3 / 50
第1章
2. 少女は先手を取る
しおりを挟む侍女が運んできた料理を食べ、備え付けの風呂に入り、大人しく迎えた夜。
私はベッドの端に腰掛け、目を閉じてその時が来るのをジッと待っていた。
「…………そろそろ、かな」
時計の針が真上に並んだ深い夜の時間帯。
私は窓を開け、周りに下に誰もいないことを確認してから庭に飛び降りる。
「……、つぅ……流石に鍛えた体じゃないと厳しいな」
私は十年前の過去に戻った。
何の修練も積んでいない十歳のひ弱な体だ。
慣れ親しんだ体に違いないとはいえ、死ぬ直前のようには動けない。
「三階から飛び降りる程度、全然問題なく行けたんだけどなぁ……」
以前と同じようには動けないと思った方がいい、か。
早くこの体にも慣れないと、いざという時に最善の行動を取れないな。
それでは危険だ。
私の仕事は常に危険が伴うようなものだったので、少しのズレが大きな隙を生んでしまう。
同業者との殺し合いになるのも珍しくないから、最優先でどうにかしなければ、復讐どころではない。
「……さて、確かこっちだったと思うけれど…………ああ、あった」
庭に隠されている通路を開き、私は臆することなくそこへ足を踏み入れる。
何日も手入れされていないせいか、少しカビ臭い。
「……うげっ、ネズミの死体まであるじゃん。ちゃんと掃除してよね、もう」
チカチカと怪しげに光るランプに照らされた石造りの廊下。
その端で目立たず死に絶えていたネズミに近づき、持ち上げる。
「でも、ちょうどいいや。お前を私の下僕一号にしてあげる」
ゴンドルは私のことを『糸使い』と呼んだ。
それは私の持つ『技能』が関係している。
人は六歳の時に神から技能を授かると言われている。
私の場合はそれが糸を操る『繰糸術』というものだったので、ゴンドルはそう呼んだのだろう。
私は最初、それを使って編み物をしたり、破れた服を修復したりと、生活する上での便利な技能としか思っていなかった。
でも、私の『繰糸術』はもっと別のことにも使えた。
「欠陥部位を修復。作り変え完了」
ネズミの死体に糸を張り巡らせ、内部まで浸透させる。
やがて全てを糸で作り変えた私は、親指の腹を噛みちぎり、死体に血を滴らせた。
「私の手足となれ──傀儡生成」
ドクンッ、と小さな鼓動がネズミから聞こえた。
灰色だったネズミの皮膚は赤く変色し、やがてゆっくりと身体を起き上がらせる。
地面に降ろしても、ネズミがどこかへ走り去ることはなく、ただ私のことをジッと見つめていた。
……とりあえず成功かな。
「私の声が聞こえているなら、手を挙げて」
ネズミは両手を万歳させ、バランスを崩して後ろに倒れこんだ。
……そういうところで可愛い動作をしなくていいよ。
「この先を偵察してきて」
ネズミは弾けるように動き出した。
暗闇の中に消えていく小さな下僕一号を見届け、私は目を閉じる。
「……うん。感覚共有も問題なし」
私は今、ネズミが見ている光景を見ていた。
傀儡にしたものと感覚を共有できるこの技はとても便利で、色々な場面で助かっていた。
掃除していないこの隠し通路には苛々したけれど、こうしてちょうどいい死体を見つけられたのだから、掃除をサボっていた『あいつ』には一応感謝しておこう。
そうこうしている内に、ネズミは一つの扉に辿り着いた。
「その横。小さな穴があるから、そこから入って」
言われた通りに動いたネズミの視界が、急に明るくなった。
次に聞こえてきたのは、複数の男女の声だ。
『そういやさ、また新しい子が入って来るんだって?』
『ガッシュがそう言っていたわねぇ。使える子だと良いけれど』
『何にしろ、その子も……可哀想だよな』
『もう屋敷に連れて来られていると聞いたわね。でも、後悔したところで、遅いわ』
『……そうだな。最初は戸惑うかもしれねぇが、俺達がしっかり守ってやらねぇとな』
聞こえてきた半数は、もう二度と会えないと思っていた。
──だから、なのかな。
彼らの声が、とても懐かしく感じる。
『私も、仲良く……なれるかな』
『その子はまだ十歳だって聞いたぜ。一歳違いのベルとなら、上手くやれるだろうよ』
『うん。楽しみ』
『新しい子って男? それとも女か?』
『女の子らしいわよ。結構離れた場所にある田舎村だって』
『あの腹黒野郎もよくそんなところから見つけてきたな』
『あいつは、そういうのに敏感……その子、可哀想』
彼らは明日入って来る『新人』の女の子──私の話題をしていた。
この時にはもうすでに情報が入っていたらしい。
だから私を歓迎するみんなの視線がどこか温かくて、可哀想な人を見る目をしていたんだ。
「居ないのは、ガッシュさんだけ……かな?」
皆は一人を除いて、仲良く揃っている。合計、三人だ。
真夜中だけれど、皆にとってはお昼のような感覚だったのだろう。
でも、揃っているなら好都合だ。
予定は少し早いけれど、挨拶でもしておこう。
「こんばんは~」
鉄の扉を開き、中に入る……と同時に首にナイフを押し付けられた。
