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日曜日3
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私は基本的にビビリだから、コスプレ関連では極力女性としか絡まないようにしている。基本的には自撮り、あとは女性コスプレイヤーと親しくなってお互いに撮りあうことがほとんどで、その彼氏がカメラ好きだった場合には、信頼できそうか見極めて、複数人なら撮影されるもありかな、というくらいだ。コスプレイヤーとしてはいたって消極的なタイプだろう。それでもイベントに出るのは、同じ趣味を持つ人たちに会って、雰囲気を楽しむためだ。
今日も仲間内でおしゃべりしたり撮りあったり、時に男性カメコに声をかけられた時には撮影オーケーな子たちだけが対応したりして、楽しい時間を過ごした。
「あの……」
そろそろ帰ろうかという時に男性の声で「ほのかさん」と話しかけられた。いつもどおり、撮影はお断りしています、と口にしかけて、嫌な予感がする。
(この美声……)
社交の場での明るく少し高めのよそ行き声。そうではない低く深い声は二人きりの時しか聞いたことがないけれど、よそ行き声を塗り替えて耳の奥にこびりついているのはそちらの声だったから、気づくのが遅れた。
ギギギ、と音がしそうなくらいぎこちなく振り返ると、やはりそこに立っていたのは遠矢くんだった。同じく振り返った仲間たちから、「きゃー」とも「ひゃー」ともつかない声が小さく上がる。
「な、な、なんで……。まさか、後をつけて……」
「違います。このアカウント、先輩ですよね」
スマホを見せながらのにこやかな笑顔に脅迫されているように感じるのは気のせいだろうか。
「なんで分かったんですか!」
「それはもう、愛の為せる技ですかね」
言葉もなく口をパクパクさせていると、面白そうな顔をして大きな一眼レフを軽く掲げて見せる。
「今日このイベントに参加するってツイートしてたんで、来てみました。写真撮っていいですか?」
「ダメです! お断りしています!」
こちらにレンズを向けられて、慌ててそう言ったのに、カシャリ、と一枚取られた。
「ダメって言ったでしょー!」
「いいじゃないですか、僕と先輩の仲なんですから」
「あらあらあら、どんな仲なのかしら?」
のりさんが近寄ってきて、興味津々という顔をして私たちを覗き込む。
「あなたは、味のりさん、でしたっけ。先輩とよく一緒に写っている」
「そうです。はじめまして~」
婀娜っぽい仕草で言う彼女に、遠矢くんは鼻の下を伸ばすでもなく平常通りの社交的な笑顔を返しただけだった。それにちょっと安堵してしまった自分にがっかりだ。たった一日一緒にいただけで、すでに少し気持ちが動いているなんて、ちょろすぎる。
(もう、振り回されたくないのに!)
他の子たちの反応からしても、やはり彼は目立つのだろう。大学時代もそうだった。こんな人と付き合って、周囲からの嫉妬や羨望に耐える自信はない。
「どんな仲なのか教えてくださらない? でないと、規約違反で通報しないとならないので」
「しっ、仕事関係者です!」
「そこはせめて大学の後輩って言ってくださいよ」
「どちらでも変わりません!」
ちょっとムキになって言い返すと、もう一枚写真を取られた。不覚だ。
「あらぁ。それで、ほのかちゃんは撮られてもいいのかしら?」
「それはダメです!」
「ここで撮られるのがダメなら、このあと僕のうちでどうです?」
遠矢くんの提案を聞いて、のりさんがにやにやと笑い、他の子たちも興奮した声で囁きあっている。
「そういう仲なのね」
「違いますって! 遠矢くんのうちなんて行ったことないですし!」
「僕が先輩の家に行ったことしかないですもんね」
「また誤解を招く表現を!」
「事実でしょう?」
普段男性とは距離を取っている私の、親しげなやり取りがさらに誤解を加速させてしまったらしく、すっかり「彼氏にコスプレしていることがバレて動揺しているツンデレ彼女」のような扱いを受けるようになってしまった。昨日のことがあるからまったくの事実無根とも言えなくて、だからといってその話をするわけにもいかなくて、うまく場の空気を誘導していく遠矢くんを睨むしかできない。
遠矢くんに対するみんなの感想は、
「化粧映えしそうなイケメンの彼氏うらやま」
「コスプレ趣味に理解のある人でよかったじゃない」
「二人で併せしないんですか?」
といったところだ。
