上 下
18 / 136

生意気な少年1

しおりを挟む





雪祭りは眠くなった子ども達から徐々に脱落していき、冷えきった夜中に大人だけで盛り上がる。


私はというと、脱落組にこっそり混ざって出てこようとしたところをネストラ婆様他、村人達にがっしりと掴まれて引き留められた。


結局朝まで呑めや歌えやのどんちゃん騒ぎに巻き込まれ、次の日の夕方までぐっすりと寝ることになった。







―――――――――



夜中にこっそり村を抜け出そうとした時、誰かの気配がして足を止めた。


「こんな襲い時間にお出掛けですか?リル様。」


ゆっくりと歩いてきたのはルイで、肩をすくめて振り返る。


「貴方こそ、子どもはもう寝る時間でしょう。」


「俺はもう子どもではありません。」


「そう言ってるうちはまだ子ども。」


雪が止んで月が出ていた。その明かりに反射した瞳に睨まれて、どうしてか動けなくなった。


「リル様だって、俺達とそう歳が変わるわけでもないでしょう。」


「5つ6つ違えば十分じゃない?」


段々と近付いてくるルイが、もう見上げる程に大きくなっていることに気が付いた。

初めて会った時はまだ私よりも小さかったのに、いつの間にこんなに大きくなったのだろう。


頭の中のルイはまだ小さくて生意気でどうしようもない悪餓鬼だった。


目の前の彼と全く繋がらない。


ばっと腕を強く捕まれる。それだけで動けなくなった自分が怖かった。とても弱くなった気持ちがして不安になる。


「仕事に、行かなければならないの。」


だから放して、と言うが余計に強く捕まれた。


「仕事って何ですか。どこに行くのかも、何をしてるのかも、いつも教えてくれないじゃないですか。」


痛くなる腕よりも、泣きそうになっているルイの言葉が辛かった。


私の仕事の事なんて、言える筈が無い。知っているのもネストラ婆様だけだ。

話したら軽蔑されるかもしれない。もう村に来れなくなるかもしれない。それが怖くて、打ち明けることが出来ずにいた。

リリスとしての自分は、正直この仕事を気に入っているのだけれど、リルとしては自分でも分からない。


辛い、こともあるのだとは思う。

感情がぐちゃぐちゃになって、分からなくなる。



「俺、覚えてる事があるんです。」


何も言わない私をルイは真っ直ぐに見つめた。


「もう何年も前。俺がこの村に来たばかりの頃。一回だけ、リル様が夜中に酔って村に来たことがあったんです。」


そんな事があっただろうか。

良く覚えていなかった。

私は余り酒に酔う体質ではなく、どちらかと言えば強い方だったから、そんなに酔うことなんて滅多にない。それだけ呑んだ日なら覚えていてもおかしくないのだけれども、酔いすぎていたのか記憶にない。


「村の人達もランダもディーンも寝てたけど、俺は起きてて、リル様が帰ってきた事に気が付いて悪戯しようと思って部屋に忍び込んだんです。そしたら。」


ふっと息を吐く。


「貴女から男物の香水の匂いがしました。それもかなり高級な。」


「ルイ。」


腕が痛くて、名前を呼んでみるが意味は無かった。

月光だけが、静かに私達に降り注いだ。


「俺はスラムで育ちました。生きていくためにスリだって何度もやりました。金を持っている人間を見分ける方法の一つに香りがあるんです。高い香水を付けてる人間は金を持っている。金持ちを狙うのはリスクはあるけどリターンも大きい。

貴女からしたのは何度も嗅いだことのある、王都の金持ちの間で流行っていた香水です。どうして貴女から、男物の香水の匂いなんてしたのでしょう。あの時は分からなかったけど、今なら分かります。」


「ルイ。お願い。放して。」


私を掴むルイの指も白く変色していた。

私は良い。怪我なんてすぐ治せる。

だけどルイが痛そうだから、放して欲しかった。


「行かないで。」


ルイの冷たくも感じる瞳から涙が一筋落ちる。


「貴女を苦しめるものの所に行かないでください。お願いです。仕事のことは誰にも言わないから、だから行かないで。」


ルイの子供の時のような口調に、ハッとした。

私は大人だ。なのに子供に気を遣わせて、苦しめて。一体何をしているのだろう。


「ルイ。落ち着いて?ね?」


彼の涙を指の腹で拭った。

子供の時のように頭を撫でる。

あの時は頭を撫でるのは簡単だったのに、今は背伸びをしなくてはいけない。

全く、大きくなり過ぎるのも辞めてほしい。慰めることも出来なくなるじゃないか。


「ごめんなさい。リル様を困らせるつもりなんて無かったんです。リル様が辛そうだったから行かないで欲しかっただけなんです。だからそんなに固くならないでください。」


私は今、どんな顔をしているのだろう。

きっと変な顔をしているに違いない。


仮面を被っていて良かった。

この子に、酷い顔を見られなくて済むから。


「私は大丈夫。今までごめんなさい。辛い思いをさせてしまったね。」


大丈夫だから、と繰り返すと落ち着いてくる。


「ごめんなさい。」


落ち着いたルイに慌てて腕を離される。ちょっと赤くなっていそうだが、暗いので分からなかった。


「ちょっとだけ話そうか。」


まだ夜が明けるまで時間はある。

村の中に、上手く渡ると教会の屋根の上に乗れる場所がある。初めに木をよじ登らなければならないので、雪が積もる冬には村の人達は殆んどやらないが、悪餓鬼を追い掛けていた私には余裕だった。

そして元悪餓鬼も苦戦すること無く登ってくる。


「綺麗な空だね。」


見上げると、吸い込まれそうなくらい澄んだ光を放つ月とキラキラと輝く星空があった。


「こうして二人で話すのも久し振りだね。」


教会の屋根の上に、二人でならんで座る。


「リル様、どうして仮面を付けるようになったんですか?初めの頃は付けてなかったのに。」


元々はリリスの姿絵が勝手に売られ始めて、顔を隠すために始めたことがきっかけだった。だけど。


「私が私であるため、かな。これがあればリルでいられるから。」


仮面は私にとって、もう無くてはならないものになっていた。


リリスとリルを分けるのに、仮面が必要になっていた。

仮面で分けていない時は自分の中のリリスとリルが酷く曖昧で、自分が今どちらなのか分からなくなっていた。ルイが見たのはそんな時だったのだろう。

完全に自分の中で分けるようになってから、『男』の気配を消せるようになった。


「久し振りに顔が見たいと言ったら、困りますか?」


「駄目。もう見せないって決めてるの。」


今はまだ見たことがないだろうけど、いつか村を出たときに私の姿絵を見てしまうかもしれない。

その時に少しでも私だと気付かないでいて欲しいから。


「顔を見せないで忘れさせようっていう作戦だったら無駄ですよ。俺が貴女の顔を忘れるなんてあり得ません。昨日は皆にとって貴女は恩人で母であり姉のような人と言ったけれど、俺は母や姉のようだなんて思ったことありません。俺は.....」


きっぱりと言い切る彼。続く言葉は人差し指を彼の唇に当てて言わせなかった。


「知ってる。知ってたよ。ルイ。」


だから余り会わないようにしていたのに。

いつの日からか彼の私に対する態度が変わった。そのくらいからだろうか。視線も変わってきたのは。


仮面を付けた後だったのに、本当に変わった子。


会わなければ消えると思っていた感情が、こんなに大きくなっているとは思わなかったけど。いつかこんな時が来るんじゃないかと何処かで思っていた。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

パンツを拾わされた男の子の災難?

ミクリ21
恋愛
パンツを拾わされた男の子の話。

美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった

ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます! 僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか? 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

職場のパートのおばさん

Rollman
恋愛
職場のパートのおばさんと…

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

処理中です...