刺激しない程度にゆっくりと両手を挙げ、無害を主張する。
「言っておくけれど、私は怪しい者じゃないよ?」
「……何もんだ、お前」
敵意を剥き出しにして、私を脅すのはバッカスという男だ。
「相手に名前を訪ねる時は、まず自分から。いつも言われているでしょう?」
──プッ、と笑う声が聞こえた。
バッカスは口元をヒクヒクと動かし、動揺を悟らせないように表情をキツくさせる。
でも、一瞬だけ敵意が揺らいだのを、私は見逃さなかった。
「ど、度胸はあるようだな。……だが、どうしてここがわかった? お前が来た通路は誰も使っていなかったはずだ。庭に隠されていた通路が見つかるわけがねぇ」
「あ、そうそう! 誰も使っていないのは別として、ちゃんと掃除はしようよ。……確か、この期間はバッカスが当番だったよね? ネズミの死骸が放置されていたけど、まさかサボってるの?」
その言葉にいち早く反応したのは、アメリアという女性だった。
「はぁ!? ちょっとバッカス! あんたちゃんと掃除したって言っていたわよね!」
「ち、ちげぇよ! ちゃんと掃除したつもりだっただけ──あだぁ!?」
言い訳を始めたバッカスの頭を、アメリアがぶん殴った。
思った以上にごつい音が響き、私の拘束は解けた。
「それは掃除していないのと一緒! こんな小さな子に指摘されて恥ずかしくないの?」
「うるせぇな! むしろなんでこんなチビに指摘されなきゃなんねぇんだ!」
「……え? ダメなことを指摘するのに、チビも大人も関係ある?」
「正論がいてぇ! ほんと、何なんだこのチビ!」
バッカスは指差し、複数人の視線が私に注がれる。
何なんだと聞かれたら、答えてあげるのが世の情けってやつだ。
私は胸に手を当て、名乗る。
「ノア・レイリア。明日ここに所属する予定だから、先輩達よろしくね!」
『はぁあああああああああああ!?』
0
お気に入りに追加
56
あなたにおすすめの小説
婚約破棄からの断罪カウンター
F.conoe
ファンタジー
冤罪押しつけられたから、それなら、と実現してあげた悪役令嬢。
理論ではなく力押しのカウンター攻撃
効果は抜群か…?
(すでに違う婚約破棄ものも投稿していますが、はじめてなんとか書き上げた婚約破棄ものです)

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり

蔑ろにされた王妃と見限られた国王
奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています
国王陛下には愛する女性がいた。
彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。
私は、そんな陛下と結婚した。
国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。
でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。
そしてもう一つ。
私も陛下も知らないことがあった。
彼女のことを。彼女の正体を。

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?
シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。
クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。
貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ?
魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。
ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。
私の生活を邪魔をするなら潰すわよ?
1月5日 誤字脱字修正 54話
★━戦闘シーンや猟奇的発言あり
流血シーンあり。
魔法・魔物あり。
ざぁま薄め。
恋愛要素あり。
旦那様には愛人がいますが気にしません。
りつ
恋愛
イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。
※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

もう散々泣いて悔やんだから、過去に戻ったら絶対に間違えない
もーりんもも
恋愛
セラフィネは一目惚れで結婚した夫に裏切られ、満足な食事も与えられず自宅に軟禁されていた。
……私が馬鹿だった。それは分かっているけど悔しい。夫と出会う前からやり直したい。 そのチャンスを手に入れたセラフィネは復讐を誓う――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる