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第20話 攫われた子供
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「──ん?」
エルシアと様々な店を巡りながら街を楽しんでいた時のことだ。
私は不意に嫌な気配を感じ取り、ある方向を振り向く。
「お嬢様……?」
エルシアはその気配に気付いていないのか、急に振り向いた私に怪訝な表情を浮かべる。
「…………いや、何でもな」
──何でもない。
そう言おうとした私の視界の端に映ったのは────
「──チィ!」
「お嬢様!? お待ちください!」
私は舌打ちを一回、迷いなくその場から駆け出した。
屈強な男複数と、私と同じくらいの子供二人。一瞬だけ見えたのは、男達が浮かべる気味の悪いニヤついた笑みと、子供達が泣きながら抵抗する姿。
あれは知り合い同士には見えなかった。
となれば考えられるのは……人攫い。
奴隷の証である『奴隷のチョーカー』は見えなかった。
であれば遅くはない。まだ急げば助けられる。
「まだ力を見せたくはなかったのだがな……!」
だが、今は予想もしなかった緊急事態だ。
いつかは力を示す時が来るのだから、そのタイミングが早まったと諦めよう。
「【我が枷を解き放て】」
一時的に己の身体能力を爆発的に上昇させる魔法を唱え、私は大人以上の脚力を得た。
人混みの中をすり抜けて行くのでは時間が掛かる。足に力を入れて一気に跳躍し、彼らが入って行った路地裏へと入り込む。
だが、路地裏は変に入り組んでいる構造をしているため姿は見えない。
ならば──
「【万物を見通す目を貸し与え給え】」
視界がクリアになる。それだけでは終わらず、視界を邪魔していた壁が半透明に薄くなり、その向こう側に存在する人の姿が赤く表示された。
全てを見通す魔法さえ発動してしまえば、私の視線から逃れられる者は居ない。
それは先程の男達も同じで、彼らの姿はすぐに見つかった。
……しかし、男達は裏路地に歩き慣れているのか、迷いなく複雑な道を進んでいた。対して私は初めて歩く。ただ道を歩くだけとは訳が違うので、普通に追い掛けていれば、遠くまで離されてしまうだろう。
「少し強引だけど……仕方ない」
大幅に強化された脚力を活かして屋根を伝い、行動を予測して動く。
地面に着地する時、魔法で風を生み出して衝撃を和らげ、無事に先回りすることに成功した。
「止まりなさい!」
「何だこいつ、どこから現れやがった!」
「って、ただのガキじゃねぇか」
「……んだよ、驚かすんじゃねぇよ」
男は三人。どれも体格は大きくて屈強そうだ。人攫いは村を襲撃して金になりそうな女子供を攫うのが仕事だ。それなりに強いのは当然だろう。
そして子供は最初に見た通り、二人。
姉妹……というか双子だろうか? 細かく見れば違いがわかるが、一見すると同じ人物が二人居るのかと思うくらいにはそっくりだった。そしてどちらも雪のように真っ白で、私のような銀色が混じった髪とは少し異なる色だ。
純白の毛並みもそうだが、彼女らを見てまず一番に目が行くのは、頭部と腰辺りだろう。
姉妹は亜人だった。白い耳と白い尻尾。主に獣人種と呼ばれる亜人だ。獣人には様々な部族が存在するが、二人はどの種族かはわからない。少なくとも300年前には存在しなかった部族だ。
遠目で見た時はほんの少しの時間だったので観察している時間は無かったが、彼女達は思っていたよりも酷い状態だった。
布で口を封じられ、腕の太さくらいはありそうな鎖で手を縛られている。決して逃げられないように足枷までしてあって、徹底されていた。そして暴行を受けたであろう箇所には、思わず目を瞑るほどの酷い青あざが出来ていた。二人が抵抗出来ないよう、少しでも気力を奪うためにやったのだろう。
男達は馬鹿正直に自分の手で引っ張って来たのではない。
来れるところまで馬車で運び、それからこうして強引に連れて来た。
