上 下
138 / 233
第2章

しばしの別れです

しおりを挟む
「はぁ~。馬鹿みたいにでっかい木ですねぇ」

 エルフの里が中心にしているのは、それはそれは巨大な木でした。
 その巨木の名は『世界樹』というらしく、エルフ達にとっての御神木のようなものみたいです。ファンタジーマニアなら、鼻息を荒くさせて興奮するくらいの、有名な木ですね。

 …………でも、どうしてかその世界樹は半分以上が枯れ果てていました。

 それらの周りにはエルフが集まり、お祈りを捧げています。彼らの表情は暗く、皆口々に「救いを」だとか「世界樹の加護を」とか……まるでこの世の終わりみたいな雰囲気ですね。

 私が知っている世界樹は、神に近い存在として崇められ、何事があっても干渉されない、エルフにとっての絶対な存在でした。でも、実際に世界樹は枯れている。



 なんか、嫌な予感がしますが、まさか……ね。


「こっちだ」

 と、私が世界樹を見ているのを横目に、ダインさんはさっさと歩いて行ってしまいます。

 ……あのような空気の読めない男が、女から嫌われるんですよ。
 世の中の男性はよく覚えておいた方がいいですよ。絶対に。

「はぁ……」

 私は溜め息をつきながら、ダインさんの背中を追いかけます。
 心底面倒ですが、エルフの里に来てしまったのだから、今は彼に従っておいた方が身のためでしょう。

 それに周りの目がうるさかったので、それらから逃げたいという思いもありました。

 やはり外から誰かが来るのは珍しいのでしょう。それが同種族のエルフだとしても、ずっとここで暮らしているエルフは、私のことを奇異な視線で見つめて来ました。

 でも、すぐ近くにいるのがダインさんだとわかると、その視線が少しだけ和らぐのです。
 …………いや、和らぐ。というのは少し違うのでしょうか? どちらかというと視線を逸らされている感じですかね。

 ダインさん、もしかして嫌われています? ざまぁ?


「…………なんだ」

 私の視線を察知したのでしょう。
 無表情に、でもどこか不機嫌そうに振り向かれました。

「いいえ、なんでもありませんよー」

 ここで正直に話したら面倒なことになりそうなので、微笑み、適当にはぐらかします。
 するとダインさんは「ふんっ」と鼻を鳴らして再び歩き出しました。

「…………ここだ」





「は?」




 案内された場所は、里から少し離れた茂みの中。

「……あれ、ですか?」

 私は指差し、疑問を口にします。

 そこにあったのは、空中に浮遊する湾曲した空間でした。
 ゲームで例えるのなら、『ワープポータル』でしょうか。入ったら別の場所に飛ばされそうな雰囲気が、その空間から感じられます。結界を生成していた歪な魔力とは別物ですが、特殊な魔法であることには変わりありません。

「あの先に、魔女の住処がある。リーフィア・ウィンドには、準備が整うまでそこで待っていてもらう」

 ──って、本当にワープポータルでしたか。

「ちなみに行き来することは?」

「出来ない。この術を操れるのは俺だけだ」

「つまり私は、今から隔離されるということですね」

「…………」

 ダインさんは無言でした。
 でも、それが何よりの答えです。

「危険はない。ただ広いだけの森が広がっている。好きに使うがいい」

「はぁ、そうですか」

「……さ、入れ」

 隔離されるとわかっていて「はいわかりました」で入る人は、果たしているのでしょうか?

