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手を伸ばせば届きそうな距離で
しおりを挟む第1王子の方へ向かおうとする敵を牽制し、彼らの前に障壁を張る。
カタカタと小さく震える第1王子に、
「大丈夫です。私が何とかします。」
と声を掛ける。
人を殺したことのない人だ。
戦場になんて来たこともない人だ。
宮廷で心ない言葉を言われても、決して人を貶めるようなことをしないような、王族にも貴族にも向かない人だ。
そんな彼が逃げずに戦おうとしていたことに驚く。
バルド伯爵のように逃げたって良いのに。逃げても誰も文句を言わないような立場にいるというのに。
怯えつつも敵に向けて剣を構えて勇者を守ろうとするなんて。
昔の彼からは考えもつかないような姿だ。
「…リリス?」
揺れる彼の瞳が、私を見つめていた。寧ろ今まで気が付かれていなかったのが不思議なくらいだが、やっと気がついたらしい。
「リリスじゃないか?」
私は答えない。
今の私はリリスではない。答えることは出来なかった。
「…お下がりください。」
「この魔力に香りに…その声はやっぱりリリスだ。何をしておる。そんな危ないところにいないで此方に来い。」
焦ったような声と、障壁から飛び出そうとする彼を、拘束魔法で捉えておく。
「…動かないでください。」
「おい!これを解け!」
敵は残り5人。
ミキ様と背中合わせになり、敵を見据える。
「せんせー、あの人なんかせんせーのこと見ながらサ叫んでるよ。」
「放っておいてください。ちょっと頭弱い人なので。」
「ふうん。」
まあ良いけど、と彼女が剣を握り直す。
「申し訳ありませんが、私たちはここをどきませんよ。」
「…王国は500年前の悲劇を忘れたか。愚かな。」
敵に舌打ちをされ、そう言われる。
彼の言う通り、王国が愚かな選択をしていることは認める。
確かに帝国の方が正しいこともあるのかもしれない。
しかし戦争という手段を取ったこと、その時点でどちらが正しいとかの口論はは意味のないことになってしまった。
戦争は勝ったほうが正しい。
それだけだ。
「邪魔をすると言うなら容赦はしない。」
エルフの魔力が大きく歪み、私は次の攻撃を防ぐため障壁を作る。
瞬間、氷の刃が目の前で散った。
ミキ様が地面を蹴って、魔法の詠唱をしようとしている敵に向かって剣を大きく振りかざす。
紅が飛び散り、相手が力尽きた。
カタ、ミキ様の剣先が少し震える。
「…うっ!」
勇者の一人が吐いた。
ミキ様は一瞬そちらに気を取られそうになるが、そのまま次の敵の方へと向かっていく。
「リリス!これを解け!」
第1王子は未だ拘束を解こうと暴れている。
余り大きな声でリリスと呼ばないで欲しい。
敵の向けた刃の切っ先が私の頬を掠める。
薄く血がにじんだ。
敵の腕を掴み、無防備な腹を蹴り上げる。
「がはっ!」
蹲る敵に、
「確かに王国は間違えているかも知れません。だけど…。」
その先は私も何を言いたいのか分からず、言葉に詰まる。
何も言えないまま敵の首を切り落とし、血を払う。
次の敵を、と目線を移すと先ほどから良く話していたエルフが第1王子と勇者達を睨み、私の張った障壁に向け、大規模な魔法を放とうとしているところだった。
魔力の流れから、魔法を放たれれば私の障壁では持たないと判断する。
飛翔で近づき、剣を振るった。
敵の背中に剣を突き立てる。
「っ!」
障壁が張られていたが、身体強化と属性付与で力尽くで破壊する。
「くそっ!」
敵が慌ててこちらに振り向き、中級程度の魔法を放つ。
肩が少し抉れるが、気にせずにそのまま敵の首を切り落とした。
ミキ様と彼女が対峙する敵の方へと向かい、拘束魔法で縛り上げる。
エルフは一人だけだったようで、彼はただの人間だ。魔法を使うことが出来ないので生け捕りにする。
はあはあと肩で息をするミキ様の肩をぽんと叩く。
「せんせー、私は大丈夫。」
カタカタ震えてるくせに気丈に振る舞う彼女の面子を立てるため、それ以上は何も言わない。
第1王子の拘束を解き、障壁も解除した。
先程吐いていた勇者がヘナヘナと座り込み、泣きながら再度吐瀉した。
それをもう一人の勇者が青い顔のまま背中をさする。
「…星山だろ?無事だったんだな。」
背中を擦るほうがミキ様の方をチラリと見て言った。
「無事も何も。久し振りじゃん。結城。」
積もる話もあるだろうと勇者達が話しているその場をそっと離れ、私は第1王子の元へと向かう。
「…ご無事ですか。」
「リリス…。」
よろよろと近寄る彼の手をさっと避ける。
「私はリリスではありません。金色の踊り子と呼ばれる、しがない冒険者です。」
少し手を伸ばせば触れられそうな距離にいる彼に、震えそうな喉を抑えて、感情の起伏を抑えた声色で告げる。
遠くから、第2王子の旗を持った援軍の戦闘に立つベンがこちらに手を振っていた。
第2王子に報告しなければとさっと彼に背を向ける。
目線の先に、
「殿下ー!勇者様!ご無事でしたか!」
小太りの男が、百人ほどの手勢を連れて来るのが見えた。
バルド伯爵だ。
嫌悪感で全身に鳥肌が立つ。
「…バルド伯。無事だったか。」
「敵襲に遭い、命からがら逃げ出し殿下のために軍勢を整えて参った所存です。…しかし敵は逃げ出したようですな。…ふんっ!邪悪な魔王軍め。この私めに恐をなしたようで。」
馬鹿にしたような酷い言い訳だ。
真っ先に逃げたくせに。
流石の第1王子も微妙な顔をしていた。厚顔無恥とはこのことだと、思わずイラついてしまう。
バルド伯爵が私とミキ様を見て、興味を持ったのか顔を覗き込もうとしてくる。
「戦場に女?噂の冒険者ですかな。」
「と、取り敢えずバルド伯が無事なようで良かった。」
第1王子がさっと私と伯爵の間に入り隠してくれた。
目線で行け、と合図してくれたので頭を下げて下がる。ミキ様の方も勇者様たちとの会話は終わったのか、こちらに向かってきていた。
「頑張りましたね。」
ミキ様に小声で言えば、子どものようにこくんと頷いた。
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