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第5話 マレリアとお金事情
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ふと、昔のことを思い出す。
目の前には、仲睦まじそうに会話をする大人しそうな男性とモデルのように綺麗な女性。その間には女性に似た少女が満面の笑みを浮かべていた。
それはまだ、私が幸せだと思っていた時のことだった。
誰が見ても微笑ましい光景。
けれど、この後すぐにそれは崩壊するのだろうと、すぐに地獄の日々が訪れるのだろうと思うと、懐かしいという気分にはなれなかった。むしろ……こう……胸糞が悪くなる。今すぐ母親の元に行って、何で黙って行ってしまったのかと問い詰めたい気持ちになった。
けれど、いくら近付こうとしても、三人は動きに比例して遠ざかる。どんなに速く走っても、どんなに手を伸ばしても届かない。
──これは夢なんだ。と私は理解した。
「なら、こんな夢は──いらない」
こんな悲しくなる夢は望んでいない。
こんな心が苦しくなる夢は望んでいない。
だから、いなくなれ。
私はもう新しい人生を歩んでいるんだ。
お前らみたいな過去は邪魔だ。
「だから──お前達はいらない!」
そこで私の夢は終わった。
◆◇◆
「…………さ……カ……ミさん。カガミさん。起きてください」
私を呼ぶ声がする。まだ若い男性の声だ。
「…………ん、シュウ、さん?」
清楚な見た目の商人。それが声の主の正体だった。
私は寝ぼけ眼を擦りながら、体を起こす。
「……ふ、あぁ…………あふっ……どうかしたの?」
「気持ちよく寝ているところ申し訳なかったのですが、そろそろマレリアに着くので……」
「ああ、ようやくか……はぁ、よく寝た」
本当によく眠れた。
何か不快な夢を見た気がするけれど、どんな夢だったのか忘れてしまった。
こんなに沢山寝たのは久しぶりだ。それに寝起きが全く痛くない。これだけのことで私は嬉しく感じてしまう。
……にしても、もう……なんだっけ? マレリアだっけ? そこに着いたのか。
「結局、護衛の意味はなかったなぁ……」
「護衛がいることだけで、心の持ちようが違うんです。それにカガミさんがいなければ、やはり僕はここに来ることができませんでした。本当に感謝しています」
「そう? そうか……なら、よかった」
また役立たずだと思われていないだろうか、という不安があった。でも、どうやら私は、ちゃんとシュウさんの役に立てていたらしい。
それが嬉しかった。誰かの役に立って感謝されたことがなかった。ようやく私という存在が認められたような気がして、嬉しさで顔がにやけてしまう。
「──っ!」
こちらを見ていたシュウさんは顔を真っ赤にさせて、バッと正面を向いてしまった。
…………? どうしたのだろうか。……ああ、そろそろ街に到着するから、後ろを向いていたら危ない。だから正面を向いたんだろう。
そう勝手に納得して、私も正面を向く。
「潮風の匂い……」
馬車の中に居てもわかるくらいの潮の匂いだ。けれど不快ではない。むしろ心が和らぐような気がした。これが海の近い場所独特の匂いというやつなんだろう。少し癖になりそうだ。
街の光景は日本ではあまり見られない、どちらかといえば外国にあるような建物が並んでいた。雰囲気を壊さない若干古そうな外見が、街の雰囲気を引き立てている。ここが観光地と言われても、私は疑わない。
「じゃあ私はこれで……」
「あ、カガミさん。少し待ってください」
この街で取れる新鮮な魚介類を早く食べに行きたい。その一心で馬車から飛び降りようとする私に、シュウさんから待ったの声を掛けられた。
「これをどうぞ」
荷台をガサゴソと漁り、黒いローブと最後に皮袋を渡してきた。
皮袋を持つと、ジャラジャラという音が鳴った。これは何かの金属かな?
「耐衝撃用のローブです。それと、少しですが当分の資金にしてください」
「いいの? こんなに沢山……いいの?」
「いいんですよ。命を助けてもらったことと、護衛を引き受けてくれたこと。それに盗賊の使っていた馬を貰ったのですから、安いものです」
あの馬は盗賊が勝手に置いて行ったもので、私は使わないから押し付けたようなものだった。
……何もかもを貰っている。でも、本人がくれると言うなら貰っておこう。
貰うだけならプラスだ。感謝の気持ちを忘れなければいいだけだ。
正直なところ、死体から剥いだマントは魔物達との戦いで相当汚れてしまっていた。
この世界のお金なんて一切持っていなかったので、本当に助かった。
地球で買い物をしたことなかったから忘れていたけど、何か買い物をする時はお金が必要なんだった。
そもで私は気づく。
……この世界の通貨って、どんな種類があるんだろう?
日本のお金みたいに百円とかお札とか、色々な種類があると困る。もしかしたらお金を余計に取られてしまうかもしれない。それは困る。
「あれ、どうかしましたか?」
…………よし、正直に言おう。詐欺にあうより、ここで恥をかいた方がまだ被害が少ない。
「あの……お金、使ったことない……」
「え……ああ、田舎の方から来たって言っていましたから、子供がお金を使う機会の方が少ないですよね。そこに気が回らず、申し訳ないです」
完全にこっちが悪いから謝らないでほしかった。余計に申し訳なく感じてしまう。
シュウさんは一枚の紙にサラサラと文字を書いていく。
そういえば、当たり前のように思っていたことだけど、異世界でも日本語って通じるんだな。
今シュウさんが書いている文字も読めるし……もしかしたら勝手に理解できる言葉に変換されているのかもしれない。もし、自動で翻訳してくれるようになっていなかったら、今頃シュウさんとまともに話せていなかった。問題なく話せて本当によかったと思う。
「……はい、できました。ここに硬貨の種類等を書いておきました」
「おお、ありがたい」
「一応、口頭でも説明しておきますね。この世界の通貨は全種族で共通です。種類は銅貨、銀貨、金貨の三つです。金貨一枚は銀貨百枚と同価値で、銀貨一枚は銅貨十枚と同価値です」
「……なるほど。思ったより簡単だね」
「ええ、なので覚えやすいのですが、人によっては通常の値段より多めに金額を指定してくる人もいるので、そこだけが要注意です。ああ、飲食店やこの街の市場にそういうのはないので、安心してください。問題は露店や、各地を渡る商人です。利用される際は注意を……」
うわ、やっぱり詐欺いるんだ。すぐに騙されそうで怖い。でも、飲食店や市場にそういうのはないと聞いて安心した。これで心置きなく魚介類を食べられる。
……ん? 各地を歩いている商人?
「それはシュウさんもやるってこと?」
「え? ……ええ、僕はほとんどやりませんけれど、完全にこちらを馬鹿にしたような態度の客には、値段以上の物を吹っ掛けて買わせることはありますね」
「それは、私にもやる?」
その言葉にシュウさんは数秒間呆けたような顔を晒し、その後愉快そうに笑った。
「あははっ! カガミさんは僕の恩人ですよ? あなたにそんなことをするなら、今すぐ商人を辞めますよ」
「そう、それならよかった。また何処かで出会うことがあったら、その時はよろしく」
「ええ、こちらこそ。あなたになら、私の商品を値引き価格で売ると約束しましょう。なので、どうか今後もご贔屓に」
……こんな時でも商売の話か。ほんと、よく出来た商人魂だと思う。
「また何処かで。さようなら。シュウさん」
「はい、また会いましょう。カガミさん」
最後に硬い握手を交わして、私達は別れとなった。
目の前には、仲睦まじそうに会話をする大人しそうな男性とモデルのように綺麗な女性。その間には女性に似た少女が満面の笑みを浮かべていた。
それはまだ、私が幸せだと思っていた時のことだった。
誰が見ても微笑ましい光景。
けれど、この後すぐにそれは崩壊するのだろうと、すぐに地獄の日々が訪れるのだろうと思うと、懐かしいという気分にはなれなかった。むしろ……こう……胸糞が悪くなる。今すぐ母親の元に行って、何で黙って行ってしまったのかと問い詰めたい気持ちになった。
けれど、いくら近付こうとしても、三人は動きに比例して遠ざかる。どんなに速く走っても、どんなに手を伸ばしても届かない。
──これは夢なんだ。と私は理解した。
「なら、こんな夢は──いらない」
こんな悲しくなる夢は望んでいない。
こんな心が苦しくなる夢は望んでいない。
だから、いなくなれ。
私はもう新しい人生を歩んでいるんだ。
お前らみたいな過去は邪魔だ。
「だから──お前達はいらない!」
そこで私の夢は終わった。
◆◇◆
「…………さ……カ……ミさん。カガミさん。起きてください」
私を呼ぶ声がする。まだ若い男性の声だ。
「…………ん、シュウ、さん?」
清楚な見た目の商人。それが声の主の正体だった。
私は寝ぼけ眼を擦りながら、体を起こす。
「……ふ、あぁ…………あふっ……どうかしたの?」
「気持ちよく寝ているところ申し訳なかったのですが、そろそろマレリアに着くので……」
「ああ、ようやくか……はぁ、よく寝た」
本当によく眠れた。
何か不快な夢を見た気がするけれど、どんな夢だったのか忘れてしまった。
こんなに沢山寝たのは久しぶりだ。それに寝起きが全く痛くない。これだけのことで私は嬉しく感じてしまう。
……にしても、もう……なんだっけ? マレリアだっけ? そこに着いたのか。
「結局、護衛の意味はなかったなぁ……」
「護衛がいることだけで、心の持ちようが違うんです。それにカガミさんがいなければ、やはり僕はここに来ることができませんでした。本当に感謝しています」
「そう? そうか……なら、よかった」
また役立たずだと思われていないだろうか、という不安があった。でも、どうやら私は、ちゃんとシュウさんの役に立てていたらしい。
それが嬉しかった。誰かの役に立って感謝されたことがなかった。ようやく私という存在が認められたような気がして、嬉しさで顔がにやけてしまう。
「──っ!」
こちらを見ていたシュウさんは顔を真っ赤にさせて、バッと正面を向いてしまった。
…………? どうしたのだろうか。……ああ、そろそろ街に到着するから、後ろを向いていたら危ない。だから正面を向いたんだろう。
そう勝手に納得して、私も正面を向く。
「潮風の匂い……」
馬車の中に居てもわかるくらいの潮の匂いだ。けれど不快ではない。むしろ心が和らぐような気がした。これが海の近い場所独特の匂いというやつなんだろう。少し癖になりそうだ。
街の光景は日本ではあまり見られない、どちらかといえば外国にあるような建物が並んでいた。雰囲気を壊さない若干古そうな外見が、街の雰囲気を引き立てている。ここが観光地と言われても、私は疑わない。
「じゃあ私はこれで……」
「あ、カガミさん。少し待ってください」
この街で取れる新鮮な魚介類を早く食べに行きたい。その一心で馬車から飛び降りようとする私に、シュウさんから待ったの声を掛けられた。
「これをどうぞ」
荷台をガサゴソと漁り、黒いローブと最後に皮袋を渡してきた。
皮袋を持つと、ジャラジャラという音が鳴った。これは何かの金属かな?
「耐衝撃用のローブです。それと、少しですが当分の資金にしてください」
「いいの? こんなに沢山……いいの?」
「いいんですよ。命を助けてもらったことと、護衛を引き受けてくれたこと。それに盗賊の使っていた馬を貰ったのですから、安いものです」
あの馬は盗賊が勝手に置いて行ったもので、私は使わないから押し付けたようなものだった。
……何もかもを貰っている。でも、本人がくれると言うなら貰っておこう。
貰うだけならプラスだ。感謝の気持ちを忘れなければいいだけだ。
正直なところ、死体から剥いだマントは魔物達との戦いで相当汚れてしまっていた。
この世界のお金なんて一切持っていなかったので、本当に助かった。
地球で買い物をしたことなかったから忘れていたけど、何か買い物をする時はお金が必要なんだった。
そもで私は気づく。
……この世界の通貨って、どんな種類があるんだろう?
日本のお金みたいに百円とかお札とか、色々な種類があると困る。もしかしたらお金を余計に取られてしまうかもしれない。それは困る。
「あれ、どうかしましたか?」
…………よし、正直に言おう。詐欺にあうより、ここで恥をかいた方がまだ被害が少ない。
「あの……お金、使ったことない……」
「え……ああ、田舎の方から来たって言っていましたから、子供がお金を使う機会の方が少ないですよね。そこに気が回らず、申し訳ないです」
完全にこっちが悪いから謝らないでほしかった。余計に申し訳なく感じてしまう。
シュウさんは一枚の紙にサラサラと文字を書いていく。
そういえば、当たり前のように思っていたことだけど、異世界でも日本語って通じるんだな。
今シュウさんが書いている文字も読めるし……もしかしたら勝手に理解できる言葉に変換されているのかもしれない。もし、自動で翻訳してくれるようになっていなかったら、今頃シュウさんとまともに話せていなかった。問題なく話せて本当によかったと思う。
「……はい、できました。ここに硬貨の種類等を書いておきました」
「おお、ありがたい」
「一応、口頭でも説明しておきますね。この世界の通貨は全種族で共通です。種類は銅貨、銀貨、金貨の三つです。金貨一枚は銀貨百枚と同価値で、銀貨一枚は銅貨十枚と同価値です」
「……なるほど。思ったより簡単だね」
「ええ、なので覚えやすいのですが、人によっては通常の値段より多めに金額を指定してくる人もいるので、そこだけが要注意です。ああ、飲食店やこの街の市場にそういうのはないので、安心してください。問題は露店や、各地を渡る商人です。利用される際は注意を……」
うわ、やっぱり詐欺いるんだ。すぐに騙されそうで怖い。でも、飲食店や市場にそういうのはないと聞いて安心した。これで心置きなく魚介類を食べられる。
……ん? 各地を歩いている商人?
「それはシュウさんもやるってこと?」
「え? ……ええ、僕はほとんどやりませんけれど、完全にこちらを馬鹿にしたような態度の客には、値段以上の物を吹っ掛けて買わせることはありますね」
「それは、私にもやる?」
その言葉にシュウさんは数秒間呆けたような顔を晒し、その後愉快そうに笑った。
「あははっ! カガミさんは僕の恩人ですよ? あなたにそんなことをするなら、今すぐ商人を辞めますよ」
「そう、それならよかった。また何処かで出会うことがあったら、その時はよろしく」
「ええ、こちらこそ。あなたになら、私の商品を値引き価格で売ると約束しましょう。なので、どうか今後もご贔屓に」
……こんな時でも商売の話か。ほんと、よく出来た商人魂だと思う。
「また何処かで。さようなら。シュウさん」
「はい、また会いましょう。カガミさん」
最後に硬い握手を交わして、私達は別れとなった。
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