55 / 136
勇者?馬鹿じゃないの
しおりを挟む帝国との停戦が知らせられたのはそれから数日後のことであった。
ティーザー侯爵が停戦するかも、と言っていたがまさかこれ程早いとは。
急なことで、全員が戸惑いを覚える。
異例なほど早期の停戦に、師匠のニヤリと笑った顔が思い出され薄ら寒さすら感じた。
「最低限の兵のみを残して、私は急ぎ王都に帰還せよとのことだ。嫌な予感がする。お前も共に来い。」
第二王子にそう言われ、頷く。
ーーーー
第二王子、護衛数人を連れて転移し、急ぎ王都に戻る。
門を潜った瞬間、お祭り騒ぎの街を見て戸惑いを隠せない。
道行く人々が笑顔で露店を開き、楽しげな音楽まで流れていた。
戦に勝ったわけでもないというのに、一体どういうことなのだろう。
気になるが、今は調査よりも先に城に戻るとのことで急ぎ王城に入る。
最低限の身だしなみを整えてから、王座の間に呼ばれた。
私に何故いるんだ?と注目する貴族もいる中、目の下に隈を浮かべた第一王子を見つけた。
彼は何かをぶつくさと言っており、私には気が付いてない様で安心する。それでも念のため、と第二王子の後ろにそっと隠れた。
「良く帰ってきた!我が息子よ!」
まだ昼間だが既に酔っているのだろうか。顔を赤くした国王陛下が上機嫌に言った。
「国王陛下におかれましてはご機嫌麗しく。」
恭しく礼を取る第二王子の姿は息子というよりも臣下のようだ。
「此度の戦にはお前も苦戦していると聞く。憎き帝国め。しつこく攻めてきおって。」
「陛下にご心労をお掛けしてしまい申し訳ありません。」
淡々と対応する第二王子に流石だなと思う。
内心は苦戦してるのはお前らが援軍を寄越さないからだよ、と思っているのだろうが。
「めでたいことがあったのでな。お前も呼んで祝おうと思って。」
何の脈絡もなく酔っ払った勢いで急にそんなことを言い出す国王に、この国の斜陽の原因を見た。
国王がこれではお父様が生きていてもこの国が以前のような大国になるのは難しかっただろう。と考えていることが知られれば不敬罪で罰せられるようなことを思ってしまう。
「慶事があったのですね。」
淡々と対応する第二王子には感心してしまう。
「そうだ!伝説の勇者様がこの国を救ってくださると言うのだからな!」
は?勇者?馬鹿じゃないの?
そう口に出さなかったことを誉めて貰いたい。いきなりそんなことを言う陛下を、第二王子も訝しげに見つめる。
「五百年程前に我が国を魔の手から救ったという、あのお伽噺の勇者でしょうか?」
一般の認識はそうだ。
勇者と言われてすぐに受け入れられる方が珍しい。
私の脳裏に花しぐれが浮かぶ。彼女はかつて勇者と共に旅をしたと言っていた。
そんな話を聞いていたので実在したことは知っているが、かといってすぐには受け入れることが出来ない。
「そうだ。かつて憎き魔王の手から我々を救ってくださった勇者様が、また私達を救ってくださるのだ。」
「しかし陛下。その人は本当に勇者なのですか?」
騙されているのではないか、と案に告げるが、陛下は何故か「あの方々は本物の勇者だ」、と自信満々だ。
「あの方々?勇者は複数人いるのですか?」
「ああ。二人おられる。一人、余分なものも付いてきたようだが、あれはあれで使い道もあるだろうて。」
全く話が見えない。
しかし、周囲の貴族もめでたい、めでたい、と馬鹿の一つ覚えのように言うばかりで要領を得ない。
「流石クロウだ。良くやってくれた。」
クロウ、という名前を聞いてハッと第一王子を見る。彼の名前はクロウだ。普段呼ばれることの少ない名前だが、王妃と国王陛下、そしてリリスのみがその名前を呼ぶことを知っている。
誉められた本人は聞こえているのか聞こえていないのか無反応だ。以前よりもやつれており、瞼の窪んだ大きな瞳をギョロギョロとさせており、まともな状態には見えない。
「兄上はどうしたのですか。かなりお疲れのご様子ですが。」
第一王子の余りの変貌ぶりに、第二王子も気が付いたのか尋ねる。
「クロウは伝説の魔法を読み解き、勇者召還を果たしたのだ。」
国王陛下が嬉しそうに言う。そしてまためでたいと繰り返した。
そんな馬鹿な。
確かにここ一、二年程様子のおかしいことはあった。忙しいとリリスを呼ぶ頻度が減り、疲労のためかよろけることも増えていた。
そして今の彼の状態を見るに、魔力を連日使いすぎた副作用の時に似ているが、まさかと思う。
彼は魔力量こそ多いが、使える魔法は上級階級の者の中でも平凡そのものだ。勇者召還の魔法など古代魔法の部類にも入るだろう魔法を扱えるとは思えなかった。
もしそれを達成しているのなら、彼は命を削って勇者を召喚した可能性もある。
魔法とはそういうもので、自分の力量に合わないことをすれば、その者の命を削る。
一体何故そんな危険なことを。
一人の魔法使いとしてそう思うが、今の私はリリスではない。第一王子に本当のことを聞くことすら愚か、近付くことも出来ない。
最も、リリスとしてこの場にいたとしても、あの様子の第一王子が女を抱けるとも思えなかった。
私が医者ならこの場に出ることも止めている。
そんな危険な状況であるというのに、誰も彼のことなど気にしておらず、城内は祭り騒ぎのよう浮かれた雰囲気で、それがどうにも不気味に思う。
「陛下、お言葉ですが今の私達は魔王軍ではなく帝国軍と戦っているのです。何故勇者様を?」
「お前は昔から本当に頭が固いな。勇者様は我々の世界の事情などご存じないのだ。私達が魔王だと言ったら帝国の憎き皇帝が魔王になるのだよ。」
「つまりは、ただの国同士のいざこざに、伝説の勇者様を巻き込むと?」
愚かな、という第二王子の内心が伝わってくるようであった。
「黙れ。それ以上はいくら王子とはいえ不敬に処すぞ。」
余りの言い分に開いた口が塞がらない。
この人たちは本気で言っているのだろうか。
その伝説の勇者とやらがどこから来たのかは私も知らない。
しかし、彼らを戦争に巻き込むことの意味は分かっていた。
「これで帝国との長きに渡る戦も終わるだろうて。都合良く向こうから停戦を申し出て来たところだしな。本当に馬鹿な奴らよ。」
「聖戦になさるおつもりですか。」
「聖戦?それは良い。そうだ、これは世界を亜人ども蛮族から救う戦争なのだ。」
「陛下!それは余りにも酷なことです!!」
第二王子が叫ぶも、その叫びは誰にも響かない。
「お前は口煩いな。今日は良い気分なのだ。もう下がれ。」
「陛下!」
抵抗するも衛兵に捕まれ、第二王子と共に外に出された。
一度頭を冷やしてから来いとの伝言があり、第二王子も頭を抱える。
「何と愚かな!」
その言葉が私には虚しく響いたのだった。
26
お気に入りに追加
152
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった
ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます!
僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか?
『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
俺が死んでから始まる物語
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていたポーター(荷物運び)のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもないことは自分でも解っていた。
だが、それでもセレスはパーティに残りたかったので土下座までしてリヒトに情けなくもしがみついた。
余りにしつこいセレスに頭に来たリヒトはつい剣の柄でセレスを殴った…そして、セレスは亡くなった。
そこからこの話は始まる。
セレスには誰にも言った事が無い『秘密』があり、その秘密のせいで、死ぬことは怖く無かった…死から始まるファンタジー此処に開幕
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
異世界に召喚されたが「間違っちゃった」と身勝手な女神に追放されてしまったので、おまけで貰ったスキルで凡人の俺は頑張って生き残ります!
椿紅颯
ファンタジー
神乃勇人(こうのゆうと)はある日、女神ルミナによって異世界へと転移させられる。
しかしまさかのまさか、それは誤転移ということだった。
身勝手な女神により、たった一人だけ仲間外れにされた挙句の果てに粗雑に扱われ、ほぼ投げ捨てられるようなかたちで異世界の地へと下ろされてしまう。
そんな踏んだり蹴ったりな、凡人主人公がおりなす異世界ファンタジー!
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?
シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。
クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。
貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ?
魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。
ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。
私の生活を邪魔をするなら潰すわよ?
1月5日 誤字脱字修正 54話
★━戦闘シーンや猟奇的発言あり
流血シーンあり。
魔法・魔物あり。
ざぁま薄め。
恋愛要素あり。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~
いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。
他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。
「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。
しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。
1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化!
自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働!
「転移者が世界を良くする?」
「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」
追放された少年の第2の人生が、始まる――!
※本作品は他サイト様でも掲載中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる