いのかしら?」
「おそらく、入学試験のためではないでしょうか?」
「……あーー、そうか。もうそんな時期か」
今は春。
この国には『王立トルバラード学園』という学校がある。それは過去に幾人もの偉人を生み出したことで有名で、入学試験を受けるため、こうして各地から入学希望者が集まり、この時期になると国は人で溢れかえるのだ。
でも、それだけ有名な学校なだけあって、入学条件も難しい。国を訪れる半数は試験に落ちてしまうのが普通だ。
入学式は国全体でお祝いとなり、とても賑やかな祭りとなる。その反面、騒ぎも沢山起こるのため、兵士達にとってはある意味、入学式の夜が試練の時となる。
そんな時期だというのを完全に忘れていた。
英雄の仕事をしていると、どうにも感覚が狂ってしまうな。
……まぁ、私にはどうでもいい話だ。
「今日はこの後、どうするのですか?」
「……別に。準備をしろと言われても、大抵の道具は収納袋に入れてあるから。帰って適当に寝るわ」
収納袋は魔法でできたアイテムで、見た目の何十倍も荷物を収納可能という便利な物だ。
ほとんどの日常品はそこに入れてあるので、別に特別用意することはない。なので、明日の時間まで適当に時間を潰そうと思っていた。
ようやく私達の番が回ってきた。
もちろん顔パスで通れる。
馬車はゆっくりと街の中を進む。
無駄に豪華な装飾のせいで、私達の乗る馬車は人目を引く。私はカーテンを閉め、英雄の乗る馬車だとわからないようにした。
「では、明日の日の出に迎えにまいります。お疲れ様でした」
「はいはい。お疲れ様」
去って行く馬車に軽く手を振り、私は敷地の中に入る。
「……ん?」
そんな時、ポストに一通の手紙が入っていることに気がついた。
「私宛なんて、珍しいわね──っ、ミオから!?」
久方ぶりの手紙は、私の妹からだった。
こんなこと初めてだったので、すぐに家に入り、封を切って内容を読む。
「──これは!」
その内容に目を通した私は、驚愕に目を見開いた。
すぐさま家を飛び出し、行き交う人を躱すために魔法で浮遊しながら王城へと向かう。
「見つけた……!」
ラインハルトの乗っているであろう馬車を見つけた。
私はその上に降りる。
その衝撃で馬車は止まり、中からラインハルトが警戒したように出てきた。襲撃者だと思ったのだろう、その目は仕事の時と同じように真剣そのものだった。
しかし犯人が私だとわかり、すぐに警戒を解く。
「ミア様!? どうしました!」
「ラインハルト……急だけど三年ほど休暇を貰うわ」
「は?」
『大好きなミアお姉ちゃんへ
お姉ちゃんが家を出て行って百年が経ちました。お元気でしょうか? 私は今も昔も変わらず元気です。
両親から聞いた話によれば、お姉ちゃんは今、シュバリエ王国に居るのですよね?
急な話にはなりますが、実は私もシュバリエ王国に向かう予定です。理由はお姉ちゃんに会いたいというのもありますが、王立トルバラード学園への入学試験を受けるためです。到着予定は3月の20日だと思います。
迷惑な話かもしれませんが、着いた時はお姉ちゃんに案内をお願いしてもいいですか?
久しぶりに会えるのを、今から楽しみにしています。
ミオより』
今日は3月19日。
ミオが来るのは──明日だ。
0
お気に入りに追加
332
あなたにおすすめの小説
補助魔法はお好きですか?〜研究成果を奪われ追放された天才が、ケモ耳少女とバフ無双
黄舞
ファンタジー
魔術師ハンスはある分野の研究で優秀な成果を残した男だった。その研究とは新たな魔術体系である補助魔法。
味方に様々な恩恵と、敵に恐ろしい状態異常を与えるその魔法の論理は、百年先の理論を作ったとさえいわれ、多大な賞賛を受けるはずだった。
しかし、現実は厳しい。
研究の成果は恩師に全て奪われ口封じのために命の危険に晒されながらもなんとか生き延びたハンス。
自分自身は一切戦闘する能力がないハンスは、出会った最強種族の一角である白虎族の少女セレナをバフで更に強くする。
そして数々の偉業という軌跡を残していく。
最恐魔女の姉に溺愛されている追放令嬢はどん底から成り上がる
盛平
ファンタジー
幼い頃に、貴族である両親から、魔力が少ないとう理由で捨てられたプリシラ。召喚士養成学校を卒業し、霊獣と契約して晴れて召喚士になった。学業を終えたプリシラにはやらなければいけない事があった。それはひとり立ちだ。自分の手で仕事をし、働かなければいけない。さもないと、プリシラの事を溺愛してやまない姉のエスメラルダが現れてしまうからだ。エスメラルダは優秀な魔女だが、重度のシスコンで、プリシラの周りの人々に多大なる迷惑をかけてしまうのだ。姉のエスメラルダは美しい笑顔でプリシラに言うのだ。「プリシラ、誰かにいじめられたら、お姉ちゃんに言いなさい?そいつを攻撃魔法でギッタギッタにしてあげるから」プリシラは冷や汗をかきながら、決して危険な目にあってはいけないと心に誓うのだ。だがなぜかプリシラの行く先々で厄介ごとがふりかかる。プリシラは平穏な生活を送るため、唯一使える風魔法を駆使して、就職活動に奮闘する。ざまぁもあります。
元勇者は魔力無限の闇属性使い ~世界の中心に理想郷を作り上げて無双します~
桜井正宗
ファンタジー
魔王を倒した(和解)した元勇者・ユメは、平和になった異世界を満喫していた。しかしある日、風の帝王に呼び出されるといきなり『追放』を言い渡された。絶望したユメは、魔法使い、聖女、超初心者の仲間と共に、理想郷を作ることを決意。
帝国に負けない【防衛値】を極めることにした。
信頼できる仲間と共に守備を固めていれば、どんなモンスターに襲われてもビクともしないほどに国は盤石となった。
そうしてある日、今度は魔神が復活。各地で暴れまわり、その魔の手は帝国にも襲い掛かった。すると、帝王から帝国防衛に戻れと言われた。だが、もう遅い。
すでに理想郷を築き上げたユメは、自分の国を守ることだけに全力を尽くしていく。
目覚めた世界は異世界化? ~目が覚めたら十年後でした~
白い彗星
ファンタジー
十年という年月が、彼の中から奪われた。
目覚めた少年、達志が目にしたのは、自分が今までに見たことのない世界。見知らぬ景色、人ならざる者……まるで、ファンタジーの中の異世界のような世界が、あった。
今流行りの『異世界召喚』!? そう予想するが、衝撃の真実が明かされる!
なんと達志は十年もの間眠り続け、その間に世界は魔法ありきのファンタジー世界になっていた!?
非日常が日常となった世界で、現実を生きていくことに。
大人になった幼なじみ、新しい仲間、そして……
十年もの時間が流れた世界で、世界に取り残された達志。しかし彼は、それでも動き出した時間を手に、己の足を進めていく。
エブリスタで投稿していたものを、中身を手直しして投稿しなおしていきます!
エブリスタ、小説家になろう、ノベルピア、カクヨムでも、投稿してます!
42歳メジャーリーガー、異世界に転生。チートは無いけど、魔法と元日本最高級の豪速球で無双したいと思います。
町島航太
ファンタジー
かつて日本最強投手と持て囃され、MLBでも大活躍した佐久間隼人。
しかし、老化による衰えと3度の靭帯損傷により、引退を余儀なくされてしまう。
失意の中、歩いていると球団の熱狂的ファンからポストシーズンに行けなかった理由と決めつけられ、刺し殺されてしまう。
だが、目を再び開くと、魔法が存在する世界『異世界』に転生していた。
能力『ゴミ箱』と言われ追放された僕はゴミ捨て町から自由に暮らすことにしました
御峰。
ファンタジー
十歳の時、貰えるギフトで能力『ゴミ箱』を授かったので、名門ハイリンス家から追放された僕は、ゴミの集まる町、ヴァレンに捨てられる。
でも本当に良かった!毎日勉強ばっかだった家より、このヴァレン町で僕は自由に生きるんだ!
これは、ゴミ扱いされる能力を授かった僕が、ゴミ捨て町から幸せを掴む為、成り上がる物語だ――――。
新訳・親友を裏切った男が絶望するまで
はにわ
ファンタジー
レイツォは幼い頃から神童と呼ばれ、今では若くしてルーチェ国一とも噂される高名な魔術師だ。
彼は才能に己惚れることなく、常に努力を重ね、高みを目指し続けたことで今の実力を手に入れていた。
しかし、そんな彼にも常に上をいく、敵わない男がいた。それは天才剣士と評され、レイツォとは幼い頃からの親友である、ディオのことである。
そしてやってきたここ一番の大勝負にもレイツォは死力を尽くすが、またもディオの前に膝をつくことになる。
これによりディオは名声と地位・・・全てを手に入れた。
対してディオに敗北したことにより、レイツォの負の感情は、本人も知らぬ間に高まりに高まり、やがて自分で制することが出来なくなりそうなほど大きく心の中を渦巻こうとする。
やがて彼は憎しみのあまり、ふとした機会を利用し、親友であるはずのディオを出し抜こうと画策する。
それは人道を踏み外す、裏切りの道であった。だが、レイツォは承知でその道へ足を踏み出した。
だが、その歩みの先にあったのは、レイツォがまるで予想だにしない未来であった。
------------
某名作RPGがリメイクされるというので、つい勢いでオマージュ?パロディ?を書いてみました。
エルティモエルフォ ―最後のエルフ―
ポリ 外丸
ファンタジー
普通の高校生、松田啓18歳が、夏休みに海で溺れていた少年を救って命を落としてしまう。
海の底に沈んで死んだはずの啓が、次に意識を取り戻した時には小さな少年に転生していた。
その少年の記憶を呼び起こすと、どうやらここは異世界のようだ。
もう一度もらった命。
啓は生き抜くことを第一に考え、今いる地で1人生活を始めた。
前世の知識を持った生き残りエルフの気まぐれ人生物語り。
※カクヨム、小説家になろう、ノベルバ、ツギクルにも載せています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる