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あなたとなら死んでも良いと思っていた
しおりを挟む「もう、良いです。クロウ様…。もう大丈夫です。」
私は尚も話そうとする彼の口を手で塞いだ。
彼の幼少期は恵まれないものだったと思う。そしてそれは、彼だけのせいでは無かった。
確かに、王妃と父は正式に婚約していた訳では無かった。しかし母と親しくなり、自分を恨む男が嫌がらせのように婚約する予定だった女を孕ませた。
全く関係のないことだという顔をするのは…余りにも身勝手ではないだろうか。
尊敬する父だが、私は父に対して憤りのようなものも感じる。
王妃は懸想する男に見捨てられ自分を汚した男の妻となり、その男の子どもの母となった。
どれだけ辛い思いをしただろうか。そしてそんな王妃の狂気を目の前で見ていた彼も…。
頬に落ちる涙は止められず、どうしようもない感情に飲み込まれそうになる。
「リリス…。こんな話をしてすまない。悪いのは全て私なのだ。私が……。」
確かに、この人に悪いところがなかったとは思わない。例え弟のほうが優秀であろうと、心を許せる相手が誰もおらず自分を認めてくれる人がいなくても、努力すべきだったのだ。
それが王族や貴族の務めであり、私情に流されることなく成すべきことを成すのが王というものである。
しかし、彼にそれを求めるのは酷だろう。先王に仕えていた良心的な貴族というのは当時既に宮廷を離れており、周囲には王に取り入り甘い蜜を吸おうと寄るような貴族ばかり。手本になる筈の国王ですら堕落しているのだから。
私は痩せ細った彼の手を握りしめた。
いつから食べていないのだろう。
「……クロウ様、これはリリスとしての最後の言葉になります。」
遠くから物凄い速さで走ってくる魔力を感じた。マスターだろうと思う。彼女は既に私に臣下の誓いをしてくれた。だからこそ、彼女が来れば私はアドラー公爵に戻らねばならない。
「投降して、どうか生き抜いてください。」
彼には生きていて欲しかった。これが私の本心だ。彼が息を呑むのが聞こえた。リリスとして、ただの女として生きることは私にはもう出来ない。
だがここで彼を亡くしてしまうのは、私には辛すぎた。
「……まさかそなたにそんなことを頼まれるとはな…。」
苦笑いをした彼がそっと私の頬に手を添えた。ひんやりとした手が私の体温を奪っていく。
「私の財産をくれと言うのならば、いくらでもくれてやるというのに。」
彼の言葉に首を振る。そんなものはいらなかった。弱々しい彼の微笑みが、私の望みを叶えることは出来ないと言っているようで恐ろしい。」
「リリス。愛してるよ。だからこそ、私がそなたの為に出来ることをさせてくれ。」
額をそっと撫でるように口付けられた。
冷たい唇に泣きそうになる。
「アドラー公爵令嬢。剣を持ちなさい。」
立ち上がった彼の瞳を見て思う。
あぁ…もう全てどうにもならないのだ。
あなたとなら死んでも良いと思っていたのに。
頬を涙が伝った。
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