上 下
4 / 16

2 お孫様の侍女になりました(後)

しおりを挟む
 こうして私は第一王女付きの侍女になった。

 年若い貴族の娘が王宮に上がって侍女をする場合、その内容は王族のお話し相手や手紙の代筆、少しの身支度の手伝いくらいのことが多い。公務が始まれば、そのお付きや事務仕事のお手伝いなどをすることもあるが、基本的には肉体労働ではない。例えば、ドレスを運んだり、湯浴みを手伝ったり、部屋を掃除したりするのはメイドのすることだ。そのあたりの身分の区分けはしっかりしている。

 今回私が求められたのは、お話しやお遊びのお相手と、家庭教師の補佐といったところだ。同世代のお友達とは違って、「お勉強でわからないことがあったら聞いてくださいね」という対応もできるお姉さんポジションである。

 ただ、普通、侍女というのは社交界デビューを済ませた十六歳以上の子女が行儀見習い兼婚活のためにするもので、例外はあるものの、十一歳というのはとても早い。そのため、当面は通いで数日に一回王宮を訪れることになっている。

 私は二回目の今日が楽しみで仕方なかった。

「ルチアお姉さま!」

 何が気に入ったのかわからないが、シシリアーナ様は私のことが随分お気に召したようだ。嬉しいことである。子どもは相手の好意に敏感だと前世の知識が言っているから、私の溢れんばかりの好意に気づいたのかもしれない。

 今日も天気がいいので、広いバルコニーでお茶をする。

「ごきげんよう、シシリアーナ様。先日は本当に失礼いたしました」
「いいのよ。もうだいじょうぶ?」
「ええ、もう元気です」
「よかった! わたくし、お姉さまができると聞いてから、とっても楽しみにしていたのよ。お兄さまたちはなかなか遊んでくれないし、妹はまだ小さいし、家庭教師はみんなおばさまかおばあさまかおじいさまなの」

 まあそうだろう。王家が信頼するほど経験豊富な家庭教師ならばある程度の年齢であろうし、ダンスパートナーはお年を召したおじいさんということになるだろう。

「そのように思っていただけて光栄です。僭越ながら、わたくしも妹ができたようで嬉しいですわ、王女殿下」
「うふふ。私のことはシシリーって呼んで」
「はい、シシリー様」

 シシリー様の上には第一王子と第二王子がいて、妹の第二王女と合わせて四人兄弟だ。私は兄が一人と姉が一人。お互い、姉が、妹が、欲しいと思っていたのかもしれない。喜んで愛称を呼ばせていただく。

「そうそう、シシリー様は皇太后様に似ていらっしゃるとお聞きしました」

 そのあたりは事前に、シシリー様にお会いして王家の方々に興味をもったというふりをして、両親からきちんと聞いている。王妃様もとてもお綺麗な方だけれど、金髪はストレートだし、瞳の色も違う。王様は男性的な印象の方だから、瞳の色が同じでもあまり似ているとは感じない。しかし、私が知っているシルヴィア様とはそっくりだった。

「そうなのよ。あっ、おばあさまの若い頃の肖像画、見たい?」
「はい! ぜひ拝見したいです」
「じゃあ、今日は絵の廊下に行きましょう!」

 シシリー様が私の手を引いて部屋を出ようとする。いいのかしらとお付きの護衛とメイドを見ると、笑って頷いてくれたので問題ないようだ。シシリー様はスキップでもしそうな足取りで重厚な絨毯の敷かれた廊下を進む。

「絵の廊下というのは、肖像画の回廊のことでして、歴代の王族の肖像画が飾られています。その奥は絵画の保管庫で、皇太后様のお若い頃の肖像画はそちらに保管されています」

 背の高い、母くらいの年齢のメイドが説明してくれた。なるほど、だからさっきメイドが一人、急ぎ足でどこかへ向かったのね。

「わざわざありがとうございます」
「いえいえ、シシリー様の喜びがわれわれの喜びですから」

 きりりとしたメイドに、(その気持ちわかるわー)と内心頷く。それが通じたのか、メイドは「メアリーと申します」と友好的に自己紹介してくれた。王妃さまにもお仕えしたことがある古株で、王宮勤めに骨を埋めるつもりらしい。
 同志としてシシリー様を見守っていこうと改めて決意していると、シシリー様が手を引っ張った。

「おばあさまはね、デビュタントのときの舞踏会でおじいさまに出会って、おじいさまの方が一目惚れしたのですって! とっても素敵な恋をして、結婚したのよ。わたくしの憧れなの!」

 目を輝かせて恋に恋する少女は、とても眩しい。

 そして私にとっては、乙女ゲームの物語がリアルな歴史として語られるのは、とても不思議だけれど心躍ることだった。やはり、それをその目で見たあと転生していった人物がいたに違いない。証明することはできないけれど、私はそう思うようになった。

 シシリー様もいつか乙女ゲームのような恋をするのだろう。

(私は脇役として側でそれを観察したい)

 保管庫のすぐわかる場所に保存されていたシルヴィア様の肖像画を見て思う。

 そう、私に足りなかったものの一つは萌えなのだ!

 ただ、問題が一つだけある。
 この世界は、「十八禁」乙女ゲームの世界なのだ。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

義弟の為に悪役令嬢になったけど何故か義弟がヒロインに会う前にヤンデレ化している件。

あの
恋愛
交通事故で死んだら、大好きな乙女ゲームの世界に転生してしまった。けど、、ヒロインじゃなくて攻略対象の義姉の悪役令嬢!? ゲームで推しキャラだったヤンデレ義弟に嫌われるのは胸が痛いけど幸せになってもらうために悪役になろう!と思ったのだけれど ヒロインに会う前にヤンデレ化してしまったのです。 ※初めて書くので設定などごちゃごちゃかもしれませんが暖かく見守ってください。

黒の神官と夜のお世話役

苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました

地味女で喪女でもよく濡れる。~俺様海運王に開発されました~

あこや(亜胡夜カイ)
恋愛
新米学芸員の工藤貴奈(くどうあてな)は、自他ともに認める地味女で喪女だが、素敵な思い出がある。卒業旅行で訪れたギリシャで出会った美麗な男とのワンナイトラブだ。文字通り「ワンナイト」のつもりだったのに、なぜか貴奈に執着した男は日本へやってきた。貴奈が所属する博物館を含むグループ企業を丸ごと買収、CEOとして乗り込んできたのだ。「お前は俺が開発する」と宣言して、貴奈を学芸員兼秘書として側に置くという。彼氏いない歴=年齢、好きな相手は壁画の住人、「だったはず」の貴奈は、昼も夜も彼の執着に翻弄され、やがて体が応えるように……

旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします

暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。 いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。 子を身ごもってからでは遅いのです。 あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」 伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。 女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。 妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。 だから恥じた。 「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。 本当に恥ずかしい… 私は潔く身を引くことにしますわ………」 そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。 「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。 私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。 手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。 そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」 こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

明智さんちの旦那さんたちR

明智 颯茄
恋愛
 あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。  奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。  ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。  *BL描写あり  毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁

結城芙由奈 
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】 妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。

処理中です...