10 / 136
愛の女神の名前を付けられた彼女
しおりを挟む数日間、私は毎日2~3件の依頼をこなす日が続いた。マスターの依頼の手伝いをすることもしばしばで、思い切り暴れ魔物にイライラをぶつけられる。そんな日常が荒んだ心を少し癒してくれた。
そんな中、宿でゴロゴロしているときに第一王子からの手紙が届いた。
どうやらバルド伯爵領でのリリスの噂を聞いたらしい。身体は大丈夫か。辛くないか。何かあったらいつでも言って欲しい。出来れば会いたい。と鳥型の魔獣が運んできた手紙には書いてあった。
第一王子は何故か私に惚れている。
そして私は彼を利用して、私の家が没落した本当の理由を探ろうとしていた。
探ると言っても、下手に怪しまれてはいけない。怪しまれて探られれば、私はまたいつ殺されるか分からない生活を送ることになるかも知れない。
『アドラー公爵家の令嬢』はもう死んでいる。今更生きているかもなんて思われる方が迷惑だ。
第一王子に何と返信をしようか考える。
まだ暫く休みたい気持ちが大きい。それにギルドの依頼も溜まっているので消費したい。
『親愛なる第一王子様。
私のことで心労を掛けてしまったようで、大変申し訳ありません。
殿下にご心配頂け、私も幸せにございます。
しかし、先日の仕事で出来た傷がまだ少し痛みますので、もう暫くお休みを頂ければと思います。
雪の降り積もる前にはお逢い出来るように身体を癒します。
殿下に会えるのが今からとても楽しみです。
これから寒くなりますので殿下もご自愛くださいね。』
本当は傷なんか跡形も無く治っているし、もう痛まないが、リリスは回復魔法が使えないことになっている。バルド伯爵の仕打ちがあまりに酷くて一度使ってしまったような気がするが、バレてなかったので大丈夫だろう。
回復魔法が使えないのならばまだ治っていない程に痛め付けられていた。それは第一王子も聞いていたのだろう。手紙の内容もかなり心配しているのが分かる。これでバルド伯爵が王子から不信感を持たれて派閥が崩壊してしまえば良いのに。
高い金を払ってるんだから、と酷く扱う客は他にもいるがあそこまで腐った奴は中々いない。
他の『公娼』に比べて私にはそういった手合いの客が多いように思う。
そう言えば、久しく他の公娼達には会ってない。
元気にしているだろうか。
彼女達は商売敵だが、お互い仲が悪いということはない。久し振りに会いたいなと思うが、王都に定住しているのが一人で他は私と同じように旅をしている。
それにお互い忙しいため、会うのも中々難しかった。
ギルドに向かう為に街に出れば、人だかりが出来ていた。
どうしたのだろうと野次馬に混ざって見てみると、女が一人、冒険者の男と言い争いをしている。
「ぶつかってきたのはそちらでなくて?」
顔の半分をベールで覆った女が言った。この辺りでは見たことがない。他の街から来たのだろう。
移民なのだろうか。この国では余り見られない浅黒い肌の色をしている。
ただの揉め事のようだ。すぐに衛兵が来るだろう。放っておいても平気そうだなと思っていると、女が何故か私を見て近付き腕を引かれた。
「金色の踊り子様!わたくし言い掛かりを付けられて困っていますの。助けて頂けませんか?」
私はそれなりに有名人だが、それでも街の外から来た人間が一目見てそれと分かるだろうか。
疑問に思うが、冒険者と対峙する形になってしまった私は面倒事に巻き込まれてため息を吐いた。
私を見た冒険者はビクリと肩を動かす。身に付けている紋章が違うので他のギルドのメンバーのようだが、向こうは私を知っているらしい。
「二人とも別に怪我をしているというわけではなさそうなので、お互い様ということで引いて頂けませんか?」
仲裁をするのも面倒臭くて、取り敢えず強引に終了させてみる。
冒険者の方はすんなり引いた。舌打ちをして人混みに紛れていく。別のギルドメンバーと揉め事をするのは誉められた事ではない。
下手をするとギルド同士の揉め事になる。今この状況下でそれは望ましくなかった。
引いてくれて私の方も安心する。
冒険者が立ち去ると、集まっていた野次馬も散っていった。
「ありがとうございます。」
女の方もほっと息を吐くと、私に向かい礼を言った。それじゃあと立ち去ろうとするも、腕を引かれる。
バランスを崩した私の耳元で、
「流石リリスお姉様ですわ。」
と言われた。
リリスお姉様。私のことをそう呼ぶのは一人しかいない。
私は急いで彼女の手を引いて、人気のない路地裏に入る。彼女の顔に掛かるベールを剥ぎ取り、確信した。
「貴女、もしかして、ラダですか?」
愛の女神の名前を付けられた彼女は、私の記憶ではまだ幼さを残した少女であった。
「覚えていてくださいましたのね!」
嬉しそうに笑うラダ。
確かに幼い頃の面影はあるような気がする。私が最後に会ったのは彼女が公娼になってすぐの事だったので、もう三年も前だろうか。
