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日曜日2
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数時間後、私はコスプレイベント会場に立っていた。
そう、普段は地味な服装に眼鏡をかけ、真面目で目立たない女を心がけているけれど、私の趣味はコスプレだ。もちろん2次元の好きあってこそのコスプレだし、他人がしているのを見るのも好きだ。自分のコスプレにお金をかけているのでほどほどにだけど、2.5次元の舞台鑑賞もする。
そんな、生粋の3次元苦手、2次元好き、2.5次元は2次元に近づくための飽くなき努力! 派なのである。
(ああ、間に合った。あれから立ち上がるのに時間がかかって、遅刻するかと思った……。なんで腰が抜けた人間を放って立ち去るかな!?)
そう心で罵っても、あれ以上一緒にいたらいろいろ危なかったと思うから、離れてくれてありがたくもある。正直、なかなか回復せずに這いずるようにしてリビングに戻ったのは忘れられない。
(いや、忘れたいかも)
もう二度とあんなキスもセックスもしないのだ。早く忘れないと心のバランスを崩しそうだ。
そんなことを考えながら、衣装を整える。今回用意したのはゲームのキャラクターのファンタジックな衣装。ふんわりしたローブを作るのにかなり苦労した。それを思い出しながら身にまとうだけでウキウキする。
コスプレは楽しい。容易くは私だとわからないくらいに違う自分になって、本名ではないコスネームを名乗って、普段は出会うことのない人たちと交流する非日常感。衣装づくりも好きだ。
正直、最初は怖かったけれど、そう簡単にはバレないし、バレたとしても非難される筋合いはないと開き直ったことで、今は怖がらずに楽しめている。それでも見知らぬ人による撮影は基本的に断るし、小心者なのでエロ系はやらない。自分の普段の服装に比べたら脚や胸元を露出することが多いけれど、普通に街行く若者がしている程度に留めている。
今回はちょっと露出度が高いかもしれないけど、最近メイクも上手くなってきたし、声さえ出さなければたとえ対面していても気づかれることはないのではないかと思う。
「お久しぶり~!」
「おはようございま~す!」
「あれ~? ほのかさん、今日なんかいつもよりつやつやしてません?」
本日併せをする予定の仲間たちから声をかけられる。「ほのか」というのは私のコスネームだ。ほとんどが大学生から20代半ばくらいまでの子たちで、アラサーの私は最年長だ。
「えっ、え、そうですか?」
曖昧に笑ったけれど、そうなのだ。ここ最近では最高にお肌の調子が良い。身体は少し怠いのに、なんだか肌触りも違う気がする。
「そうですよ~。羨ましいです! イベント日に肌の調子合わせるの、なかなか大変ですよね」
それ以上突っ込まれず、ありきたりな会話に移行して、少しホッとする。
(突っ込まれなくてよかった。ていうか、セックス最強かよ……)
悔しいけれど、そのおかげとしか思えない。息を吐いていると、唯一同い年の、妖艶な美女が近づいてきた。垂れ目に泣きぼくろがセクシーだが、彼女の素顔は吊り目で、目つきがきついと思われるのが悩みだというのを知っている。
「ほのかちゃん、何かいいことあったでしょう?」
「い、いえ、いいことでは……」
「あら? 女性ホルモンみなぎってる感じですよ。少し気怠そうなところがまた……。うふ……」
悪役の黒魔術師らしく濃い色が塗られた唇が弧を描き、長く伸ばした爪でそっと顎に触れられる。ビクッと身体が反応しそうになるのを最低限に抑え、無表情を装って見上げれば、彼女は目を細めて笑った。
「あー、もう始めてるんですか!?」
「今の、のりさんとほのかさん、よかったよね。誰か撮った?」
「私撮りました! スマホのカメラですけど。あー、ちゃんと撮りたかった!」
別の方向に向かいかけていた仲間がいつの間にか戻ってきて私たちを取り囲んでいた。のりさんの黒魔術師は妖艶、私の白魔術師は無口無表情なキャラクターだから、その通りの演技をしているように見えたのだと思う。
ちなみに、のりさんの本当のコスネームは「味のり」だ。インパクトがありすぎてイメージと合わないから、だいたい「のりさん」と呼ばれている。
「ふふふ、今度、お話聞かせてくださいね?」
ウィンクされたのにも、役を作っているフリをして無言で返す。
のりさんは一番仲が良いコスプレ仲間で、二人でセットとなる今回の衣装もかなりたくさん相談しあって作り上げた。材料も一緒に買いに行ったし、しょっちゅうさぎょいぷしていた。私に彼氏がいないことも、男性がちょっと苦手なことも、三次元への関心が枯れ果てていることも、彼女は知っている。
ただ、のりさんはちょっと、恋愛ネタや下ネタが好きすぎる人なのだ。特に下ネタは二次元三次元問わず好物である。私は生身の男性が苦手なだけで、話を聞くのは特に嫌いではないし、二次元で読む分にはむしろ好きなくらいだけれど。
(自分の三次元リアルタイム経験を聞かれるなんて想像してなかったよ!)
