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第2章
1.少女達は新たな旅路を歩む
しおりを挟む私は過去に戻った。
理由はわからない。
でも、私にとってそれはありがたいことだった。
一度目では果たせなかった復讐。それを最初からやり直すことができる。
これほど幸福なことはあるだろうか?
私は即座に行動を開始し、因縁の相手──ゴンドル・バクを殺した。
スッキリした。
奴の死体が目の前に転がった時、今までに感じたことのない満足感があった。
──それでも足りない。
私を苦しめ、陥れ、利用した奴らはまだまだ沢山いる。
そいつらを全員殺すまで、私の復讐は終わらない。
絶対に殺す。
絶対に許さない。
地の果てまで追いかけ、必ず私の手で奴らの人生を終わらせてやるんだから。
◆◇◆
「そこで全身に麻酔をかけて、何も感じない恐怖を与えたんだ」
「ほうほう……」
「麻痺が治ってきた頃に、あいつの全身に酷い痒みが出る薬品をぶっかけてね」
「ふむふむ……」
「また全身麻酔してじっくりと恐怖を与えてから、最後に痛みと痒み、出血多量、死への絶望が一気に襲いかかるようにしたんだよ。そうしたら、泣き喚いた後に呆気なく死んだんだ」
「なるほど……たしかに毒や薬を用いても面白い反応が見られそうですね。参考になります」
最初の復讐を果たし、ついでにアーガレス王国に喧嘩を売り、その後シャドウの皆と別れてから一週間とちょっとが経過した。
今、私たちは次の目的地に向けて草原を歩いている。
馬車が通れる程度の舗装がされた道だ。別に急いでいるわけではなく、お喋りしながら時には休憩をしつつ歩いている。
せっかく一度目の悲願を達成したばかりなんだ。
今はその余韻に浸りながら、ゆっくりと散歩をしたい気分だった。
最初は馬車を利用しようかと思っていたけれど、それは難しかった。
理由は、王城の一角が崩壊したことで国民は混乱していたから。王国から避難する人、情報を集めようと奔走する人。誰もが移動手段を必要としていて、馬屋はどこも混み合っている状態だった。
だから、いい運動になるだろうと思って次の街まで歩くことにした。
その傍らで、どうやってゴンドルを殺したのか、またその時の奴の反応や死に様を教えてほしいとプリシラからお願いされ、今に至るってわけだ。
「……と言っても、全員に薬品使ってたら金が馬鹿にならない。私たちにもお金は必要だから、服用する相手は程々にね」
「そういえば今回、ご主人様が使った薬品の全てが非合法な物なのですよね……確かに全員に使っていたらこちらの生活費が危ないですね」
「うん。だから薬品は極力使わない。今回は最初ってことで奮発したけど、今度からは薬品抜きで面白い復讐を考えないとね」
「殺すのは絶対として、その過程でどれほどの恐怖与えられるか…………難しいですね」
「その苦しむ過程の最終工程に『絶望』を繋げられるともっといいかもね。あの時のゴンドルの顔は……ふふっ、今思い出しても傑作だったよ」
あれは良かった。
また次があるなら、ぜひともあの顔を拝んでやりたい。
「ご主人様がやったような、最後に全ての苦しみを味合わせるみたいなことでしょうか?」
「何もそれだけじゃないよ。他にも方法はある。例えば──屋敷全体に簡単な細工をして迷路を作るとか。感覚が狂った状態で出口まで来たところを、奴の気づかない罠で開始地点まで戻すとか。いつ終わるかわからない迷路に、相手は精神も擦り減って自ら殺してくれとか懇願するかもしれない。典型的な手段だけど、その分、わかりやすくて面白そうだよね」
「ふむ……それなら私の歪曲で空間ごと捻じ曲げるのもいいかもしれません。砂漠に存在するオアシスの陽炎のように、目の前に出口があるのに一向に辿り着かない。それを眺めるのも面白いかと」
「いいね! 相手の希望が徐々に薄れる表情を見れるかも!」
プリシラとのお喋りは、とっても弾んだ。
彼女がいてくれるおかげで気づけたけれど、共犯者の存在はとても大きい。私一人ではできないことも、プリシラのおかげでもっと楽しい復讐になる。それに、どうしても私だけだと殺し方が偏っちゃうから、こうして新たな思いつきを得られるというのは素直に嬉しいことだ。
