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二人の休息
しおりを挟む「お姉様!わたくし、しっかり活躍しましたわ!」
ギルドに戻るとラダが待っていた。
初めての依頼の筈だったが、かなり早く終わったらしい。
「お疲れ様です。」
「冒険者って野蛮な方が多いイメージでしたが、意外とそんなことも無いのですのね。皆様優しくしてくれましたわ。」
C級のパーティーに混ざったということもあり、しっかりした人達が多かったのだろう。
魔法使いのいない冒険者パーティーにとって、数少ないフリーの魔法使いに嫌われることのデメリットも多い。
そう嫌な目には遭わない筈だ。
「わたくし、冒険者に向いてるみたいですわ!パーティーの方々もいつもより早く終わったと喜んでくれましたの。」
「楽しかったようでなによりです。」
ニコニコとするラダの頭をポンと撫でる。
「あの!踊り子様!」
声に驚いて振り向くと少年剣士がいた。
「今日はお役に立てずすみませんでした。」
バサッと頭を下げられる。
「魔法使いにとって素早く動く敵に対峙する時にはタンクが必要なのです。今日は貴方がいてくれて助かりました。」
役に立たないなんてとんでもない。後半は私が考え事をしていたせいで、逆に迷惑を掛けてしまった。
前のパーティーで酷い目に遭った彼は、パーティーというものに対してトラウマがあるのかもしれない。
私の配慮が足りていなかったな、と思う。
二人して頭を下げていれば、ラダにケラケラと笑われる。
「お姉様、それにそこの人も。考えすぎですわ。取り敢えずご飯にしませんこと?」
わたくしお腹が減りましたの。と言われ、少年剣士と二人、視線を合わせて苦笑いをした。
「お姉様、こちらのお肉も美味ですわ。」
適当に入った店で腹を満たすことにした。
ラダは見かけに拠らず、大食いだ。そんなところは以前から変わっていなかった。
山ほど肉を抱えては、嬉しそうにかぶり付いている。
顔を隠すため個室を取り顔が隠れる程の仕切りをお互いの間に立てる。
「貴方もお食べなさい!」
「あ、ありがとうございます。」
何故かラダに引っ張って連れてこられた少年剣士も、居心地が悪そうにもぞもぞと動きながらも座っていた。
目の前に大きな肉の塊を置かれて、声が強張っている。
「お姉様の前衛をするというのに、その貧弱な身体付きではいけませんわ。もっと食べて大きくなってくださいな。」
ラダなりの善意らしい。
確かに少年剣士は線が細く、16という年齢の割には背丈も小さい。
「それで、初めての依頼はどうだったの?」
「わたくしが初めての依頼ということで気を遣って頂き、D級のゴブリン討伐に行きましたの。」
E級の依頼ではなく、いきなりD級の依頼に行ったらしい。
E級の依頼は、街の中のお手伝い、といった具合のものが多く、魔法使いの出番が少ない。
中級の攻撃魔法が使えるということは、本来ならばB級冒険者になれてもおかしくはない。しかし、自分よりも一つ上までのランクの依頼にしか行けないというルールがあるため、D級の依頼に行ったようだった。
ラダならばすぐにランクは上がるだろうが、まだ初日だ。
群れていたゴブリンを魔力探知で見つけ、魔法で一掃したらしい。
「わたくしもたまにはこの街に来ようかしら。」
冒険者として、というラダに私は何も答えることが出来なかった。
私と同じように転移魔法で移動するラダだが、魔力が余り多くはない。
母親がダークエルフの血を引く娼婦であったらしいが、父親が誰か分からない彼女は、その辺りにいる貴族よりも魔力の量でいえば劣る。
アルムブルクは近郊に貴族が住んでいるような街ではない。領都もかなり遠い。客を取ってから転移魔法で移動してまで来るのは負担になるのではないだろうか。
久しく会っていなかった妹分の心配をするのは今更かと思うが、それでも心配にはなる。
「お姉様、心配には及びませんわ。無理せずわたくしの来れるときに、という意味ですので。『お仕事』には支障は出ませんから。」
私に向かい、ラダが言った。
「貴女にも、息抜きになる場所は必要でしょうから、私は何も言いません。」
彼女の客は余り良い噂のない貴族ばかりだ。
辛い目に遭うことも多いのかも知れない。
彼女はそれを耐えてきたのだ。心配しつつ連絡を取らなかった私が、彼女に言えることは無かった。
「お姉様に会えることも増えますのね!嬉しいですわ!」
「お二人は普段は余り会わないのですか?」
積まれた肉を齧りながらなのか少し滑舌の悪くなった少年剣士が言った。
「私たちは家業を手伝いをしているのですが、地方を飛び回る仕事でして、普段は余り会うことが出来ないのです。今日もたまたま再会して、という具合でして。」
半分は嘘だが、半分は本当だった。
本当にお互い飛び回っていて余り会うことはない。今日だって凡そ三年ぶりの再会だ。
久し振りに会えたことが嬉しいのはラダだけじゃない。私だって嬉しい。
「成る程。そうなのですね。ところでこの仕切りは必要なのでしょうか...」
当然の疑問だった。
寧ろ何故今まで触れなかったのかは謎である。
「お姉様が何のために普段仮面を被っているとお思いで?」
事情があるのだから察しろと、ラダが圧を掛ける。ちなみに顔を見られて都合が悪いのはラダも同じである。