その間、私がそうだったように、その様子は誰かの目に触れていたことだろう。
……しかし、誰かが助けを呼んだ様子もない。
そのことに私は、ギリッと歯を噛みしめる。
幼気な少女が攫われようとしているのに、見て見ぬ振りをしている者達に腹が立った。
関わったらこちらに被害が返って来るとわかっていても、行動に移さない者はただの小心者であり、二度と上に登れない弱者だ。
関わるのが怖いのなら、兵士でも呼べばいい。だが、見て見ぬ振りをした者達は、返り討ちに合う恐怖で考えることを放棄し、自分には関係のないことだからと目を背けた。
──ああ、そうだな。
そいつらは小心者でも、弱者でもない。
ただの──腰抜けだ。
私は、そんな者になるつもりはない。
「その子達から手を離しなさい!」
手の先に魔力を込めて忠告するが、男達はヘラヘラとした笑みを崩さない。
むしろ奴らは「いいカモが自分から飛び込んで来た」とでも思っているのだろう。
「へへっお嬢ちゃん。見た感じ良いところの奴らしいな」
「……ということは、貴族らしい正義感でも湧いたか?」
──正義感、か。
それは貴族であろうとなかろうと、誰もが心の中で持ち合わせているものだ。
しかし、その気持ちを実現するためには、力が要る。何の力も持たない者は、どんなに立派な正義感を持っていようとも、それはただの飾りにしかならない。
だから私は『正義感』という言葉はあまり好かない。
言い換えるなら……こうだ。
「──義務。困った人に手を差し伸べる。それが力ある者にだけ与えられた義務よ」
私は言葉に『覇気』を乗せ、男達に言い放った。
「これは警告よ。痛い目を見たくなければ、今すぐお縄につくことね」
挑発とも取れる警告に姉妹は目を丸くさせ、男達は額に青筋を浮かべた。
「ちょっと戦うことを覚えただけで、調子に乗りやがって」
「顔が良いから無傷で売ってやろうと思ったが……気が変わった」
「その顔を絶望に染めてから、最悪な状態にして売ってやるよぉ!」
三人の男は同時に武器を取り出し、怒号と共に地を蹴った。
私は焦らず、敵の分析に入る。
剣を持っているのが二人で、残りの一人は後ろから投擲物で援護。バランスは良い。動きは乱暴で雑だが、悪党にしては十分連携が取れている配置だ。
身に付けている装備は質の悪い物だったが、武器として扱っている物から微かな魔力を感じる。そのような武器は魔力を込めれば真なる力を発揮する。製造が難しくあまり出回らない品なのだが……あれも殺して奪ったのだろう。
「──ラァ!」
分析している間に、一人が剣の当たる間合いまで侵入して来た。
ピクリとも動かない私に油断したのか、大振で乱暴な斬撃を上から振り下ろす。
だが、甘いと私は内心ほくそ笑む。
──カチッと小さな音が聞こえた次の瞬間、男の足元で激しい爆発が起こった。
爆風の衝撃で男は打ち上げられ、私は事前に張っておいた魔力障壁で無傷。
そんな仲間のことを呆けた顔で見上げる馬鹿二人。
戦闘で敵から目を逸らす行為がどれほど愚かなことか、その身を以て味わうが良い。
「【閉じた世界は白く染まり、やがてこの地は凍土と成り果てる】」
口早に詠唱しながら地面に手をつき、詠唱が完成したと同時に私の前方が白銀に染まった。
「なんだ、これ──」
「ヒッ、助けっ──」
残りの二人にも白銀が絡みつき、最後まで言葉を発することなく凍て付いた。
遅れて地面に落下した男も氷に触れた瞬間、全身が氷に包まれた。
この者達が動き出すことは、無い。
だからって殺したわけではない。
流石に公爵家の令嬢が、助けるためとはいえ人を殺すのはまずい。
だが、私がこの凍土を解除するその時まで、三人は氷の中で眠り続けることだろう。
この白銀の束縛から抜け出した者は私の経験上……『勇者』とその仲間。彼らと並ぶくらいに名を馳せていた『賢者』くらいだ。
ここで腐った仕事をしている程度の者が、抜け出せるような魔法ではない。
