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第2章

本音を言えば帰りたいです

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「ったく、ヴィエラさんは人使いが荒いんですよ……」

 私は悪態をつきながら、廊下を歩いていました。

 時々すれ違う使用人の方々は、皆同様に私が一人で動いているのを目にして目を丸くさせていました。
 中には「本当に動くんだ……」と呟いている人もいましたが、寛大な私はそれについて何も言いませんでした。

 ……そこまで珍しいですかね? と思って今までのことを思い返すと、確かに一人で動いているよりも、ミリアさんやヴィエラさんに引きずられて移動している方が多い気がしました。
 毎日執務室に向かう時だって、ウンディーネに運んでもらっていますからね。

 実際、今も誰かに運んでもらいたいと思っているのですが、あいにく誰も手が空いていないので仕方なく……本当に仕方なく私一人で歩くことになっています。

「はぁ……このまま部屋に帰りたい」

 私はポツリと、そう呟きました。

 どうして私がこんな重労働を課せられているのか。
 それはミリアさんとのいちゃいちゃが原因でした。

 おねしょしてしまったことを煽られたことにより、ミリアさんの叫びと共に魔力が執務室の中で吹き荒れ、ヴィエラさんが纏めていた書類が全て散乱しました。

 それにより今度はヴィエラさんが激怒。
 私とミリアさんは正座させられて一時間ほど説教を喰らい、私はヴィエラさんの仕事を手伝わされることになってしまいました。

 勿論私は抗議の声を上げましたが、返ってきたのはヴィエラさんのげんこつ。
 暴力的な職場は反対だー、と言ったらもう一発喰らいました。

『これをディアスに届けてくれ』

 ミリアさんの日記──もとい報告書を見るだけなら楽に終わったのですが、私に任された仕事は、とある書類をディアスさんのところに持っていく。というものでした。

「…………重い……」

 かなり分厚い封筒ですが、何の書類でしょうかね?
 ……ちょっと気になりますが、「関わったのだから手伝え」とか言われたら面倒なので、好奇心を押し殺してディアスさんが居るであろう訓練場までゆっくりと歩きます。

「はぁ……ったく……」

 執務室から訓練場までの距離が長いです。
 後で文句言って直通の道を繋げてもらいましょうかね。

 そんな手間をかけるより、転移の魔法とかあれば手っ取り早くて良かったのですが……流石にそのような魔法は無いらしいですね。

 エルフとかはどうなんでしょう?
 馬鹿みたいに秘匿して、それでも魔法の腕だけは発展している彼らなら、転移の魔法くらいは編み出しているような気がしますが。

 もしそれがあったのなら、移動が楽になります。
 エルフの里から情報を持ってくれば、魔王軍はかなりの進歩をしたことになるので、もしかしたら数ヶ月分の休暇をいただけるのでは?

「くそ、エルフの里に行っとけば……」

 でも、エルフと接するストレスと、転移魔法を覚える苦労。
 それに見合う報酬があるとは思えないのですよねぇ。

 だから、結局は行かなくて良かったとなっている訳ですが……。

「っと、そうしている間に着きましたね」

 訓練場に来るのは初めて……いや、久しぶり?
 ……記憶が無いので初めてとしておきましょう。

 魔王城は馬鹿みたいに広いので迷うことを危惧していましたが、魔王軍に入った初期の頃ヴィエラさんから頂いた案内図を残しておいて正解でした。

 もし迷ったら、ですって?
 そんなの、諦めてその場でお布団を敷いて寝るに決まっているではないですか。

「お! 誰かと思えばリーフィアじゃねぇか。お前がここに来るなんて珍しいな!」

 ちょうど休憩中だったのか、兵士と談笑していたディアスさんがいち早く私に気づき、こちらに駆け寄って来ました。

「……ええ、出来るのなら一生来たくなかったです」

「ってことは、ヴィエラ辺りから何か手伝わされてんのか。大変だな」

「本当ですよ。ヴィエラさんは人使いが荒いから困ります」

 ディアスさんは、執務室での事件を知りません。

 なので、私に同情の視線を向けてくれます。
 もし事の顛末を知ったら、大爆笑して「そりゃあお前が悪いわな!」と言うでしょうが。

「ヴィエラさんから書類を預かっています。お間違いないでしょうか?」

 私は分厚い封筒を差し出し、ディアスさんはその中身を軽く確認します。

「……おう。大丈夫だな」

「そうですか。では私はこれで──」

「まぁまぁちょっと待てや」

 くるりと半回転して背を向ける私の肩を、ディアスさんがガシッと掴みます。
 強く掴まれている感覚はしないのに、全く体が動きません。

 ……まさか、ミリアさん以上の馬鹿力が存在するとは、驚きです。

「何ですか。私は惰眠をむさぼるのに忙しいのです」

「そう言わずによ、折角来たんだから俺達と話そうぜ」

「………………」

「うっわ、めちゃくちゃ嫌そうな顔してんな。そういう馬鹿正直なところ、嫌いじゃない」

「私は、私の邪魔をする人が嫌いです」

「まぁまぁそう言わずに、なぁ?」

 か弱い私は抵抗虚しく、ディアスさんにズルズルと引きずられて兵士のところまで運ばれました。

「……ねぇねぇディアスさん」

「あん? なんだ?」

「めちゃくちゃ睨まれている気がするのですが?」

「まぁ、そうだろうな」

 私が兵士達を指差すと、ディアスさんは何事もなくそう返してきました。

「そうだろうなって……他人事みたいに」

「他人事だからな」

「私、あなた嫌い」

「俺は好きだぜ?」

「これっぽっちも嬉しくありません」

「嫌よ嫌よも好きのうちってな」

「めっちゃ久しぶりに聞きました、それ」

 でも無性にその言葉がムカつくのは気のせいでしょうか。
 ……いや、気のせいではないでしょう。

「やっぱり同郷がいると楽しいな。何より、ネタが通じる」

「あっそう……」

「この世界の奴らは受けを狙って言っても、首を傾げるだけだぜ? それがどれだけ虚しかったことか……」

「大変でしたねー」

「お前にも、似たようなことがあっただろう?」

「記憶に無いですねー。……でも、だからって変な知識を植え付けるのはやめてやれ。とは思いますが」

 特にアカネさん。
 あの人は古風な考えを持っているので、すぐにディアスさんの言葉を信じてしまいます。

「アカネさんにツッコミづらいボケかまされた時の私の気持ちがわかりますか?」

「いやぁ、アカネは何でも面白がってくれるからな。ついネタを教えちまうんだ」

「だからそれをやめてやれと言っているのです」

 他でも言っていたのなら、アカネさんにとっては大恥です。
 それをわかっているのか、それともわかっていないのか。ディアスさんは盛大に笑った後「善処するぜ」と言いました。

 ああ、これわかっていませんね。
 むしろ面白がっています。

 ……ほんと、アカネさんも大変ですねぇ。
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