52 / 136
撤退
しおりを挟む師が消えた後を呆然と見つめ、慌ててマスター達を確認する。
カーラ師との戦闘はギリギリだった。
マスター達を気にする余裕は無い。最低限の身体強化を掛けてはいたがどうなっているやら。
砂埃の多い中、目を凝らして見ると返り血を浴びて着ている鎧が血に染まっている。
しかし大きな怪我はなさそうだ。
他の二人も多少の怪我はしているものの、似たり寄ったりな感じである。
「マスター!」
腰を抜かした男に、無表情で斧を振り落とそうとしているマスターを呼び止めた。
「踊り子ぴょん?どうした?」
先程までの無表情はどうしたのか、ニカッと笑ってこちらを見た。
「第二王子から救援要請です。急ぎ戻ります。」
「了解。止めは?」
「放っておきましょう。」
ふーん、と言って興味なさそうに振り返るマスターだが、どこかほっとしたような顔をしていた。
見逃された男は慌てて逃げていく。
ロア君と炎翼の導き手にも声を掛けて、急ぎ第二王子のいる場所に向かう。
第二王子のいる場所は魔力を探れば分かる。
こういうときだけあの人が身体を交えた相手で良かったと思う。
本隊のいる場所に向かえば、味方がかなり押されているのが見てとれた。
どうやって合流したのかは知らないが、敵軍は二倍ほどいるのではないだろうか。
『皇帝陛下の勝ち。』とは、こういうことだったのだ。
こちらは偽の情報を掴まされ、その間に援軍が合流。そういうことだろう。
第二王子は声を張り上げ、一生懸命に味方を鼓舞している。
自ら馬に乗り、従えた魔獣を使って剣も握り応戦していた。
飛んでいた私は慌てて地に飛び降りる。
「殿下!ご無事ですか。」
「リル。よく戻ってきた。頼めるか。」
頷いて、周囲に倒れているまだ息のある兵を範囲回復で回復させる。
個別での回復の方が効果は高いが仕方ない。
それでも何とか戦線の維持を出来るほどまでになった。ついでにと、掛けられるだけの強化魔法も掛けておく。
この数の差では時間の問題だ。
元より普通の人間で構成されるこちらの軍より、エルフなど亜人と呼ばれる人々も混ざる帝国軍の方が個々の力が強い。
それを何とか騙し騙しでも今まで何とか出来ていたのは、第二王子の手腕に他ならない。
味方がいる以上、私も大規模な魔法は使えない。
剣を握り、一人一人と対峙していく。
時折、遠くから味方を狙う弓兵を魔法で撃退する。
殺しても、殺しても、殺しても。
敵軍の勢いは止まらず、こちらも疲弊していく。
砂埃の中、馬に跨がり来たのはティーザー侯だった。
「殿下。撤退を!殿はこの老いぼれが務めます!」
「分かった。撤退しよう。ティーザー侯、頼んだ。」
お前達も、と言われ私は首を振った。
「マスター。ベン様。殿下を宜しくお願いいたします。」
おい!と声を荒げる王子を、ベンが無理矢理引っ張っていく。
「貴女は行かなくて良いのか。」
ちらり、と侯爵がこちらを見るが瞳の奥が少し揺れていた。
「助太刀します。貴方に死なれては困りますから。」
はっと息を呑み、彼が私を凝視している。
「後で話したい。」
「そうですね。生きて此処を切り抜けることが出来たら、いくらでもお付き合いします。」
「ふっ...楽しみにしている。」
おおよその味方が撤退したのを見送ってから、特級魔法を無詠唱で放つ。
固い音を立てて相手の足元を凍らせることに成功した。
ティーザー侯爵は戦場に千人程の手勢を連れてきたと聞いていたが、今はそれよりも少ないような気もする。
対して相手は4000。
単純な数の差で殿として命を散らす可能性が高い。
「余り前に出ないでくださいね。」
迫りくる大群の前に、足がすくみそうになる。
下腹に力を入れて気合いを入れた。
「उदकम्」
魔力が流れ出て、現れた水が濁流となって敵軍を呑み込む。
「ティーザー侯爵様。此処を離れましょう。」
敵軍が押し流されているのを見送るや否や、後退を告げる。
侯爵は戸惑いつつも、頷き自分の部下たちに合図をして馬を走らせる。
私もその後ろを飛んで追いかける。
稀に濁流から抜け出した魔法使いらしき人間を打ち落としてはただ真っ直ぐ、第二王子たちと合流するために逃げる。
まともにあの軍団とぶつかってはいくらなんでも勝ち目はない。
卑怯と言われようが、まずは逃げることが先決だった。
暫く進むと、本隊と合流できた。
私の顔を見て、第二王子がほっとしたような顔をし、その日は国境まで下がり陣営を組み直すこととなった。
20
お気に入りに追加
147
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった
ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます!
僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか?
『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
クラス転移から逃げ出したイジメられっ子、女神に頼まれ渋々異世界転移するが職業[逃亡者]が無能だと処刑される
こたろう文庫
ファンタジー
日頃からいじめにあっていた影宮 灰人は授業中に突如現れた転移陣によってクラスごと転移されそうになるが、咄嗟の機転により転移を一人だけ回避することに成功する。しかし女神の説得?により結局異世界転移するが、転移先の国王から職業[逃亡者]が無能という理由にて処刑されることになる
初執筆作品になりますので日本語などおかしい部分があるかと思いますが、温かい目で読んで頂き、少しでも面白いと思って頂ければ幸いです。
なろう・カクヨム・アルファポリスにて公開しています
こちらの作品も宜しければお願いします
[イラついた俺は強奪スキルで神からスキルを奪うことにしました。神の力で学園最強に・・・]
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる