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第47話 本当に対等な協力

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 予想以上にぐっすりと寝てしまった私は、いつものごとくアリスに叩き起こされた。
 夕食の準備が出来たらしいんだけど、なぜか今日はリビングじゃなくて広間で食べるらしい。

 広間には超長いテーブルが一個置いてあって、大勢の人が一緒に飯を食べられるように作った。
 けど、グレンたちも一緒に食べるとしても、リビングにあるテーブルで十分な気がするんだけど……まぁ、アリスの気分なんだとしたら、別にそれはそれでいいか。

 どうせ転移して移動するから手間は変わらないからね。

 そう一人で納得しながら広間に転移すると、そこに広がっていた光景に私は頭を抱えた。

「なんで姫様がいるの!?」
「あ、セリア様! お邪魔しております……!」

 そこにはアガレール王国第二王女、シエラ・ウル・オーヴァンがいた。
 しかもその隣にいるのは…………

「……王様、ですよね?」
「違うぞ。私はむす──姫様の護衛だ。ただの見習い騎士だ。断じてガイウスなどではない」

 ただの見習い騎士が王様を呼び捨てなのは如何なものかと思うんだけど、もう突っ込むのも面倒だからいいや。
 王様の格好は全身を隠すローブと、顔を奥深くまで見えないようにするフードを被っていた。

 ……普通だったらこんな怪しい人を家に入れちゃダメでしょ。

「あ、そう……んで、騎士団長さんも来たんですね」

 王様はこんなに変装しているのに、騎士団長はいたって普通の甲冑姿だった。この人なら姫様の護衛だと言い切れるので、変装する必要はないんだろう。

「……すまん、お二人がどうしてもと言うので。それと、私の名はヴィルドと言う。どうかそう呼んでくれ」
「…………わかりました……とにかく、ようこそいらっしゃいました。どうぞゆっくりしていってください……といっても、ここは迷宮の中ですから、落ち着けないでしょうけど」
「ふふっ、ありがとうございます。ああ、そうでした。今はただの客なので、敬語は必要ないですよ? むしろ、いつもタメ語で構いません。……あと、シエラ、と呼び捨てにしてくれると嬉しいです。私は、セリア様と、と、友達になりたい、ですから……」

 ……何この子、めっちゃ可愛いんですけど。
 横から歯軋りする音が聞こえてきたけど、意識してはダメだと振り向かないように我慢した。

「シエラの言う通り、私たちは協力関係を築いた以上、対等な関係であるからな。敬語は元より必要ないであろう」

 護衛設定はどこにいったと突っ込みたい衝動を抑えて、私はため息を溢した。

「わかった。正直、敬語は息苦しかったからありがたいよ。それとシエラ、私も友達になってくれたら嬉しい。ありがとう。友達になってくれたんだから、私の名前も呼び捨てにしてくれて構わない。それじゃないと対等じゃない。でしょう?」

 それを言ったら、シエラは花が咲いたような明るい笑顔になった。

「──ええ、ええっ! その、よろしくお願いいたしますわ。セリア!」

 声を弾ませて心底嬉しそうに私の名前を呼ぶけど、まだ恥ずかしい気持ちは残っているのか、頬は真っ赤に染まっていた。

 ふむ。可愛い。

「──コホンッ、長話もなんだから、夕食にしよう。アリス、クレハ、準備をお願い」
「かしこまりました」
「お任せください!」

 二人は次々と料理を持ち運ぶ。

 私とレイン、アリス。鬼族五人。姫様御一行。……人数が多いだけあって、並べられていく品は凄まじい量になっていた。
 王族が来たのだから舐められては威厳に関わる、と盛大かつ豪華に作ったんだろうな。

 後で二人にはお礼を言っておこう。
 私はいつも通り中側の席に座り、その左右にレインとアリスが。
 横に並ぶようにして鬼族たちが座り、シエラたちは反対側に腰を下ろした。

「────さて、食事の前に聞きたいことがある」

 見習い騎士、もとい王様は威厳のある声でそう話を切り出した。
 突然なんだろうと思いながらも、続きを話すように手で促す。

「セリア殿は、何者だ?」

 その瞬間、その場の空気が冷えた気がした。
 いや、気がしたではない。実際、気温がガクッと下がった。

 柔和な微笑みを浮かべていたアリスの目つきは、人を殺せるほど冷酷なものに。
 レインはいつでも動けるように尻尾を立たせて、ギラついた暴力的な視線を王様に向ける。
 グレンの表情は変わらずに無表情のままだが、その手は腰に差している刀に添えられていた。

 ──ただの殺気。

 それを一身に受けている王様は平然としているように見えたけど、組んでいる手は微かに震えていた。
 私の魔眼で心情を見ても、そこは怯えが大半を占めていた。
 さすがに可哀想に思えたけど、こうなることすらも覚悟して話を切り出したのなら、私はさっさとその質問に答えてあげるとしよう。

「ふむ……ただの村娘だよ。と言っても納得はしないんでしょう?」
「……だが、それも嘘ではないのだろう。しかし、その黄金に輝く瞳を見た後では、それだけの回答では納得できないな」

 私は広間に移動した時は目を開いたままだった。
 まさか客が来ているとは思っておらず、慌てて隠したけど、やっぱり王様は見逃してくれなかったか。

 ……さて、単なる不注意でバレてしまった訳だけど、どうせ関係を続けていればバレることだ。

 問題は王様はこれを知ってどう出てくるんだろう? という点だった。 

「それがわかっているなら、私に聞く必要はないんじゃないの?」
「運悪くただの黄色の瞳に生まれた場合もある。……私は、セリア殿の口から真実を聞きたいのだ」
「…………みんな、敵意を抑えて。どうせこの人たちには何も出来ないよ」

 緊張感のある雰囲気は戻らなかったけど、張り詰めていた息苦しい空間は多少緩くなった気がする。
 私が言った通り、彼らは何も出来ない。ここは私の迷宮であり、最上階の百層だ。
 ここで私を害そうなんて考えれば、即座にここにいる精鋭たちがその首を吹き飛ばすだろう。もし、運よくここから逃げられたとしても、転移を自由に使えない三人は、自力で下まで降りていくしか道はない。

 どのみち待っているのは──死だ。

 賢明な王様ならそんなことわかっているだろうし、ここまで殺気を受けても、ヴィルドは動こうとしなかった。明らかに戦意は見えないことから、戦力差を重々把握している様子だった。

 だから、彼らは何もできない。

「私が何者か、だったよね。王様の予想通り、私は──魔眼の後継者だよ」
「…………そう、か……」

 王様はそれだけ呟くと、腕を組んで瞼を瞑った。
 …………思っていたよりも反応が静かだけど、今の王様の脳内には、数知れぬ思考の渦が巻いていることだろう。

「……食事の邪魔をして悪かった。そちらが折角用意してくれた素晴らしい料理だ。冷めてしまう前に食べるとしよう」
「…………あれ? それだけ?」
「それだけ、とはどういうことか?」
「いや、だって私は魔眼の魔女なんだよ? いいの? 国王がそんな程度で終わらせていいの?」
「しかし、協力するのと、民に危害を加えないのは真実なのであろう? 嘘を言っていないとわかれば、私は自身の能力を信じ、セリア殿を信じよう」
「肝が座っているというか、なんというか……国王ってのは皆、こんなに度胸があるの?」
「普通は疑い、魔女というだけで断罪しようと動くだろうな。……だが、幸いにも私と娘は能力に恵まれていた。たとえ魔女であろうと嘘は覆せないだろう」

 そんなに断言されると、逆にこっちが困惑してしまう。
 確かに嘘は言っていないけど、曖昧な回答で真実を濁したことは沢山ある。

「ああ、もうっ……! 今日は考えることが多くて大変だよ。やっと終わったと思ったら、こうして王様とシエラが来ているんだもん……神経擦り減らされ過ぎて腹ペコだ」
「……それはすまない。だが、一つ訂正させてもらおう。王様と姫様ではなく、姫様と護衛二人だ」
「その設定まだ続いていたの!? ──くっ、あははっ! ほんと、この国のお偉いさんは頭おかしいなぁ。見習い騎士程度の人が、魔女との契約を肯定するなんて……面白いったらありゃしない」
「ああ、本来は見習い騎士が勝手に決めていい問題ではない。だが、この場は誰もが対等な立場なのだ。それくらいは別にいいだろう?」
「──ハッ、まったくだね。それじゃ、初めて対等な立場になった私たちを祝して、乾杯といこうじゃないか」

 私はグラスを掲げ、立ち上がる。
 それにならってレインとアリス、グレンたちも立ち上がり、シエラと王様、ヴィルドも後に続く。


 私はどうあっても魔女で、人間と敵対する運命にあるんだろう。
 マトイが言ったように、さっさと魔王になった方が楽に生活できるのかもしれない。

 ……でも、私は先代と同じように人を信じる。

 それは決して簡単なことではない。裏切られるかもしれない。どこかで私を殺そうとしてくるかもしれない。
 それでもお父さんやお母さん、王様達のように、魔女と知りながらも関わってくれる人がいるのを私は知っている。
 だから私は、茨の道を歩いて行こう。
 後ろを任せられる配下がいる限り、私は歩みを止めずに進んで行こう。

「これから、いい協力関係を築けることを祈って──乾杯!」

『乾杯!』
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