「すみません。事情がありまして。マスターにも顔を見せたことは無いのです。」
「す、すみません。」
だったら一緒に食事を取る意味も無かったのでは、と思わなくない状況であるが、私はご飯は食べることが出来るなら何でも良いので別段言及することはない。
少年剣士だけが矢鱈と居心地が悪そうだった。
ここの代金は彼の分は私が持とうと思う。余りにも哀れだ。
その後、少年剣士はラダに今日の依頼についてや、冒険者について聞かれていた。
少年剣士の方もラダに行ったことのない地域の話を聞いては興味深そうにしている。意外と相性の悪くない二人の話を私は食事を取りながら、たまに相槌を打ち、穏やかな時間の流れを感じていた。
店を出て少年剣士と別れる。
ラダは同じ宿の同じ部屋に泊まるらしく、もう宿屋との話し合いはついているというので(先に依頼が終わったラダが確認していたらしい)、一緒に宿に向かう。
すっかり暗くなった道を並んで歩く。
「お姉様とこうして過ごすのも久し振りですわ!」
「お互い、こうして休息らしい休息を取ったのも久し振りですから。」
「お姉様はどうして休んでいるのです?」
「ちょっと、仕事に疲れてしまいまして。」
「お姉様でも、そんなことがあるのですね。」
年季が明けるまで、支払いに負われているのはお互い様だろう。
いつ終わるとも分からない地獄の日々の中で、絶対に払えないと思われるくらいの借金を無理矢理背負わされて。
休息なんて取りたくても取れるわけではなかった。
次のお客様に呼ばれるまでの数日が休息になることもあるが、行ったことのない場所に呼ばれて馬車や徒歩で向かわなければならないこともある。
休んでいる暇なんてなかった。冒険者としての収入もそれなりにあるが、それだけでは全然足りなかった。村に渡すお金のこともある。
借金のある身で慈善事業のようなことをしているのが悪いのかも知れないが、公爵令嬢として力があった時、私は幼くて世間がどうなっているのかなんて全く知らなかった。
戦争によって苦しんでいる人達がいることも、女性や子どもなどの力を持たない人々がどんな生活を送っているのかも、何も知らなかった。
今更こんなことをして何になるのか、とも思う。
けれど、私の敬愛するお父様ならきっとこうしていただろうと、私は間違っていないと思うために、そして娼婦として仕事を続けるために、生きていくために、私には理由が必要で、それがあの村なのだ。
だから私には金が必要で、仕事を休む間冒険者をするのも、自分の為の最低限の収入を得るためでもあった。
私の泊まる宿は、質素な所だ。
一応個室ではあり、その分値は張るが贅沢な作りではない。バスタブなんてついてない。水場はあるのでそこで身を清めるくらいで、ベッドも固く、寝心地が良いとは言い難い。
それでも公爵令嬢でも、リリスでもない私にとって、こういう宿が一番分不相応だと思っている。
ラダも娼婦の子どもで身分としては奴隷だったので、文句は言わない。寧ろベッドがあることに喜んでいた。
「わたくし、落ち着いてベッドで寝られるなんて久し振りですわ。」
ラダは他国から売られてきたこともあり、掛けられた借金の額が私よりも多い。
他に副収入になるようなこともしてなかったようで、かなり切り詰めた生活をしていたようだ。
「お客様から沢山お金が貰えても、結局のところお客様の前で着る服や準備するものや普段の食費に生活費にと色々出費は重なりますからね。」
「ほんっとーにそうですわ。仕事に行く度に下着に金貨何枚も掛けるなんて、思ってもみませんでしたわ。」
下着が高い問題は、女子ならではの悩みだろう。普通に生活する分には何でも良いのだけれど、私達は娼婦で相手は貴族。
お客様に現実を忘れさせるのも仕事のうちの一つで、着古した下着は付けられないどころか、同じお客様の前で同じ下着を着続けるのでは、何だか貧乏臭いと思われてしまう可能性がある。
「相手は高位の貴族ですからね。私たちはお客様の標準に合わせなくてはいけません。」
私だって馬鹿らしいと思っている。
普通女性は下着としてコルセットを付けていることが多いが、それに飽きているお客様も多い。なので私達は特注でレースを使った下着を作っていた。
大金を出して下着や衣装を買ってお客様にだけ喜んで貰って。
そして一晩過ぎればそれはただの布切れにも等しい価値の物になってしまうのだ。
貴族は飽きるのも早い人が多い。困ったことに次から次へと新しい刺激を提供しなければ飽きられてしまう。
本当に馬鹿みたいだ。
「分かってはいるのですが、勿体無いと思ってしまうのですわ。」
「売れば良いと思いますが?」
事も無げに言えば、ラダが驚く。
「使用済みの下着を売るなんて出来ませんわ。」
「使用済みの下着というのも収集家に需要がありますよ?私達は有名人ですから、私達のお客様にはなれない商家の方とか、継承権のない貴族の方とか。」
「お姉様って本当に逞しいところがおありですわよね。...本当に困ったら考えますわ。」
引いた様子のラダに、洗ってない着古したものの方が喜ばれることもあるなんてことは言えなかった。
世の中には本当に、私の理解の及ばない性癖の人もいるのだ。
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