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第17話 やるべきこと

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 あれから月日が経ち、三ヶ月が経過した。

 その間、昼はコンコッドから魔法学の基礎を学び、その空いた時間で買い漁った魔導書を読み進める。という生活を繰り返していた。

 それを毎日続けていたおかげもあってか、三ヶ月が経つ頃には現代に伝えられている魔法学の全てを納めることに成功していた。

「全く、普通ならば学生が三年掛けて学ぶことなのに……お嬢様には驚かされるばかりです」

 それが、全ての基礎を学び終わった時にコンコッドから言われたことだ。

「コンコッドの教えが良かったからよ」
「ですが、それでも早すぎると思うのですが……」

 コンコッドは呆れたように、深い溜め息を吐いた。
 ……だが、彼の気持ちもわかる。

 魔法学を細かく分けると、全部で八つ。

 学園ではその内のどれかを専門的に学ぶのだが、それでも三年は掛かる。それが普通だ。
 単純計算で言ってしまえば、普通の人間ならば27年の月日を必要とするのに、私は一つの分野だけでは飽き足らず、わずか三ヶ月で全てを理解してしまったのだ。

 驚くを通り越して、呆れるのが正しい反応だ。

「でも、教えてもらったのは基礎中の基礎だし、三ヶ月で十分学べる量だったわ。だから私が凄いだけじゃないと思うの」
「…………うーむ……」
「コンコッドも教科書選びを真摯に考えてくれたし、そのおかげよ」
「……まぁ、そういうことにしておきましょう」

 コンコッドはこれ以上何を言っても無駄だと悟ったようで、どうにか納得してくれた。

 ちなみに私がわずか三ヶ月で全てを学び終えてしまったのは、ただ単に魔王であった時の知識のおかげであった。
 真剣に全てを教えようとしてくれていたコンコッドには悪いが、私は元々魔法学の全てを極めていた。そんな私が真に学んでいたのは、昔と今の知識の違いだ。

 そして理解したことは、全てにおいて魔法学は衰退している。という悲しい現実だった。
 攻撃魔法や魔術がそうだったので、もしかしたらとは思っていたのだが……こう結果になって返ってくると、魔法を追求した者の一人として残念に思う。

 過去に、私以上に魔法が好きだった部下が居た。
 そいつがこの時代でも生きていたのなら、きっと奴は三日三晩嘆き続けていたことだろう。

「とにかく、これで私が教えられることは無くなりました」
「はい。コンコッド先生、今までありがとうございました。とても、楽しかったです」

 そう言って微笑むと、コンコッドはわかりやすく顔を赤く染めた。

「私は心配です。その内、男を籠絡しまくるのではないかと……」
「……? 私が? そんなことしないわよ。私にはそんな魅力はないし」
「何度も言っていますが、お嬢様以上に可愛らしい少女を見たことがありません。今はまだわからないのも仕方ありませんが、もしあなたが学園に通うようになれば理解することでしょう」

 ──また始まった。
 と私は内心で溜め息をつく。

 どうやら私は、そこらにいる娘以上に可愛いらしい。それも一線を凌駕するレベルで。
 流石に身内贔屓が少しは入っているだろうとは理解していたが、それでも私は彼の目に可愛く写っている。
 少し前に「不意に笑顔を見せられると照れるので、少しは控えてください」と言われた時は本気でどうしようかと困ったものだ。

「なのでお嬢様は、そろそろご自分の容姿を認めた方がいい」
「……わかったわ。今後は気を付けておく。……でも、私は誰かを取っ替え引っ替えするつもりはないわ。だって私は……、……私、は」
「私は……どうしたのです?」
「──っ、何でもない!」

 一瞬脳裏に浮かんだのは、真紅に輝く騎士。
 どうして今になって彼の姿が思い浮かぶのかがわからなくなった私は、ブンブンと首を振って思考を中断した。

「本当に、どうしたのかしら……」
「まだお嬢様は自覚が無いのですね」
「自覚……? 何のことを言っているの?」
「それは…………いえ、これはお嬢様の問題です。私が言っていいことではないでしょう」

 つまり、自分で考えろということだ。

 本当はコンコッドが何を考えているのかを知りたかったのだが、それを聞いてしまったらダメな気がしてしまった。
 今日のところは彼の助言をそのまま脳裏に書き込んで記憶しておくことで、その会話は終了となった。

「では、私は旦那様に授業終了の報告をしてきます」
「私も行きましょうか?」
「いえ、お嬢様はお部屋にお戻りください。少し……募る話もあると思いますので」
「そう? それじゃあ、私は先に戻らせてもらうわね。本当にありがとう。楽しい三ヶ月だったわ」


「あの、お嬢様!」


 教材を纏めて中庭を出ようとしたところで、コンコッドが私を呼んだ。

「ん、なぁに?」
「もし、まだお嬢様が勉学に励みたいと言うのであれば、新たな家庭教師を雇うよう旦那様に進言しましょうか?」
「…………ふむ……いいえ、そこまでしてくれなくても大丈夫」

 コンコッドの助力は嬉しいが、一先ずはこれで十分だと判断したため、私はそれを丁重に断った。

「そうですか……出すぎたことを申しました」
「いいの。コンコッドがそれだけ真剣に考えてくれているとわかっただけで嬉しいもの。でもね、そろそろ勉強している暇が無くなると思うのよ」
「勉強している暇が無くなる……? あ、まさか……」

 何かを思い至ったようなコンコッドに、私は頷く。

「もう少しで私の誕生日がくる。それからは忙しい日々になる。……これは単なる予想だけどね」

 後四ヶ月と少しで、私の誕生日だ。
 7歳になるということは、それほど大した出来事ではないのだが、私に限った場合で言えばかなり重要になってしまう。

 私は今まで『病弱体質なため屋敷にて療養中』ということになっていた。

 一般的な貴族の子供が5歳から始める『お茶会』というものを、まだ私は経験していないのだ。
 それは貴族としても、8歳から学園に入学する身としても、それは少々問題があった。

 公爵家の娘なのに友達が居ない。
 今はまだ屋敷で世話になっているだけなので、そこまで問題になることではないのかもしれない。
 しかし、8歳になって学園に入学することになれば、そのことは最も問題視される。

 公爵家の令嬢なのに友達が居なくて、学園で身を守ってくれる側近もまだ決まっていない。
 それらの問題を解決するため、7歳の誕生日を区切りに忙しくなるのではないか? と私は考えていた。

「ちなみに、誰かにそのことを聞かされたから考えた……という訳では?」
「私が自分で考えてのことよ。皆はまだ私には早いと教えてくれないんですもの」

 私の考えを聞いたコンコッドは「ははは……」と乾いた笑い声を漏らし、すぐに「はぁ……」と溜め息を吐いた。

 人間には『一度溜め息をついたら幸せが一つ逃げる』という迷信があるようだが、最近のコンコッドは溜め息ばかりだ。
 もしその迷信が本当なら、コンコッドの幸せが物凄い勢いで逃げていることになる。それについて少し心配になるが、それをさせている原因は私だと知っているので、無闇に首を突っ込まないように心がけていた。

「本当に、お嬢様は何者です?」

 そんな彼の言葉に、私は薄く笑い返す。

「ただの女の子よ。公爵家の、ね」
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