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始まりに向かう終わり
しおりを挟む王妃の身体は、塔から持ち出し火葬し見晴らしの良い丘の上にひっそりと埋葬した。
あそこには既に、死体がもう一つある。
私が部屋に入った時には既に、王太后は死んでいた。そう国王陛下には説明をした。
陛下は「そうか。良くやった。」とだけ言った。
彼女が元王妃として、元国王と一緒に埋葬されるのは余りにも憐れだ。あのメイドは忠義心の強い者だったのだろう。死者に望みは聞けないが、きっと王太后の為ならばと許してくれるだろう。
死後の世界があるというのならば、今度は何物にも縛られず、愛する者と共にいれることを祈るばかりだ。
「ルイ、なんであそこにいたの。誰が教えたの。」
「カーラさんが教えてくれました。あの場所にいたのは、リル様…いえ、閣下がもう一人で何もかもを背負わなくても良いように。俺をもう、蚊帳の外にしないように。」
蚊帳の外…。
かなり巻き込んでしまったと思っていたのに、この子はそんなことを思っていたのか。
「…あなた達には、温かい道を進んで欲しかった。」
人を殺さなくても良い未来を、選んで欲しかった。汚い仕事のことなんて知らずに。あの村でずっと幸せに生きていてくれるのなら、それで良かった。悪ガキのままでいてくれるなら良かったのに。
「俺はっ!俺はそれじゃ嫌なんです!知らないうちにリル様に守られて、リル様だけが知らない所で傷付いて…。いつだって、あなたに追いつけるのはマスターだけ。………俺は確かにマスターほど強くはないけれど、それでもあなたを守りたいんです。」
「ルイ・ベラン男爵。」
私は敢えて、彼を爵位で呼んだ。
今の彼は男爵。私情で動いていい立場ではない筈だ。
「…………。俺が何で男爵になったか分かりますか?……リル様に追い付く為です。あなたは責任感が強いから、後継者が育った後、何かあったら意の沿わない結婚もしかねない。だからこそ、その時に結婚を申し込めるように、貴族になったんです。」
彼が爵位を得たのは、矢張り私情によるものだった。彼は、今も昔も、私しか見ていない。
彼の気持ちに応えることが出来たのならばどれだけ良かっただろうか。だけど私は、やっぱりあの人を忘れることが出来そうになかった。
「私は…。」
「リル様。俺は貴女がずっと誰かを想ったままでも良いんです。だからどうか俺のことも忘れないでください。」
見透かされたようにそう言われ、言葉に詰まった。この子にはクロウ様のことは話していない筈なのに。
近付いてくる彼の手を思わず避ける。
「あなたは貴族として、結婚をして子を儲けなければなりません。」
一歩一歩近付いてくる彼からそっと離れながら言えば、
「そんなもの、リル様みたいに養子を取れば良い。どうせサヨとランダのところに沢山産まれますよ。」
と返されてしまう。
「……あの二人の子なら、きっと素直で可愛くて、魔法の才にも長けているでしょうね。」
ふと、二人が子どもに囲まれて幸せそうにしている絵が浮かぶ。そんな将来が来たら、大陸一の絵師を探して残しておこう。
「リル様、全く違うことを考えていませんか?」
「二人とも、幸せになると良いね。」
「そうですね…ってそうではなくて!」
はぁ、とルイが溜息を零した。
頭を抱える仕草がどうにも色っぽい。彼には沢山の令嬢から見合い話が来ているという。うまく纏まれば良いなと思って、最近少し動き始めていたのに。
「…勝手に俺の縁談を組もうとしてるの、知ってますからね。」
元々貴族的な顔立ちで、仕草もどこか上品なルイは、戦時で活躍した経歴もあって近付いてくる貴族も多い。
だからこそ、きちんと調べた上で彼に最良の娘と一緒になってほしいと思っていたのに。
彼はそれは不満だと言う。
「私は、公爵です。例えこの位を退いたとしても、公爵家の女と新興貴族では釣り合わないと見る人も多いですよ。」
「…だったら、もっと国のために功績を立てて出世しますよ。貴女のために。」
地位が足りなければ出世をするというルイに、どう返したとしても意味はなさそうで、言葉に詰まる。
そんな私に、ルイは優しく微笑むのだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
それから数ヶ月が経った。
今日はミキ様達が帝国へと向かう日である。
帝国は戦が終わった後、当初の要望通り奴隷の解放を要求してきた。
そして、王国の政治に干渉して来ない条件として、勇者の身柄を引き渡すことを求めたのだ。
歴史的に帝国は勇者に負け続けてきたのだから、これは真っ当な条件だ。しかも、勇者達を酷い目には合わせず、元の世界へ帰る方法も花しぐれと共に探してくれるという。
戦後の混乱の中、奴隷を解放するための法整備に時間が掛かり、今日になってしまった。奴隷の中には喜ぶ者もいたが、とうに家族とは離れ離れになり複雑な心境をかかえているようで晴れない顔の者もいた。
勇者達…ミキ様、ヤマダ、ユウキの三人が、解放された帝国の民数百人を連れて旅立つ日。
ヤマダとユウキはあの日、ミキ様に敗北し捕らえられ今まで隔離されていた。負けた当初は落ち込んだ様子の二人だったが、直に気力を取り戻していったのだという。
久し振りに集まった面々で別れを惜しむ。
「ミキ!元気でな!」
「身体に気をつけてね!」
「なんかあったらいつでも呼んで。」
「まあ…元気で。」
「あなたがいないと張り合いがありませんわ。」
「みんなありがとー」
すっかり仲良くなった子供達…いや、もう彼等は子供ではない。出会った頃よりもずっと大人びた顔をした六人が、握手やハグをし合う。そして、ミキ様は私を振り返ると、
「ししょー、今までありがとうございました!」
ペコリ、と頭を下げた。
「お元気で。」
「お主らには世話になったのう。」
「もう花しぐれの世話をしなくて良くなって私はせいせいするけどねー。」
花しぐれもミキ様の影からひょいと出てきて簡単に挨拶をする。久し振りに故郷に帰れることが嬉しいのだろう、どこかバツの悪そうな、照れたような笑みを浮かべていた。
「それじゃー、出発するかー」
この人数を帝国まで運ぶのは私やカーラ師でも難しい。そんな訳で、歩いていくことになったという。道中危険な魔物のいるエリアもあるが…きっと今のミキ様なら、大丈夫だろう。
「待ちなさい!!」
遠くから砂埃を立てて、何かが迫ってくる。それはよく見ると、ルーナだった。後ろにはいつもルーナが連れている、道行く先々で助けてきた人々が列を成していた。
「ルーナ!!」
ヤマダが列から出てルーナに駆け寄った。
出発を彼女に手紙で教えたのは私だった。既に勇者二人は死んだと思っていた彼女は凄く驚いたようだが…。
「あたしも行くわ。この国にはもう、仕事もないもの。」
彼女はこちらをちらりと見て、目を逸らした。
第二王子…国王陛下は約束通り、公娼の制度を廃止してくれた。多額の借金から解放され、それぞれの道を選ぶ。
私と彼女はもう他人だ。リリスではなくなった私が、冒険者をしていたラダは兎も角、元公娼のルーナと知り合いではあってはならない。
ルーナもそれが分かっているようで、私を見ても頭を下げることはあるが、話しかけてくることはない。
それが酷く淋しい。
ヤマダとルーナは少し揉めたが…彼女が連れている者達が手練れだったこともあり、結局は付いていくことになった。
彼女は私と通り過ぎ様、
「ありがと。……帝国にも遊びに来なさいよね。」
ぼそ、と呟いた。そして、
「じゃーねー。」
とミキ様の間延びした声と共に、長い、長い行列が動き出す。
ピーーッッ、魔獣の鳥が、彼女達の頭上を旋回し、ゆっくりと私の腕に止まった。
『アドラー公爵。仕事だ。』
国王陛下の声で、鳥が話した。
『ノーク領で反乱の気配有り。急ぎ、調査せよ。』
ノーク領…第一王子のあの人の土地だ。
心の痛みに気が付かないふりをして、私は諾と答える。
「踊り子ぴょん…。私も行くよ。」
マスターがそっと私の肩に手を添える。他の人には国王陛下の声は聞こえていなかったようだ。
「お願いします。」
私の復讐は終わった。
復讐のことばかり考えてきた私には、この先どうやって生きていけば良いのか検討も付かないけれど。
それでも、大切な人をもう二度と失わないように守りたい。
生ぬるい風が、私のドレスの間を吹き抜けて行った。
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