生徒から恐れられる『青薔薇』の彼女は根暗ボッチな俺の嫁

白波ハクア

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自己紹介をしよう(1)

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 気まずい空気が流れている。
 何処よりも気を休められる場所だと思っていた俺の家は、まるで別世界のような違和感があった。

 突然掛かってきた電話で伝えられた衝撃の事実。

『婚約者との同居』

 それはいい。
 いや、良くないんだが、叔父の言うことはいつも唐突だ。
 この程度のことで動揺していると、こちらの身が持たない。

 ──それに。

「……?」

 その相手が柊小雪。全生徒から恐れられる『青薔薇』だということに比べれば、叔父の言う急用なんて些細なことでしかないだろう。

「あの、私のこと……聞いていますか?」

 幾ら何でも急過ぎる展開に呆然と立ち尽くしていたら、柊は不安そうに声をかけてきた。
 流石に放置しすぎてしまったようだ。感情の消え失せた人形と呼ばれるほどの彼女が、こんな顔もできるんだな。

「いや、すまん。柊……でいいんだよな? クラスメイトの」

「はい。今日ぶりですね。覚えていただけていたようで、安心しました」

 その言葉に驚きを隠せなかった。
 柊は、噂通りの女だと思っていたからだ。
 一年間、柊とは同じクラスにいたが、彼女が他人と話している場面を見たことがない。だから、噂にある通り誰とも関わろうとせず、寄ってくる者を突き放すような女だと思うようになっていた。

 だが実際に話してみたら、どうだ。

 放置されて不安そうに眉を落としている。普通に会話してくれる。軽口のようなものも言ってきた。──そのどれもが、噂の『青薔薇』とは程遠い。

「まぁ、入ってくれ……本当に、話を聞いたのはついさっきなんだ。そのせいで散らかっているが、失望しないでくれよ」

「わかりました。では、お邪魔します。……あ、いえ。『ただいま帰りました』と、言ったほうが正しいでしょうか?」

「好きに呼んでくれ。柊の言う通り、ここはもうお前の家なんだから」

 と、無駄にカッコつけて言っても、こんな散らかった部屋じゃ台無しだな。

「……夕食を作っている途中だったのですか?」

 玄関で靴を脱ぎ、首だけを動かして辺りを見回した柊は、キッチンのまな板に突き刺さっている包丁を見て首を傾げた。

「何があったのです?」

「……まぁ、見なかったことにしてくれ」

 怒りに任せて突き刺したと言ったら、間違いなく引かれる。
 そう思って言葉を濁すと、柊は「そうですか」とだけ答え、それ以上の言及はしてこなかった。

「適当な場所で寛いでくれ……あ~、そもそも寛ぐ場所がないか」

 とりあえず床に座れるスペースだけ確保し、そこに腰を下ろすよう促す。

「……ひとまず、お互いに自己紹介をしたほうがいいと思うんだ」

 俺達はクラスメイトだが、まだ一度も会話をしたことがない。
 顔と名前だけ知っている婚約者と同居なんて、それは地獄でしかない。そう思う気持ちは柊も同じだったらしく、「そうですね」と頷いてくれた。

「では、まずは私から……柊小雪です。好きな食べ物は甘い物。理想のお嫁さんになるために小さな頃から母より家事を学んできました。これと言った趣味や特技はありませんが……強いて言うのであれば料理でしょうか?」

 典型的な自己紹介文だな。
 にしても、甘い物が好きなのか。……あいつと気が合いそうだな。

「なんだか、悪いな」

「……何がです?」

「理想的なお嫁さんになりたいんだろう? 本当なら、それは柊の好きな人にやってあげたかったはずなのに……その相手が俺なんてな。がっかりしただろ」

 だから謝った。

「……私が、一度でも貴方との婚約が嫌だと言いましたか?」

「ん? だって、俺たち一度も話したことないだろ? 好きになる要素なんて何一つ……」

「もういいです。私の自己紹介は終わったのですから、早く話してください」

 ……怒っている、のか?
 柊の表情はほとんど変わらない。だから声で判断するしかない。

 だが、まさかあの青薔薇が……?

「……いや、そのまさか、な」

「……何か言いましたか?」

 首を傾げる柊に、何でもないと返す。
 確証はない。今はまだ、心の内に仕舞っておくとしよう。

「次は俺の番だったな。轟誠也だ。……恥ずかしながら、あまり女性とは話したことがないだ、しばらくは不自由な暮らしをさせるかもしれないが勘弁してくれ。……俺も、なるべく頑張るからさ」

 こちとら高校生活を始めて、まだ一度も女友達ってものを作ったことがない。
 ましてや話したことも……。おかげでファッションだ何だに興味を持ったことがなく、女性が好むような家具は何一つとして家に置いていない。

 最低限の暮らしが出来ればいいと思っていたが、まさかここで足を引っ張ることになるとは思いもしなかった。

「好きな食べ物は肉だ。たまに作ってくれると嬉しい」

「それでしたら、ハンバーグが得意です」

「おっ、それは嬉しいな。大好きなんだよ、ハンバーグ」

「それはよかったです。……でも、あまり期待はしないでくださいね。味付けの違いで不味いと思われるかもしれませんが、その時は言ってくだされば」

「思うわけないだろ」

「え?」

「俺のために作ってくれるんだろう? なのに『不味い』だなんて、そんな馬鹿なことは言わない。絶対にな」

 ──と、変なことを言ってしまった。
 恥ずかしくなって顔を逸らすと、笑い声を押し殺すような音が聞こえてきた。
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