転生少女は欲深い

白波ハクア

文字の大きさ
上 下
62 / 64

第59話 眩しい人

しおりを挟む



 エリスの反応は洞窟の最奥地にある。

 魔物は全て殺したから、もう慎重に進む必要もない。
 なるべく急ぎ足で、でも洞窟が崩れない程度に慎重に、真っ暗な中を走っていた。


 最後の下り坂を降りて、ちょっと進んだ先に、エリスは立っていた。


「エリス。ただいま」

「っ、ああ……カガミか。魔物達はどうだった?」

「全部殺したよ。そっちは?」

「……見ての通りだ」


 ちょっと右に寄って、エリスで隠れていた先の光景に目をやる。

 そこには、攫われた女の子達が居た。
 皆、目は虚ろでどこを見ているかわからなくて、服は乱暴に脱がされて全身は痣だらけ。中には手足をもがれている子も居た。そして、彼女達のお腹は────。


「魔物達は、彼女達を……くそっ!」

 エリスは顔を悔しそうに歪め、ドンッと洞窟の壁を叩いた。



 珍しいことじゃない。

 魔物に襲われた人間には二つのパターンがある。
 男は魔物に殺されて食料になり、女は繁殖のための道具となる。

 何も、珍しいことじゃない。

 エリスだって、こうなっている可能性は考慮していたはずだ。

 それが現実になってしまった。
 私達がもっと早くに来ていればとか、そういう後悔はあるのかもしれない。



 ──でも、それが何?



 どうせ赤の他人。

 助けられたら良かったなで、ダメだったら残念だったなで終わる。


 彼女達はそれだけの存在でしかない。

 助けられなくて悔しい?
 そんなの、後悔して何になるんだろう?



「こ、……て……」



 ポツリと、今にも掻き消えてしまいそうな弱い声が耳に届いた。

「こ、ろ……して……」

「なっ、まだお前達は助かる! 諦め──」



「わかった」

 私は剣を振り抜き、少し遅れて彼女達の頭は地に落ちる。
 作られた血溜まりが、彼女達の体を赤く染めた。



「っ、カガミ!」

 エリスが私に振り向き、胸倉を掴んだ。
 泣いているのか、顔に雫が落ちて私の顔を濡らす。

「あの人達は死ぬのを望んだ。だから叶えてあげた。私は悪いことをしたかな?」

「そ、れでも……!」

「まだ助けられたかもしれない?」

 私は薄く笑った。

「……無理だよ。生きることを諦めちゃった人は二度と立ち上がれない。体は生きていても心は死んでいる。もし助けられたとしても、あの人達はもう二度と人として生きられなかったよ」


 ──私も、昔はそうだった。


「カガミ、お前は……」

 エリスの手を、傷付けないように優しく退ける。

「行こう。遺品があれば回収して、攫われた子は死んだって伝えるんだ。それが私達にできる最大の救いだよ」


 私は多分、非情なのかもしれない。


 ちょっと前までだったら、自分は力があるから何でも助けてあげたいって、そう思いながら最善の手を尽くそうと頑張っていたかもしれない。

 でも、気付いた。

 助けたところで、その人の未来は無駄になる。
 この人達を助けても、魔物に好き勝手弄ばれた傷は一生癒えない。心は完全に死んで、二度と正気に戻ることはないだろう。


 助けても──無駄だ。


 だから殺した。
 彼女達の『人として』の最後の望みを叶えてあげた。

 残された家族は悲しむだろう。
 もしかしたら、どうして生かしてあげなかったと、私に文句を言ってくるかもしれない。

 でも、それの何が悪いのかな?

 結局、その大切な家族を魔物から守れなかった自分達が悪い。
 魔物達に奪われるのを見ているだけで、死ぬ気で守らなかったのが悪い。

 そこを通りがかった私達が、腰抜けに文句を言われる筋合いは無いんだ。


「……すまない。お前は何も悪くないのに、理不尽に当たってしまった。本来私がやるべき汚れ仕事をお前に任せてしまった」

「いいよ。そういうのは私の方が適任なんだから。エリスはその代わり、誰かを守ることを頑張ってほしいな」

 私はすぐに諦められるけれど、エリスは最後まで助けたいと足掻くだろう。


「すまない。助けてあげられなくて」

 遺品を回収して洞窟を出る時、エリスは謝罪していた。


 この優しさがエリスらしい。

 私も、以前は彼女みたいになりたいと思っていた。
 私も、みんなを守れる力の使い方を知りたくて学園に入った。

 でも、そこで彼女のように優しくなれないことを悟った。

 善意で助けた結果、私に向けられたのは醜い人間の心だった。

 彼女のように優しくなれないと、痛感した。
 返ってくるのが痛みなら、そんなものは要らない。

 痛くなる優しさなんて、私は望んでいない。
 もう苦しみたくないから、私は魔剣を望んだ。



「エリス」

 私は、あなたが眩しいよ。

しおりを挟む
感想 61

あなたにおすすめの小説

毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。

克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。

おまけ娘の異世界チート生活〜君がいるこの世界を愛し続ける〜

蓮条緋月
ファンタジー
ファンタジーオタクな芹原緋夜はある日異世界に召喚された。しかし緋夜と共に召喚された少女の方が聖女だと判明。自分は魔力なしスキルなしの一般人だった。訳の分からないうちに納屋のような場所で生活することに。しかも、変な噂のせいで食事も満足に与えてくれない。すれ違えば蔑みの眼差ししか向けられず、自分の護衛さんにも被害が及ぶ始末。気を紛らわすために魔力なしにも関わらず魔法を使えないかといろいろやっていたら次々といろんな属性に加えてスキルも使えるようになっていた。そして勝手に召喚して虐げる連中への怒りと護衛さんへの申し訳なさが頂点に達し国を飛び出した。  行き着いた国で出会ったのは最強と呼ばれるソロ冒険者だった。彼とパーティを組んだ後獣人やエルフも加わり賑やかに。しかも全員美形というおいしい設定付き。そんな人達に愛されながら緋夜は冒険者として仲間と覚醒したチートで無双するー! ※他サイトにて重複掲載しています

母親に家を追い出されたので、勝手に生きる!!(泣きついて来ても、助けてやらない)

いくみ
ファンタジー
実母に家を追い出された。 全く親父の奴!勝手に消えやがって! 親父が帰ってこなくなったから、実母が再婚したが……。その再婚相手は働きもせずに好き勝手する男だった。 俺は消えた親父から母と頼むと、言われて。 母を守ったつもりだったが……出て行けと言われた……。 なんだこれ!俺よりもその男とできた子供の味方なんだな? なら、出ていくよ! 俺が居なくても食って行けるなら勝手にしろよ! これは、のんびり気ままに冒険をする男の話です。 カクヨム様にて先行掲載中です。 不定期更新です。

Shining Rhapsody 〜神に転生した料理人〜

橘 霞月
ファンタジー
異世界へと転生した有名料理人は、この世界では最強でした。しかし自分の事を理解していない為、自重無しの生活はトラブルだらけ。しかも、いつの間にかハーレムを築いてます。平穏無事に、夢を叶える事は出来るのか!?

死んだのに異世界に転生しました!

drop
ファンタジー
友人が車に引かれそうになったところを助けて引かれ死んでしまった夜乃 凪(よるの なぎ)。死ぬはずの夜乃は神様により別の世界に転生することになった。 この物語は異世界テンプレ要素が多いです。 主人公最強&チートですね 主人公のキャラ崩壊具合はそうゆうものだと思ってください! 初めて書くので 読みづらい部分や誤字が沢山あると思います。 それでもいいという方はどうぞ! (本編は完結しました)

私、のんびり暮らしたいんです!

クロウ
ファンタジー
神様の手違いで死んだ少女は、異世界のとある村で転生した。 神様から貰ったスキルで今世はのんびりと過ごすんだ! しかし番を探しに訪れた第2王子に、番認定をされて……。

異世界転生は、0歳からがいいよね

八時
ファンタジー
転生小説好きの少年が神様のおっちょこちょいで異世界転生してしまった。 神様からのギフト(チート能力)で無双します。 初めてなので誤字があったらすいません。 自由気ままに投稿していきます。

最弱スキルも9999個集まれば最強だよね(完結)

排他的経済水域
ファンタジー
12歳の誕生日 冒険者になる事が憧れのケインは、教会にて スキル適性値とオリジナルスキルが告げられる 強いスキルを望むケインであったが、 スキル適性値はG オリジナルスキルも『スキル重複』というよくわからない物 友人からも家族からも馬鹿にされ、 尚最強の冒険者になる事をあきらめないケイン そんなある日、 『スキル重複』の本来の効果を知る事となる。 その効果とは、 同じスキルを2つ以上持つ事ができ、 同系統の効果のスキルは効果が重複するという 恐ろしい物であった。 このスキルをもって、ケインの下剋上は今始まる。      HOTランキング 1位!(2023年2月21日) ファンタジー24hポイントランキング 3位!(2023年2月21日)

処理中です...