「……だがまぁ、力試しには良い実験台だった」
世界に転生して最初の戦闘は、完膚無きまでの圧勝に終わったのだった。
エルシアと様々な店を巡りながら街を楽しんでいた時のことだ。
私は不意に嫌な気配を感じ取り、ある方向を振り向く。
「お嬢様……?」
エルシアはその気配に気付いていないのか、急に振り向いた私に怪訝な表情を浮かべる。
「…………いや、何でもな」
──何でもない。
そう言おうとした私の視界の端に映ったのは────
「──チィ!」
「お嬢様!? お待ちください!」
私は舌打ちを一回、迷いなくその場から駆け出した。
屈強な男複数と、私と同じくらいの子供二人。一瞬だけ見えたのは、男達が浮かべる気味の悪いニヤついた笑みと、子供達が泣きながら抵抗する姿。
あれは知り合い同士には見えなかった。
となれば考えられるのは……人攫い。
奴隷の証である『奴隷のチョーカー』は見えなかった。
であれば遅くはない。まだ急げば助けられる。
「まだ力を見せたくはなかったのだがな……!」
だが、今は予想もしなかった緊急事態だ。
いつかは力を示す時が来るのだから、そのタイミングが早まったと諦めよう。
「【我が枷を解き放て】」
一時的に己の身体能力を爆発的に上昇させる魔法を唱え、私は大人以上の脚力を得た。
人混みの中をすり抜けて行くのでは時間が掛かる。足に力を入れて一気に跳躍し、彼らが入って行った路地裏へと入り込む。
だが、路地裏は変に入り組んでいる構造をしているため姿は見えない。
ならば──
「【万物を見通す目を貸し与え給え】」
視界がクリアになる。それだけでは終わらず、視界を邪魔していた壁が半透明に薄くなり、その向こう側に存在する人の姿が赤く表示された。
全てを見通す魔法さえ発動してしまえば、私の視線から逃れられる者は居ない。
それは先程の男達も同じで、彼らの姿はすぐに見つかった。
……しかし、男達は裏路地に歩き慣れているのか、迷いなく複雑な道を進んでいた。対して私は初めて歩く。ただ道を歩くだけとは訳が違うので、普通に追い掛けていれば、遠くまで離されてしまうだろう。
「少し強引だけど……仕方ない」
大幅に強化された脚力を活かして屋根を伝い、行動を予測して動く。
地面に着地する時、魔法で風を生み出して衝撃を和らげ、無事に先回りすることに成功した。
「止まりなさい!」
「何だこいつ、どこから現れやがった!」
「って、ただのガキじゃねぇか」
「……んだよ、驚かすんじゃねぇよ」
男は三人。どれも体格は大きくて屈強そうだ。人攫いは村を襲撃して金になりそうな女子供を攫うのが仕事だ。それなりに強いのは当然だろう。
そして子供は最初に見た通り、二人。
姉妹……というか双子だろうか? 細かく見れば違いがわかるが、一見すると同じ人物が二人居るのかと思うくらいにはそっくりだった。そしてどちらも雪のように真っ白で、私のような銀色が混じった髪とは少し異なる色だ。
純白の毛並みもそうだが、彼女らを見てまず一番に目が行くのは、頭部と腰辺りだろう。
姉妹は亜人だった。白い耳と白い尻尾。主に獣人種と呼ばれる亜人だ。獣人には様々な部族が存在するが、二人はどの種族かはわからない。少なくとも300年前には存在しなかった部族だ。
遠目で見た時はほんの少しの時間だったので観察している時間は無かったが、彼女達は思っていたよりも酷い状態だった。
布で口を封じられ、腕の太さくらいはありそうな鎖で手を縛られている。決して逃げられないように足枷までしてあって、徹底されていた。そして暴行を受けたであろう箇所には、思わず目を瞑るほどの酷い青あざが出来ていた。二人が抵抗出来ないよう、少しでも気力を奪うためにやったのだろう。
男達は馬鹿正直に自分の手で引っ張って来たのではない。
来れるところまで馬車で運び、それからこうして強引に連れて来た。
その間、私がそうだったように、その様子は誰かの目に触れていたことだろう。
……しかし、誰かが助けを呼んだ様子もない。