好奇心に輝くのりさんの瞳を見ていると、今後が不安になった。きっと追求は厳しいだろう。でも、あんなことやこんなことを自分の口から話すなんて想像しただけで無理だ。
思わず遠い目になってしまったら、「その表情、すごい『ぽい』ですよ! 今日、本当にほのかさん絶好調ですね!」などと他の子たちに言われてしまった。
そう、普段は地味な服装に眼鏡をかけ、真面目で目立たない女を心がけているけれど、私の趣味はコスプレだ。もちろん2次元の好きあってこそのコスプレだし、他人がしているのを見るのも好きだ。自分のコスプレにお金をかけているのでほどほどにだけど、2.5次元の舞台鑑賞もする。
そんな、生粋の3次元苦手、2次元好き、2.5次元は2次元に近づくための飽くなき努力! 派なのである。
(ああ、間に合った。あれから立ち上がるのに時間がかかって、遅刻するかと思った……。なんで腰が抜けた人間を放って立ち去るかな!?)
そう心で罵っても、あれ以上一緒にいたらいろいろ危なかったと思うから、離れてくれてありがたくもある。正直、なかなか回復せずに這いずるようにしてリビングに戻ったのは忘れられない。
(いや、忘れたいかも)
もう二度とあんなキスもセックスもしないのだ。早く忘れないと心のバランスを崩しそうだ。
そんなことを考えながら、衣装を整える。今回用意したのはゲームのキャラクターのファンタジックな衣装。ふんわりしたローブを作るのにかなり苦労した。それを思い出しながら身にまとうだけでウキウキする。
コスプレは楽しい。容易くは私だとわからないくらいに違う自分になって、本名ではないコスネームを名乗って、普段は出会うことのない人たちと交流する非日常感。衣装づくりも好きだ。
正直、最初は怖かったけれど、そう簡単にはバレないし、バレたとしても非難される筋合いはないと開き直ったことで、今は怖がらずに楽しめている。それでも見知らぬ人による撮影は基本的に断るし、小心者なのでエロ系はやらない。自分の普段の服装に比べたら脚や胸元を露出することが多いけれど、普通に街行く若者がしている程度に留めている。
今回はちょっと露出度が高いかもしれないけど、最近メイクも上手くなってきたし、声さえ出さなければたとえ対面していても気づかれることはないのではないかと思う。
「お久しぶり~!」
「おはようございま~す!」
「あれ~? ほのかさん、今日なんかいつもよりつやつやしてません?」
本日併せをする予定の仲間たちから声をかけられる。「ほのか」というのは私のコスネームだ。ほとんどが大学生から20代半ばくらいまでの子たちで、アラサーの私は最年長だ。
「えっ、え、そうですか?」
曖昧に笑ったけれど、そうなのだ。ここ最近では最高にお肌の調子が良い。身体は少し怠いのに、なんだか肌触りも違う気がする。
「そうですよ~。羨ましいです! イベント日に肌の調子合わせるの、なかなか大変ですよね」
それ以上突っ込まれず、ありきたりな会話に移行して、少しホッとする。
(突っ込まれなくてよかった。ていうか、セックス最強かよ……)
悔しいけれど、そのおかげとしか思えない。息を吐いていると、唯一同い年の、妖艶な美女が近づいてきた。垂れ目に泣きぼくろがセクシーだが、彼女の素顔は吊り目で、目つきがきついと思われるのが悩みだというのを知っている。
「ほのかちゃん、何かいいことあったでしょう?」
「い、いえ、いいことでは……」
「あら? 女性ホルモンみなぎってる感じですよ。少し気怠そうなところがまた……。うふ……」
悪役の黒魔術師らしく濃い色が塗られた唇が弧を描き、長く伸ばした爪でそっと顎に触れられる。ビクッと身体が反応しそうになるのを最低限に抑え、無表情を装って見上げれば、彼女は目を細めて笑った。
「あー、もう始めてるんですか!?」
「今の、のりさんとほのかさん、よかったよね。誰か撮った?」
「私撮りました! スマホのカメラですけど。あー、ちゃんと撮りたかった!」
別の方向に向かいかけていた仲間がいつの間にか戻ってきて私たちを取り囲んでいた。のりさんの黒魔術師は妖艶、私の白魔術師は無口無表情なキャラクターだから、その通りの演技をしているように見えたのだと思う。
ちなみに、のりさんの本当のコスネームは「味のり」だ。インパクトがありすぎてイメージと合わないから、だいたい「のりさん」と呼ばれている。
「ふふふ、今度、お話聞かせてくださいね?」
ウィンクされたのにも、役を作っているフリをして無言で返す。
のりさんは一番仲が良いコスプレ仲間で、二人でセットとなる今回の衣装もかなりたくさん相談しあって作り上げた。材料も一緒に買いに行ったし、しょっちゅうさぎょいぷしていた。私に彼氏がいないことも、男性がちょっと苦手なことも、三次元への関心が枯れ果てていることも、彼女は知っている。
ただ、のりさんはちょっと、恋愛ネタや下ネタが好きすぎる人なのだ。特に下ネタは二次元三次元問わず好物である。私は生身の男性が苦手なだけで、話を聞くのは特に嫌いではないし、二次元で読む分にはむしろ好きなくらいだけれど。
(自分の三次元リアルタイム経験を聞かれるなんて想像してなかったよ!)
好奇心に輝くのりさんの瞳を見ていると、今後が不安になった。きっと追求は厳しいだろう。でも、あんなことやこんなことを自分の口から話すなんて想像しただけで無理だ。
思わず遠い目になってしまったら、「その表情、すごい『ぽい』ですよ! 今日、本当にほのかさん絶好調ですね!」などと他の子たちに言われてしまった。
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