転生少女は欲深い

白波ハクア

文字の大きさ
上 下
48 / 64

第46話 燻る心

しおりを挟む
 その次の朝、王城から送られてきた兵士が、エリスの屋敷を訪ねて来た。

「カガミ殿、エリス様。国王陛下がお待ちです。王城までご足労いただきたい」

 エリスは一度断った。
 私は傷を負って消耗している。それに、私をもうこの国と関わらせない。強くそう言ってくれたけれど、兵士の人は「命令ですので」と頑なだった。

「命令だろうと従うわけにはいかない」

 エリスは私を守ると誓ってくれた。
 だから命令だろうと私を絶対に王城に近づかせないと譲らなかったけれど、そのせいでエリスの立場が危うくなるのは避けるべきだと思った。
 自分のことを放り投げて他人を優先したんじゃない。私が大好きなエリスが悪くなるのはもっと嫌なんだ。

「エリス……王城に行くよ」

 本音を言ってしまえば私は王城に行きたくなかった。
 もし行ってしまったら、私はもう我慢出来ないと思ったから……。
 私が今まで悩んできたことを、ガイおじさんにぶちまけてしまいそうで、嫌だった。

 ガイおじさんにほぼ強制的に入学させられてそこで虐められて……我慢出来なくなった結果、私は多くの被害を巻き起こした。
 私は悪くなかった。途中まで私はただ巻き込まれていただけだった。そのはずなのに、いつの間にか私は悪くなってしまっていた。

 全ては王国側が悪いんだと理解していた。
 でも、最終的に迷惑を掛けてしまったのは私の方なのだ。

「行ってしまったら、カガミは罪を受けることになる。それでは私の誓いは──」
「良いんだよ、エリス。これは私の罰だから……逃げたらダメだと思うんだ」
「……だが、理不尽だとは思わないのか?」

 エリスの言いたいことは理解している。

 それでも私は罪を背負ってしまった。
 それ相応の罰は受けるつもりだ。

「エリス、私を連れて行って?」
「──っ、いや、だ……! 嫌な結果になるとわかっていて、お前を連れて行くなんて……私には出来ない」
「お願いだよ。私は大丈夫だからさ……ね?」
「……くっ!」

 酷なことを言っているのは自覚していた。
 一度守ると誓わせたのに、他ならぬ私がそれを破らせようとしているのだから。

 でも私は、一度決めたことは曲げない。
 それはエリスもわかっているはずだ。悔しそうに顔を歪め、力無く「準備してくる」と口にして、兵士を連れて部屋を出て行った。

「さて、私も準備しなきゃ──」

 そう言って手を伸ばした先には……何もなかった。

「ああ、そうだ。エリスの剣。失くしちゃったんだった」

 それを理解した瞬間、途轍もない虚無感が私を支配した。
 ……私は、あれを池に捨てられた衝動で反転してしまったのだ。

「そういえば、あいつらはどうなったかな」

 思い浮かべるのはクラスメイトの女子達とそれの取り巻き連中の顔だ。

 殺してはいない……と思う。多分。
 私がやったのは全ての魔力を奪い尽くした程度だ。強制的に全てを抜き取ったので、二度と魔法を扱えない体になったとは思うけれど、最悪命までは取っていないはずだ。

「まぁ、どうでも良いか」

 アトラク・メレヴァに半分意識を乗っ取られていたとはいえ、もう半分は私の意思で動いていた。あの時、エリスに言った言葉は全て真実であり、紛れもない『私』だけの気持ちであった。

 一度それを自覚してしまったら、もう彼らに優しさなんて与えられない。
 ガイおじさんや先生、他の人にだってそうだ。関係ない人に優しくすることの無意味さを知った私は、もう二度と私が認めた人以外に優しくは出来ないのだろう。

 そこに後悔はしていない。
 むしろ今までが優しすぎた。
 異世界に来て、色々なことに巻き込まれて、自分のことに精一杯だ。他人を気にしている暇なんてなかったはずなのに、どこかで私は彼らにも優しくしなきゃと思ってしまっていた。

 その気持ちを払えた今は、少し心に余裕ができた。

「でも、シアは心配だな」

 彼女も最後まで私の味方で居てくれた。
 病院は崩壊してしまったけれど、そうなる前に魔法障壁で守ったし、私が作り出したテリトリーの影響も受けさせないようにしていた。
 だから大丈夫だと思うんだけど、ちゃんと兵士に人が回収してくれただろうか。

「それはガイおじさんに聞けば良いんだけど……正直、会いたくないなぁ」

 ガイおじさんに悪気がなかったことだけは理解している。
 理解しているんだけど、やっぱり彼が唐突に進めたことで私は大変な思いをした。
 だから今は会いたくないという気持ちが大きかった。

 おじさんは、あれでも国王だ。
 今日もおじさんは『ガイおじさん』ではなく、オードヴェルンの国王『ガイウス・エル・オードヴェルン』として私と会うのだろう。

 そしてエリスからの報告を受けたガイおじさんは──私を断罪するのだろう。

「はぁ…………」

 この際だからはっきり言ってしまおう。
 私はガイおじさんを憎んでいる。全ての元凶なのだから、それは当然のことだ。
 あの人の顔を見た時、私の中の闇が抑えられるか。それについては不安しかない。

 今、あの人の顔を思い出すだけで胸の奥がざわつくんだ。

「──っと、危ない危ない」

 何度も言うけれど、アトラク・メレヴァは私の中から消えた。
 だからって憎しみが消えたわけではない。それはずっと私の中で燻っている。

「…………よし、落ち着いた」

 でも、エリスが止めてくれると信じている。
 だから私は王城へ行くことを望んだ。

「それでもやっぱり……不安だなぁ……」

 私はポツリと、弱々しくそう呟いたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

追放された引きこもり聖女は女神様の加護で快適な旅を満喫中

四馬㋟
ファンタジー
幸福をもたらす聖女として民に崇められ、何不自由のない暮らしを送るアネーシャ。19歳になった年、本物の聖女が現れたという理由で神殿を追い出されてしまう。しかし月の女神の姿を見、声を聞くことができるアネーシャは、正真正銘本物の聖女で――孤児院育ちゆえに頼るあてもなく、途方に暮れるアネーシャに、女神は告げる。『大丈夫大丈夫、あたしがついてるから』「……軽っ」かくして、女二人のぶらり旅……もとい巡礼の旅が始まる。

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

流石に異世界でもこのチートはやばくない?

裏おきな
ファンタジー
片桐蓮《かたぎりれん》40歳独身駄目サラリーマンが趣味のリサイクルとレストアの資材集めに解体業者の資材置き場に行ったらまさかの異世界転移してしまった!そこに現れたのが守護神獣になっていた昔飼っていた犬のラクス。 異世界転移で手に入れた無限鍛冶 のチート能力で異世界を生きて行く事になった! この作品は約1年半前に初めて「なろう」で書いた物を加筆修正して上げていきます。

【完結】私の見る目がない?えーっと…神眼持ってるんですけど、彼の良さがわからないんですか?じゃあ、家を出ていきます。

西東友一
ファンタジー
えっ、彼との結婚がダメ? なぜです、お父様? 彼はイケメンで、知性があって、性格もいい?のに。 「じゃあ、家を出ていきます」

神々の娯楽に巻き込まれて強制異世界転生ー1番長生きした人にご褒美有ります

ぐるぐる
ファンタジー
□お休みします□ すみません…風邪ひきました… 無理です… お休みさせてください… 異世界大好きおばあちゃん。 死んだらテンプレ神様の部屋で、神々の娯楽に付き合えと巻き込まれて、強制的に異世界転生させられちゃったお話です。 すぐに死ぬのはつまらないから、転生後の能力について希望を叶えてやろう、よく考えろ、と言われて願い事3つ考えたよ。 転生者は全部で10人。 異世界はまた作れるから好きにして良い、滅ぼしても良い、1番長生きした人にご褒美を考えてる、とにかく退屈している神々を楽しませてくれ。 神々の楽しいことってなんぞやと思いながら不本意にも異世界転生ゴー! ※採取品についての情報は好き勝手にアレンジしてます。  実在するものをちょっと変えてるだけです。

【完結】異世界で急に前世の記憶が蘇った私、生贄みたいに嫁がされたんだけど!?

長船凪
ファンタジー
サーシャは意地悪な義理の姉に足をかけられて、ある日階段から転落した。 その衝撃で前世を思い出す。 社畜で過労死した日本人女性だった。 果穂は伯爵令嬢サーシャとして異世界転生していたが、こちらでもろくでもない人生だった。 父親と母親は家同士が決めた政略結婚で愛が無かった。 正妻の母が亡くなった途端に継母と義理の姉を家に招いた父親。 家族の虐待を受ける日々に嫌気がさして、サーシャは一度は修道院に逃げ出すも、見つかり、呪われた辺境伯の元に、生け贄のように嫁ぐはめになった。

【完結】公爵家の末っ子娘は嘲笑う

たくみ
ファンタジー
 圧倒的な力を持つ公爵家に生まれたアリスには優秀を通り越して天才といわれる6人の兄と姉、ちやほやされる同い年の腹違いの姉がいた。  アリスは彼らと比べられ、蔑まれていた。しかし、彼女は公爵家にふさわしい美貌、頭脳、魔力を持っていた。  ではなぜ周囲は彼女を蔑むのか?                        それは彼女がそう振る舞っていたからに他ならない。そう…彼女は見る目のない人たちを陰で嘲笑うのが趣味だった。  自国の皇太子に婚約破棄され、隣国の王子に嫁ぐことになったアリス。王妃の息子たちは彼女を拒否した為、側室の息子に嫁ぐことになった。  このあつかいに笑みがこぼれるアリス。彼女の行動、趣味は国が変わろうと何も変わらない。  それにしても……なぜ人は見せかけの行動でこうも勘違いできるのだろう。 ※小説家になろうさんで投稿始めました

異世界に召喚されたけど、聖女じゃないから用はない? それじゃあ、好き勝手させてもらいます!

明衣令央
ファンタジー
 糸井織絵は、ある日、オブルリヒト王国が行った聖女召喚の儀に巻き込まれ、異世界ルリアルークへと飛ばされてしまう。  一緒に召喚された、若く美しい女が聖女――織絵は召喚の儀に巻き込まれた年増の豚女として不遇な扱いを受けたが、元スマホケースのハリネズミのぬいぐるみであるサーチートと共に、オブルリヒト王女ユリアナに保護され、聖女の力を開花させる。  だが、オブルリヒト王国の王子ジュニアスは、追い出した織絵にも聖女の可能性があるとして、織絵を連れ戻しに来た。  そして、異世界転移状態から正式に異世界転生した織絵は、若く美しい姿へと生まれ変わる。  この物語は、聖女召喚の儀に巻き込まれ、異世界転移後、新たに転生した一人の元おばさんの聖女が、相棒の元スマホケースのハリネズミと楽しく無双していく、恋と冒険の物語。 2022.9.7 話が少し進みましたので、内容紹介を変更しました。その都度変更していきます。

処理中です...