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第3章
手遅れ……とは?
しおりを挟む「…………なぁリフィ。一つ、質問してもいいだろうか?」
アカネさんと話した翌日、皆で朝食を囲んでいた時、不意にミリアさんが口を開きました。
「はい? 何でしょう?」
「それ、何があったのだ?」
ミリアさんが指差したのは、私の隣に座るアカネさんです。
私は首を傾げ、横を見つめ、そしてまた首を傾げました。
「何かおかしいでしょうか?」
「リフィ。ほれ、あーんじゃ」
「んむっ……ん、美味しいです」
「そうじゃろうそうじゃろう! リフィに喜んでもらえて嬉しいのじゃ! これも美味しいぞ!」
「いや、自分でも食べられま──んぐっ、美味しいですね」
私の口に、次々と食事が運ばれます。そういえば今日の朝食は一切手を動かしていませんね……。ちょっと恥ずかしいですが、別に拒む必要もないので、私は成されるがままです。
でも、ちゃんと咀嚼して飲み込んだのを確認してから運ばれるので、煩わしいという気持ちはありません。
「……それで、何かおかしいでしょうか?」
「おかしいだろう!?」
ダンッと、ミリアさんはテーブルを叩きます。
いつもならテーブルが割れて、私達幹部が見事なコンビネーションを見せるのですが、流石にそこは手加減しているのでしょう。コップの水が揺れる程度でした。
「おいアカネ! 昨日の間に何があったというのだ!」
それまで笑顔で料理を運んでいたアカネさんは、急に笑顔から真顔に切り替わり、魔王に振り返りました。
「夫となる者に尽くすのは、嫁として当然のことじゃろう。何を騒がしくしているのじゃ?」
その口調からは、僅かな怒気を感じました。
アカネさんが何に怒っているのかはわかりませんが、主人に向けるものではありませんよね。
「アカネ。ミリアさんにそう言ってはいけません。もう少し優しく注意してあげないと、子供は逆に反抗してくるものなのです」
「そうなのか……うむ! 流石はリフィじゃな!」
以前、従兄弟の相手をしてあげていた時、ちょうど小学生という年齢だったのもあり、何でもかんでも反抗してきて、とても面倒だったのを思い出しました。
子供は注意されるのが大嫌いで、その子に寄り添うように優しく言ってあげないと、こちらの話すら聞きません。
ミリアさんも精神年齢は同じだと思うので、アカネさんの言い方だと逆効果です。
「…………リフィ、貴様……余に向かって失礼過ぎやしないか?」
「はて? 何か間違っていましたか?」
「間違って……無いかもしれないが! 百歩譲ってな!」
認めちゃってるじゃないですか。
「だが、そのアカネの態度はなんだ! リフィに甘々ではないか!」
「ミリア。食事中は静かにしないとダメだろう? 妾達だけならまだ良いが、ここには他の者も居るのじゃ。他人の迷惑になることをしてはいかん」
「おおっ、今のは母親っぽかったですよ」
「──本当か!?」
「ええ。その調子です。……アカネは、良いお嫁さんになりますね」
「そ、そんな……妾はリフィのために頑張っているだけ、じゃよ……?」
照れ照れと、身をよじるアカネさん。
ちゃんと私の言葉を聞いてくれて、理解してくれる。
彼女は唯一の常識人なので、一緒に居ると安心します。本当に、側に居てくれてありがたいです。
「…………もうやだ、何これ。空間が甘過ぎて吐き気が……」
あら、大食いなミリアさんが吐きそうになるとは珍しい。
…………ん? 今日の料理に甘いものってありましたっけ?
特別にデザートを作ってもらったのでしょうか。一体どれだけ食べたのでしょうね。
「体調を悪くさせるのは危険なので、早めに部屋に戻ったらどうでしょう?」
「そう言って余を遠ざけ、アカネとイチャイチャするつもりなのだろう!?」
……………………はぁ?
「はぁ? 何を言っているのですか?」
「ウンディ……あいつに言いつけてやるからな! きっと泣くぞ!」
「別にあの子に悪いことはしていないので、お好きにどうぞ?」
どうしてそこでウンディーネの名前が出てくるのでしょう?
しかも泣くって……あの子はちょっと泣き虫なところがありますが、今のこの状況、彼女が泣く要素ありますかね?
「こ、こいつ……! もしかして無自覚か!?」
「いや、だから何のことです?」
焦った表情を浮かべたミリアさんは、「アカネ!」と荒々しく彼女の名を呼びました。
「こいつのヤバさはお前も十分理解しているだろう! ちゃんと手綱を握っておけと出発する前にあれほど……!」
「せめて話を聞いてくれます?」
しかも手綱を握っておけとか、流石に酷いのでは?
「うむ。そんな鈍感なところがリフィらしい」
「あまり褒められている気がしないのですが?」
アカネさんはアカネさんで、なんか論点がズレている気がするのですが、私の気のせいなのでしょうか?
「くそっ、もう手遅れだったか!」
「手遅れって、何が──」
「余はどうすれば良いのだぁあああああああああ!!!」
「だから聞いてって……ああ、行っちゃった」
意味不明なことを叫びながら、食堂を出て行ってしまったミリアさん。
「本当に、何だったのでしょうか?」
気を取り直そうとしてテーブルに視線を戻せば、向かい側の席に座っているお義父さまやお義母さま、お義兄さんが下を向き、微かに体を震わせていました。時々「ぐふっ」とか「ぶふぉっ」とか聞こえるのですが……あれ、笑われてません?
私は訳が分からず、脳内には大量の『?』が出現しました。
「気にせずとも良い。皆、そのうち直るじゃろう」
と、アカネさんは言い、私の口に料理を運んでくれました。
……三人のことは気になりますが、彼女がそう言うのであれば気にしないことにしましょう。
「──それよりもリフィ、この後の予定は空いているか?」
「ええ……予定も何も入っていませんが」
「ならば、今日は下町の観光に行かないか?」
──え?
「──え?」
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