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第43話 心の読み合い

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 ……はぁ、いつまでもこうしてお互いの出方を伺っていては話が進まない。

 なら、私から切り出す。
 ……生憎のところ、そういう心理戦とかは苦手なんでね。

「──さて、今日私がここに来た理由ですが」

 そう言った瞬間、この場の雰囲気が一気に張り詰めたものとなった。

 彼らからすれば魔物は敵。その魔物が多く存在する迷宮の主が何を求めてやって来たのか。
 どうやら、あちらさんの全員が悪い方向に考えているみたいだ。
 私はあえて余裕ぶった表情で笑い、緊張しないように外面の性格になりきる。

「ふふっ、そう警戒しなくても、あなた方を『支配』しようとは考えていませんよ」
「……敵の言葉を、そう簡単に信用しろと?」
「ふむ……まぁ、無理でしょう。私だったらその者の真相を覗いて、本当に信頼に置けるかの判断をします」
「その口振りだと、セリア殿にはその判断が可能なのだろうか?」

 これは別に言っちゃってもいいのだろうか。
 でも、どうせバレるのだから、今言うのと後で言うのでは、あまり結果は変わらない気がする。ここで完全に敵対するのであれば、どうせ協力関係なんて築けない。
 さすがにこの人数だ。直接「魔眼を持っています」とは言えないけど、聡い王様なら自分でその考えに辿り着くだろう。

「……ええ、可能ですよ。運に恵まれたのか、そのような能力を授かりました」
「ほう? では、私の真相も暴かれている、ということになるのか……いやはや、それが本当なら、こちらの打ち手なしだな」

 こちらを小馬鹿にした態度。
 わかりやすい挑発だけど、折角だからそれに乗ってやろう。
 千里眼を通して魔眼の能力『心眼』を発動。
 これで王様の心の中を覗き込める。……さぁて、完全に不利な状況で、王様は何を考えているのかな?

『やばい、てっきり異形の魔物が出てくるのかと思っておったのに、なんでこんな美少女が出てくるのだ。私の娘と大差ないではないか。うむむ……そういえば娘には同年代の友人という者がいなかった。あわよくば友人のいない娘と友人に……いやいや、流石にそれは無理があるだろう。彼女は迷宮の主。目的は未だに不明だが、相容れぬ存在であるのは確か。そんな者に娘と友人になど……だが、あの子が楽しいひと時を得られるのであれば、降伏してもいいかもしれない。将来のことを考えると、あの子に友人が一人もいないのはいささか問題がある』

「…………こんな場面でなんつぅことを考えているんだ。この親馬鹿は」

「──っ!?」

 おっと、つい本音が出てしまった。
 どうやってこの場を切り抜けようと考えているのかと思ったら、まさか子供の将来の心配をしているとは思わないじゃん。

 ──おい賢王、お前の国の危機なんだぞ。真っ先にそっちを考えないでどうする。

「ま、まさか本当に心の内を暴かれるとはな」
「…………王よ。まさかまたシエラ様のことを考えていたのですか? 国の危機であるかもしれないこの状況で?」
「い、いや! 違う……ことはないが……! 何もそれだけではないぞ! しっかりとこの国のことも考えていたわ!」
「……もういいです。もう慣れましたから」

 ずっと王様の後ろで控えていた騎士が呆れたように溜息を溢した。
 その騎士は他の騎士とは別格の鎧を着ていて、おそらくこの国で一番強いんだろうなぁ、ということはわかった。
 王国騎士団の団長、王様お付きの護衛ってところかな? それに追加で親馬鹿な王様を制御するとか……苦労しているんですね。

「──コホンッ! セリア殿、少々お見苦しいところを見せてしまったことを謝罪しよう」
「あ、はい。どうもです……」

 少々どころの話ではないと思うのは私だけか?
 それに、今更そんな王様オーラを出されても無駄だと思うけど、一応私も気持ちを切り替えていこうか。

「さて、私の能力がわかったところで、話を進めましょうか」
「……本当に支配はしないと信じてよいのだな?」
「ですから、最初からそう言っているではありませんか。それに私の言葉が嘘か誠か、ガイウス様はそれを見極められるでしょう?」

 ガイウス・ウル・オーヴァン。

 賢王と呼ばれた彼はありとあらゆる交渉に長けており、こと商業に関しては一切の負けを知らない。それは王としての地位に就いた後でも同じであり、どこの国に対しても話を優位に持っていく。
 商人や貴族同士の会話は、常に腹黒い陰謀が渦巻いている。どこに嘘が隠れているのか、どこに罠が仕掛けられているのか。それを正確に見抜けなければ、ここまで成功することはまずあり得ないだろう。

 ──では、なぜ王様はそれを成し遂げられたのか。

 それは簡単なことだ。
 人間は15歳になると、一つの能力を得られる。
 王様の得た能力は──嘘を見抜く力。
 体を使う戦いには全く意味がない能力だけど、口での戦いでは十分にチートな能力だ。

「……そこまで見破られるとは、セリア殿は何者なのだ?」
「言ったではありませんか。私は迷宮の主。それだけです」
「では、その迷宮主は何用でここにいらしたのか?」

 王様の目の色が変わる。
 全てを見通そうとしている目。
 下手なことを言ったら、今回の計画は全てが無駄になるだろう。
 それでも私は余裕の笑みを崩さない。

「──協力しましょう」
「……………………は?」

 今回の目的を言うと、王様はとても面白い表情をしてくれた。本当に意味がわからない、あるいは理解はしているけど、思考が追いついていない。そんな顔だ。
 きっと色々なパターンを考えて、その時の対応に備えていたんだろう。けれど、さすがの賢王も私の提案は予想していなかったのか、このような表情になってくれている。
 賢王相手に一手先をいったような気持ちになって、私は自慢げに微笑んだ。

「だから、協力しましょうと言っているのです」
「……ちょ、ちょっと待ってくれ。協力ということの具体的な内容を教えてはくれないだろうか?」
「まずは私たちの要求から話しましょう。このアガレール王国内に、私の迷宮を置く許可を頂きたいのです。その代わりと言ってはなんですが、私たちがこの国を他の魔物の脅威から守って差し上げます。……どうでしょう? そちらとしては他国に集中できるいい機会であり、決して悪くない提案だと思いますが?」

 アガレール王国は、帝国や他の小国に囲まれる立地となっている。
 小国はどうでもいい。一番の問題は帝国だ。アガレール王国と帝国は昔からいざこざが起こっていて、周辺他国もそれに手を焼いている。
 ただでさえ軍事力が高い帝国に加え、アガレール王国は森に囲まれていて、そこから湧き出る魔物の対処にも忙しい。
 私が言っているのは、その数え切れないほどの魔物たちを、冒険者の仕事内容に支障が出ない程度に抑えてあげようということだった。

「なぜだ? どう考えても、そちらにメリットがない。……いったい、何を考えている?」
「何を、と言われましても、私が言ったことが全てです。……それに、こちらにも十分な利益はあるんですよ。だからこそ、こうして交渉に来たのです」

 王様は頭を抱えてしまった。
 本来、こういう行為は交渉相手の前でやってはいけないことなんだろうけど、それだけ王様も混乱しているんだろうな。

「そちらの利益というのは、教えてはいただけないのだろうか?」
「……そこまで話す必要はないと思います。ですが、あなた方、並びに国民の皆様に負担を強いることはないと約束します」
「嘘、は言っていないのだな」
「こんなところで嘘を言うことこそが、利益になりませんね」
「もし、断ったら?」
「……さて、どういたしましょう。そちらが牙を剥いてくるのであれば皆殺し、今まで通り一つの迷宮として扱ってくれるのであれば、少々こちらの予定は狂って面倒なことになりますが、仕方ないのでおとなしく帰るとしましょう」

 ここで断られても、また別の方法をみんなと話し合って決めればいい。
 ただ、これが今のところ一番安全な策というだけだった。

「……それで、返答をいただきたいのですが?」

 別に急いでいる訳ではないけど、私も少し疲れた。
 帰ってアリスの淹れてくれた紅茶を飲みたい。そして本を読みたい。
 千里眼で逐一迷宮の様子を見ているけど、あっちは変わった変化を見せていなかった。
 中で待機しているグレンたちなんて、優雅にお昼ご飯を食べている。……あいつらぁ、主人がこんなに頑張っているのに自分たちは休憩とか、いいご身分じゃないですか。許さねえぞマジで。

「…………少し、考えたい。客室に案内させる故、時間をもらえるだろうか?」
「ええ、かしこまりました。どうか選択の間違いをしないよう、ゆっくりとお考えください」

 どうやらまだ帰ることはできないらしい。
 それを理解した私は、内心ため息をつくのだった。
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