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第1章
20. 少女は自由を言い渡す
しおりを挟む「それで、ご主人様? これから何をするのでしょう? 復讐のお手伝いができるのであれば私、何でもいたします!」
「うん、その気持ちがありがたいけれど、まずは私の質問を正直に答えてくれる?」
コクリと頷くプリシラ。
「欲しい武器はある?」
「あってもなくても変わらないです。ここらの魔物は弱いので、別になくても問題はないですね。簡単な剣ならば使えますが、魔法で攻撃する方が得意です」
「それじゃあ、適当な物を少し買っておこう。いざという時に必要になるかもしれないし。時間は……あ~、ギリギリか」
空を見上げると、若干薄暗くなり始めていた。
大体の店は夕食時に店じまいを始める。今からスラム街を抜けて武器屋に行ったとしても、質の良い武器を選んでいる余裕はないかな。
「だとしたら、武器よりも今後の食料を買い足ししておこうかな」
しばらくの拠点は、森にある小屋を使うことにする。
どこにゴンドルの目があるかわからないので、この街を必要以上に彷徨くのは避けるべきだろう。数日分の食料は大切だ。
「早速だけど二手に分かれよう。プリシラは食料の調達。できれば干し肉等の保存食を多めに買ってきて。収納魔法は使えるんだよね?」
「はい、問題ありません」
「だったら、これでありったけ、よろしく」
そう言って、三万リフを渡す。
干し肉一つで大体五十リフするから、三万もあれば十分な食料になる。
「奴隷だと馬鹿にして値上げしてきても、申し訳ないけど我慢して。今はなるべく目立ちたくない。それで無理をされたら、こっちが困る」
「……………………」
「…………どうしたの?」
信じられないものを見るかのように、プリシラは私を直視していた。
……まさか、一気に言いすぎて理解してない?
「驚きました。普通は奴隷なんかにお金を渡しませんよ」
「……ああ、そんなこと。買い出しさせるのに、お金を渡さないでどうするの」
「盗むとは、考えないのですか?」
「私はお前を裏切らないと約束した。それをお前は裏切るのかな?」
別に三万リフ程度、どうなろうと支障はない。
少しムカつくぐらいで、またあの店で何かを売ればすぐに元は取れる。
「……ふふっ、そうですね。ご主人様が約束してくれたのです。それを私が破るなどありえません。失言を、お許しください」
「わかったのならよろしい」
「先程、二手に分かれると仰いましたが、ご主人様はどこへ?」
「ちょっとした待ち合わせがあるんだ。そっちを終わらせたい」
この後はシャドウとの待ち合わせがある。
こちらの準備も整ってきたことなので、前から約束していた家族とのご対面をすることになった。
プリシラは見た感じ戦闘向きで、隠密行動できそうにない。私達の動きについて来れるようには思えないので、別行動という形をとった。
「そうですか。……無理をなさらないでくださいね」
「もちろん。私が復讐したいのは他にもいる。それに、プリシラの復讐相手もね」
私の復讐はプリシラのものであり、プリシラの復讐は私のものでもある。
こんな序盤にミスして終わりだなんて許されるはずがない。三度目があるとは限らないし、ここまでやって来たことを無駄にはしたくないから、今後の行動も慎重に行わなくてはならない。
「……はい」
私は三万リフとは別に、糸で作った腕輪を渡す。
「これは、何です?」
「通信機。魔力を流すと私の通信機に繋がる。糸電話の進化版みたいなものだよ」
ほらっ、と言ってお揃いの腕輪を見せる。
「何か問題が起きた時に連絡して」
私の糸はこんな便利なこともできてしまう。これは流石の私も卑怯だとは思うけど、使えるなら使うだけだ。一度目でもこの通信機は役に立ってくれたので、二度目でもこれを使う機会は沢山くるだろう。
「……ご主人様は凄いですね」
「頭を使わないと余裕で死ぬ世界で生きていたからね」
それでも私の甘さが命取りになって、最終的に死んでしまった。
──だから、もう間違わない。
甘さなんて捨てる。
使えるものは全て使う。
道具も人も、全てを等しく利用する。
「あえて聞きますけど、ご主人様はまだ十歳なのですよね?」
「あはっ、少なくとも私は十歳のつもりだよ。……それじゃあ、無駄話もここで終わりにしてそれぞれの役割に専念しよう。プリシラの食料調達はどのくらいで終わりそう?」
「初めての街なので、三十分……でしょうか」
「よし。それじゃあ二時間後の集合にしよう。集合場所はここでいいかな?」
その言葉に、プリシラは困惑した。
「お待ちください。二時間もあるのであれば、もっと私に仕事をください。ご主人様が動いている時に私だけ何もしていないというのは、申し訳ないです」
内心、ほくそ笑む。
そう言ってくれると思っていたから、私はあえて集合を二時間後にしたのだ。
「じゃあ、プリシラに命令だ」
奴隷と契約した証である『契約紋』を見せつけ、新たな命令を下す。
「これから二時間。お前は全てにおいて──自由だ」
私達の右手が光り、やがてそれは収束していく。
「……え? それは、どういう?」
プリシラは命令を理解できていないらしく、目を白黒させている。
何かを言われると身構えていたら、急に『自由』を言われたのだ。そうなるのも仕方ないけれど、私は決して命令を間違えたのではない。
「命令通り、私の奴隷は二時間だけ私の命令に縛られなくなった。自分の意思で動いて良いという命令だ。私はこの時間の間だけ──お前の全てを許してあげるよ」
芝居掛かった風に言葉を並べると、プリシラはハッとした表情を浮かべた。
「私は、最高のご主人様に出会えました。心から、感謝を申し上げます……」
深々と頭を下げ、最大限の礼を尽くすプリシラ。
しばらくして顔を上げた彼女の瞳は、やはり綺麗な色をしていた。
「ちゃんとお使いできた時のご褒美。頑張ってね」
「はい。ご主人様も、十分にお気をつけください」
こうして私達は一旦、別れた。
私の奴隷は自由になったのだ。
この二時間の間に、プリシラが何をしようと構わない。
この二時間の間に、誰が死のうと私の知ることではない。
「精々、楽しんできなよ──プリシラ」
意気揚々と買い出しに出る奴隷の後ろ姿を見つめ、私は薄く微笑んだ。
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