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ダイヤモンド
◆ 13
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「雪乃、好きなの選んでいいから」
念のためにさらっと流し見た値段は、想定の範疇だった。大切な女性に贈るものならば、このくらいの予算は出せる。折しも世間はクリスマスであるし、プレゼントを購入するには丁度いい。
「雪乃?」
問いかけるように視線を投げかけて、意見を促す。だが雪乃は困り果てて助けを求めるように鷹瑛の袖をきゅっと引くだけだ。美しいアクセサリーの数々に女性らしく目を輝かせる様子もない。
クリスマスイブの夜くらい、恋人に甘えてもよいだろうに。
しかし、彼女のそんな奥ゆかしさを鷹瑛は愛しているのだった。
「仕方ないな……」
自らショーケースの中身を吟味しはじめる。
正直なところ、女性もののアクセサリーについて見立てができるほど詳しいわけではない。ただ仕事柄、商品のデザインに対して意見を求められることも多いため、センスはそこそこ磨かれていると思う。ライトを弾き返してきらきらと瞬くシルバーやゴールドと宝石たちを真剣に見比べた。
ショーケースに出ているだけでもさまざまなデザインのものがある。大ぶりで華やかなものから小さく控えめなものまで、金属がそれぞれに優美な曲線を描いて、中央に繊細なカットの宝石を抱いている。
ハートや花がモチーフになっているものが目を引いたが、選択肢からはあえて外す。具体的なデザインのものは、ファッションや年齢で似合う似合わないがはっきり分かれてしまう。鷹瑛としては、雪乃がお守り代わりにできるくらい、シンプルで長く付けられるものを選びたかった。
ゆっくりと移動させた視線が、ある一つのペンダントに吸い寄せられる。小さな円形の台座に小粒の石がはめ込まれただけの単純な意匠。けれども無色透明の石が放つまばゆい輝きは、ほかと一線を画していた。
「これはダイヤですか?」
ショーケースの向こう側の店員にたずねると、彼女はにこやかに応じた。
「〇・三カラットのダイヤモンドで、台座には十八金のホワイトゴールドを使用しております。小粒のシンプルなデザインなのでお洋服にも合わせやすく、大変人気の商品でございます」
流れるような説明を聞いて、ひとつ頷く。
「分かりました。これにします」
「えっ」
脇で小さく驚きの声が上がるが、鷹瑛はにこりと笑ったまま取り合わなかった。高価な贈り物に力いっぱい遠慮されるのは分かりきっている。さっさと購入して取り返しがつかなくなってから強引に受け取らせる算段が脳内ですでにできあがっていた。
「カードでお願いします。一括で」
閉店時間だからだろうか店員の対応もスピーディで、雪乃がおろおろしている間に、伝票にサインまで済んでしまう。
最後に箱とは別にしてもらったペンダントを店員から受け取って、ようやく隣の彼女に向き直った。
「雪乃、後ろ向け」
「氷室課長、あの……」
「早く」
「……っ」
観念して背中を向けると、滑らかなうなじが目の前にさらされる。
チェーンを持った手を前に差し出して細い首の周りを一周させると、慎重に小さな金具をつなぎ合わせた。手を引いて見れば、華奢な鎖が白い首筋に映えて、柔らかな髪を縫い止める髪飾りはこのために用意したのかと思うほどである。
「どうだ?」
店員が持ってきた鏡を背後からのぞき込む。
鏡の中で鎖骨の間に収まるダイヤがキラリと光った。華美にならない大きさが雪乃の雰囲気と調和している。それでいて、飾り気のなかった風貌に上品な輝きが加わった。想像以上に似合っている。
しかし身につけている本人の表情が浮かない。購入まで済ませてしまったのにいまだ納得しきれていないのだろうか。意外と頑固な一面もあったものだ。
「やっぱり、私にはもったいないです……ダイヤなんて……」
「僕はそうは思わないけど。そう思うなら、相応しくなれるように努力しないといけないな?」
挑発的に眉を上げてみせると、雪乃はむっと小さく唇を突き出した。
あやすように頭を撫でて、鷹瑛は鏡越しに真剣な眼差しを向ける。
「このペンダントはいつも身につけておけよ。毎日、肌身離さず。返事は?」
「……は……い。わかりました」
貰ってしまったなら意に反することをするつもりはないのだろう。しぶしぶながらも引き出した承諾に鷹瑛はそっと口角を上げた。
年の瀬が迫るクリスマスイブの夜、閉店時間が少々過ぎてしまったことを謝罪して二人は店をあとにした。
駅にたどり着き改札に入ると、帰宅が逆方向の二人はホームに降りる前に別れることになる。クリスマスイブとはいえ明日も仕事があることを思えば、雪乃の部屋になだれ込むのもよろしいことではない。
ホーム階に向かうエスカレーターの脇で二人は立ち止まった。
「じゃ、また明日」
「あ……氷室課長っ」
簡素な台詞で去ろうとしたところを呼び止められた。踵を返そうとしていた身体を引き戻す前に、雪乃がぺこりと頭を下げた。
「今日は……ありがとうございました。ペンダントだけじゃなくて、私に価値があると言ってくださったこと、嬉しかったです」
鷹瑛がなにか言う間もなく、「それではまた明日」と早口に言って彼女は立ち去ってしまった。エスカレーターで降りてゆく後ろ姿の首元が、ほんのり赤くなっているような気がした。
ふっと、安堵のため息のような吐息をもらしてから、やはり堪えきれずに笑みくずれた。
雪乃が前向きな感情を私的な場面で表したのは初めてではないだろうか。その変化が、想像以上に嬉しい。伝えた言葉のおかげか、はたまたペンダントの効果がさっそく見えたのか。
身につけるものの作用というのは意外に侮れない。特に女性はきちんとしたものを付けているだけで、気分が高揚したり、それに見合った振る舞いをしたりするものだ。
ダイヤのペンダントが、雪乃の中で自信を育てていく核のようなものになればいい。
自らもホーム階へ移動しながら、緩んだ口元をさり気なく手で覆った。
念のためにさらっと流し見た値段は、想定の範疇だった。大切な女性に贈るものならば、このくらいの予算は出せる。折しも世間はクリスマスであるし、プレゼントを購入するには丁度いい。
「雪乃?」
問いかけるように視線を投げかけて、意見を促す。だが雪乃は困り果てて助けを求めるように鷹瑛の袖をきゅっと引くだけだ。美しいアクセサリーの数々に女性らしく目を輝かせる様子もない。
クリスマスイブの夜くらい、恋人に甘えてもよいだろうに。
しかし、彼女のそんな奥ゆかしさを鷹瑛は愛しているのだった。
「仕方ないな……」
自らショーケースの中身を吟味しはじめる。
正直なところ、女性もののアクセサリーについて見立てができるほど詳しいわけではない。ただ仕事柄、商品のデザインに対して意見を求められることも多いため、センスはそこそこ磨かれていると思う。ライトを弾き返してきらきらと瞬くシルバーやゴールドと宝石たちを真剣に見比べた。
ショーケースに出ているだけでもさまざまなデザインのものがある。大ぶりで華やかなものから小さく控えめなものまで、金属がそれぞれに優美な曲線を描いて、中央に繊細なカットの宝石を抱いている。
ハートや花がモチーフになっているものが目を引いたが、選択肢からはあえて外す。具体的なデザインのものは、ファッションや年齢で似合う似合わないがはっきり分かれてしまう。鷹瑛としては、雪乃がお守り代わりにできるくらい、シンプルで長く付けられるものを選びたかった。
ゆっくりと移動させた視線が、ある一つのペンダントに吸い寄せられる。小さな円形の台座に小粒の石がはめ込まれただけの単純な意匠。けれども無色透明の石が放つまばゆい輝きは、ほかと一線を画していた。
「これはダイヤですか?」
ショーケースの向こう側の店員にたずねると、彼女はにこやかに応じた。
「〇・三カラットのダイヤモンドで、台座には十八金のホワイトゴールドを使用しております。小粒のシンプルなデザインなのでお洋服にも合わせやすく、大変人気の商品でございます」
流れるような説明を聞いて、ひとつ頷く。
「分かりました。これにします」
「えっ」
脇で小さく驚きの声が上がるが、鷹瑛はにこりと笑ったまま取り合わなかった。高価な贈り物に力いっぱい遠慮されるのは分かりきっている。さっさと購入して取り返しがつかなくなってから強引に受け取らせる算段が脳内ですでにできあがっていた。
「カードでお願いします。一括で」
閉店時間だからだろうか店員の対応もスピーディで、雪乃がおろおろしている間に、伝票にサインまで済んでしまう。
最後に箱とは別にしてもらったペンダントを店員から受け取って、ようやく隣の彼女に向き直った。
「雪乃、後ろ向け」
「氷室課長、あの……」
「早く」
「……っ」
観念して背中を向けると、滑らかなうなじが目の前にさらされる。
チェーンを持った手を前に差し出して細い首の周りを一周させると、慎重に小さな金具をつなぎ合わせた。手を引いて見れば、華奢な鎖が白い首筋に映えて、柔らかな髪を縫い止める髪飾りはこのために用意したのかと思うほどである。
「どうだ?」
店員が持ってきた鏡を背後からのぞき込む。
鏡の中で鎖骨の間に収まるダイヤがキラリと光った。華美にならない大きさが雪乃の雰囲気と調和している。それでいて、飾り気のなかった風貌に上品な輝きが加わった。想像以上に似合っている。
しかし身につけている本人の表情が浮かない。購入まで済ませてしまったのにいまだ納得しきれていないのだろうか。意外と頑固な一面もあったものだ。
「やっぱり、私にはもったいないです……ダイヤなんて……」
「僕はそうは思わないけど。そう思うなら、相応しくなれるように努力しないといけないな?」
挑発的に眉を上げてみせると、雪乃はむっと小さく唇を突き出した。
あやすように頭を撫でて、鷹瑛は鏡越しに真剣な眼差しを向ける。
「このペンダントはいつも身につけておけよ。毎日、肌身離さず。返事は?」
「……は……い。わかりました」
貰ってしまったなら意に反することをするつもりはないのだろう。しぶしぶながらも引き出した承諾に鷹瑛はそっと口角を上げた。
年の瀬が迫るクリスマスイブの夜、閉店時間が少々過ぎてしまったことを謝罪して二人は店をあとにした。
駅にたどり着き改札に入ると、帰宅が逆方向の二人はホームに降りる前に別れることになる。クリスマスイブとはいえ明日も仕事があることを思えば、雪乃の部屋になだれ込むのもよろしいことではない。
ホーム階に向かうエスカレーターの脇で二人は立ち止まった。
「じゃ、また明日」
「あ……氷室課長っ」
簡素な台詞で去ろうとしたところを呼び止められた。踵を返そうとしていた身体を引き戻す前に、雪乃がぺこりと頭を下げた。
「今日は……ありがとうございました。ペンダントだけじゃなくて、私に価値があると言ってくださったこと、嬉しかったです」
鷹瑛がなにか言う間もなく、「それではまた明日」と早口に言って彼女は立ち去ってしまった。エスカレーターで降りてゆく後ろ姿の首元が、ほんのり赤くなっているような気がした。
ふっと、安堵のため息のような吐息をもらしてから、やはり堪えきれずに笑みくずれた。
雪乃が前向きな感情を私的な場面で表したのは初めてではないだろうか。その変化が、想像以上に嬉しい。伝えた言葉のおかげか、はたまたペンダントの効果がさっそく見えたのか。
身につけるものの作用というのは意外に侮れない。特に女性はきちんとしたものを付けているだけで、気分が高揚したり、それに見合った振る舞いをしたりするものだ。
ダイヤのペンダントが、雪乃の中で自信を育てていく核のようなものになればいい。
自らもホーム階へ移動しながら、緩んだ口元をさり気なく手で覆った。
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