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第7話 作戦実行の時

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 カチャカチャと、食器同士が触る音が鳴る。

 私と父親、二人だけの夕食はとても静かだ。
 まず話すことは、何もない。
 両親の仲を取り戻すために奔走していることを除けば、私は部屋で大人しくしているばかりだ。父親は仕事で忙しい。当然そんな二人に話題などあるはずもなく、食事は静かに進んでいく。

 後ろの方にエルシアを含む使用人の数名が控えているが、彼女達が口を開くことはない。
 ここは私と父親の空間。発言は許されていないのだ。

「体調は、どうだ?」

 先に沈黙を破ったのは、父親だった。

「長く眠っていたせいで若干気だるいですが、問題はありません」
「そうか。無理はするな」
「はい、ありがとうございます」

 再び静寂が包む。

「……あの、お父様……」
「どうした?」
「…………いえ、何でもありません」

 ──お父様は、お母様のことを愛していますか?
 それを聞こうと思った私は、直前になって怖くなってしまった。

 ……いや、少し違う。

 『私』が、シェラローズが答えを聞くのを怖がったのだ。
 しかしそれは私も同じく恐れることなのだろう。
 私はそれ以上の言葉を言い出せなかった。

『奥様がそうだとしても、旦那様は違うかもしれません。近づこうとして拒絶されたら、奥様は二度と立ち直れません。奥様に夢のような希望を、未来を見させないでください』

 メリダの言葉が 脳裏をよぎる。

 まだ大丈夫かもしれない。
 でも、もう遅いのかもしれない。

 父親も人間だ。
 長い間離れ離れになっていれば愛情は薄れる。
 私のやっていることは無駄なのだろうか?
 それが怖くなり、私は言葉を詰まらせたのだ。

「シエラ」
「……はい」
「遠慮なんてしなくていい。私達は家族なのだからな」
「ですが」

 私はそれでも躊躇してしまう。
 その一言で壊れてしまうのを恐れたのだ。

「お前にまで信じてもらえなくなったら、私は寂しい」

 父親はそう言い、力無く笑った。

「──っ!」

 それがどうにも可哀想に見えてしまった。

「…………申し訳ありません」

 長い沈黙の末に口から出たのは、謝罪の言葉だった。
 父親の気持ちは嬉しい。だが、それでもまだ話すことは出来ない。

「信用していないわけではありません。お父様のことは大好きです。今はそれだけを信じていただけますか?」

 その願い事に、父親は難しい顔をした。
 本音を言いたいのであれば、私が何を考えているのかを話して欲しいのだろう。
 しかし、その本人が言いたそうにしていないから、言い出せないでいる。
 娘に甘いことを利用しているのは少々気が引けるが、仕方のないことだと私は割り切った。

「それではシエラ。これだけは約束してほしい」
「はい。何でしょう?」
「危険なことだけはしないでくれ。お前に何かあったら、もう私達は立ち直れないのだ」

 それは懇願だった。
 泣きそうな顔で娘に懇願するのは情けないと思うか?
 貴族として、一人の父親として弱さを見せるのは、情けないことなのだろうか?

 ……私はそう思わない。
 弱さを見せるということは、その人を信頼しているということだ。
 そのことに嬉しいと思えど、どうして情けないと思えるのだろう?

「…………わかりました。危険なことはしないとお父様に誓います」

 父親は『私』ではなく『私達』と言った。
 今は、それを聞けたことが嬉しかった。

 だから私はこれを言う決心が付いた。

「…………お父様、お願いがあります」

 そこで言葉を区切り、私は深呼吸を一回。

「────」

 そこで見せたお父様の顔は、様々な感情が入り混ざって面白かった。



          ◆◇◆



 翌朝、私は母親の部屋の前まで来ていた。
 数回のノックの後、メリダが中から扉を開けた。

「……シェラローズ様」

 相変わらずの顰めっ面で私を睨みつけるメリダ。以前のようなことがあったせいか、その不機嫌さはいつもより三割増しだ。
 ……まぁ、真正面から『メイド風情が指図するな』と言われれば、こうなるのも当然か。

「おはようございますメリダ。お母様に会わせてください」

 変に言い回すのは得意ではない。
 だから単刀直入に用件を話したら、めちゃくちゃ嫌そうな顔をされた。
 以前に私が遠慮なく言い切ったからなのだろうか。あちらも私に容赦がなくなったな。

「奥様は今休憩を──」
「嘘を付かないでください」
「…………奥様に会わせることは出来ません」
「私の言葉だろうと、ですか?」
「はい。シェラローズ様の言葉でもです」
「……そうですか……」

 どうしても私と母親を会わせるつもりはないようだ。
 だが、これは今までのことを思い返せば予想のつくこと。

「ええ、ですからお戻りくださ──」
「では失礼します」
「ちょっとシェラローズ様……!」

 立ちはだかるメリダの手をひらりと躱し、私は部屋に押し入る。
 中にはベッドの上で上半身のみを起き上がらせ、窓から外の景色を眺める母親の姿があった。

「シエラちゃん?」

 彼女はこちらに気付き、すぐに微笑みを向けてくれた。
 私もそんな母親に微笑みを返し、ドレスの裾を摘んでお辞儀した。

「おはようございますお母様……朝早くから申し訳ありません」
「それは良いけれど、こんな早くからどうしたの?」
「今日はお母様にお願いがあって来ました」
「お願い……?」

 母親は怪訝な表情を作り、青色の瞳が真っ直ぐにこちらを見つめた。
 そんな彼女に私は手を差し出し、口を開く。

「外に出ましょう。お母様」



          ◆◇◆



「お母様、こちらです」

 私は母親の手を強引に引っ張り、中庭まで来ていた。

 アトラフォード家の敷地は広く、数種類の庭が存在する。今日母を連れて来たのは、私がよく駆け回って遊んでいた庭とは別の庭だ。
 ここは花などの植物が沢山あって、庭師によって綺麗に整えられている。シェラローズはまだ子供なのでこの魅力は理解出来ないと思うが、私はこのようにゆったりと時間を潰せる場所が大好きだ。今度からはここらで景色を楽しみながら、本を読むのも良いかもしれない。

「シエラちゃん? そんなに慌てなくても……」
「いいえ。なるべく急ぎたいのです」
「…………?」

 一心に中庭の中心まで歩く私に母親は困惑していたが、それ以上は何も言おうとしてこなかった。
 子供は突拍子もないことをやりだすものだ。今回のそれも同じだと思ってくれたのだろう。そう考えると子供の体は動きやすくて良い。これからもこの体を利用させてもらおう。

「着きました。お母様」

 辿り着いたのは、周りをアーチ状の花で囲った小さな広間。

 中には一つの長椅子が設置されており、そこには一人の先客がいた。
 その人は見た目30代くらいの男性で、金色の髪をオールバックに搔きあげている。しかしそれは整えられていて、野蛮には見えない。彼が持つ翡翠色の瞳は大きく開かれ、私……ではなく、その後ろの母を穴が開くほど見つめている。

 彼の名はヴィードノス・ノーツ・アトラフィード。
 私の父親であり、アトラフィード公爵家の当主である。

「カナ、リア……?」
「……あなた?」

 二人は五年振りの再会を果たした。
 しかし、お互いに意味がわからないと、そう言いたげな表情をしていた。
 夫婦と言えどここまで驚くとは……よく離婚しなかったなと私は感心した。……まぁそうなっていたら全てが手遅れだったわけだが。

 ──とにかく私の計画は一段階進んだ。

「シエラ、これはどういうことだ?」
「シエラちゃん、どうして……?」

 二人が私にそう問いかけるのは、ほぼ同時だった。

「お父様、お母様。私は考えておりました。どうすればお二人が仲直り出来るのかを」
「シエラ、ちゃん……?」

 両親は未だ混乱している様子だった。

「そして私は、お互いの本心を語り合うのが一番だという結論に至りました」

 ──だから私はこの場を整えた。
 握っていた母親の手を離し、二、三歩後ろに下がってお辞儀した。

 ゆっくりと頭を上げ、大人のくせに素直になれない両親に微笑み、私は一言。

「いい加減、仲直りしてください」
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