当時まだ14歳だった彼女は、娼婦として売り出される前に公娼になった謂わば特例中の特例で、現在最年少の公娼だ。
当時はまだつるぺただった部分が大きな果実となり、大人の色気のような物を身に付け始めていた。
三年も会っていなければ、一目ではそれと気が付かない程に、女というものは変化する生き物だ。
少し尖った耳が特徴的なこの少女は、ダークエルフとの間の子ということで、整った顔立ちをしていた。
この世界にはエルフや獣人などの亜人というものがいる。
この国では激しく差別されているため、亜人達も他国に移動してしまい見掛けないが、差別の薄い他国では珍しくもないらしい。
私もラダ以外では見たことも無かった。
ラダは他国の商人からの献上品として王に捧げられたのだが、王に幼女趣味はなく公娼として臣下に下げ渡された。それが彼女が公娼となった経緯であった。
「貴女のことを忘れるわけがありません。」
苦笑いして言えば、フフッと笑う彼女。
「どうして私だと分かったのですか?」
「お姉様の魔力ですもの。間違える筈がありませんわ。」
エルフというのは、魔力の扱いに長けた種族だ。それはダークエルフの血を引くラダも同様で、魔力によって人を判別出来るらしい。
私も魔力の扱いには慣れている方だとは思うが、これは人間、これは魔物というようなざっくりした物しか分からない。
一度体内に取り込んだ者の魔力、つまり身体を交えた男のものであれば判別は付くがそれ以外だとさっぱりである。
「たまたま立ち寄ったこの街でお会い出来て嬉しいですわ。」
ガバッと抱き付かれる。
それで彼女はかなり距離の近い子であったのを思い出す。見た目は大人になったというのに、変わってないのだなとまた苦笑いをしながら身体から剥がした。
「でもどうして私が『金色の踊り子』だと?」
彼女は最初、私のことを『金色の踊り子様』と呼んだ。冒険者をやっていることは言ってなかった筈だ。
「お姉様は他の街でも、たまに依頼を受ける金色のお面を被った腕の立つ冒険者がいると有名ですから。それがまさかお姉様だとは思いませんでしたが。」
どこかで私の噂を聞いたのだろう。
近隣の街にも話がいっているとは思わなかったが。
最近依頼を受けまくっていることも起因しているのだろう。
「美しいだけでなくてお強いなんて、流石お姉様ですわ。」
自分の事のように誇らしそうに言うラダに少し照れてしまう。
「ラダはこの街に何の用事で来たのですか?」
この街には客になるような貴族はいない。
こんな片田舎に用のある公娼なんて私以外にいないだろうと思っていたのだが。
「少し、疲れてしまいましたの。お客様には悪いとは思うのですが、少し田舎で休息を取りたくて。」
掠れた囁き声で、ラダが言う。
「仕事が辛いですか?」
聞けば首を振って否定した。
「ただ疲れただけですわ。」
先程は否定していたが、きっと何か嫌なことでもあったのだろう。表情が暗いように思えた。
「私達の仕事はたまには休息を取らなければ、持ちませんから、また頑張ろうと思えるまで休んでも良いとは思いますよ。」
「そう、ですわね。一週間ほどお休みしようと思っていますの。」
意に沿わないことも、客の要望によってはしなくてはならない。
客を取らずにいることは出来るが、金を稼いで借金の返済をしなければいつまで経ってもこの仕事に縛られ続けてしまう。
休み続けることが出来ないのは私も同じだった。
「お姉様も暫くお休みに?」
「あと半月程休みを取ろうと思っています。」
仕事に戻りたくはないが、そう言ってもいられない。雪が降り積もる時期になれば、客からの連絡も減る。その時にまた休息を取れば良い。
「わたしくしもお姉様と一緒に、この街で滞在してもよろしいでしょうか?」
「良いですけど、私は冒険者としての活動もあるので余り一緒にいることは出来ませんよ?」
冒険者、とラダが呟く。
「わたくしもやってみようかしら。良い憂さ晴らしになりそうですわ。」
「んー、あなた戦闘用の魔法使えましたっけ。」
ラダも私と同じく、魔法使いだ。ダークエルフの血を継いではいるが、人間の血も濃いのだろう。魔力はそこまで多くはない。
普段は転移魔法で移動しながら旅をしているため、ある程度の魔法は使えるのだが、戦闘用の魔法が使えたかどうかは記憶になかった。
「一人で旅をしているのですもの。中級くらいまでなら使えますわ。上級から上の魔法は魔導書が高くて買えませんの。」
魔法とは魔導書を用いて覚えることが多い。そして魔導書は魔法の難易度と共に値段が高くなっていく。
私は公爵家にあった魔導書の内容を小さな頃から見て覚えていた為、特級の魔法まで使えるようになってはいるが、少なくとも公娼の給料でも簡単に買えような金額ではない。
しかし、中級魔法まで使えれば冒険者としては十分だ。
「成る程。それなら何とかなりそうですね。」
一緒に行ってみます?と聞けば嬉しそうに頷いた。
2
お気に入りに追加
151
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
病弱少年が怪我した小鳥を偶然テイムして、冒険者ギルドの採取系クエストをやらせていたら、知らないうちにLV99になってました。
もう書かないって言ったよね?
ファンタジー
ベッドで寝たきりだった少年が、ある日、家の外で怪我している青い小鳥『ピーちゃん』を助けたことから二人の大冒険の日々が始まった。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
Sランク昇進を記念して追放された俺は、追放サイドの令嬢を助けたことがきっかけで、彼女が押しかけ女房のようになって困る!
仁徳
ファンタジー
シロウ・オルダーは、Sランク昇進をきっかけに赤いバラという冒険者チームから『スキル非所持の無能』とを侮蔑され、パーティーから追放される。
しかし彼は、異世界の知識を利用して新な魔法を生み出すスキル【魔学者】を使用できるが、彼はそのスキルを隠し、無能を演じていただけだった。
そうとは知らずに、彼を追放した赤いバラは、今までシロウのサポートのお陰で強くなっていたことを知らずに、ダンジョンに挑む。だが、初めての敗北を経験したり、その後借金を背負ったり地位と名声を失っていく。
一方自由になったシロウは、新な町での冒険者活動で活躍し、一目置かれる存在となりながら、追放したマリーを助けたことで惚れられてしまう。手料理を振る舞ったり、背中を流したり、それはまるで押しかけ女房だった!
これは、チート能力を手に入れてしまったことで、無能を演じたシロウがパーティーを追放され、その後ソロとして活躍して無双すると、他のパーティーから追放されたエルフや魔族といった様々な追放少女が集まり、いつの間にかハーレムパーティーを結成している物語!
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった
ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます!
僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか?
『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
僕の秘密を知った自称勇者が聖剣を寄越せと言ってきたので渡してみた
黒木メイ
ファンタジー
世界に一人しかいないと言われている『勇者』。
その『勇者』は今、ワグナー王国にいるらしい。
曖昧なのには理由があった。
『勇者』だと思わしき少年、レンが頑なに「僕は勇者じゃない」と言っているからだ。
どんなに周りが勇者だと持て囃してもレンは認めようとしない。
※小説家になろうにも随時転載中。
レンはただ、ある目的のついでに人々を助けただけだと言う。
それでも皆はレンが勇者だと思っていた。
突如日本という国から彼らが転移してくるまでは。
はたして、レンは本当に勇者ではないのか……。
ざまぁあり・友情あり・謎ありな作品です。
※小説家になろう、カクヨム、ネオページにも掲載。
異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜
KeyBow
ファンタジー
間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。
何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。
召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!
しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・
いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。
その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。
上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。
またぺったんこですか?・・・
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
聖女の私が追放されたらお父さんも一緒についてきちゃいました。
重田いの
ファンタジー
聖女である私が追放されたらお父さんも一緒についてきちゃいました。
あのお、私はともかくお父さんがいなくなるのは国としてマズイと思うのですが……。
よくある聖女追放ものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる