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俺に許嫁ができたらしい(2)
しおりを挟む──まさか、もう来たのか?
いやいや、流石に早すぎるだろう。
音を消して玄関に近づく。
決めつけるのはまだ早い。ただの来訪者だという可能性もある。……そう。昔からの腐れ縁なあいつが事前連絡も無しに、飯にありつこうとやって来たに違いない。
「ど、どちらさまで?」
扉の覗き窓を使えばすぐに来訪者がわかる。
だが、この時の俺は、そんな簡単なことすら思い付かないほどに混乱していた。
「許嫁。と言えばわかるでしょうか?」
返ってきたのは落ち着いた女性の声。
扉の先にいる女性は、はっきりと『許嫁』と言った。もう聞き間違いだと現実逃避することはできない。
──本当に来ちまった。
どうする? いや、どうしようもない。
そして気が付く。部屋の掃除を全くやっていないことに。
私物は散らかっていて、学生服も脱いだままだ。女性に見られて困るような物は置いていないが、汚い部屋に女性を迎え入れるのは如何なものか。
「……あの、轟誠也さんのお家でよろしいでしょうか?」
返答がないことに不安を感じたのか、控えめな声が扉越しから聞こえてきた。
「あ、ああ……悪い。実は婚約の話を聞いたのは、つい数秒前のことでさ。まだ部屋の掃除が終わっていないんだ。……ごめん、少しだけ待っていてくれるか?」
「では、私もお手伝いします。一先ず、扉を開けていただけますか?」
どうしたものかと頭を抱える。
折角のご厚意を一方的に拒絶すれば、間違いなく相手の機嫌を損ねてしまう。
信頼を得るか、己のプライドを取るか。
俺は、その狭間で揺れ動いていた。
「……あの、制服のままで来てしまったので……少し目立ってしまいそうです。どんなに散らかっていても笑いませんから、その……は、恥ずかしいので、入れていただけると」
「っ、すまん! すぐに開ける──は、────?」
詫びながら扉を開き、そして絶句した。
「誠也さん、今日からお世話になります」
海外旅行に行くような大きなキャリーケースを転がし、控えめにアパートの扉を叩いたのは、制服をきっちりと着込んだ少女。
そこに人がいたなら間違いなく振り返り、思わず二度見をしてしまうだろう。
それすらも当然だと言うように、どのような状況下にあっても凛とした態度を崩さない。彼女はまさしく、『絶世の美女』と言い表すに相応しい美貌と佇まいをしていた。
「お、お前……柊、か……?」
彼女を知っているかと問われたら、一応知っていると答える。
なぜなら彼女は、柊小雪は──俺と同じ学校に通う『クラスメイト』なのだから。
◆◇◆
柊小雪。
通称『青薔薇』。
全生徒からその名で囁かれる彼女は、まさしく高嶺の花と呼ぶに相応しい美貌を、余すことなく我が物としている。
雪のように白い肌。艶やかな漆黒の髪。感情を悟らせない人形のような顔は、まるで氷のように冷たく、そして今にも消えてしまいそうな儚い美しさを表していた。
容姿端麗で文武両道。非の打ち所がないと言われ、社長令嬢とも噂されている彼女とお近づきになろうとした男子生徒は数知れず。
だが、一年と経過した現時点で、彼女と懇意になれた者はただ一人も存在しない。
『貴方に興味ありません』
バスケ部のエース。誰だろうと親しく話しかけ、多くの生徒や教師一同からも信頼を得ているイケメン男子が告白した時、彼女が言い放ったとされている言葉だ。
それでも恐れを知らぬ男子生徒は代わりがわり告白していったが、そのどれもが見事に玉砕。ついでにメンタル面も切り刻まれるというおまけ付き。
『不可能』『奇跡』
手に入れることは不可能に近く、それが叶うことは奇跡に等しい。
それ故に付いたあだ名が『青薔薇』だ。
彼女を示す言葉でこれ以上に相応しいものはない。
──それはさておき。
なぜ、柊小雪が俺の前に立っている?
「貴方の叔父様から話は聞いていると思います。今日から私も、こちらで同居させていただくことになりました。家事全般は習得しています。まだ至らぬ点はあると思いますが、何なりとお申し付けください。不束者ですが、どうか、よろしくお願いいたします」
淡々と、まるで作業のように言葉を並べられる。
未だに信じられないと言葉を失っている俺に対し、彼女はとどめを刺すように最悪の言葉を口にした。
旦那様、と。
高校生活二度目の春。
何気ない日々。可もなく不可もなく学生生活を送っていた俺の日常は、その日、唐突に終わりを迎えることになるのだった。
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