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第39話 魔王との契り

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 ──どうやら、私はギリギリだったらしい。

 全身が火傷で覆われていた私は、アリスとクレハの必死な治療で一命を取り止めたけど、三日ほど寝込んでいたらしい。
 ただ激昂しただけでこれとか……魔王恐るべし。

 起きた時、そこにはレインとアリス、そしてマトイが部屋にいた。

 三人とも一切寝ずに付きっきりで看病してくれていたらしく、目の下のクマが凄かった。

 感極まったレインに抱き締められて、寝起き早々骨が折れそうになる事件はあったものの、その場はなんとか落ち着きを取り戻していた…………ように見えたけど、終始マトイの様子がおかしかった。
 私も話しかけるタイミングが掴めないでいると、マトイが途中で部屋から退出してしまったので、二人に外の空気を吸ってくると言って追いかけた。
 千里眼でマトイの姿はすでに見つけてある。彼女は迷宮で唯一外を見渡せるレイン専用の戦闘部屋に座り、風に吹かれていた。

「ああ、いたいた。こんなところで何してんのさ」
「……セリア」

 元気のない返事。
 下に広がる人の国を見つめたまま、私の方に振り向こうとはしない。
 そんなマトイの横に、私は腰を降ろした。

「……先代のこと、好き?」

 唐突にそんなことを言った私に驚いてこっちに振り向き、そして懐かしそうに笑った。今まで私に見せたことがなかった儚げな笑顔。それを見た瞬間、胸がキュッと締まった感覚に陥る。

「ああ、大好きじゃ」
「……そか…………」

 答えは短かった。それでもマトイの心の篭った回答に、私は自然と微笑んでしまった。
 ……やっぱり、あの夢はただの夢ではなかったんだと。あの幸せな世界は偽りではなかったとわかって、なんとなく嬉しくなる。

「今も人間が憎い?」
「……そうじゃな。やはり、妾の大切な人を殺した奴らは許せぬ。じゃが安心せい。セリアの邪魔はせぬよ」

 まだ納得はしきれていないけど、それでも現実を直視して考えてくれている。そして、あんな無謀な提案をした私を今も友と言ってくれた。

「…………すまんかった」

 横で微かに布の擦れる音がした。
 見ると、マトイがこちらに体を向けて深々と頭を下げていた。

「此度は妾の失態により、お主を危険な目に合わせてしまった。本当に、申し訳ない……」
「やめてよ。私は謝ってもらおうと思っていないし。そもそも私が勝手に助けたいって動いたんだから、マトイは咎められる必要はないんだよ」

 そう、完全な自業自得。
 私が寝ている時にレインやアリスにも謝ったんだろうけど、きっと二人も同じことを言ったに違いない。

「……レインとアリスにも同じことを言われた。これは主人が望んでやったことなのだから、妾が気にする必要はない。とな」

 ほらね? 私の大切な従者は理解力があるからね。二人もマトイのことをよく思っているから、これくらいでは怒らない。むしろ、私が傷ついたことをマトイのせいにしたら、私が二人を怒る。

「だが、謝らねば妾の気が済まぬ。……なぁ、セリアよ」
「ん、なぁに?」
「……もし、お主がよければの話なのじゃが、全員で妾の家に来ぬか? そこならばいつでもお主らを守れるし、退屈もしない」
「……うーん、悪いけどその提案には乗れないな」
「理由を、聞いてもいいだろうか?」
「私はね、やっぱり迷宮主なんだ」

 これがレインとアリスだけがいた時ならば、私はマトイの提案に乗っていたかもしれない。
 でも、私はもうここの魔物達を置いて行けないと思ってしまった。
 私がこの迷宮を手放したら、この魔物達はどうなるのだろうか。
 おそらく、迷宮主がいない迷宮は形を保てなくなるだろう。そうなると、中にいる魔物は当然、迷宮ごと消滅してしまう。

「私は、自分だけが助かるために、配下を殺すことは出来ないよ」

 その言葉を聞いたマトイは、短く「そうか」と呟いて、少し寂しそうに笑った。

「お前は、どこまで行っても優しい奴じゃな。妾の、魔王の提案を部下のために蹴るとは」
「ごめんね。でも、私の意思は変わらない」
「ああ、わかっておる。じゃから、これは妾の自己満足じゃ」

 そう言って渡されたのは、拳大の真っ赤な珠だった。触れると微かに熱を感じるそれからは、マトイに似た魔力を感じる。

「それは紅核という。妾の第二の心臓であり、契りを交わすのに必要なものじゃ。それを心臓を融合させることで、妾と深くつながることができる」
「へぇ、クレハと同じやつか……」
「いや、違う。クレハたちのような従者には紅玉というものを与えておる。それは妾と繋がって転移に使う程度のことしかできぬが、紅核はもっと深く繋がることが可能じゃ。妾がセリアの居る場所に転移するのは勿論、妾の力を一部扱えるようになる。ついでに念話というやつで、離れていても会話が可能じゃ」

 つまりこれはクレハが得た物の上位互換ってことになるよね。
 すぐに助けに駆けつけてもらえるようになるだけじゃなくて、マトイの力を私でも使えるようになるなんて、結構ありがたいことだよね。『念話』ってのはマトイが言った通り、離れていても会話が可能。これでわからないことがあっても、いちいちマトイを呼び出さないで済むってことになる。

「それは一度しか作れない物でな。使いこなせるようになれば、十分にセリアの力になってくれるじゃろう」

 普段ならこんな貴重な物は受け取れない、と返すところなんだけど、これはマトイの覚悟が詰まった物だ。
 生半可な気持ちで受け取れないし、私のためを思ってくれた物なんだから、断る理由がない。

「……これをどうすればいいの?」
「服の上からでも構わぬ。心臓に当てさえすれば、それは勝手にセリアの体に流れ込むじゃろう。しかし、気をつけろよ。いわばそれは心臓を作り変えるのと同意。激しい痛みが体を襲────」
「そぉい!」

 マトイの言葉を最後まで聞かないで、私は紅核を心臓にねじ込んだ。

「妾の話聞いておったか!?」
「あっはっは、だってマトイの話がなが──っ、でぇええええええ!?」

 なんか体がポカポカするなぁ、と思った次の瞬間、全身が焼け付くような激しい痛みが私を襲った。あまりにも唐突すぎたそれのせいで、我慢できずに地面を転げ回る。

 感覚的には心臓が何かに侵食されていくような。そして、体がそれに激しく抵抗している。
 そのため、痛みは和らぐことはなく、しかも徐々に痛みは激しさを増していく。

 これは痛すぎる。
 下手したら死んじゃうくらいやばい。もう痛すぎて笑っちゃうレベルだ。

「じゃから言っただろうに! ああ、もうっ、おとなしくしておれ!」

 マトイは転げ回る私を捕まえて、少女のような細い腕でヒョイッと持ち上げた。

 これはまさか……!?

「今は耐えるしかない。すぐにアリスのところに行くから、我慢せい!」
「──お姫様抱っこ!?」
「お主はどこに反応しておるんじゃ、この馬鹿!」
「はい、すいません……!」

 だって痛いのが悪いんだもん。こうして他のことを考えてなきゃ、激痛ばかりを意識しちゃってどうにかなりそう。
 なんでマトイの配下の人達はこれを耐えられたの? 絶対に何人かは死亡者出てるでしょ。

 私ってば一応、自分の魔眼で進化済みなんですけど……これは体の耐久力関係ない? あ、そうですか。マジですか。──ちくしょうめぃ!

「まったく……紅核は紅玉と違い、激しい痛みが襲うことになるから、痛みを抑える薬を渡そうかと思っていたのにな」
「……………………ほぇ?」

 そんなものがあったんかぃいいいい!
 だったら最初から言ってよ!
 なんで偉い人って無駄に説明をしたがるかなぁ。最初から薬を渡して「飲め」と言ってくれれば、マトイの言うことならって素直に飲み込んだのに!

「そんな目で見ても妾は謝らぬぞ。最後まで話を聞かなかったセリアが悪い」

 ああ、ごもっともですよ!
 でも、この痛みに耐えきれば私の勝────

「それと、今は互いの力が均衡しているから痛みはその程度で済むが、結合が進むと更に激しい痛みがくるからな」

 それは死の宣告に等しい言葉だった。

 これよりもやばい痛み? いやいや、無理です。絶対に耐えられる気がしません。……え、マジなの? 私を怖がらせるための嘘ではないのですか?

「……残念ながら、大マジじゃ」

 いやいや! ダメでしょ!

 迷宮の主人が連続で気絶。しかも片方は自業自得とか色々とダメだって!
 これを見ている神がいたなら「こいつ馬鹿だなぁ(笑)」とか思っているに違いねぇ! 笑い事じゃねぇんだよ。こっちは命の危機が今にも迫っているんだよ!

 ちっくしょおおおおおおおおお────あ、っ……………………。
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