でも、こうやって話していると、馬車を利用しなくてよかったと思う。
もし馬車の中でこんな話し合いをしていたら、怪しすぎて偶然乗り合わせた客から変に警戒されていたに違いないからね。
ここは街道と言っても、人の通りは少ない。
時々反対側から商人の馬車が通ったり、私たちと同じように徒歩で移動している冒険者パーティーとすれ違ったりする程度だから、こうして沢山怪しいお喋りができている。
「そういえばご主人様は糸で敵を拘束できますよね? その糸で体を操って、家族を殺させる……というのはどうでしょう?」
「……いい案だけど、今はまだ難しいかな」
私が扱う糸は切れ味を重視していて、とても細い。
少しでも力加減を間違えれば全身の肉を切り裂き、その場で絶命させてしまう可能性がある。
でも、プリシラの意見はすごく面白いと思う。
まだまだ時間がかかりそうだけど、もう少し私がこの体に馴染んで、糸の熟練度が上がったら、これも視野に入れてみようかな。
「──っとと」
ぼんやり今後のことを考えている時、道の反対側から馬に跨った騎士風の男たちが私たちの真横を通り過ぎていった。
一瞬だけ見えた彼らの表情は、かなり慌てた様子だった。
「……どうしたんでしょう?」
「方角的に私たちが来た辺りだから、多分、アーガレス王国から救援要請でも入ったんじゃない? ……ほら、あそこは今、色々と大変だからね」
「それを引き起こした張本人が他人事のように……まあ、ご主人様とその同胞の家族を人質にして利用した奴らです。今となってはざまぁみろと言いたいくらいですね…………いっそ、救援に行かせる前に殺りましょうか?」
物騒なことを口走るプリシラに、私は苦笑いを浮かべる。
「あはは……とりあえず今は無視でいいよ。あの騎士たちは私の敵じゃない。……まだ、ね」
私は復讐のためなら人を殺すけど、なにも殺人鬼になろうとは思っていない。
復讐対象の家族くらいなら必要な犠牲だと利用するかもしれないけれど、全く関わりのない人たちまで巻き込みたくないんだ。
プリシラもそれをわかっているのか「冗談です」と言って、すでに遠く離れてしまった騎士たちに興味をなくしていた。
「それにしても、随分と人通りが多くなってきましたね……」
気づけば、私たちは次の街の近くまで来ていたらしい。
以前は片手で数えられる程度だった人の数も、今では両手を合わせても足りないくらいになっている。
「街が近い証拠だね。目に見える人たちは冒険者っぽいし、今から狩りに出かけるか、帰るかのどっちかでしょ」
冒険者は街を『ホーム』と定め、そこを活動拠点にクエストや魔物狩りをして稼ぐ。
たまに馬車を使って遠くへ出掛ける冒険者もいるけれど、どれも徒歩で移動している感じ、そういった冒険者はいないみたいだ。
「……と言っても、ここから街に着くのは早くても丸一日はかかるかな。そろそろ夕方になってきたし、近くの森で野宿でもしようか」
ここで無理に歩くと、野原のど真ん中で一晩過ごすことになる。
広い場所での焚き火はとても目立つ。どこからでも魔物に襲われる可能性があってとても危険だから、なるべく身を隠せる場所──森や洞窟辺りで野宿の準備をしたい。
「野宿は初めてなので、少し緊張します」
「やってみると案外楽しいものだよ。……懐かしいな」
今までは立ち寄った村で空き小屋を借りていたけれど、ここ一帯にはそれらしきものが見当たらない。
今後旅を続けていく上で同じような状況になることは多いだろうし、この機会に野宿を経験しておくのもいいだろう。
「夜になれば火を囲んで美味しい料理を分け合ったり、他愛ない話で盛り上がったり。交代制で火は消えないかを見守ったりするんだ。仲間と協力して一夜を安全に過ごすのはちょっとした達成感があるんだよ。……まあ、私は基本一人だったからよくわからないけど」
「…………ご主人様……」
「で、でも! 今回はプリシラがいるからね! 全然さみしくないよ!!!」
今回からは憧れていたものが出来るかもしれない。
そう思って少しだけ、ほんの少しだけ…………わくわくしている自分がいた。
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