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第3章

新たな壁

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「さて、そろそろ出るとしようか」

 弾んでいた会話も落ち着きを取り戻し、食後の紅茶を楽しんでいた時、おもむろにアカネさんがそう口に出しました。

「……ああ、もうこんなに時間が経っていたのですね。気が付きませんでした」

 私達が予約した席が個室だったというのもあり、人目を気にすることなく話していられたため、かなり長居してしまいましたね。店の雰囲気が心地良かったという理由もありますが、この四人だったから時間を忘れられたのでしょう。

 この中にヴィエラさんとディアスさんも加われば、もっと会話が弾んでいたかもしれません。


「次は、皆で来たいですね」

「そうじゃな」

 素直な感想を口にすると、アカネさんもそれに同意するように頷きました。


「あ、でも……今度は二人きりでも良いですね」

「なっ……! り、リフィ、急にそのようなことを言うのは卑怯じゃぞ!」

「私が悪いのですか?」

 本当は二人だけデートで訪れる予定でした。
 ですが、ウンディーネとミリアさんも参加したことで、これはデートではなく観光になってしまいました。

 これもこれで十分に楽しめたのですが、折角ならまたの機会にデートを仕切り直したいな…………と考えての言葉だったのですが、どうやら変に勘違いされたっぽいですね。


『……むぅ…………』

 と、ウンディーネからの視線を感じます。

「もちろん、ウンディーネともデートしましょうね。この場所ではちょっと無理ですが、帰ったら必ず。約束です」

『うんっ……!』

 ウンディーネはその誘いに嬉しくなったのか、るんるんと鼻歌を口ずさみながら何処かに飛んで行きました。

 この店から眺める街の景色でも観に行ったのでしょう。
 遠くまで行かないなら大丈夫かと、私はその背中を見送ります。


「……なぁなぁ、余は? 余は?」

「…………帰ったら、大量の書類整理が待っていると思いますよ」

 軽い冗談を言ってみたら、めちゃくちゃ面白い顔をされました。
 口には出していませんが「絶望しています」と、顔にわかりやすく書いてあります。


「冗談ですよ」

 本気にされると面倒になりそうだったので、ちゃんと訂正を挟みます。
 すると露骨に安堵の溜め息を吐かれました。

「そうですねぇ……久しぶりに一緒に遊んであげます」

「本当か!?」

「その日の仕事を終わらせたら、です。サボりは許しませんよ」

「うむ! わかっている!」

 ミリアさんはこの国に来て、しっかりと大人しくしてくれています……よね?
 …………うん。そういうことにしておきましょう。

 言いつけを守ってくれた彼女に、何かしらのご褒美をあげるのは当然のことです。
 本当は「んなもん知るか」と帰ったら惰眠生活に戻りたいのですが、一日くらいなら付き合ってあげましょう。


「約束だぞ! 約束だぞっ!」

「はい。約束です」

「……リフィは優しいな。見事に魔王を飼い慣らしている」

 アカネさんは感心したように、私達の様子を見ていました。
 飼い慣らしているって、それ本人の前で言っていいのでしょうか?

「…………?」

 あ、これ理解していませんね。
 なら全然大丈夫です。



「もし、妾達の間に、そ、その……こ、ここ子供が出来たのなら、リフィは良い夫になるじゃろうな」

「それはこちらも同じことを言えます。聡明で優しく、それでいて気高い。面倒見も良くて夫想い。ここまで素晴らしい妻は、世界中を探しても早々見つかりません。きっと子供が出来たら更に素晴らしい妻になるでしょうね」

「すまぬ! 挑発したことは謝るから、それくらいで勘弁してくれ……!」

「まだまだ妻自慢はありますよ。聞きます?」

「もういい!」

 拗ねるようにそっぽを向くアカネさん。
 無理して私を褒めようとするから、こうなるのです。

 でも、子供ですか……。
 私達は女同士なので、化学的に無理でしょうね。


 …………あ、でも困りました。


 アカネさんのご両親には私が女だということを隠しています。
 つまり、いつまでも孫の顔を見れないということです。

 お義兄さんが誰かと結婚すれば孫自体は見れると思いますが、私達の子供はいつまで経っても見ることは叶わないでしょう。

 その内、子供ができないことに疑問を覚えるかもしれません。
 子供のことを指摘された場合、なんて誤魔化しましょう?


 ──やばい、どうしましょう。
 思わぬところで壁にぶち当たってしまいました。



「……どうした? 急に黙り込んで」

 心配してくれたのか、アカネさんが私の顔を覗き込んできました。
 私は一旦、自分の思考から現実世界に戻り、婚約者の顔をじっと見つめ返しました。

「な、なんじゃ……?」

 わかりやすく狼狽するアカネさん。
 これは私達の問題なので、正直に話しておいた方がいいでしょうね。


「アカネさん。これは夫婦にとって、とても重要な課題です」

「お、おう? なんだ急に改まって……」

 私のただならぬ雰囲気を察したのか、アカネさんは姿勢を正しました。
 なぜか無関係であるはずのミリアさんも気合いを入れ直していましたが、そこにツッコミを入れ始めると長くなるので割愛です。

 私はゆっくりと息を吸い込み──





「私達の子供が欲しいです」

「「──ブフォッ!」」

 ……あ、やば……率直に言いすぎましたね。


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