転生少女は欲深い

白波ハクア

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第50話 さよならと、これからも(後)

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「──じゃあねカガミ。君の旅立ちに女神ミリアの祝福がありますよう……」

 私は、いつもの飄々とした態度からは考えられないミーアの姿に、戸惑いを隠せずにいた。


「──カガミ!」


 そんな時だ。
 遠くの方から、私を呼ぶ声がした。

 その声は──今一番聞きたくない人の声だった。

「カガミ! こんなところに居たのか!」
「え、り……す…………」
「勝手に居なくなって心配したのだぞ。この馬鹿者!」
「ごめ──で、いだっ!?」

 エリスはズカズカと近付いてきて、ごつんと私の脳天に重いげんこつを降らせた。

「おまけにこんな手紙まで書き置きして……もう一発欲しいのか!?」
「すいませんでした! もうげんこつは勘弁してください!」

 私は反射的に謝り、「でも」と言葉を続けた。

「それは私の覚悟だよ。今更、私の心は変わらない」

 本当はエリスに会うのだけは避けたかった。
 こうして直接話して別れを切り出すのは、とても悲しいことだとわかっているから。

 だからエリスが居ない時を狙って出たのに……全ての計画が台無しだ。

「……カガミ。本気なのだな?」
「うん。手紙に書かれていることが、私の全てだよ」

 この国を出て、もっともっと強くなり、私が復活させてしまった魔王をこの手で消滅させる。
 それが私の目的であり、やらなければならない罪だ。

「だからエリス。ごめ──」

「そう言うと思っていた」

「んなさい…………え?」

 エリスの口から飛び出したのは、予想もしていなかった言葉だった。

「私はこれでもお前のことを一番近くで見てきたつもりなんだぞ? この程度のこと、予想しなくてどうする」
「え、だって……最初からバレていたの?」
「ああ、全て私の予想通りだ」

 ──まじか。

「だから、ほら──行くぞ」

 エリスは手を差し出す。

「行くって、どこに」
「決まっているだろう? 外にだ。そのためにお前は大門に向かっていたのだろう?」
「は、はぁ!? 行くって言っても、国の外だよ? 流石のエリスでも、そんなの冗談──」
「私が冗談か何かを言う女だと思ったか?」
「そんなの思っ……いません」
「だろう? ……全く、余計な疑いをかけるな」

 呆れたように溜め息を吐くエリス。

「い、いやいや! だってエリス、騎士は!? お仕事放って国外に出たらダメでしょう!」

「騎士は辞めた」

「はぁあああぁあああああ!!!!???!??」
「……カガミ、近所迷惑だ。そんな大声を出すな」
「え、あ、ごめん──じゃなくてね!?」

 エリスが騎士を辞めた?
 馬鹿なんじゃないの!?

「馬鹿なんじゃないの!?」

 思っていることがそのまんま口に出てしまった。
 でも、エリスは「馬鹿」と言われたのに、怒ることなく、むしろ嬉しそうに笑い返してきた。

「ああ、私は馬鹿だ。たった一人の友人との誓いを果たすため、全てを捨てた大馬鹿者だ」
「お、おぉぅ……」

 そこまでエリス自身のことをきっぱりと馬鹿だと言ったら、私は私で何も言えなくなる。

 でも私のことより、今回のエリスの暴走で一番被害を受けた人がいるのを忘れていた。

「ガイおじさんは? 流石のあの人でも反対したでしょう?」
「ああ、めちゃくちゃ反対された。なんでも望む物をやるから騎士を辞めるのだけは待ってくれと、同僚と一緒に土下座されたな」
「いやぁ、そりゃそうでしょう……何をしてんの、あんたは」
「うむ、自分でもそう思う」
「…………」

 本当にはっきりと自分のことを言うよなぁとジト目で見ていると、エリスはこの視線が苦手だったらしく、不服そうに眉間にしわを寄せた。

「そんな残念な人を見る目はやめてくれ」
「…………いや、普通こうなるよ」

 呆れ通りして何も思わなくなるってのはこんな感じなのかと、私は初めての体験をしていた。

 予想外すぎてそれどころじゃないんだけど、もう一周回って変なことばかり考えるようになってしまった。
 ……多分、これが本当の現実逃避なんだろうな。

「でも、ここに来たってことは、全員の反対を押し切って来ちゃった訳だ」
「そうだ」
「そうだって……随分と迷いなく言うね」
「ここで嘘を言っても仕方がないだろう?」
「うーん、そこで正論を言うのはずるいと思う」
「……まぁ、気にするな」

 そこは気にするでしょうよ。

 私のために全てを投げ出してくれたのは嬉しいけど、エリスは騎士という立場に絶対的な誇りを持っていただけに、やっぱり申し訳なさの方が大きい。

「エリス。これからは本当に命懸けになる。下手をしたらエリスだって死ぬかもしれないんだ。私も今以上に強くなるけれど、それでも魔王との戦いは厳しいものになると思う。……それでも、一緒に来てくれるの?」

「その問いには、答えなければいけないか?」

 私が今更何を言ったところで、エリスの気持ちは決して変わらない。
 それを今、痛いほどに理解した。

「それじゃあ……ん」

 私はエリスに手を差し出す。

 ……これを言うのは恥ずかしいけれど、必要なことだ。

「エリス……私と一緒に、戦ってくれる?」
「──ああ、勿論だ!」

 エリスは迷わず、私の手を握った。

 もうここまで来たら、どう足掻いても引き返せない。
 だったら、これから先のことを考えよう。

「っと、そうだ……カガミ、これを」
「──っ、これは!」

 エリスが思い出したように収納袋から取り出した物を見て、私は驚愕に目を見開いた。

 それは綺麗な装飾が施されている一振りの──純白の剣だった。

「これで二度目になってしまうが……カガミ、これは私の覚悟の印だ。受け取ってくれるか?」
「……、うんっ……! 受け取る。ありが、とう…エリス!」

 私は感極まり、エリスに抱きついた。
 彼女はその行動に驚いていたけれど、すぐに優しく抱き返してくれた。

 ……もうこれを見ることは出来ないと思っていた。
 でも、こうして私の手に戻ってきてくれた。

 私にはこれを持つ資格が無い……とは言えない。
 これを拒否してしまったら、エリスの覚悟ごと否定してしまうことになるからだ。

 ……全く、エリスはいつもずるい言い方をするんだ。

「時は一刻を争う。いつまでもここで抱き合っている場合ではないだろう?」
「…………そう、だね」

 私はエリスから離れる。
 もっと抱きついていたいと思ってしまうけれど、これは終わりではない。

 これは──始まりなんだ。

「これからもよろしくね、エリス!」



          ◆◇◆



 手を繋いで国外へと飛び出した二人の背中を眺め、私は深く息を吐きました。



 …………行ってしまいましたか。



 でも、これで新たな運命が始まった。

 破滅を迎えるはずだった少女の運命は、たった一人の友人によって別の運命へと変えられた。

 しかし、それは世界すらも予想していなかった運命。

 きっと彼女達は、歪に廻り始めた運命の歯車に翻弄されることでしょう。

 果たして彼女達は、それに押し潰されることなく、最後まで運命に立ち向かえるのでしょうか?

 それは誰にだってわからない。
 世界にだって、女神にだって、どんな存在だろうと想像し得ない世界の未来。

 それでもあの子は、きっと素晴らしい未来を切り開いてくれる。

 私達はそう信じています。

 そして私は、あなたのことを常に近くから見させていただきましょう。

 私は両手を合わせて祈り、彼女達の門出に祝福を捧げます。

【私はあなたと共にあります。それを忘れないで】
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