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番外編
アレンカ番外編2
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彼は今日も今日とてとても美しい。
「おかえり! アレンカ」
にっこりと笑って玄関まで迎えに出てくれたウルリクは、山羊の獣人だ。頭の後ろに向かって歪曲した角は凛々しいが、色白で細身で、身長も私と同じか少し低いくらい。優しくか弱い雰囲気の、庇護欲をそそる男だ。
まあ、脱ぐとそれなりに鍛えられているのだが。
そんな彼を抱き締めて、頬にキスをする。
「ただいま、ウルリク」
「今日もお疲れ様。あれ? ずいぶん埃っぽいね」
「少々遠方まで出向く用事があってな」
「そうだったんだ。夜ごはんはちゃんと食べた?」
「簡単には」
「アレンカの『簡単』はどうせ軍用携行食でしょ。もう、ちゃんと食べなきゃダメって言ってるじゃないか」
「おまえの夜食が楽しみでな。作っておいてくれたのだろう?」
「……もう! 作ってあるけど! そういう問題じゃないでしょ」
可愛らしく頬を膨らませるウルリクの頭をポンポンと撫でて居間に向かうと、いい匂いがしてくる。さっと彼がキッチンに入り、湯気の上るスープを出してくれた。
前の世界では調理師見習いだったというウルリクは、現在は私の家で家政婦のようなことをしている。身分証がないため、私がいなければ彼は後ろ暗い仕事しかできなかっただろう。その前に出会うことができて本当によかったと思う。そして、家事の能力に長けていて、それを苦にしていないのがありがたい。
「はい、アレンカの好きなサーモンと消化にいい野菜の煮込み。ほんとはちゃんと夜ごはん食べてほしいんだけどなぁ」
研究に没頭するタイプの人間にそんなことを求められても困る。気づいた時に栄養バランスのいい携行食を食べているのだから、これでも以前よりはマシなのだ。
ウルリクの責めるような視線を流して、スープを口にする。
「おいしい。ウルリクは本当に料理がうまいな」
「えへへ。愛情籠もってるからね」
両手で頬杖をついて、嬉しそうに私が食べる様子を眺めているウルリクは、ともすれば成人すらしていないように見えるけれど、すでに十八歳。私は三十二歳。子どもを得ることを考えて焦りを覚えていたところに舞い込んだ狼の話は、私にとっても大きな朗報だった。
この件はウルリクにも無関係ではない。
現時点でルミのことをどこまで言っていいものか一瞬躊躇い、必要な事項だけ伝えることにする。
「……もう一人、『精霊の愛し遣い』が見つかった」
「へぇ!? すごいね! なかなかいないんでしょ」
「ああ。ウルリクのように隠されている者も多いだろうから、一概には言えないが、とても少ないと考えられている」
「どんな子?」
「ニッポンというところから来たそうだ」
「ニッポン!? まじで!? わー、僕、ニッポンの漫画が大好きなんだよねぇ」
「同じ世界から来たということか?」
「たぶんね。平行世界とかあったら別だけど」
私が求めていた通りの状況に、喜びが溢れそうになるのを堪える。
「……今度、会ってもらうことになるだろう。二人が異世界の言語で話せるなら、二人が『精霊の愛し遣い』だといういい証拠になる」
「うーん、僕、日本語は少ししかわからないんだよなぁ。それも結構忘れちゃったし。English なら話せるけど」
「イングリッシュ?」
「向こうの世界で、違う国の人同士が話す時に、一番よく使われる言語かな。こっちで言う大陸共通語みたいなものだよ」
「なるほど。それで意思疎通ができるならありがたい」
見えかけていた光がさらに明るくなったように感じて、緊張が緩んだ。
「ああ、そうだ。実は昨日から監視をつけている。もう一人の『精霊の愛し遣い』関連だ」
「ああ、なんとなく気づいてた。了解だよ」
「少し窮屈な思いをさせる。すまない」
「アレンカが謝ることじゃないでしょ?」
こういう物分りのいいところが、話し方や表情の子どもっぽさを裏切る。私が軍人という立場上、話せないことが多々あるのを理解して、突っ込んだことを聞いてこないのもありがたいが、アンバランスな印象にもつながる。
だいぶ前からこのことは棘のように引っかかっていた。しかし、忙しさを言い訳にそれを後回しにしてきたし、今日もやはりそうすることにする。
「ごちそうさま。おいしかった」
「お粗末さまでした。お風呂沸いてるよ」
「助かる」
ウルリクとの生活の居心地の良さから、私はもう抜け出せなくなっている。家事をさせたいのならプロの家政婦を雇えばいいことだ。ウルリクはそれ以上に家のことを整えてくれているが、それだけでなく、彼がいる部屋にはぬくもりがある。
彼はつがいであり、私にとって、もう、とっくになくてならない存在なのだ。
このままの日々を続けられればそれでいいという気持ちもある。しかし、ウルリクをこの窮屈な生活から解放したいし、そのためにも早く彼の存在を公的に認めさせたい。そして、公的にも夫婦となりたい。結婚とは、たかが紙の上のこと、されど重要なことだ。
狼はどれだけ協力してくれるだろうか。そのためには、今夜は研究室に戻って朝まで解析をしなければ。
