29 / 136
悲願
しおりを挟む「エイデンお兄様。」
先程、私の事を昔の名前で呼ぶなと怒ったが、彼の寝顔を見ていると、思わず昔の呼び方で呼んでしまった。
はっと気が付いて、周囲の気配を探る。
魔力探知を行うが周囲に反応はない。一先ず安心した。
「××××?」
掠れた声で、頭をもたげる第二王子は、まだ眠そうだった。少し潤んだ瞳が色気を孕んでいる。
また間違えているが、私も間違えたばかりなので、どうにも怒る気になれない。
「リリス。」
暫くすると覚醒したのか、はっきりとそう呼んだ。
リリス。そう私はリリスだ。
改まって呼ばれ、居ずまいを正す。
「戦が始まる。」
その言葉にはっとした。
あの噂は矢張、本当であったのだ。
言葉を失う私に、第二王子は言った。
「いっそのこと、国外に亡命するか。共に来いと言われれば、お前はどうする?」
彼の質問の真意を探ろうとするが、分からない。
もしかしたら国内の裏切り者でも探しているのだろうか。彼が逃げることを想像するよりもそちらの方が想像に易かった。
「冗談だ。」
冗談。
成る程。
「逃げられないだろう。」
私も、お前も。と続いた気がした。
「いいえ。逃げないのではありません。諦め切れないのです。アドラー家の令嬢は死にましたが、亡霊となって復讐を誓いました。」
貴方も似たようなものでしょう?と声には出さずに見ると、無機質な瞳がこちらを見返していた。
第二王子が果たしこ王になることを望んでいたのかは知らないが、それでも、現状のような結果は望ましく無かった筈だ。
塔に閉じ込められていないだけましだと、冗談のようなことを言っていたが、このままいけばいつ他派閥によって投獄されるか殺されるかも分からない。
王家の争いはいつだって血生臭いものなのだから。
「始まるのはいつ頃でしょうか。」
「開始の時期は詳細には分からない。けれど今回も前線に送り込まれるだろう。」
「どうして殿下ばかり危険な場所に行かされるのでしょう。」
「仕方ない。私は権力争いに負けた。危険な場所に派遣されるのは最もなことだ。もうよっぽどのことが起きない限り、王座は私には回ってこないだろうな。」
王座という言葉を、私は彼から初めて聞いた。
「やはり、玉座に興味がおありですか?」
「.......そうだな。」
元々、王にと乞われていた人だ。やはりそう簡単に諦められるものでもないのだろう。
しかし彼が今王座を求めたところで、どうしようもない。
彼の派閥はもう殆ど無いに等しい。宮廷での立場を新しく作るのも現状難しいだろう。
「それでも、今は大人しくしていた方が良いでしょう。」
「いつか私にも運が回ってくると?」
「分かりません。殿下次第です。」
少なくとも今動けばかなりの確率で失敗するだろう。
「反対はしないのだな。お前は兄上に情があると思っていたが。」
「第一王子殿には、良くしていただいさいますが、貴方の王位継承はアドラー公爵家の悲願でしたから。」
元々夫であり主君となる予定のあった人だ。彼のことは小さい時から懸命に支えよと言われてきていた。そのため、王になりたいと望まれれば尽力することは吝かではなかった。
勿論、私の復讐が優先ではあるが。
「アドラー公か。」
第二王子が昔を懐かしむように言った。お互い色々ありすぎて、あの時のように綺麗なままではいられなかった。
夫と妻といま立場でなら兎も角、こうして汚れた関係で身体を結ぶと誰が考えていただろうか。
父が知ったら怒るかもしれない。
だけどお父様、私にはもうこの道しか残されてないの。
必ずや復讐を完遂しますから、どうか私を見守っていてください。
どちらともなく手を重ねる。こうしていると幼い頃、魔法の発動に失敗し泣いていた私を慰めてくれたのを思い出す。
『××××。大丈夫だよ。泣かないで。』
慰めてくれた手はこんなに冷たくなかった筈だ。
『君は僕のお嫁さんになるんだろう?それなら将来はきっと素敵な国母になるね?』
そう言って二人で笑い合った日々は幻ではなかった筈だ。
『見てよ××××!君の弟が僕の名前を呼ぶんだよ!きっと立派な臣下になるだろうね。』
小さな弟が初めて彼の名前を呼んだ時、本当に嬉しそうだったのに。
『兄上も伯父上も僕には優しいんだ。だからきっと××××にも優しくしてくれるよ。不安に思わなくて良い。』
王族に入ることを不安に思う私を、そう言って慰めてくれたのに。
『××××!すごいや!もうそんなに魔法を使えるようになったのか?大人になったら王妃ではなく、宮廷魔法使いになるかい?』
新しい魔法を覚える度に自分のことのように喜んでくれた。
キラキラとした思い出が、重ねた手の平から流れてくるようだった。
「殿下。私をお使いくださいませ。諜報としてでも、単純な戦力としてでも構いません。どうかお好きなように私をお使いくださいませ。」
父に望まれたように、彼の妻となることはもう出来ない。
けれど、彼になら使われても良い。家族の悲願の為だけではない。それだけ、私と彼には共有する思い出や苦悩があった。
そして、彼の望みを叶えることが、私にとっての復讐になるだろうと、そう確信していた。
「リリス。私はお前の復讐を優先はしないぞ。」
「そうでしょうね。貴方はそういう方ですから。」
「......意に沿わぬ相手に情報を得るために身体を許せと命令するかもしれない。」
「元よりそういう仕事ですので。」
「戦場で人を殺せと命じることもあるやも。」
「あの時に既に人殺しは経験済みです。」
追手から逃げながらの生活を思い出す。襲われたので仕方なかったとはいえ、何人も殺していた。
「分かった。今後は頻繁に連絡を取り情報の交換を行う。私の指示した通りに動け。分かったな。」
それと、と付け加えられる。
「中途半端はするな。冒険者をやるならS級くらいになっておけ。新しい魔法を覚える必要があるなら言えば良い。魔導書くらい、何とかしてやる。」
魔導書は高いので助かる。お礼を言うが首を傾げた。
「何故私が冒険者をしていることを知っているのですか?」
「以前、アルムブルクに用事があった時に踊り子と呼ばれる女冒険者を見かけた。金色の仮面、お前の手作りだろう。相変わらず器用なんだか不器用なんだか分からない出来だな。」
成る程。仮面を見てバレたらしい。私の制作物は昔から何というか、控えめに言って、物自体の完成度は高い。しかし絶妙な絵心のせいでかなり微妙な出来になることが多かった。
最早市販品の方が目立たなくて良いのではないかと思うが、金色の仮面にもそれなりに愛着が沸いている。
今更変えようとも思わなかった。
「けれど、S級ですか。無理かもしれませんよ?」
あと一つ上なだけと言っても、その差は歴然としている。
私はマスターのように単騎で突っ込むには向いていないし、化け物じみた力もない。
「魔法使いの強さは魔力量や使える魔法の多さにあらず。だろう?」
昔好んで読んでいた「魔法分析学」の作者の言葉だ。
「そのような事まで覚えていてくださっていたのですね。」
「寝物語に読めとねだったのはお前だろうに。」
そうだったか。覚えていない。
「リリス。もう疲れたか?」
首を振ると、またカウチが軋む音がした。
3
お気に入りに追加
147
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった
ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます!
僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか?
『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』
勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!
よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です!
僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。
つねやま じゅんぺいと読む。
何処にでもいる普通のサラリーマン。
仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・
突然気分が悪くなり、倒れそうになる。
周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。
何が起こったか分からないまま、気を失う。
気が付けば電車ではなく、どこかの建物。
周りにも人が倒れている。
僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。
気が付けば誰かがしゃべってる。
どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。
そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。
想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。
どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。
一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・
ですが、ここで問題が。
スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・
より良いスキルは早い者勝ち。
我も我もと群がる人々。
そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。
僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。
気が付けば2人だけになっていて・・・・
スキルも2つしか残っていない。
一つは鑑定。
もう一つは家事全般。
両方とも微妙だ・・・・
彼女の名は才村 友郁
さいむら ゆか。 23歳。
今年社会人になりたて。
取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。
僕の秘密を知った自称勇者が聖剣を寄越せと言ってきたので渡してみた
黒木メイ
ファンタジー
世界に一人しかいないと言われている『勇者』。
その『勇者』は今、ワグナー王国にいるらしい。
曖昧なのには理由があった。
『勇者』だと思わしき少年、レンが頑なに「僕は勇者じゃない」と言っているからだ。
どんなに周りが勇者だと持て囃してもレンは認めようとしない。
※小説家になろうにも随時転載中。
レンはただ、ある目的のついでに人々を助けただけだと言う。
それでも皆はレンが勇者だと思っていた。
突如日本という国から彼らが転移してくるまでは。
はたして、レンは本当に勇者ではないのか……。
ざまぁあり・友情あり・謎ありな作品です。
※小説家になろう、カクヨム、ネオページにも掲載。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる