8 / 50
第1章
7. 少女は睡魔に敗北する
しおりを挟む「ふんふんふーん♪」
誰も寄り付かない古びた小屋から、可愛げのある鼻歌が漏れ出す。
リズムを完全に無視してテンションのみで押し切ったそれは、もし聞いている者がいたならば間違いなく不信感を抱いていただろう。
「ふん、ふふんふーんふーん」
勘違いしないでほしいけれど、別に機嫌が良いわけではない。
夜通しで作業をしていた私は、無理矢理にでもテンションを上げなければやっていられなかった。
つまり、半強制的にラリっている。
糸を出すのも操るのも、等しく魔力を消費する。
ずっとやっていれば魔力も枯渇してしまうため、私の口には半透明な瓶『魔力ポーション』が咥えられていた。すでに空になった数本は、乱暴に床に転がっている。
このポーションはシャドウに支給されている物で、出る前に何本か貰ってきた。
すでに半数を使っているけれど、仕方ない消費だったと気にしない。
「…………ん、あれ? もう、朝?」
天井の隙間から覗く太陽の光に当てられ、作業を一時中断する。
「んー、夜通しやっていたおかげで、形は綺麗になったかな」
もはや私の技術は兎だけに留まらず、形状が細かい猛獣だって作れるようになっていた。
作品の完成度は高いと思う。
これを売って金にすることを考えたけれど、効率が悪いのでやめた。
「──っ、誰か来る」
徐々に近づいて来る気配に、ぼんやりとしていた意識を覚醒させる。
息を潜めて反応を確認し……ホッと安堵の溜め息をついた。
「ノアちゃんおはよぉ~。調子はどうかしら?」
やって来たのはアメリアだった。
そういえば、朝になったら様子を見に来ると言っていたような?
「って、凄いクマじゃない! まさかずっと起きていたの!?」
「おはよう、アメリア。来る時はもう少しわかりやすくしてくれるかな。敵が来たのかと思って警戒しちゃったよ」
「それはごめんなさいね。気配を隠すのが癖に……って、それは良いでしょ! 女の子は小さい時が一番大切な時期なんだから、ちゃんと眠らないとダメでしょう?」
「あはは……気が付いたら朝になってて……もう少ししたら眠るよ」
「ダメ! 今すぐ寝なさい!」
お姉ちゃんみたいなお節介だ。
アメリアらしいや。
……懐かしいなぁ。
「わかった。これ以上無理し続けるのも作業効率は悪いし、一時間ほど休憩するよ」
「本当はもっと寝なさいと言いたいところだけれど。わかればよろしい。眠っている間に何か作って持ってきてあげる。何が良い?」
「食べ物は自分で調達したから、必要無いよ」
そう言いながら、何も無い空間から肉を取り出した。
これは『空間収納』という魔法で、亜空間に物を保管することができる便利なものだ。
収納量は使用者の魔力量に比例していて、今の私ならバケツ三杯程度が限界だけれど、その分の荷物が手ぶらになるので、二度目に戻ってからは優先して覚えた。
「……驚いた。その幼さで収納魔法を使えるなんて」
「コツを覚えればすぐにできるよ。アメリアにも後で教えてあげる」
「ほんとっ!? 便利だからいつかは覚えたいと思っていたのよ!」
嬉しそうに顔を綻ばせるアメリア。
「きっと、すぐにできるようになるよ。アメリアは魔力の流れが綺麗だからさ」
アメリアは暗殺者であると同時に魔法の使い手でもあった。
私が覚えている魔法の全ては、一度目で彼女に教えてもらったものだ。
こうやって『空間収納』が使えるのは、彼女のおかげでもある。
だから私が教えるくらい、恩返しだと思えばお安い御用だ。
現時点で、アメリアは魔法を使えるということを皆に隠している。
それは暗殺業では魔法を詠唱するよりも、敵に接近して喉を切り裂いた方が圧倒的に早いから、というのが理由だ。そのため必要の無い魔法を隠し、他の技術を身に付けていた。
「アメリア? ど、どうしたの?」
気が付くと、彼女は涙を流していた。
何か変なことを言っちゃったかなと、私は困惑する。
「……違うの。魔力が綺麗だなんて初めて言われたから、嬉しくて」
アメリアは魔法が大好きだった。
必要無いとわかっても、彼女は魔法を嫌いになることなんてできなかった。
だから夜な夜な皆に隠れて魔法を使っていた。
私は偶然その場面に居合わせ、そこで目にした綺麗な魔法に憧れたんだ。
「アメリアは魔法が大好きなんだね。私にはわかるよ」
これは少しズルい言葉だ。
でも、言わずにはいられなかった。
『ごめんね。もっと色々、教えてあげたかった』
「さようなら」も「ありがとう」も言わせてもらえなかったあの時。
もし次があったなら、その言葉を贈りたいと思っていたから。
「じゃあ、私は寝るね……っと、そうだ。アメリアこの後は暇?」
「え? ええ、ノアちゃんの監視として任務は空けてもらっているから……」
「お願いがあるんだ。森の動物を狩ってきてもらえるかな。傷の損傷とかはなるべく少なくしてほしいんだ」
「わかったわ。ただの動物で良いのよね? それならお安い御用だわ」
「ありがとう。頼むよ」
微笑み、ふらふらとした足取りでベッドに向かう。
正直なところ、休もうと決めた瞬間から体が重くなりすぎて、動くのも億劫になっていた。
無理している時はあまり気付かなかったけれど、体が限界を迎えていたらしい。
力無くベッドに倒れこみ、そこから埃が舞った。
「ふ、ぁぁぁ……」
目を閉じると一気に脱力感が襲ってきて、私は睡魔が誘うままに意識を──。
「ちょっとノアちゃん!」
ガバッと体を掴まれ、私の小さな体は上にあがった。
急な浮遊感に驚き、落としかけていた意識を引き戻す。
「そのベッド、カビが出ているじゃない! 埃も凄い量よ!」
「ああ……随分と使っていなかったみたいだね。でも、別に構わな」
「こんなところに寝かせておけません! この森には川もあったわね。すぐに洗って干してあげるから待っていなさい!」
ボロボロになったベッドシーツを持ち、川が流れている方へ走っていくアメリア。
私は何も口出しすることができずに、その様子を見ていることしかできなかった。
まるで嵐のような騒がしさだったなと思いながら、私の意識はついに限界を迎え──夢の中の深い場所まで静かに落ちて行くのだった。
0
お気に入りに追加
56
あなたにおすすめの小説
完結 そんなにその方が大切ならば身を引きます、さようなら。
音爽(ネソウ)
恋愛
相思相愛で結ばれたクリステルとジョルジュ。
だが、新婚初夜は泥酔してお預けに、その後も余所余所しい態度で一向に寝室に現れない。不審に思った彼女は眠れない日々を送る。
そして、ある晩に玄関ドアが開く音に気が付いた。使われていない離れに彼は通っていたのだ。
そこには匿われていた美少年が棲んでいて……
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
そんなに妹が好きなら死んであげます。
克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。
『思い詰めて毒を飲んだら周りが動き出しました』
フィアル公爵家の長女オードリーは、父や母、弟や妹に苛め抜かれていた。
それどころか婚約者であるはずのジェイムズ第一王子や国王王妃にも邪魔者扱いにされていた。
そもそもオードリーはフィアル公爵家の娘ではない。
イルフランド王国を救った大恩人、大賢者ルーパスの娘だ。
異世界に逃げた大魔王を追って勇者と共にこの世界を去った大賢者ルーパス。
何の音沙汰もない勇者達が死んだと思った王達は……
幼い頃に魔境に捨てたくせに、今更戻れと言われて戻るはずがないでしょ!
克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
ニルラル公爵の令嬢カチュアは、僅か3才の時に大魔境に捨てられた。ニルラル公爵を誑かした悪女、ビエンナの仕業だった。普通なら獣に喰われて死にはずなのだが、カチュアは大陸一の強国ミルバル皇国の次期聖女で、聖獣に護られ生きていた。一方の皇国では、次期聖女を見つけることができず、当代の聖女も役目の負担で病み衰え、次期聖女発見に皇国の存亡がかかっていた。
婚約破棄された私は、処刑台へ送られるそうです
秋月乃衣
恋愛
ある日システィーナは婚約者であるイデオンの王子クロードから、王宮敷地内に存在する聖堂へと呼び出される。
そこで聖女への非道な行いを咎められ、婚約破棄を言い渡された挙句投獄されることとなる。
いわれの無い罪を否定する機会すら与えられず、寒く冷たい牢の中で断頭台に登るその時を待つシスティーナだったが──
他サイト様でも掲載しております。
さよなら、皆さん。今宵、私はここを出ていきます
結城芙由奈
恋愛
【復讐の為、今夜私は偽の家族と婚約者に別れを告げる―】
私は伯爵令嬢フィーネ・アドラー。優しい両親と18歳になったら結婚する予定の婚約者がいた。しかし、幸せな生活は両親の突然の死により、もろくも崩れ去る。私の後見人になると言って城に上がり込んできた叔父夫婦とその娘。私は彼らによって全てを奪われてしまった。愛する婚約者までも。
もうこれ以上は限界だった。復讐する為、私は今夜皆に別れを告げる決意をした―。
※マークは残酷シーン有り
※(他サイトでも投稿中)
王子は婚約破棄を泣いて詫びる
tartan321
恋愛
最愛の妹を失った王子は婚約者のキャシーに復讐を企てた。非力な王子ではあったが、仲間の協力を取り付けて、キャシーを王宮から追い出すことに成功する。
目的を達成し安堵した王子の前に突然死んだ妹の霊が現れた。
「お兄さま。キャシー様を3日以内に連れ戻して!」
存亡をかけた戦いの前に王子はただただ無力だった。
王子は妹の言葉を信じ、遥か遠くの村にいるキャシーを訪ねることにした……。
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる