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第1章
22. 少女は迎えにいく
しおりを挟む──屋敷に入って約三十分。
私達の前には、見るからに怪しい扉が立ちはだかっていた。
「うっわぁ、即死効果に猛毒、痺毒、強酸、思考阻害の魔法……なぁにこれ」
「扉だけで国家予算使い果たす勢いだぞ、これ」
「流石にここまでだと……驚きを通り越して呆れるわね」
物理も魔法も、効果がえげつない。
力の入れどころ間違えすぎでしょう……。
「でも、ここまでやるなら──当たりだね」
この扉に掛けられている罠は、先程までとは危険度が違いすぎる。
注目させるためのフェイクな可能性は、まずあり得ない。
流石にここまでの予算を偽物に使うような馬鹿ではない。そういうところだけは頭が回る男なのだ、あれは。
「順調にやって、二十分ってところかな」
「いや、その半分だ。俺も手伝う。お前はこっちを担当してくれ」
「バッカス?」
「……なんだよ。そっちの方が効率が良いだろ。その代わりヘマするんじゃねぇぞ」
本当に、素直じゃない男だ。
でもそれがバッカスらしいなと、自然に笑みが漏れてしまう。
「そっちこそ、つまらないミスはやめてよね」
「誰に言ってやがる。お前の先輩だぞ、俺は」
収納魔法の中から、これの解除に必要な道具を取り出す。
それと同時に、私達は手分けして動き出した。どちらかが一手でも間違えたら、ここに居る三人は死ぬ。それでも私とバッカスは一秒たりとも手を止めない。
「…………」
「…………」
カチャカチャと、金属の音のみが静寂の空間に響く。
そして宣言通り、十分。
──ガチャン。
それまで鳴っていたものとは違う、大きな音が扉から鳴った。
「………………ふぅ、疲れた」
解除しても気を抜かず、本当に何も残っていないかを確認してから、私はようやく大きな吐息を吐き出した。
「二人共、お疲れ様」
アメリアの労いの言葉に、私達は無言で親指を立てた。
「流石はバッカスだよ。ありがとね」
「こちらこそ、だ。……ノアの技術は認める。小さい癖にすげぇ奴がいたもんだ」
「いやいや、それほどでもないよ。バッカスが補助してくれなかったら、多分途中で集中が切れていたと思う」
「ハッ、謙遜しやがって……だが不思議だな。初めてとは思えないくらいに手を動かしやすかった。長年一緒に作業していたような感覚だった」
「あははっ、そう言ってもらえると嬉しいな」
罠についての知識は、全てバッカスに教えてもらった。
だから彼の動きや癖も理解している。それに合わせて手を動かしたから、解除も上手くいったんだ。
「……はぁ、休憩はここまでにして、そろそろ次に進もう」
十分に休憩してから立ち上がり、扉を開く。
重苦しい音を立てて開かれたその奥には、ゴンドルがここまでして隠したかった物が明かされる。
「…………ああ、やっぱりね」
それを見た時、私の心はスゥッと落ち着いていた。
すでにこうなっていることを知っていたから、覚悟ができていたのか。心にあるのは怒りでも悲しみでもなく、ただの落胆だった。
「……迎えに、きたよ」
言葉は帰ってこない。
そこにあったのは、一度目の最後に見たものと同じだったから。
「お父さん、お母さん、お姉ちゃん、お兄ちゃん……ごめんね」
この謝罪に意味はない。
そんなことくらい、わかっている。
──それでも。
私はその言葉を口にしていた。
「エレナ、おい……エレナ、うそだと、言ってくれよ、なぁ……頼むって、たのむよ」
「やっぱり、こうなっていたのね……アスタ。今まで辛かったでしょう……こんな暗い場所に閉じ込められて……ごめんね、不甲斐ないお姉ちゃんで、ごめん、ね……」
並べられているのは、私の家族だけではなかった。
そこには、二人の家族もいる。
「バッカス、アメリア……」
こんな辛い思いをさせて申し訳ないとは、思わない。
いつかは知ることだ。
それも最悪なタイミングで知らされ、絶望して、一度目の私のような末路を辿る運命だ。
それなら先に肩の荷を降ろさせた方がいい。
でも、やっぱりこれは────
「あまりにも不幸だよ」
家族を抱いて涙を流す二人を、私はただ静かに見守っていた。
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