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14. 本音で言った
しおりを挟む朝比奈さんの意外な顔が見られたとはいえ、今のは自分でも変だと思うほどの急な話題転換だった。不振に思われちゃったかもしれないから、すいませんと謝っておく。
「思ったことが口に出てしまいました」
「……驚いたわよ。でも、そう思ってくれたのは嬉しいわ。嬉しすぎて大声で叫びたいくらい」
「やめてくださいね。恥ずかしいので」
大声で店内を駆け回る姿を想像して、渋い顔になる。
この人なら本当にやってしまうかもしれないと、そう思ってしまったのは普段の彼女の行い(私に限った出来事)が悪いせいだ。
「わかっているわよ。ほんの例え話。……それにしても、急にどうしたの?」
「いえ、特に理由はないのですが……朝比奈さんの体型は綺麗に引き締まっていて、同じ女として羨ましいなぁ、と。本当に何もしていないのですか?」
「あまり意識はしていないわね。生活習慣をきちんとして、食事も栄養のあるものを食べる。睡眠も大切よね。その三つを規則正しくやっていれば、誰でもこうなるわよ」
そうならないから困っているんだよなぁ。
これが持つ者と持たざる者の認識の違いか。
「梓ちゃんも私と生活をしていれば、自然といい体になるわよ。……今も充分に魅力的だと思うけれど、ね」
最後に小さく呟かれた言葉は、あえて聞かなかったことにする。
私の記憶にないところで裸体を見られただけでも恥ずかしいのに、挙句にはそれを弄ばれたのだから、その夜のことはなるべく意識したくない。
「これも前に言ったと思うけれど、エステに通っていれば、ちゃんと引き締まった体になるわよ。血行を良くするだけでも充分な効果があるから」
「あそこは私も気に入りましたから、しばらくは通うつもりです」
「そう、なら良かった。……でも、本当に自分のお金で払うの? あのくらいは私が出してあげるわよ? 遠慮しなくても」
「いいえ。ちゃんと払います。あれは私のわがままでもありますから」
「それを私にも共有してほしいけれど、梓ちゃんは遠慮しちゃうのよね。良い子なのは美徳だけど、良い子過ぎるのも考えものよ。……もっと甘えてほしいのに」
ここまで言っても、まだ彼女は奢ろうとしてくれる。
それはありがたいと思うけれど、貰ってばかりでは居心地が悪いと思ってしまうのも、また事実。
それに──
「価値観の違いで疎遠になるカップルもいるそうですよ?」
「っ!」
朝比奈さんの目元が僅かに動いたのを、私は見逃さない。
「…………わかった。もう無理は言わないわ。私の気持ちよりも、梓ちゃんの気持ちの方が大切だもの。ごめんね」
案外素直に謝られたことで、私も虚を突かれたように固まってしまった。
それと同時に、言い方がきつくなってしまったと反省する。
朝比奈さんは拒絶されたと思ったのか、見るからに落ち込んでいた。
「いえ、私も言い方が悪かったと反省しています。ごめんなさい。……でも、何でもかんでも奢って貰って、子供扱いされるのは、嫌なんです」
どうせなら、二人で楽しい時間を過ごしたい。
まだまだ朝比奈さんの気持ちに応えることは出来ないけれど、彼女が私のことを大切にしてくれているのは充分に理解しているから。
「ありがとう、梓ちゃん」
「……え?」
「私、とっても可愛い好きな人が出来たと舞い上がっていた。だから恋人のために何でもしてあげようって、勝手に張り切っていたの。……まさか、それが逆に貴女を苦しめる形になっていたなんて。ごめんなさい」
深く頭を下げられて、私は軽くパニックを起こす。
慌ててすぐに頭を上げるようにお願いするけれど、その間も心臓はバクバクとうるさく鼓動を続けていた。
「正直に話してくれてありがとう。梓ちゃんの気持ちを聞けて、私は嬉しいわ」
ようやく頭を上げてくれた朝比奈さんは、とても晴れた笑みをその顔に浮かべていた。
そんな目の前の女性が本当に綺麗で、惚けていた私はふとあることに気が付き、再び慌てることになった。
「あ、朝比奈さんっ、なみだ、涙!」
「……あら?」
「あら? じゃありませんよ。ああ、もうっ、化粧が落ちちゃう……!」
ハンカチを取り出し、化粧が崩れないように最新の注意を払いつつ、頬を伝う一筋の雫を拭いた。
それの何が面白いのか、朝比奈さんはまだ笑っている。
こっちは大変な思いをしているというのに、お気楽な人だ。
「梓ちゃん、お母さんみたいね。世話焼きとも言うのかしら?」
「馬鹿なことを言っていると怒りますよ。ったく、焦らせないでください。貴女の方が大人なんですから、そういうところをきちんとですね……って、ちゃんと聞いていますか? 返事くらいはしてくださいよ、朝比奈さん。……朝比奈さん?」
言葉が返ってこないことを不思議に思って視線を向けると、彼女は信じられないと目をまん丸にさせていた。
見ている分には面白いけれど、その反応はなぜか腑に落ちない。
「私のために焦ってくれたの?」
「はぁ? 当たり前でしょう。貴女のこと以外に、何で焦ればいいんですか」
目の前で泣き出されたら、そりゃ誰だって焦る。
しかも相手が一応、その……恋人なのだから、余計だ。
「やっぱり好きだわ」
「はいはい。おだてても簡単に奢られてあげませんよ」
「違うわよ。今のは思ったことが口に出ちゃっただけ。私の本心よ」
見つめられて、咄嗟に視線を逸らす。
心臓はまだバクバクと鳴り止まない。動揺している。……私が?
「……面と向かって、そういう恥ずかしいことは言わないでください。いくら個室だからって、誰かに聞かれないとは限らないのですから」
「ということは、他に誰もいない場所ならいいの? ベッドの上とか、ベッドの上とか、ベッドの上とか!」
「全部同じ場所だし、いつも言っているじゃないですか」
「本当はいつだって言いたいわよ! これでも我慢しているの!」
「他人のいる場所で言ったら、口を聞きませんから」
「そんなに!?」
ガーンッ、とショックを受けている朝比奈さんを無視して、席に座りなおす。
するとタイミング良く店員が入ってきて、コース料理が食卓に並べられた。
随分話し込んでしまったと私達は気持ちを切り替え、大人しく料理の説明を聞く。
ほとんど聞いたことのない物ばかりで、結局どのような食材が使われているのか何一つもわからなかったけれど、盛り付けの色どりとかソースの掛け方とか、見ただけでわかる。高いやつだ。
「へぇ~、一気に全部来るのではないのですね」
「コース料理というのは、そういうものよ。前菜を食べ終わったら、次が、そしてまた次が。少しずつフルコースを楽しむのよ」
一気に頼んで、出来たものから並べられるファミレスの料理とは、全然違う。
でも、そっちの方がどれから手を付けようか選べるし、楽しいと思うのは、私が庶民だからなのかな。
「色々と言い足りないことはあるけれど、まずは食べましょうか」
「……はい。いただきます」
フォークやナイフの使い方や、こういうお店でのマナーは知らない。朝比奈さんの動きを見て真似るけれど、彼女のように上手く扱えず、挙句にはカチャカチャと食器を鳴らしてしまう。
結局、私は最後の時まで食器とマナーとの戦いになり、その様子を見守られながら、私はどうにか『VSフルコース料理』を乗り切った。
肝心な料理の味は、正直……あまり覚えていない。
やっぱり私には、気軽に入れる庶民的なファミレスがお似合いなんだと、諦めにも似た悟りを開いたのだった。
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