 危険は無いと言われても、怪しさ満点です。
 エルフの言うことなので、怪しさポイント倍増です。

 ……でもまぁ、ここで立ち竦んでいても何も始まらないので、大人しく従いますか。

「準備はどのくらい掛かりますか?」

「一ヶ月ほどだ」

「長いですね」

「仕方ないだろう。神聖な儀式というのは、そういうものだ」

 神聖な儀式ですか。
 一体何の、とは教えてくれないのですね。

 どうせそんなことだろうと思っていましたが、私に関係があるということは、魔女に関しての儀式なのでしょう。

「……まぁいいです」

 うじうじ考えていても、何もわかりません。だったら流れに乗っておくのが一番効率が良いでしょう。




『ウンディーネ。貴女は念のため、こっちに残ってください』

『本当に大丈夫?』

『エルフにとって重要な役割である魔女に、彼らも危害は加えられないでしょう。だから大丈夫だと思います』

『……わかった。でも、気をつけてね』

『ええ、わかっています』




 念話が途切れると同時に、ウンディーネの魔力が離れるのを感じました。

 それを確認した後、私はワープポータルに近づき、片手を謎の空間に突っ込みました。
 反応は…………普通ですね。向こう側で嫌な空気は感じられません。

「一週間ごとに食料を送る。何が食べたい」

「肉で」

 即答したら、ダインさんは微妙な顔をしました。

「…………エルフはあまり肉を食べない」

「いいえ、肉で」

「…………わかった。肉を多めに送ることにしよう」

 会話が途切れたところで、ダインさんは「さっさと行け」と視線で促しました。



 …………はぁ……行きますか。



「では、一ヶ月後に会いましょう」

 私は躊躇うことをせず、中に入りました。
 空気が一瞬にして切り替わり、目を開くとそこには別空間が広がっていました。

 森なのには変わりありませんが、エルフの里周辺にある森ではありません。
 空気は美味しいままですが、辺りに漂う魔力が異常に濃いです。ここまで濃厚だと魔物が湧いていてもおかしくないのですが、不思議と魔物の反応は一切感じられません。

「…………まるで創られた。そんな雰囲気ですね」

 魔物だけではなく他の生命体の反応すらないのは、はっきり言って不気味でした。

「でもまぁ、関係ありませんね」

 私は辺りを見回します。
 ダインさんは魔女の住処があると言っていましたが、それらしきものは見当たりません。

 ……もう少し歩けば辿り着けるのでしょうか?



「…………ふむ」

 私は『アイテムボックス』から布団を取り出し、地面に敷きました。

 ……え? 家に行かないのかって?
 いやいや、歩くの面倒ですってば。

「……んしょ、っと……」

 私は体の汚れを『浄化』してから、布団に潜りました。
 一週間後に食料が送られてくる。でしたっけ? それまではゆっくりと眠ることにしましょう。


「では、おやすみなさい」


 瞼を閉じた私の意識は、一瞬で夢の中へと落ちていくのでした。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生令息は攻略拒否!?~前世の記憶持ってます!~

深郷由希菜
ファンタジー
前世の記憶持ちの令息、ジョーン・マレットスは悩んでいた。 ここの世界は、前世で妹がやっていたR15のゲームで、自分が攻略対象の貴族であることを知っている。 それはまだいいが、攻略されることに抵抗のある『ある理由』があって・・・?! (追記.2018.06.24) 物語を書く上で、特に知識不足なところはネットで調べて書いております。 もし違っていた場合は修正しますので、遠慮なくお伝えください。 (追記2018.07.02) お気に入り400超え、驚きで声が出なくなっています。 どんどん上がる順位に不審者になりそうで怖いです。 (追記2018.07.24) お気に入りが最高634まできましたが、600超えた今も嬉しく思います。 今更ですが1日1エピソードは書きたいと思ってますが、かなりマイペースで進行しています。 ちなみに不審者は通り越しました。 (追記2018.07.26) 完結しました。要らないとタイトルに書いておきながらかなり使っていたので、サブタイトルを要りませんから持ってます、に変更しました。 お気に入りしてくださった方、見てくださった方、ありがとうございました!

辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~

Lunaire
ファンタジー
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。 辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。 しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。 他作品の詳細はこちら: 『転生特典:錬金術師スキルを習得しました!』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/906915890】 『テイマーのんびり生活!スライムと始めるVRMMOスローライフ』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/515916186】 『ゆるり冒険VR日和 ~のんびり異世界と現実のあいだで~』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/166917524】

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

転生したら赤ん坊だった 奴隷だったお母さんと何とか幸せになっていきます

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
転生したら奴隷の赤ん坊だった お母さんと離れ離れになりそうだったけど、何とか強くなって帰ってくることができました。 全力でお母さんと幸せを手に入れます ーーー カムイイムカです 今製作中の話ではないのですが前に作った話を投稿いたします 少しいいことがありましたので投稿したくなってしまいました^^ 最後まで行かないシリーズですのでご了承ください 23話でおしまいになります

幼馴染の彼女と妹が寝取られて、死刑になる話

島風
ファンタジー
幼馴染が俺を裏切った。そして、妹も......固い絆で結ばれていた筈の俺はほんの僅かの間に邪魔な存在になったらしい。だから、奴隷として売られた。幸い、命があったが、彼女達と俺では身分が違うらしい。 俺は二人を忘れて生きる事にした。そして細々と新しい生活を始める。だが、二人を寝とった勇者エリアスと裏切り者の幼馴染と妹は俺の前に再び現れた。

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

処理中です...