49 / 78
第48話 夜の街
しおりを挟む暗闇が王都を支配する時間帯。
アトラフィード家が誇る警備が、最も手薄になる時間だ。
私は幻惑魔法で姿を消し、双子を起こさないよう静かに開けた窓から庭に飛び降りた。私の部屋は二階にある。着地と同時に魔法で衝撃を軽減させれば、音は出ないし痛みも感じない。
「……ごめんなさい。お父様」
父親と約束した二つのこと。
──危険なことはするな。
──何かやる時は誰かを連れて行く。
「その約束、守ることは出来ません」
これから起こることは、誰にも見られてはいけない。誰にも知られてはいけない。それは両親にも、エルシアにも、あの双子にも……知られたが最後、アトラフィード家に私に居場所は無くなってしまう。
「これは私の問題。誰も巻き込みたくない……」
黒幕が魔族で、白狼族を実験台に欲していた。
それだけのことならば、まだ良かった。まだどうとでも対処出来る。
しかし、最後にあの男が取り出した球体。
「あれを見逃すことは出来ない」
魔王グラムヴァーダの力の源にして、王たる証。
我が心核──深遠なる宝玉。
あの男は第二師団が動き出したことで手薄になった王宮の警備を掻い潜り、地下に封印されている宝玉を持ち去ったのだろう。
今も騒ぎになっていないことから、何一つの証拠を残さずに潜入したと考えられる。今の時代は全体的に技術が退化しているため、男の隠密技術ならば十分あり得る話だ。
男が『深遠なる宝玉』を奪った理由は、予想が付く。
だが、奴の思惑や理想なんてどうでもいい。
私がこうして無茶をしてでも動こうとしている理由は、ただ一つだった。
「あれは私のものだ。あれに触れていいのは、私だけだ」
私の全てにして、私が私であるための宝玉。
決して、他の誰かが気安く触れていいものではない。
あれに触れることが出来るのは、私の真正面から打ち倒した勇気ある者のみだ。
それ以外が私の『核』に触れていいわけがなく、気安く触れることは私のプライドを刺激するのと同位。
それは竜の逆鱗であり、許されぬ罪なのだ。
「──どこに行くつもりだ」
門を潜り抜け、闇夜の街に繰り出そうとした私の正面から、無機質な声が掛けられた。
「…………サイレス」
数少ない街灯に照らされて姿を現したのは、黒いローブをその身に纏う暗殺者だった。
「幻惑魔法は、掛けていたはずだけど?」
「主人の考えることくらい、わかっている。そして、そろそろだろうと思っていた」
「……そう。流石ね」
予想だけで行動の全てを見通し、時間ピッタリに当ててくるとは……これには私も驚いた。そして、驚くと同時に内心舌打ちする。
「行かせてもらえる……わけじゃぁ、無さそうね」
「行かせると思うか?」
街灯の光に、キラリと反射する小さな光。
サイレスは力づくでも私を行かせないつもりらしい。
その覚悟が本気だということは、雰囲気からも魔力からも、私を見つめるその瞳からも伺えた。
「私のことを見逃しなさい」
「それは出来ない」
「たとえ、主人の命令だとしても?」
「……ああ」
「そう。残念よ」
私は一息、殺意を込めた魔力をサイレスにぶつけた。
「そこから退きなさい」
「出来ないと言っている」
「退いて」
「無理だ」
「……どうして?」
私はわからなかった。
まだ彼との付き合いは短いが、ここまで自分を貫くような男ではなかったはずだ。なのに今、サイレスは私の魔力を全身に受けてなお、一歩も動こうとはしなかった。
覚悟以上の信念を感じ取った私は、狼狽える。
「確証は無い。だが──」
サイレスはそこで言葉を区切り、一呼吸。
「ここでお前を行かせたら、お前はお前ではなくなってしまう。そう思った」
「──っ!」
サイレスは気付いていたのだ。
私があの時何を思い、何を考えたのかを。
そして彼も考えた末に、『私』というものを失わせないために抗おうとしている。
「お願いだから、退いてよ……」
「お願いでも、通すわけにはいかない」
「退け」
「退かない」
ギリッと、歯を強く噛む。
「いいから退けと、言っている……!」
「……公爵家の令嬢が使っていい言葉では無いな」
呆れたように呟かれた言葉に、私はハッと顔を上げた。
「それが、本当のお前なのだな」
「…………見損なった?」
「いいや。そんなわけがない」
「どうして?」
「俺が好きになったのは、シェラローズの気高い心だ。口調が変わったところで心までは変わらないだろう?」
はぁ……と、私は大きな溜め息を吐く。
「──全く、敵わないな」
誰にも邪魔はさせないと思っていたのに、こんなにも早く邪魔されるとは、私も丸くなったものだ。
最近の生活が平和すぎて、感覚がダメになっているのだろうか。……だが不思議と嫌ではない。本当に、不思議なこともあるものだ。
「サイレス。これから起こることは、全て他言無用よ」
「了解した」
「このことが出回ったら、私はあなたを殺すことになる。この国も滅ぼす」
「ああ、わかった」
「……本当にわかっているの?」
如何せん全てに感情が乗っていないせいで、本当に理解しているのか怪しい。
今になってサイレスのことを疑うつもりはないのだが、ここまで単調に返事をされると心配になってしまうのは当然のことで、私はジト目で彼を見上げた。
「俺は昔から口が堅いんだ」
「あ~、うん。何でだろう、すっごくわかるわ」
私はもう再度、溜め息を吐き出した。
「サイレス、命令よ。私と──共に来なさい」
「承った。我が主」
サイレスも意外と乗り気なのだろう。
口角を僅かに吊り上げ、恭しく頭を下げるのだった。
1
お気に入りに追加
270
あなたにおすすめの小説
田舎暮らしと思ったら、異世界暮らしだった。
けむし
ファンタジー
突然の異世界転移とともに魔法が使えるようになった青年の、ほぼ手に汗握らない物語。
日本と異世界を行き来する転移魔法、物を複製する魔法。
あらゆる魔法を使えるようになった主人公は異世界で、そして日本でチート能力を発揮・・・するの?
ゆる~くのんびり進む物語です。読者の皆様ものんびりお付き合いください。
感想などお待ちしております。
乙女ゲームに転生したらしい私の人生は全くの無関係な筈なのに何故か無自覚に巻き込まれる運命らしい〜乙ゲーやった事ないんですが大丈夫でしょうか〜
ひろのひまり
恋愛
生まれ変わったらそこは異世界だった。
沢山の魔力に助けられ生まれてこれた主人公リリィ。彼女がこれから生きる世界は所謂乙女ゲームと呼ばれるファンタジーな世界である。
だが、彼女はそんな情報を知るよしもなく、ただ普通に過ごしているだけだった。が、何故か無関係なはずなのに乙女ゲーム関係者達、攻略対象者、悪役令嬢等を無自覚に誑かせて関わってしまうというお話です。
モブなのに魔法チート。
転生者なのにモブのド素人。
ゲームの始まりまでに時間がかかると思います。
異世界転生書いてみたくて書いてみました。
投稿はゆっくりになると思います。
本当のタイトルは
乙女ゲームに転生したらしい私の人生は全くの無関係な筈なのに何故か無自覚に巻き込まれる運命らしい〜乙女ゲーやった事ないんですが大丈夫でしょうか?〜
文字数オーバーで少しだけ変えています。
なろう様、ツギクル様にも掲載しています。
チート幼女とSSSランク冒険者
紅 蓮也
ファンタジー
【更新休止中】
三十歳の誕生日に通り魔に刺され人生を終えた小鳥遊葵が
過去にも失敗しまくりの神様から異世界転生を頼まれる。
神様は自分が長々と語っていたからなのに、ある程度は魔法が使える体にしとく、無限収納もあげるといい、時間があまり無いからさっさと転生しちゃおっかと言いだし、転生のため光に包まれ意識が無くなる直前、神様から不安を感じさせる言葉が聞こえたが、どうする事もできない私はそのまま転生された。
目を開けると日本人の男女の顔があった。
転生から四年がたったある日、神様が現れ、異世界じゃなくて地球に転生させちゃったと・・・
他の人を新たに異世界に転生させるのは無理だからと本来行くはずだった異世界に転移することに・・・
転移するとそこは森の中でした。見たこともない魔獣に襲われているところを冒険者に助けられる。
そして転移により家族がいない葵は、冒険者になり助けてくれた冒険者たちと冒険したり、しなかったりする物語
※この作品は小説家になろう様、カクヨム様、ノベルバ様、エブリスタ様でも掲載しています。
婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです
青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています
チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。
しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。
婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。
さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。
失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。
目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。
二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。
一方、義妹は仕事でミスばかり。
闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。
挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。
※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます!
※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。
悪役令嬢になりたくないので、攻略対象をヒロインに捧げます
久乃り
恋愛
乙女ゲームの世界に転生していた。
その記憶は突然降りてきて、記憶と現実のすり合わせに毎日苦労する羽目になる元日本の女子高校生佐藤美和。
1周回ったばかりで、2週目のターゲットを考えていたところだったため、乙女ゲームの世界に入り込んで嬉しい!とは思ったものの、自分はヒロインではなく、ライバルキャラ。ルート次第では悪役令嬢にもなってしまう公爵令嬢アンネローゼだった。
しかも、もう学校に通っているので、ゲームは進行中!ヒロインがどのルートに進んでいるのか確認しなくては、自分の立ち位置が分からない。いわゆる破滅エンドを回避するべきか?それとも、、勝手に動いて自分がヒロインになってしまうか?
自分の死に方からいって、他にも転生者がいる気がする。そのひとを探し出さないと!
自分の運命は、悪役令嬢か?破滅エンドか?ヒロインか?それともモブ?
ゲーム修正が入らないことを祈りつつ、転生仲間を探し出し、この乙女ゲームの世界を生き抜くのだ!
他サイトにて別名義で掲載していた作品です。
【完結】ヒロインに転生しましたが、モブのイケオジが好きなので、悪役令嬢の婚約破棄を回避させたつもりが、やっぱり婚約破棄されている。
樹結理(きゆり)
恋愛
「アイリーン、貴女との婚約は破棄させてもらう」
大勢が集まるパーティの場で、この国の第一王子セルディ殿下がそう宣言した。
はぁぁあ!? なんでどうしてそうなった!!
私の必死の努力を返してー!!
乙女ゲーム『ラベルシアの乙女』の世界に転生してしまった日本人のアラサー女子。
気付けば物語が始まる学園への入学式の日。
私ってヒロインなの!?攻略対象のイケメンたちに囲まれる日々。でも!私が好きなのは攻略対象たちじゃないのよー!!
私が好きなのは攻略対象でもなんでもない、物語にたった二回しか出てこないイケオジ!
所謂モブと言っても過言ではないほど、関わることが少ないイケオジ。
でもでも!せっかくこの世界に転生出来たのなら何度も見たイケメンたちよりも、レアなイケオジを!!
攻略対象たちや悪役令嬢と友好的な関係を築きつつ、悪役令嬢の婚約破棄を回避しつつ、イケオジを狙う十六歳、侯爵令嬢!
必死に悪役令嬢の婚約破棄イベントを回避してきたつもりが、なんでどうしてそうなった!!
やっぱり婚約破棄されてるじゃないのー!!
必死に努力したのは無駄足だったのか!?ヒロインは一体誰と結ばれるのか……。
※この物語は作者の世界観から成り立っております。正式な貴族社会をお望みの方はご遠慮ください。
※この作品は小説家になろう、カクヨムで完結済み。
オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。
魔性の悪役令嬢らしいですが、男性が苦手なのでご期待にそえません!
蒼乃ロゼ
恋愛
「リュミネーヴァ様は、いろんな殿方とご経験のある、魔性の女でいらっしゃいますから!」
「「……は?」」
どうやら原作では魔性の女だったらしい、リュミネーヴァ。
しかし彼女の中身は、前世でストーカーに命を絶たれ、乙女ゲーム『光が世界を満たすまで』通称ヒカミタの世界に転生してきた人物。
前世での最期の記憶から、男性が苦手。
初めは男性を目にするだけでも体が震えるありさま。
リュミネーヴァが具体的にどんな悪行をするのか分からず、ただ自分として、在るがままを生きてきた。
当然、物語が原作どおりにいくはずもなく。
おまけに実は、本編前にあたる時期からフラグを折っていて……?
攻略キャラを全力回避していたら、魔性違いで謎のキャラから溺愛モードが始まるお話。
ファンタジー要素も多めです。
※なろう様にも掲載中
※短編【転生先は『乙女ゲーでしょ』~】の元ネタです。どちらを先に読んでもお話は分かりますので、ご安心ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる