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プロローグ

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 人は人の形をした化物に嫌悪感を抱く。

 ──その化物は何をした?

 ──その化物は本当に化物なのか?

 ──その化物が望んでいることは?

 人にとってそんなことはどうでもいいのだ。
 ただ、自分達と違う異質な物を取り除こうと必死になる。

 たとえそれが、元はだったとしても。

 昨日は共に笑い合い、共に夢を語り合った仲だとしても。次の日には違った眼差しを向けてくる。
 それは嫌悪、侮蔑、恐怖といった様々な感情をしていて、容赦なく元人間化物の心を蝕んでいく。

 視線とは怖いものだ。

 手出しをせずとも生物を殺せる。
 どんな攻撃よりも棘のように深く刺さって抜けなくなる。それは遅効性の毒のようにゆっくりと化物を侵していく。

「この化物め!」

 突然、私の額に大きめの衝撃が奔った。
 どうやら誰かが投げた何かが、私の額に当たったらしい。そこら辺にある物といったら、石か硬めの果物だろう。

 血が出ているのか、額から生暖かい液体が垂れてくるのがわかる。
 私の両眼は潰されているので、何が起こっているのかはわからない。せいぜい嗅覚と触覚でなんとか把握出来る程度。潰されている理由は、私の能力『魔眼まがん』のせいだ。

 『魔眼』は対象を見れば、意のままに操ることが出来る絶対の力。

 それを無力化され、貼り付け台に手足を縛られている。成す術無しの状態だ。
 人は化物に対して当然のように非道な行いをする。私の眼を潰した奴だって、私を無力化出来ることに嬉しく思ったのか、笑っていた。

「お前のせいで皆は……クソがっ!」

 私が何をした?
 私はただ何もせず生きていただけだ。
 なぜ濡れ衣を着せられなければならない。

 ……それを言ったところで返ってくるのは罵声や暴力。
 ならば何も言わないほうが、まだ心が蝕まれずに済むのだろう。

「うちの子を返して!」

 いや、それこそ知らねぇよ。

 ……っと、本音が出てしまった。
 人は目の前に異物があったなら、全ての不幸を異物に押し付ける。なんとも現実逃避はなはだしい。

「──静粛に! 静粛に!」

 私の真横で威厳のありそうな野太い声がする。聞いた感じ、おじさんになる一歩手前の年っぽく思える。
 おじさんの声がざわめいていた会場を静かにさせる。

「お集まりの皆さん。私は今日という日を待ち望んでいました」

 演説が始まる。

 静かだがしっかりと響くその声は、人の耳にスゥッと入っていく。私に罵詈雑言をぶつけていた奴らも騒がずに聞いていた。
 かくいう私も動けないし暇なので、男性の声を聞いているしかない。

「私は今まで恐怖に怯えながら生きてきました。平和な生活がいつまで続くのか……家族の、まだ幼い子供の未来はあるのかと……心配でたまりませんでした」

 それはそうだ。平和な生活は誰もが望む最高の環境。それが侵されるのは私でも怖い。

「しかし! その恐怖が今日で終わりを迎えます!」

 バッという風を切る音がする。

「我ら陛下のお力。そして誇り高き騎士団の尽力により、長年私達を苦しめてきた憎き魔女を捕縛することに成功しました!」

 歓声が轟く。

「静粛に、静粛に! …………それではこれより『魔眼の魔女』の火刑を行う!」

 再度、歓声が轟く。

「魔女だけでは世界の脅威が過ぎ去ったとは言えない。……だが、私達は最後まで戦うとここに誓おう! 私達は決して悪に屈しない!」

「全ての悪に鉄槌を!」

「レブナン王国万歳!」

「我等の正義に勝利を!」

 足元でパチパチという薪が弾ける音がして、段々と熱くなってくる。煙のせいで上手く息が吸えない。少し苦しい。
 時が経つに連れて火の勢いは増していく。すでに私の感覚は無く、意識を保つのすら困難になっている。だからってみっともなく喚きはしない。それでは私がこいつらに屈したのと同じだからな。

 薄れゆく意識の中で、幼い私が目蓋の裏に映る。
 思えば私は常に孤独な人生だった。
 産まれた時に親はおらず、『魔眼』のせいで人からは避けられ、最後は信じていた友の裏切りによって、呆気なく捕らえられて処刑。

 ──化物には相応しい最後?

 確かにそうだ。確かに化物には相応しい。
 だけど、叶うならば私も幸せに静かに暮らしたかった。

「…………ごめんな」

 それはこんな私を信じてくれた一握りの希望への謝罪だった。

「ああ、ほんとに──ごめんなぁ」

 私は俯く。
 その瞳の奥に黄金に光る何かがあったのを、誰も認識することはなかった。
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