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第1話 異世界での生活

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 ──私はどうやら異世界転生者らしい。

 それを理解する直前、私は、私の住んでいる田舎村の木で木登りをしていた。
 運悪く足を滑らせて頭から落下した衝撃で、私の中に前世の記憶が流れ込んで来た。

 前世の私はニートだった。
 学校にも行かず、ずっと親の臑を嚙って生きていた。
 ある日、何かの気分転換に外に出たところ、運悪く土手で足を滑らせて呆気なく死亡。

 足を滑らせて死に、足を滑らせて前世の記憶を取り戻す。

 ──いや、何で私は滑らせてばかりなんだよ。もう少し反省しろよ、私。

 と自分に怒っても、過ぎたことはどうしようもない。

「でも、だからどうしたって話だけどね」

 前世の記憶を取り戻したところで、私は今の世界で『セリア・アレース』として生きているのは変わらない。
 優しいお父さんとお母さんに育てられた、田舎に住む一人の少女だ。

「前世に未練はないし、あったところでどうすることも出来ないからなぁ……」

 私は変なところで『現実主義者』だった。
 なので、元々頭のよくなかった私は難しいことを忘れ、地球に住んでいたニート娘ではなく、セリア・アレースとして生きることを選択したのだった。

 そして、数年の時が経った。



          ◆◇◆



 チュンチュンとどこかで鳴いている鳥の声で、微睡みから現実へと引っ張られる。

「ん……んん、ふ……あぁ……」

 窓から漏れる光が、ちょうど私が眠っているベッドに当たって眩しい。そのおかげで意識は覚醒しているのだけれど、ベッドの温もりのせいで無性に出たくない。

 ……ああ、どの世界でもオフトゥンは至高ですな。

「セリアー、まだ寝ているの? お父さんもう行っちゃったわよ」

 このまま二度寝に突入してしまおうか。そう思い意識を手放そうとしたところで、一階から私を起こすお母さんの声がした。

 ──そうだ。今日はお父さんが作っている野菜の収穫を手伝う予定だった。

 ベッドから離れたくないという本心を理性で吹き飛ばして、一階に降りる。

「おはよう──ってあなた酷い顔よ? ちょっと顔洗ってきなさい」

 そう言われたので洗面所に行き自分の顔を確認する。
 お母さんに言われたとおり疲れているのか、ゲッソリとした顔になっていた。自慢の金髪もどこか萎れているような気さえしてしまう。

 昨日の夜は手伝いがあるからと早めに寝たし、そこまで動いた記憶も無い。だとしたら夢で何か見たのかな。

「う~~~~む……」

 暗く悲しくて可哀想な人が出てきた気がする。私ではない。だけど何か他人事には思えない……そんな感じの夢だったような。

「ダメ、思い出せない」

 本来、夢とはそういうものだ。ぶっ飛んだ内容の夢ですら、起きた時には大抵のことを忘れてしまう。
 夢で疲れるとすれば、それは悪夢だろう。けれど、汗びっしょりというわけではないし、気分も悪くはない。だとしたら原因は夢じゃないってことになるのか?

「ま、いっか……」

 体が正常ならそれでいいと、いつも通りのマイペースっぷりを発揮し、お父さんの手伝いのために支度を始める。
 準備自体はすぐに終わって、私はお母さんに行ってきますと言って家を出た。

 お父さんの畑は家から徒歩十分という少しばかり遠い場所にある。
 ……と言っても父の畑だけではなく、その場所には村のみんなの畑がある。

 私の住んでいる村は小さな田舎村で、みんなが協力しあって生活しなければやっていられない。
 だから広い土地に畑を作り、それを区切って個人の畑をやっている。そのほうが管理もしやすいし、一箇所に纏めておいたほうが、魔物が来た時に対処しやすいのだとか。
 そのため畑の周りには魔物対策の罠が沢山ある。魔物はとても強くて、村の人が総出しても撃退出来るかわからない。だから時々村に来る商人から、魔物対策の罠を購入してなんとかするしかないらしい。

 ……そこが破られたらどうなるのか。考えたくもない。

 私は魔物を見たことがないからどんなに恐ろしいかわからないけど、村長や村長に歳の近い人は知っているらしくて、小さい頃から魔物はとても恐ろしいと教えられてきた。いわゆるなんちゃらの教えってやつ?

「おーいセリアちゃん。お父さんのお手伝いかい?」

 ぼけーっとしながらお父さんの畑を目指して歩いていると、他の畑で作業していた隣に住むおじさんが声をかけてきた。
 いつも朗らかな笑顔を浮かべていて、よく野菜のお裾分けなどをしてくれる良い人だ。

 ……まあ、私は野菜嫌いなんですけどね。

 大好きな食べ物はいつになっても、例え住んでいる世界が変わっても、お肉一択だ。
 だけど、ここは貧しい田舎村。いつも肉を食べられるわけではないので、我慢している。

「ええ、昨日の夜にお願いされちゃったので……」

「セリアちゃんはいい子だねー。俺にもこんな可愛くて優しい子が欲しかったよ……」

「そんな褒めても何も出ませんよ。それじゃあ父が待っているので、私はこれで」

「ああ、引き止めてすまないね。お手伝い頑張って」

 手を振り、その場を後にする。

 少し歩いておじさんが見えなくなった辺りで、溜め息が自然と出る。村の人からの私の印象は『真面目で優しくて可愛い』というのが定着しているらしい。
 原因はおとなしめの雰囲気で、小さい頃から良い子であろうと気をつけてきたせいなのだろう。そのおかげで先程のように、あちらこちらで声をかけられる人気者になってしまった。

 ……いや、普通に良いことなのだろうけど、本音を言うとめちゃくちゃ面倒臭い。
 特に家の裏庭で休憩しながら、静かに読書していたところを話しかけられて邪魔されるのは腹立つ。

 私は読書が好きだ。

 あの一人になれる空間が、精神を落ち着かせたい時にちょうど良い。
 前世でも私の部屋には沢山の本が積み重なっていた。ほとんどがラノベだったけれど。

 ……ん、そのお金はどうしたのかだって?
 勿論、親に買って貰ったよ。いやほんと、すいません。

 ──こほんっ、過去はいいんだよ、過去は。

 前は魔法とかを覚えるために、魔法書を何度も何度も読み返していたけど、どうやら私に魔法の適性は無いらしく、全く覚えられなかったので諦めた。

 だから私は、魔法書ではなく他の本を読むことにした。

 ちなみに今読んでいる本のタイトルは『魔眼の魔女』。
 『魔眼の魔女』という名前自体は有名で、誰もが……驚くことに魔物ですら恐れる存在だ。
 魔女の黄金に輝く瞳は全てを魅了し、歯向かうものは誰であろうと容赦なく殺す。魔王よりも魔王らしい大罪人とされている。
 それが真実なのかはわからないけど、今や恐怖の象徴イコール『魔眼の魔女』というのは一般常識となっているらしい。

 この本はそんな魔女の生き様を、悲しい表現で捉えた物語となっている。
 一見すると魔女に同情しているような本だったので、当時は大反響を与えたらしいけれど、今は図書館などで普通に借りることが出来ると商人は言っていた。

 勿論、こんな辺鄙な村に図書館はないので、この本も商人に頼んで本を買ってきてもらった。
 よく村に来る商人も、私に対して好印象を持っているようで、欲しい物をお願いしたら可能な限り持って来てくれる。
 こういう時だけはキャラを作っていてよかったなと思う。前世の教訓が活かされましたな。

 そんなことを思っていると、お父さんが管理している畑の近くまで来ていた。

「お父さーん?」

 先に作業しているはずのお父さんの姿が見えない。あるのは途中途半端に積まれた野菜の山。
 ……休憩でどこかに行っているのか。

「…………だぁ!」

「ドゥオアァ!?」

「──うぐぉ!?」

 不意に後ろから聞こえた大きな声に、反射的に振り向いて顔面パンチを繰り出してしまう。
 やってしまったと思った時にはすでに遅い。完全に自業自得でやらかした父親は、ゆったりとした動きで倒れ込む。

「さ、さすがは、愛しの娘だ……俺を倒すとはお前はすでに一人ま…………ぐふっ……」

 どこからかチーンと悲しい鈴音が聞こえてくる気がする。
 いや、悪いのは私じゃなくてお父さんだから、罪悪感なんてものはない。
 なんか幸せそうな顔をして倒れているし。

「お父さん!? だ、大丈夫……っぽいね」

 一応、良い子っぽく心配してみるけど、それすら面倒臭くなるほどのうざい顔だったので、キャラを忘れて素に戻ってしまう。
 よほどモロに入ったのか、お父さんはマジで気絶している。これなら素で喋っても気づかれはしないだろう。

「にしても、どうしようかな……これ」

 なんと私、実の父親を『これ』呼ばわりしている。
 そう言いたくなるほどのアホなんだから仕方がないよね。

 結局、お父さんが目を覚ましたのは日が落ちかけた時で、野菜の収穫は急いでやる羽目になってしまった。
 お父さんの畑はそこそこ広いので、野菜の収穫だけでも一苦労。明日は私にとって『大切な日』だというのに、筋肉痛で苦しむことになりそうだ。
 採った野菜を台車で運びながら家に帰った頃には、すでにお母さんが夕食を作って待っていてくれた。いつも楽しい会話をしながら食べる夕食で、お父さんが感慨深そうに言う。

「セリアも明日で15歳か……お前はどんな能力を得るんだろうな」

「能力開花も含めて、お祝いの準備を沢山しなきゃね」

 ──そう。明日は私の誕生日。

 しかも、ただの誕生日ではない。人は15歳になるその日に、新たな能力に目覚める。
 能力の種類は様々で魔王を倒す『勇者』という能力だったり、『剣聖』という剣を極める能力だったり、逆に戦闘向きではない『鍛冶屋』や『農家』といういわゆるハズレ能力もあるので、何が出るかは明日にならなければわからない。

 この能力に目覚めるのは人だけで、亜人や魔族、魔物にはそういったものがない。
 完全に人の特権だけど、それで全てが決まってしまうのは、何とも酷い話だと思う。
 これのせいで夢を諦めた人は少なくない。実際、お父さんは冒険者になって困っている人達を助けたかったらしい。
 でも、残念ながらハズレを引いてしまったので、こうして大人しく村で農業をしている。……と前に話してもらった。

「セリアは何の能力が欲しいの?」

「えっと……みんなを助けられる能力が欲しい!」

 もちろん嘘だ。
 建前上こんなことを言っているけど、本音は楽して稼げる能力が欲しい。

「それなら回復術士とかか? セリアらしいな!」

 お父さんは嬉しそうに笑う。
 他人を思える娘が誇らしいのだろう。

「それなら寝る前にでも神様にお祈りしたら? もしかしたら、願いを聞いて叶えてくれるかもしれないわよ?」

 お母さんはいつも通り、優しい目で私を見る。
 その目は私が望みどおりの優しい能力になれることを、微塵も疑ってないようだった。

「…………うん!」

 ──その夜。私は望んだ。

「神様、どうか楽できる能力を私に与えてください」

 神なんていない。いたとしても私達のような平凡な民なんざ視界に入れていない。
 そんなのはわかっているけど、どうせなら願ってハズレた方が、神に言い訳出来る。そういう軽い気持ちで願った明日のこと。

 この時に私を見ていたのは、神ではなく悪魔だったのだと、この時の私は知る由もなかった。
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