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愛妻弁当
しおりを挟むそれから特に何もないまま、昼休みの時間になった。
一限目と変わらず眠ってばかりだったが、授業で指摘されることはあまりない。
以前は何度か面倒な奴に眠っているところを指摘され、問題を解くように言われていたが、普通に回答したらいつしか何も言われなくなった。
成績は問題ない。そこら辺は緩い学校を選んだから、授業態度は悪くてもテストの点数でどうにでもなる。
少なくとも俺はこの一年、どうにかなっていた。
今も変わらず指摘してくる教師は、ただの負けず嫌いか、単純に正義感が強いだけだろう。
個人の感情だけで成績を覆すような馬鹿ではないのであれば、どう思われていても気にすることじゃない。
……まぁ、そういう点で言えば、竜胆の存在はとてもありがたいのだが……それを本人に言うと間違いなく天狗になりそうなので、絶対に言ってやるものか。
それと竜胆は言葉で何かを言うより、昼飯を奢ってやったほうが喜ぶ。
そのせいで虐められているという周りの勘違いがより強いものになっているが、今更訂正するのも面倒だ。関係ない奴らの戯言なんて、そこら辺に放って捨て置けばいい。
「おーい誠也。昼飯食おうぜー」
購買に行ったり、弁当を持参した奴らが机を囲ったりと自由に行動する中、当たり前のように竜胆は俺のところへやってきた。
「購買行くか?」
竜胆は料理好きというのもあり、いつも弁当を持参してくる。
対して俺は購買常連者だ。作ろうと思えば作れるが、毎日となれば面倒臭い。
だが、今日の俺は違う。
「今日は弁当を持ってきたんだ」
そう言いながら、可愛らしい布に包まれた弁当箱を鞄から取り出す。
蓋を取ると彩りのあるおかず達が姿を現した。
俺が好きだと言った肉が沢山入っていながら、栄養のある野菜も忘れられていない。素晴らしくバランスの取れた弁当だ。
「弁当を持ってくるなんて珍しいこともあるもんだな、おい。……しかも美味そうじゃん。お前そんなに料理上手かったか?」
「俺が作ったんじゃない」
「誰かが作ってくれたのか。妹さんか?」
「…………まぁ、そんなところだ」
曖昧に返答しつつ、チラッと横を眺める。
柊も、ちょうど弁当箱を取り出そうとしているところだった。中身は俺の弁当よりも緑の量は多いが、よく見れば同じものが入っているから、一目見れば一緒に作ったものだとわかる。
だが、あの青薔薇が持つ弁当の中身をまじまじと覗くなんて、そんな勇気のある奴はこのクラスにいないため、それがバレることはない。
「なぁ、ちょっとだけ食べさせてくんね? シェアしようぜ、シェア」
「嫌だ。これは俺の弁当だ。……それに、これを作った奴は、俺以外の奴に食われることを望んでいないだろうからな」
柊が小さく『うんうん』と頷くのが見えた。
……ほら、やっぱりな。
「くぅー、羨ましいぜ。俺も自分で作るんじゃなくて、誰かに作ってもらいたいぜ。欲望をありのままに言うなら、恋人に!」
「現れるといいな。お前を好きになるような人」
「なんだよ。随分と余裕だな。……まさか、もうすでに?」
「さぁ、どうだろうな。少なくとも最高の女は知っている。俺には勿体無いくらいに素敵な女性を、な……」
「っ、……!」
「んだよ。ちくしょ~! 今まで彼女の『か』の字も無かったくせに、いつの間に……全然気が付かなかったぜ。ってことは、弁当は妹さんじゃなくて彼女だな?」
「まだ居るとは明言していないが?」
「お前が濁すってことは、それで正解ってことだ。後で紹介しろこの野郎」
「……元より、そのつもりだよ」
お喋りはこのくらいにして、弁当を食べてしまおう。
そろそろ、右側から刺さる視線が痛い。早く感想を言ってくれと、そう言われているようだ。
はず始めに、弁当ではテンプレの唐揚げから口に運ぶ。
「うん、美味いな」
「その感じ、冷凍じゃないだろ。結構早くから準備しなきゃ出来ないものだぞ」
「そこまで見抜くなんて、流石だな。今まで自称料理好きを名乗っているのかと思っていたが、今日のことで色々と見直したわ」
「言ってろ。……あーぁ、ガチの愛妻弁当じゃねぇか。愛されてんなぁ」
竜胆の観察眼の通り、これは柊が朝早くから準備して作ったものだ。
ちゃんと味付けまで拘ったと自慢していたので、まず手を付けるなら唐揚げからにしようと決めていた。
十分に味わってから、他のおかずも楽しむ。
どれもこれも美味しい。
野菜は好みじゃないからと今まで手を付けてこなかったが、柊が一生懸命作ってくれたと思えば、いくらでも食べられそうな気がする。
「誰かが作ってくれる弁当ってのも、悪くないな。本当に美味しい」
「……お前が他人を褒めるなんて、マジで珍しいな。そんなに美味いのか? やっぱり、一口くらいなら」
「嫌だっての。これは俺だけの物だ」
ただ一人の友人だろうと、これだけは渡さない。
羨ましがる竜胆を尻目に弁当を平らげる。つい夢中で食べてしまった。
「また、作ってくれると嬉しいな」
その言葉に返事はない。
だが、きっとこの声は彼女の耳へ届いたに違いない。
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