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学校での二人(3)
しおりを挟む「ってことで、出席番号順にクジを引いてくれ」
…………ぅん?
何がどうしてそうなったのか。
確認のために顔を上げ、ああ、と納得した。
間宮先生の後ろ。黒板に白いチョークで大きく書かれていたのは、三文字の単語。
『席替え』
別に、これは珍しいことではない。
学生であれば何度か経験する、ちょっとしたイベントだ。
……だが、今は二年生になって一ヶ月と少し。クラスで席替えをするにはまだ早すぎやしないか?
クラスメイトも多種多様な意見に分かれている。
いちいち説明すると面倒なので、大きく分類すると勢力は二つに分かれる。
不満げな声を漏らす否定派と、楽しそうに声を上げる賛成派。
見た感じでは賛成派が多いように思える。
やはり、席替えとなれば高校生はテンションが上がるものらしい。
「まだ一ヶ月だと思う奴はいるかもしれないが、俺はもう一ヶ月だと思っている。そろそろ隣の奴と十分に交流しただろ? 最初に割り振られた席で一つのグループを作るより、席替えで友好の幅を広めたほうがいいんじゃないかなぁ……と、おじさんは思うわけよ。色んな奴と関わるってのは、将来のためにもなるだろうし、な」
まぁ、間宮先生の言葉は一理ある。その全てが正しいとは言わないが、学生時代は特に多くと交流を広めたほうがいいのは確かだ。
たとえ一生の付き合いではないとしても、席替えしたことで誰かと疎遠になったとしても、それは経験としてそいつの記憶に残り、将来役に立つかもしれない。
──って、俺が何を偉そうに語ってんだ。
思わず苦笑する。
だが、こうやって無駄なことを延々と考えるのも、竜胆から貸してもらったラノベに出てくる陰キャっぽいかもしれない。
俺が内心、そのような思考を巡らせている間に、クラスは大盛り上がりを見せていた。朝の憂鬱気な雰囲気が嘘のように、誰も彼もがくじで引いた自分の番号と、黒板に記された席順を見て一喜一憂している。
そして俺の番が回ってきた。
さて、自分はどっち側に立たされるのか。ぼんやりと考えながら席に戻り、折りたたまれた紙切れを開くと、そこには『6』という数字が記されていた。
黒板にある席順と照らし合わせ、小さくガッツポーズを取る。
6番は、教室の窓側にある一番後ろの席だった。
教師からは注目されづらいし、何より端っこはクラスでは目立たない。俺にとってはこれ以上ない、百点満点の位置だ。
そういえば、柊はどの席になったんだ?
視線だけを動かして彼女の席を眺めると、ちょうどこちらを見つめていた柊と目が合った。
「…………」
柊は無言でくじの結果を見せてきた。
その手に持つ紙切れに書かれていたのは『12』の数字──って、そこは。
「……隣じゃねぇか」
偶然にしては出来過ぎていると苦笑しながら、俺も紙切れを見せる。
すぐに柊は席を確認し、ハッとしたように体を硬直させた直後、嬉しそうに顔を綻ばせた。
それはあまりにも可憐で、俺は一瞬だけ、その笑顔に見惚れてしまった。
席替えをしたことにより、俺の周囲は随分と変わった。
教室で一番目立たない位置を得たはずなのに、なぜか妙に視線を感じる。その原因は俺の隣の席──柊小雪の存在が大きい。
だが、それだけでは俺まで注目される理由にはならない。
なら、どうして俺もクラスメイトの視線を浴びることになっているのか?
それは柊に問題があると言っていいだろう。
「……………………」
そう、先程から柊が無言でこちらを見てくるのだ。
じっと見つめられるだけなら、まだ他人のふりをして遠回しに『こっち見るのをやめろ』と言えたんだが、ちらちらと遠慮しがちに見てくるものだから、それを一方的に遠ざけるのは罪悪感が半端ない。
柊よ、俺のことを見過ぎだ──と直接言えたら、どんなに楽だっただろう。
ただでさえ朝の挨拶でクラスメイトに衝撃を与えてしまったのだから、これ以上の接触は抑えるべきだ。
俺達が『友人』になるのは、まだ早い。
今はまだ、大人しくしているべきだ。
そう、思っていたのに────。
「……………………はぁぁぁぁ……」
溜め息を一つ。もう、ああだこうだ考えるのはやめだ。
俺の『目立ちたくない』という目標のためだけに、他人を巻き込み、寂しい思いをさせるのは違う。
現に、柊がしょんぼりと肩を落としている姿を見ただけで動揺してしまったのは、他でもない俺自身だ。……その時点で、この先我慢なんて到底不可能だろう。
「まさか、あの柊と隣の席になるなんてな」
「っ、」
誰かに向けて言ったわけではない、ただの独り言。
俺が言葉を発したことで、柊は大きく体を震わせ、口をパクパクと開閉させていた。
……まだ、学校での距離感を掴み切れていないのだろう。
本当に、人と話すのが苦手なんだなと内心苦笑する。あんなに話したそうにしていたのに、未だに柊が自分から声を掛けようとしてこない。
なら、ここは俺から動くしかない。
たとえそれが陰キャらしくない行動だとしても。
不器用な許嫁を助けるためなら、お安い御用ってやつだ。
「……まぁ、これも何かの縁だ。唯一の隣ってことで、仲良くしてくれ」
ぶっきらぼうに。だが、しっかりと隣を見て、俺は手を差し伸べる。
柊は眉一つも動かさず、一見すると無関心を貫いているような表情をしているが、彼女は今、これ以上ないくらいに戸惑っているのがわかった。
「どうして、あいつが……」
「運が良かっただけだろ」
「一度挨拶を返されたくらいで調子に乗りやがって、あの……誰だっけ?」
「轟だよ。ほら、竜胆にいつも絡まれてる可哀想な奴」
朝のこともあり、クラスメイトは俺達の動向を監視するように眺めている。
下手なことは言えない。だから、柊──わかってくれ。
「……あ、ぇと……」
耳を澄ましていなければ聞き逃してしまう、か細い声。
どうしたらいいのかと、彼女の視線が語っている。
「…………、ええ」
結局、柊が口にしたのは『一言』とは言い難い二文字の言葉のみだった。
どこまでも冷たく、相手の気持ちなんて考えないような突き放した雰囲気を、柊はその身に纏っている。
そうだ。それでいい。
青薔薇はそうでなければ困る。
俺が一方的に話しかけ、柊はそれを受け流す。
少しずつ、氷が溶けるようにゆっくりと、青薔薇の花弁を開かせてやればいい。
それを続けていけば、いつか彼女も普通に人と接することが出来るはずだから。
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