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第3章

死んでもなお、あなたは──

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 ウンディーネが口にした、謎の少年の思惑。
 それは私をおびき出し、あの国に襲撃を仕掛けることでした。

 なぜあの国を狙うのかは、わかりません。
 ですが、このままではアカネさんや皆さんが危ないことは間違いありません。

「すぐに戻ります。動けますか?」

『うちのことは気にしないで……リーフィアに、魔力も貰ったから』

「……そうですか。では本気を出します」

 帰りの順路は覚えています。
 道中の邪魔者も全て蹴散らしたので、あとは進むだけです。


 ──私は、久しぶりに荒れていました。
 時間が経つたびに怒りと焦りが積み重なり、道中も口を開く余裕はありません。

 今はとにかく、皆の無事を祈るばかり。


『やがてお前は全てを失うことになる』

 脳内で、その言葉が繰り返されます。


「わかっているんですよ、そんなことは……」

 奥歯を噛み締め、唸るように呟きます。

 でも、どうしろと言うのですか。
 体に馴染んでいないと言われても、私にはわかりません。


 ……ああ、もう……苛々しますね。


 私の意思に反して、勝手に動く周囲。
 こちらの都合なんて考えずに……本当に、いい迷惑です。

 私だけが巻き込まれるなら、別に気にしません。
 ですが、私の大切な人達まで巻き込むのは、絶対に許せません。


 私が望むのは、平和な日常と睡眠です。
 一緒に居てほしい人達が居ないのは、許せることではありません。

 ウンディーネもアカネさんも、ミリアさんも。
 皆、私にとって居なければいけない存在です。

 奪わせません。
 絶対に、奪われてたまるものですか。







「…………なのに、あなたはまだ、私の邪魔をするのですね」







 立ちはだかるのは、山・の・よ・う・に・大・き・な・生・物・。

 洞窟全体に響くような咆哮はありません。
 それが出来るような機能は、その巨体に備わっていません。


 ──そいつに頭部はありません。
 私が弾き飛ばしたままの姿で、ゾウだったものは二本の足で立っていました。

「死んでもなお、私を邪魔すると……」

 おそらく、これを復活させたのは、あの少年でしょう。
 これが彼なりの『置き土産』というわけです。


「ふざけるのも、大概にしてください」

 絞り出した声は、わずかに震えていました。


「そこを退きなさい」

 返事は、巨木のような剛腕で返ってきました。

 私は避けません。
 それすらも億劫です。

「【腕力強化】」

 大地を砕く衝撃が降ってくるのと、私が拳を突き出すのはほぼ同時でした。

「煩わしい」

 羽虫を払うように腕を振るえば、巨体はバランスを崩して前のめりにこちらへ倒れ込みます。

「あなたは、どうすれば死にますか」

 地に付いた右膝をぶん殴ると、ゾウの右足は付け根まで吹き飛びました。

「あなたは、どうすれば動かなくなりますか」

 我武者羅に振り下ろされた右腕を最低限の動きで躱し、懐に潜り込みます。

「邪魔です。退いてください」

 ──マジックウェポン【大剣】。
 それは一切の装飾が施されていない、ただ叩き斬ることのみに特化した『刃』とも呼ぶべき無骨な大剣です。

 力任せに、身の丈以上もある刃を横薙ぎに振ります。


 ──やはり硬い。
 金属をぶっ叩いたような感覚です。


 腕力を強化しても、皮膚をわずかに切り裂く程度。
 これは流石に予想していませんでしたが──問題ありません。

「風よ」

 魔法で風を操り、大剣にぶつけます。
 わずかに、刃が金属のように硬い皮膚にめり込みます。

 ですが、これではまだ致命傷になりえない。

「風よ、風よ、風よ、風よ風よ風よ風よ風よ風よ。
 風、風、風、風、風風風風風風風風風風風風風風────」

 何度も何度も、風をぶつけます。
 魔力は急激に減っていきますが、今はとにかく、この邪魔なデカブツを叩き割ることだけしか考えません。


「【鬱陶しい】」

 感情のままに飛び出した言葉には魔力が重なり、一際大きな風が大剣を押しました。

 それの最後に声はありません。
 ただ静かに、巨大なものが崩壊するように、その上半身は斜めに崩れ落ちました。



「……………………行きますよ」

 その様子を一瞥し、走り出します。
 私はもう……あんなものに構っていられるほど、優しくありませんでした。

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