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2 お孫様の侍女になりました(後)
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こうして私は第一王女付きの侍女になった。
年若い貴族の娘が王宮に上がって侍女をする場合、その内容は王族のお話し相手や手紙の代筆、少しの身支度の手伝いくらいのことが多い。公務が始まれば、そのお付きや事務仕事のお手伝いなどをすることもあるが、基本的には肉体労働ではない。例えば、ドレスを運んだり、湯浴みを手伝ったり、部屋を掃除したりするのはメイドのすることだ。そのあたりの身分の区分けはしっかりしている。
今回私が求められたのは、お話しやお遊びのお相手と、家庭教師の補佐といったところだ。同世代のお友達とは違って、「お勉強でわからないことがあったら聞いてくださいね」という対応もできるお姉さんポジションである。
ただ、普通、侍女というのは社交界デビューを済ませた十六歳以上の子女が行儀見習い兼婚活のためにするもので、例外はあるものの、十一歳というのはとても早い。そのため、当面は通いで数日に一回王宮を訪れることになっている。
私は二回目の今日が楽しみで仕方なかった。
「ルチアお姉さま!」
何が気に入ったのかわからないが、シシリアーナ様は私のことが随分お気に召したようだ。嬉しいことである。子どもは相手の好意に敏感だと前世の知識が言っているから、私の溢れんばかりの好意に気づいたのかもしれない。
今日も天気がいいので、広いバルコニーでお茶をする。
「ごきげんよう、シシリアーナ様。先日は本当に失礼いたしました」
「いいのよ。もうだいじょうぶ?」
「ええ、もう元気です」
「よかった! わたくし、お姉さまができると聞いてから、とっても楽しみにしていたのよ。お兄さまたちはなかなか遊んでくれないし、妹はまだ小さいし、家庭教師はみんなおばさまかおばあさまかおじいさまなの」
まあそうだろう。王家が信頼するほど経験豊富な家庭教師ならばある程度の年齢であろうし、ダンスパートナーはお年を召したおじいさんということになるだろう。
「そのように思っていただけて光栄です。僭越ながら、わたくしも妹ができたようで嬉しいですわ、王女殿下」
「うふふ。私のことはシシリーって呼んで」
「はい、シシリー様」
シシリー様の上には第一王子と第二王子がいて、妹の第二王女と合わせて四人兄弟だ。私は兄が一人と姉が一人。お互い、姉が、妹が、欲しいと思っていたのかもしれない。喜んで愛称を呼ばせていただく。
「そうそう、シシリー様は皇太后様に似ていらっしゃるとお聞きしました」
そのあたりは事前に、シシリー様にお会いして王家の方々に興味をもったというふりをして、両親からきちんと聞いている。王妃様もとてもお綺麗な方だけれど、金髪はストレートだし、瞳の色も違う。王様は男性的な印象の方だから、瞳の色が同じでもあまり似ているとは感じない。しかし、私が知っているシルヴィア様とはそっくりだった。
「そうなのよ。あっ、おばあさまの若い頃の肖像画、見たい?」
「はい! ぜひ拝見したいです」
「じゃあ、今日は絵の廊下に行きましょう!」
シシリー様が私の手を引いて部屋を出ようとする。いいのかしらとお付きの護衛とメイドを見ると、笑って頷いてくれたので問題ないようだ。シシリー様はスキップでもしそうな足取りで重厚な絨毯の敷かれた廊下を進む。
「絵の廊下というのは、肖像画の回廊のことでして、歴代の王族の肖像画が飾られています。その奥は絵画の保管庫で、皇太后様のお若い頃の肖像画はそちらに保管されています」
背の高い、母くらいの年齢のメイドが説明してくれた。なるほど、だからさっきメイドが一人、急ぎ足でどこかへ向かったのね。
「わざわざありがとうございます」
「いえいえ、シシリー様の喜びがわれわれの喜びですから」
きりりとしたメイドに、(その気持ちわかるわー)と内心頷く。それが通じたのか、メイドは「メアリーと申します」と友好的に自己紹介してくれた。王妃さまにもお仕えしたことがある古株で、王宮勤めに骨を埋めるつもりらしい。
同志としてシシリー様を見守っていこうと改めて決意していると、シシリー様が手を引っ張った。
「おばあさまはね、デビュタントのときの舞踏会でおじいさまに出会って、おじいさまの方が一目惚れしたのですって! とっても素敵な恋をして、結婚したのよ。わたくしの憧れなの!」
目を輝かせて恋に恋する少女は、とても眩しい。
そして私にとっては、乙女ゲームの物語がリアルな歴史として語られるのは、とても不思議だけれど心躍ることだった。やはり、それをその目で見たあと転生していった人物がいたに違いない。証明することはできないけれど、私はそう思うようになった。
シシリー様もいつか乙女ゲームのような恋をするのだろう。
(私は脇役として側でそれを観察したい)
保管庫のすぐわかる場所に保存されていたシルヴィア様の肖像画を見て思う。
そう、私に足りなかったものの一つは萌えなのだ!
ただ、問題が一つだけある。
この世界は、「十八禁」乙女ゲームの世界なのだ。
年若い貴族の娘が王宮に上がって侍女をする場合、その内容は王族のお話し相手や手紙の代筆、少しの身支度の手伝いくらいのことが多い。公務が始まれば、そのお付きや事務仕事のお手伝いなどをすることもあるが、基本的には肉体労働ではない。例えば、ドレスを運んだり、湯浴みを手伝ったり、部屋を掃除したりするのはメイドのすることだ。そのあたりの身分の区分けはしっかりしている。
今回私が求められたのは、お話しやお遊びのお相手と、家庭教師の補佐といったところだ。同世代のお友達とは違って、「お勉強でわからないことがあったら聞いてくださいね」という対応もできるお姉さんポジションである。
ただ、普通、侍女というのは社交界デビューを済ませた十六歳以上の子女が行儀見習い兼婚活のためにするもので、例外はあるものの、十一歳というのはとても早い。そのため、当面は通いで数日に一回王宮を訪れることになっている。
私は二回目の今日が楽しみで仕方なかった。
「ルチアお姉さま!」
何が気に入ったのかわからないが、シシリアーナ様は私のことが随分お気に召したようだ。嬉しいことである。子どもは相手の好意に敏感だと前世の知識が言っているから、私の溢れんばかりの好意に気づいたのかもしれない。
今日も天気がいいので、広いバルコニーでお茶をする。
「ごきげんよう、シシリアーナ様。先日は本当に失礼いたしました」
「いいのよ。もうだいじょうぶ?」
「ええ、もう元気です」
「よかった! わたくし、お姉さまができると聞いてから、とっても楽しみにしていたのよ。お兄さまたちはなかなか遊んでくれないし、妹はまだ小さいし、家庭教師はみんなおばさまかおばあさまかおじいさまなの」
まあそうだろう。王家が信頼するほど経験豊富な家庭教師ならばある程度の年齢であろうし、ダンスパートナーはお年を召したおじいさんということになるだろう。
「そのように思っていただけて光栄です。僭越ながら、わたくしも妹ができたようで嬉しいですわ、王女殿下」
「うふふ。私のことはシシリーって呼んで」
「はい、シシリー様」
シシリー様の上には第一王子と第二王子がいて、妹の第二王女と合わせて四人兄弟だ。私は兄が一人と姉が一人。お互い、姉が、妹が、欲しいと思っていたのかもしれない。喜んで愛称を呼ばせていただく。
「そうそう、シシリー様は皇太后様に似ていらっしゃるとお聞きしました」
そのあたりは事前に、シシリー様にお会いして王家の方々に興味をもったというふりをして、両親からきちんと聞いている。王妃様もとてもお綺麗な方だけれど、金髪はストレートだし、瞳の色も違う。王様は男性的な印象の方だから、瞳の色が同じでもあまり似ているとは感じない。しかし、私が知っているシルヴィア様とはそっくりだった。
「そうなのよ。あっ、おばあさまの若い頃の肖像画、見たい?」
「はい! ぜひ拝見したいです」
「じゃあ、今日は絵の廊下に行きましょう!」
シシリー様が私の手を引いて部屋を出ようとする。いいのかしらとお付きの護衛とメイドを見ると、笑って頷いてくれたので問題ないようだ。シシリー様はスキップでもしそうな足取りで重厚な絨毯の敷かれた廊下を進む。
「絵の廊下というのは、肖像画の回廊のことでして、歴代の王族の肖像画が飾られています。その奥は絵画の保管庫で、皇太后様のお若い頃の肖像画はそちらに保管されています」
背の高い、母くらいの年齢のメイドが説明してくれた。なるほど、だからさっきメイドが一人、急ぎ足でどこかへ向かったのね。
「わざわざありがとうございます」
「いえいえ、シシリー様の喜びがわれわれの喜びですから」
きりりとしたメイドに、(その気持ちわかるわー)と内心頷く。それが通じたのか、メイドは「メアリーと申します」と友好的に自己紹介してくれた。王妃さまにもお仕えしたことがある古株で、王宮勤めに骨を埋めるつもりらしい。
同志としてシシリー様を見守っていこうと改めて決意していると、シシリー様が手を引っ張った。
「おばあさまはね、デビュタントのときの舞踏会でおじいさまに出会って、おじいさまの方が一目惚れしたのですって! とっても素敵な恋をして、結婚したのよ。わたくしの憧れなの!」
目を輝かせて恋に恋する少女は、とても眩しい。
そして私にとっては、乙女ゲームの物語がリアルな歴史として語られるのは、とても不思議だけれど心躍ることだった。やはり、それをその目で見たあと転生していった人物がいたに違いない。証明することはできないけれど、私はそう思うようになった。
シシリー様もいつか乙女ゲームのような恋をするのだろう。
(私は脇役として側でそれを観察したい)
保管庫のすぐわかる場所に保存されていたシルヴィア様の肖像画を見て思う。
そう、私に足りなかったものの一つは萌えなのだ!
ただ、問題が一つだけある。
この世界は、「十八禁」乙女ゲームの世界なのだ。
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