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5. デートすることになった

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 急に彼氏、彼女……? が出来てしまった私は早速、朝比奈さんに手を引かれて寝室へ連れ込まれた。

 まさか昼間から『寝る』ことになるのかと警戒した私だったけれど、朝比奈さんは「折角だしお洒落をしましょう」と言ってクローゼットを開いた。
 学校の制服以外に服を持っていない私に、デートに着て行くための服を貸してくれるつもりだったらしい。

「私のお下がりで申し訳ないけれど、好きなものを選んで!」

 と、言われても……服がありすぎて、何を選べばいいのか迷う。
 元よりギリギリの生活をしていた私だ。お洒落目的の私服は持っていないし、そういう物に興味すら持ってこなかった。だから、何が私に似合うかなんてわからない。

「あの、朝比奈さんが選んでくれませんか? 恥ずかしいお話なのですが、私はお洒落とか何もわからなくて……」

 その分、朝比奈さんは私のことをよく思ってくれている。
 センスのない私が無理して選ぶよりも、彼女が選んだほうが可愛くしてくれる。そう思ったから選択を委ねた。

 少しズルい逃げ方だけど、変な格好をして落胆されるよりはずっとマシだ。

「わかった。梓ちゃんを思い切り可愛くしてあげる!」

 予想通り、朝比奈さんは張り切って私に似合う服を選んでくれた。
 肩出しのオフショルトップスに、寒くならないようカーディガンを上に羽織る。下は薄茶色のロングスカートで、それに似合う靴まで貸してくれた。可愛らしいシュシュで髪を纏めて、アクセサリーで自分を着飾ると、お姫様のような格好に大変身だ。

 ついでに簡単な化粧もしてくれた。
 私は素材が良いらしい。変にメイクをするよりも、元の素材を引き立てるような化粧にしたほうがいいと、朝比奈さんは化粧の手順も教えてくれた。

「うんっ、我ながら完璧」

 お着替えと化粧を始めて、一時間。朝比奈さんは満足気に頷いた。
 鏡に映る自分は、見間違えるほどに綺麗だった。服を変えて化粧をするだけで人はここまで変われるものなのかと、思わず感嘆の溜め息が出た。

「…………すごい」
「ええ、とても可愛いわ」

 意見があっていないような気がするけれど、今の私にそれを指摘する余裕はなかった。
 鏡の中にいるお姫様のような少女に見惚れて、凝視してしまう。それが私だと理解しているはずなのに、他人のように思えて仕方がない。


 ──私は、母親似だと言われてきた。

 親戚は「顔はあいつにそっくりなくせに、あいつと違って使えない奴」と言っていた。お母さんのことを知っている人達も、口を揃えて「姿写しみたいだ」と言っていたのを覚えている。
 もう顔も名前も思い出せない、私の両親。鏡を見ればお母さんがそこに居ると思えてしまって、いつも不思議な気持ちになる。

 そのせいで、昔から鏡は苦手だった。
 もし両親が生きていたら。もし三人で暮らしていたらと、もう二度と叶わない夢を見てしまうから。あの時の消失感を思い出してしまうから。



 ──っと、今は感傷に浸っている場合じゃない。



 折角、朝比奈さんが私を可愛くしてくれようとしているのに、本人が暗い顔をしていたら全てが台無しだ。今は笑え。今日は恋人とのデートなのだから。

「朝比奈さん。ありがとうございます」
「どういたしまして……と言いたいところだけど、これで満足してもらったら困るわ」

 まだまだ私には可愛くなれる素質があると、朝比奈さんは言う。

「今まではお洒落をしたり、美容や健康に気を使ったり。そうするだけの余裕はなかったのかもしれない。だから、今日のデートで全身を磨かせるわ。自分は可愛いんだって自覚させてあげる。覚悟しなさい?」

 朝比奈さんが冗談で言っているようには思えない。
 絶対に可愛くしてみせると言わんばかりの迫力を感じて、私の笑顔は引き攣った。

「……お手柔らかにお願いしますね」

 そう言うのがやっとだ。
 デートで何をするとか、何がどこにあるとか。私は何も聞いていない。
 申し訳ないけれど、今回のデートプランは全て朝比奈さんに丸投げだ。彼女は元よりそのつもりだったらしく、意気揚々に「任せて」と言ってくれた。

「まずは軽く腹ごしらえからね。ランチの予約をしておいたから、車で向かいましょう」

 手を引かれるまま玄関を出た私は、マンションとは思えない煌びやかな廊下を目にして言葉を失った。
 エレベーターを待っている時間も、階層を降る時間も、居心地の悪さが残る。
 どうしても場違いだと思ってしまう。高級そうなスーツを着た人がエレベーターに乗って来た時は、思わずその場から逃げたしたい気持ちになった。

 何回か通っていれば、そのうち慣れるのかな。
 慣れるなら早いところ慣れてしまいたい。

 でも、先が長くなりそうだ。

 そのことを思いながら、私は内心、深い溜め息を吐き出した。


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