ウルリクの入れてくれた程よい温度の湯に浸かりながら、私は物思いに耽った。
「おかえり! アレンカ」
にっこりと笑って玄関まで迎えに出てくれたウルリクは、山羊の獣人だ。頭の後ろに向かって歪曲した角は凛々しいが、色白で細身で、身長も私と同じか少し低いくらい。優しくか弱い雰囲気の、庇護欲をそそる男だ。
まあ、脱ぐとそれなりに鍛えられているのだが。
そんな彼を抱き締めて、頬にキスをする。
「ただいま、ウルリク」
「今日もお疲れ様。あれ? ずいぶん埃っぽいね」
「少々遠方まで出向く用事があってな」
「そうだったんだ。夜ごはんはちゃんと食べた?」
「簡単には」
「アレンカの『簡単』はどうせ軍用携行食でしょ。もう、ちゃんと食べなきゃダメって言ってるじゃないか」
「おまえの夜食が楽しみでな。作っておいてくれたのだろう?」
「……もう! 作ってあるけど! そういう問題じゃないでしょ」
可愛らしく頬を膨らませるウルリクの頭をポンポンと撫でて居間に向かうと、いい匂いがしてくる。さっと彼がキッチンに入り、湯気の上るスープを出してくれた。
前の世界では調理師見習いだったというウルリクは、現在は私の家で家政婦のようなことをしている。身分証がないため、私がいなければ彼は後ろ暗い仕事しかできなかっただろう。その前に出会うことができて本当によかったと思う。そして、家事の能力に長けていて、それを苦にしていないのがありがたい。
「はい、アレンカの好きなサーモンと消化にいい野菜の煮込み。ほんとはちゃんと夜ごはん食べてほしいんだけどなぁ」
研究に没頭するタイプの人間にそんなことを求められても困る。気づいた時に栄養バランスのいい携行食を食べているのだから、これでも以前よりはマシなのだ。
ウルリクの責めるような視線を流して、スープを口にする。
「おいしい。ウルリクは本当に料理がうまいな」
「えへへ。愛情籠もってるからね」
両手で頬杖をついて、嬉しそうに私が食べる様子を眺めているウルリクは、ともすれば成人すらしていないように見えるけれど、すでに十八歳。私は三十二歳。子どもを得ることを考えて焦りを覚えていたところに舞い込んだ狼の話は、私にとっても大きな朗報だった。
この件はウルリクにも無関係ではない。
現時点でルミのことをどこまで言っていいものか一瞬躊躇い、必要な事項だけ伝えることにする。
「……もう一人、『精霊の愛し遣い』が見つかった」
「へぇ!? すごいね! なかなかいないんでしょ」
「ああ。ウルリクのように隠されている者も多いだろうから、一概には言えないが、とても少ないと考えられている」
「どんな子?」
「ニッポンというところから来たそうだ」
「ニッポン!? まじで!? わー、僕、ニッポンの漫画が大好きなんだよねぇ」
「同じ世界から来たということか?」
「たぶんね。平行世界とかあったら別だけど」
私が求めていた通りの状況に、喜びが溢れそうになるのを堪える。
「……今度、会ってもらうことになるだろう。二人が異世界の言語で話せるなら、二人が『精霊の愛し遣い』だといういい証拠になる」
「うーん、僕、日本語は少ししかわからないんだよなぁ。それも結構忘れちゃったし。English なら話せるけど」
「イングリッシュ?」
「向こうの世界で、違う国の人同士が話す時に、一番よく使われる言語かな。こっちで言う大陸共通語みたいなものだよ」
「なるほど。それで意思疎通ができるならありがたい」
見えかけていた光がさらに明るくなったように感じて、緊張が緩んだ。
「ああ、そうだ。実は昨日から監視をつけている。もう一人の『精霊の愛し遣い』関連だ」
「ああ、なんとなく気づいてた。了解だよ」
「少し窮屈な思いをさせる。すまない」
「アレンカが謝ることじゃないでしょ?」
こういう物分りのいいところが、話し方や表情の子どもっぽさを裏切る。私が軍人という立場上、話せないことが多々あるのを理解して、突っ込んだことを聞いてこないのもありがたいが、アンバランスな印象にもつながる。
だいぶ前からこのことは棘のように引っかかっていた。しかし、忙しさを言い訳にそれを後回しにしてきたし、今日もやはりそうすることにする。
「ごちそうさま。おいしかった」
「お粗末さまでした。お風呂沸いてるよ」
「助かる」
ウルリクとの生活の居心地の良さから、私はもう抜け出せなくなっている。家事をさせたいのならプロの家政婦を雇えばいいことだ。ウルリクはそれ以上に家のことを整えてくれているが、それだけでなく、彼がいる部屋にはぬくもりがある。
彼はつがいであり、私にとって、もう、とっくになくてならない存在なのだ。
このままの日々を続けられればそれでいいという気持ちもある。しかし、ウルリクをこの窮屈な生活から解放したいし、そのためにも早く彼の存在を公的に認めさせたい。そして、公的にも夫婦となりたい。結婚とは、たかが紙の上のこと、されど重要なことだ。
狼はどれだけ協力してくれるだろうか。そのためには、今夜は研究室に戻って朝まで解析をしなければ。
ウルリクの入れてくれた程よい温度の湯に浸かりながら、私は物思いに耽った。
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