そのことに私は、ギリッと歯を噛みしめる。
幼気な少女が攫われようとしているのに、見て見ぬ振りをしている者達に腹が立った。
関わったらこちらに被害が返って来るとわかっていても、行動に移さない者はただの小心者であり、二度と上に登れない弱者だ。
関わるのが怖いのなら、兵士でも呼べばいい。だが、見て見ぬ振りをした者達は、返り討ちに合う恐怖で考えることを放棄し、自分には関係のないことだからと目を背けた。
──ああ、そうだな。
そいつらは小心者でも、弱者でもない。
ただの──腰抜けだ。
私は、そんな者になるつもりはない。
「その子達から手を離しなさい!」
手の先に魔力を込めて忠告するが、男達はヘラヘラとした笑みを崩さない。
むしろ奴らは「いいカモが自分から飛び込んで来た」とでも思っているのだろう。
「へへっお嬢ちゃん。見た感じ良いところの奴らしいな」
「……ということは、貴族らしい正義感でも湧いたか?」
──正義感、か。
それは貴族であろうとなかろうと、誰もが心の中で持ち合わせているものだ。
しかし、その気持ちを実現するためには、力が要る。何の力も持たない者は、どんなに立派な正義感を持っていようとも、それはただの飾りにしかならない。
だから私は『正義感』という言葉はあまり好かない。
言い換えるなら……こうだ。
「──義務。困った人に手を差し伸べる。それが力ある者にだけ与えられた義務よ」
私は言葉に『覇気』を乗せ、男達に言い放った。
「これは警告よ。痛い目を見たくなければ、今すぐお縄につくことね」
挑発とも取れる警告に姉妹は目を丸くさせ、男達は額に青筋を浮かべた。
「ちょっと戦うことを覚えただけで、調子に乗りやがって」
「顔が良いから無傷で売ってやろうと思ったが……気が変わった」
「その顔を絶望に染めてから、最悪な状態にして売ってやるよぉ!」
三人の男は同時に武器を取り出し、怒号と共に地を蹴った。
私は焦らず、敵の分析に入る。
剣を持っているのが二人で、残りの一人は後ろから投擲物で援護。バランスは良い。動きは乱暴で雑だが、悪党にしては十分連携が取れている配置だ。
身に付けている装備は質の悪い物だったが、武器として扱っている物から微かな魔力を感じる。そのような武器は魔力を込めれば真なる力を発揮する。製造が難しくあまり出回らない品なのだが……あれも殺して奪ったのだろう。
「──ラァ!」
分析している間に、一人が剣の当たる間合いまで侵入して来た。
ピクリとも動かない私に油断したのか、大振で乱暴な斬撃を上から振り下ろす。
だが、甘いと私は内心ほくそ笑む。
──カチッと小さな音が聞こえた次の瞬間、男の足元で激しい爆発が起こった。
爆風の衝撃で男は打ち上げられ、私は事前に張っておいた魔力障壁で無傷。
そんな仲間のことを呆けた顔で見上げる馬鹿二人。
戦闘で敵から目を逸らす行為がどれほど愚かなことか、その身を以て味わうが良い。
「【閉じた世界は白く染まり、やがてこの地は凍土と成り果てる】」
口早に詠唱しながら地面に手をつき、詠唱が完成したと同時に私の前方が白銀に染まった。
「なんだ、これ──」
「ヒッ、助けっ──」
残りの二人にも白銀が絡みつき、最後まで言葉を発することなく凍て付いた。
遅れて地面に落下した男も氷に触れた瞬間、全身が氷に包まれた。
この者達が動き出すことは、無い。
だからって殺したわけではない。
流石に公爵家の令嬢が、助けるためとはいえ人を殺すのはまずい。
だが、私がこの凍土を解除するその時まで、三人は氷の中で眠り続けることだろう。
この白銀の束縛から抜け出した者は私の経験上……『勇者』とその仲間。彼らと並ぶくらいに名を馳せていた『賢者』くらいだ。
ここで腐った仕事をしている程度の者が、抜け出せるような魔法ではない。
「……だがまぁ、力試しには良い実験台だった」
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