ちなみに、最後の質問に対しては、遠矢くんが「それも面白そうですね」と言ったので、大いに期待されているだろう。正直、私もこれまでに、どんなコスプレをさせたら似合うかという妄想はたくさんしてきた。逸材すぎるのだ。染めてもいないのに綺麗なふわふわの金髪に、鼻筋の通ったすっきりした顔。
のりさんにはこっそり「今度詳しい話、絶対に聞かせてね」と言われてしまった。
今日も仲間内でおしゃべりしたり撮りあったり、時に男性カメコに声をかけられた時には撮影オーケーな子たちだけが対応したりして、楽しい時間を過ごした。
「あの……」
そろそろ帰ろうかという時に男性の声で「ほのかさん」と話しかけられた。いつもどおり、撮影はお断りしています、と口にしかけて、嫌な予感がする。
(この美声……)
社交の場での明るく少し高めのよそ行き声。そうではない低く深い声は二人きりの時しか聞いたことがないけれど、よそ行き声を塗り替えて耳の奥にこびりついているのはそちらの声だったから、気づくのが遅れた。
ギギギ、と音がしそうなくらいぎこちなく振り返ると、やはりそこに立っていたのは遠矢くんだった。同じく振り返った仲間たちから、「きゃー」とも「ひゃー」ともつかない声が小さく上がる。
「な、な、なんで……。まさか、後をつけて……」
「違います。このアカウント、先輩ですよね」
スマホを見せながらのにこやかな笑顔に脅迫されているように感じるのは気のせいだろうか。
「なんで分かったんですか!」
「それはもう、愛の為せる技ですかね」
言葉もなく口をパクパクさせていると、面白そうな顔をして大きな一眼レフを軽く掲げて見せる。
「今日このイベントに参加するってツイートしてたんで、来てみました。写真撮っていいですか?」
「ダメです! お断りしています!」
こちらにレンズを向けられて、慌ててそう言ったのに、カシャリ、と一枚取られた。
「ダメって言ったでしょー!」
「いいじゃないですか、僕と先輩の仲なんですから」
「あらあらあら、どんな仲なのかしら?」
のりさんが近寄ってきて、興味津々という顔をして私たちを覗き込む。
「あなたは、味のりさん、でしたっけ。先輩とよく一緒に写っている」
「そうです。はじめまして~」
婀娜っぽい仕草で言う彼女に、遠矢くんは鼻の下を伸ばすでもなく平常通りの社交的な笑顔を返しただけだった。それにちょっと安堵してしまった自分にがっかりだ。たった一日一緒にいただけで、すでに少し気持ちが動いているなんて、ちょろすぎる。
(もう、振り回されたくないのに!)
他の子たちの反応からしても、やはり彼は目立つのだろう。大学時代もそうだった。こんな人と付き合って、周囲からの嫉妬や羨望に耐える自信はない。
「どんな仲なのか教えてくださらない? でないと、規約違反で通報しないとならないので」
「しっ、仕事関係者です!」
「そこはせめて大学の後輩って言ってくださいよ」
「どちらでも変わりません!」
ちょっとムキになって言い返すと、もう一枚写真を取られた。不覚だ。
「あらぁ。それで、ほのかちゃんは撮られてもいいのかしら?」
「それはダメです!」
「ここで撮られるのがダメなら、このあと僕のうちでどうです?」
遠矢くんの提案を聞いて、のりさんがにやにやと笑い、他の子たちも興奮した声で囁きあっている。
「そういう仲なのね」
「違いますって! 遠矢くんのうちなんて行ったことないですし!」
「僕が先輩の家に行ったことしかないですもんね」
「また誤解を招く表現を!」
「事実でしょう?」
普段男性とは距離を取っている私の、親しげなやり取りがさらに誤解を加速させてしまったらしく、すっかり「彼氏にコスプレしていることがバレて動揺しているツンデレ彼女」のような扱いを受けるようになってしまった。昨日のことがあるからまったくの事実無根とも言えなくて、だからといってその話をするわけにもいかなくて、うまく場の空気を誘導していく遠矢くんを睨むしかできない。
遠矢くんに対するみんなの感想は、
「化粧映えしそうなイケメンの彼氏うらやま」
「コスプレ趣味に理解のある人でよかったじゃない」
「二人で併せしないんですか?」
といったところだ。
ちなみに、最後の質問に対しては、遠矢くんが「それも面白そうですね」と言ったので、大いに期待されているだろう。正直、私もこれまでに、どんなコスプレをさせたら似合うかという妄想はたくさんしてきた。逸材すぎるのだ。染めてもいないのに綺麗なふわふわの金髪に、鼻筋の通ったすっきりした顔。
のりさんにはこっそり「今度詳しい話、絶対に聞かせてね」と言われてしまった。
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