上 下
18 / 233
第1章

これでも貴女の配下ですから

しおりを挟む
 陽も落ちかけた夕暮れ時。

 私とミリアさんは、城下街全体を見下ろせる丘の上まで来ていました。全体をというだけあって、そこそこの大きさがある丘です。
 ……きっと、ここでお昼寝をしたら気持ちいいでしょうね。ああ、夕方になってしまったのが惜しいです。だからって明日ここに来る気はありませんけど。
 正直、部屋から出るのが面倒です。外に出たくないです。

 魔王城も結構な大きさなので、そこからでも城下町を見下ろせるのですが、別の場所から見るというのも普段は見えない場所が見られて面白いものです。
 でも、やっぱりいちいち外に出て来ようとは思いませんけれどね。

「ん~~! やはり、ここはいい場所だな!」

「ええ、そうですね」

「何度来ても楽しいな!」

「ええ、そうですね」

「いつか大人数で来てみたいな!」

「私は抜きでお願いしますね」

「……いつかみんなで来てみたいな!」

「私は抜きでお願いしますね」

「ほんと、お前はブレないな」

「まぁ、それが私ですからね」

 私はもう他人に流されません。自分の好きなように生きると決めたんです。なので、たとえ魔王が相手だろうと私は私の意思を貫きます。文句があるなら、いいでしょう。喧嘩です。……冗談ですよ。私は平和主義です。争いごとは面倒なのでやりたくありません。というかやりません。そんなことに時間を使うなら、私は寝ます。

「……満足しましたか?」

「うむ! 楽しかったぞ!」

「そうでしたか。なら、よかったです」

 …………ふむ、どうしましょう。
 何を話したらいいのかわかりません。元から誰かと話し続けるのは得意な方ではなかったので、どうしたら話を途切らさせずに会話を続けられるのかわかりません。

 ウンディーネを呼ぼうかと考えましたが、そういえばあの子は極度の人見知りでしたね。入ったところで、会話どころではなくなりそうな気がします。

「……お前は、楽しかったか?」

「私ですか?」

「ああ、お前は楽しんでくれたか? 余が守ってきた街は、気に入ってくれたか?」

 いきなりなんですか。そう言おうと思ってミリアさんの方を見ると、彼女はとても心配そうな顔をしていました。
 ……なんですか。その顔は。とても魔王がしていい顔ではありませんよ。

「楽しんだか、気に入ったか、ですか……」

 思うことは色々とあります。
 でも、私は嘘をつきたくない性格なのです。なので────

「そんなのわかりませんよ」

 私は素直な感想を言いました。

「私は初めて城下街に来ました。まだ見ていないところは沢山あります。それなのに、限定的な情報だけであなたの街を評価していいんですか?」

 今日、色々な人と話して、皆が心からこの街を大好きなのだと知りました。
 その人達は皆、口を揃えてこう言います。

『陛下のおかげだ』

 ミリアさんは魔王らしくありません。
 でも、民に愛されています。そして、ミリアさんも民のことが大好きです。人々と話している姿や、子供達に誘われて一緒に遊んでいる姿は、側から見ても微笑ましい光景でした。
 それは上に立つ者として重要なことだと思います。

 ミリアさんだけではなく、ヴィエラさんやアカネさん。街の人達は本気でここが好きなんです。
 それだけ真摯に向き合っているのですから、適当な返答は出来ません。

「なので、私はまだ楽しいかどうかなんてわかりません。気に入ったとも言えません」

「……お前は厳しいな」

「はい、厳しいですよ。なので、しっかりと私を楽しませてください。……その前に頑張って私を部屋から出してください。私は強敵ですよ?」

 まず、今日仕事したので、最低でも一週間は外に出ないつもりです。
 私は一度決めたら、とことんそれを貫き通す女です。どんなことをされようと、一週間は絶対に外に出ません。
 それを邪魔しようものなら、それこそ喧嘩です。……いや、冗談ですよ。

「…………後半がなければ、かっこいい言葉だったのだがな」

「私らしいでしょう?」

「そうだな。本当にお前らしい」

 ミリアさんは呆れたようにそう言いました。
 でも、その口元は笑っていました。

「さ、帰りましょう。そろそろヴィエラさん達が待っているはずですよ」

 私はミリアさんに手を差し伸べます。一応、これでも私はミリアさんの配下ですからね。これくらいのエスコートはしますよ。

「うむ! 今日の晩飯は何だ?」

 ミリアさんは笑顔で頷き、私の手を握ってきました。

「私が知るわけないでしょう。自分で聞いてください」

「本当にお前は適当だな!」

「適当で悪いですか?」

「いや! お前はそのままでいてくれ! 魔王様の命令だ!」

 なんですか魔王様の命令って……でも、まぁ……命令なら仕方ないですね。
 ならば私は、魔王様の言いつけ通り私という人物を貫いていきましょう。

「かしこまりました。全てはあなたの御心のままに」

「──ぷっ、ははっ! なんだそれは。その言葉こそ、お前には似合わないな!」

 少し格好つけて言ったら笑われてしまいました。

 私も珍しくそういう気分なんです。こういう時くらい格好をつけても、バチは当たりませんよ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

魔道具作ってたら断罪回避できてたわw

かぜかおる
ファンタジー
転生して魔法があったからそっちを楽しんで生きてます! って、あれまあ私悪役令嬢だったんですか(笑) フワッと設定、ざまあなし、落ちなし、軽〜く読んでくださいな。

側妃ですか!? ありがとうございます!!

Ryo-k
ファンタジー
『側妃制度』 それは陛下のためにある制度では決してなかった。 ではだれのためにあるのか…… 「――ありがとうございます!!」

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

伝説の木は、おとなりです

菱沼あゆ
ファンタジー
 よくわからない罪を着せられ、王子に婚約破棄されたあと、悪魔の木の下に捨てられたセシル。 「お前なぞ、悪魔の木に呪われてしまえっ」 と王子に捨てゼリフを吐かれてやってきたのだが。  その木の下に現れた美しき領主、クラウディオ・バンデラに、いきなり、 「我が妻よ」 と呼びかけられ――? (「小説家になろう」にも投稿しています。)

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

元悪役令嬢はオンボロ修道院で余生を過ごす

こうじ
ファンタジー
両親から妹に婚約者を譲れと言われたレスナー・ティアント。彼女は勝手な両親や裏切った婚約者、寝取った妹に嫌気がさし自ら修道院に入る事にした。研修期間を経て彼女は修道院に入る事になったのだが彼女が送られたのは廃墟寸前の修道院でしかも修道女はレスナー一人のみ。しかし、彼女にとっては好都合だった。『誰にも邪魔されずに好きな事が出来る!これって恵まれているんじゃ?』公爵令嬢から修道女になったレスナーののんびり修道院ライフが始まる!

処理中です...