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僕と彼女とそのお酒①
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なんだよ、ダバダ火振って。
飲み会から帰宅した僕はさっそくその銘柄についてスマホで調べていた。名前からして強そうだなと思っていたら、それもそのはず、日本酒ではなくて焼酎だった。
めずらしいことに栗を原料にしたお酒で、まろやかな口当たりが飲みやすく、通にも人気らしい。ほんのりとした甘みがあるとも書かれているが、アルコールに強くない僕から言わせてもらえば「でも、焼酎なんでしょう?」である。
焼酎を飲んだことは人生で一度くらいしかない気がするが、口に含んだ瞬間、カッと広がる強い香りと熱さは鮮明に印象に残っている。まさに飲兵衛の酒。
おじさんが飲むもの、というのはさすがに偏見が過ぎるかもしれない。だが、それをあの頼子さんが……と考えると違和感しかない。
実はおっさん女子?
「いや。いやいやいや。ないだろ」
凛としたたたずまいは清涼な風すら感じられるような女性なのだ。残念な私生活を想像するだけでも畏れ多い。
ひとまず適当な通販サイトで注文しておき、誘い文句にかなり苦心しながらもなんとか家飲みの予定をとりつけた。これをきっかけにほんの少しでも頼子さんに近づけたら、なんてささやかに期待していた。
そうして迎えた次の日曜日、僕は購入したダバダ火振を抱えて頼子さんの自宅へと向かっていた。
初めてのお宅訪問にドキドキしながら呼び鈴を鳴らし、インターホンで「長谷部です」と伝える。すぐにドアが開き、エプロン姿の頼子さんが現れた。
「いらっしゃい。どうぞ上がって」
「……あっ、おじゃまします」
初めて見る格好に一瞬呆けていた僕は、あたふたと部屋に上がる。玄関からドア一枚隔てた先は広いリビングダイニングになっていた。白を基調に柔らかな色合いでまとめられていて女性らしさを感じる部屋だ。
「もう少しだから座って待ってて。寒くなってきたからお鍋にしてみたの」
ダイニングテーブルを指し示し、頼子さんはキッチンに戻っていく。それを目にした僕は心の中でガッツポーズを決めた。
家飲みの約束をしたときに「長谷部くんがお酒を用意するなら、食事は私が」と言ってくれてはいたが、本当に手料理が食べられるなんて幸せすぎる。
しかも、エプロンがとてつもなく似合っている!
身につけているのは飾り気のないネイビーのものだけど、普段がかっちりしたスーツなので、楚々とした空気が際立っていた。セミロングの髪はシュシュでサイドにまとめてあって、素敵な奥さんという出で立ち。これだけで今日来た甲斐があったというもの。
後ろ姿をこっそりじっくり堪能し、早々に満ち足りた気分になっていた僕は、鍋に向かったままの頼子さんがそういえばと口にした質問にはっとする。
「お酒がなにか聞いてなかったね。なにを持ってきたの?」
「あ、それが、その……焼酎、なんですけど……」
「焼酎?」
コンロの火を止めた頼子さんが振り返った。
「ダバダ火振っていう……あの、お好きだって聞いて……」
おずおずと彼女の表情をうかがう。気のせいか、にっこりした微笑がほんの少し強ばっていた。
「そ、そうなんだ……ありがとう、わざわざ……」
その口調に戸惑いのようなものを感じとり、僕は焦った。なにか気に障ることをしただろうか。
おろおろしているうちに、鍋が運ばれ、食器が出てきて、あっという間に飲み会の準備がテーブルに出来上がる。
こうなっては出さないわけにもいかないので、僕も持参したダバダ火振を開け、頼子さんの分から順に注いでいく。無色透明な液体はただの水のようだけれど、ツンと鼻に来る香りはやはりお酒だった。
「じゃあ、乾杯しようか」
グラスを掲げる様子はすでにいつもどおり。この反応はなにを意味するのだろう。グラスを合わせながら、僕は困惑していた。一方の頼子さんはダバダ火振を飲んでほっこりと口元を緩めている。本当に好きみたいだ。
実際、ダバダ火振は美味しかった。焼酎ではあるので、もっと度数の低いお酒に比べたら全然甘くないし、喉が熱くなる感覚はある。けれど味わいにまろやかさがあるので、思ったほどアルコールのきつさは感じない。
「意外と飲みやすいんですね。焼酎だから、飲めるか少し心配だったんですけど」
驚きを交えた僕の感想に、頼子さんは「でしょう?」と嬉しそうに破顔した。
「私もダバダ火振で焼酎を飲めるようになったの。前は焼酎ってあんまり得意じゃなかったんだけれど、友だちにオススメされて試したらするする飲めちゃって。それからお気に入り」
「分かります。僕も焼酎はアルコールそのものって感じで好きじゃなくて。でもこれは全然そんなことないですね。この味、好きです」
「そう言ってもらえてよかった。長谷部くん、普段はビールとかカクテルでしょう? 無理に私に合わせてもらったら悪いなあって思ったの」
「えっ」と僕は目を見開いた。
もしかして先ほどの微妙な反応はそれ?
飲み会から帰宅した僕はさっそくその銘柄についてスマホで調べていた。名前からして強そうだなと思っていたら、それもそのはず、日本酒ではなくて焼酎だった。
めずらしいことに栗を原料にしたお酒で、まろやかな口当たりが飲みやすく、通にも人気らしい。ほんのりとした甘みがあるとも書かれているが、アルコールに強くない僕から言わせてもらえば「でも、焼酎なんでしょう?」である。
焼酎を飲んだことは人生で一度くらいしかない気がするが、口に含んだ瞬間、カッと広がる強い香りと熱さは鮮明に印象に残っている。まさに飲兵衛の酒。
おじさんが飲むもの、というのはさすがに偏見が過ぎるかもしれない。だが、それをあの頼子さんが……と考えると違和感しかない。
実はおっさん女子?
「いや。いやいやいや。ないだろ」
凛としたたたずまいは清涼な風すら感じられるような女性なのだ。残念な私生活を想像するだけでも畏れ多い。
ひとまず適当な通販サイトで注文しておき、誘い文句にかなり苦心しながらもなんとか家飲みの予定をとりつけた。これをきっかけにほんの少しでも頼子さんに近づけたら、なんてささやかに期待していた。
そうして迎えた次の日曜日、僕は購入したダバダ火振を抱えて頼子さんの自宅へと向かっていた。
初めてのお宅訪問にドキドキしながら呼び鈴を鳴らし、インターホンで「長谷部です」と伝える。すぐにドアが開き、エプロン姿の頼子さんが現れた。
「いらっしゃい。どうぞ上がって」
「……あっ、おじゃまします」
初めて見る格好に一瞬呆けていた僕は、あたふたと部屋に上がる。玄関からドア一枚隔てた先は広いリビングダイニングになっていた。白を基調に柔らかな色合いでまとめられていて女性らしさを感じる部屋だ。
「もう少しだから座って待ってて。寒くなってきたからお鍋にしてみたの」
ダイニングテーブルを指し示し、頼子さんはキッチンに戻っていく。それを目にした僕は心の中でガッツポーズを決めた。
家飲みの約束をしたときに「長谷部くんがお酒を用意するなら、食事は私が」と言ってくれてはいたが、本当に手料理が食べられるなんて幸せすぎる。
しかも、エプロンがとてつもなく似合っている!
身につけているのは飾り気のないネイビーのものだけど、普段がかっちりしたスーツなので、楚々とした空気が際立っていた。セミロングの髪はシュシュでサイドにまとめてあって、素敵な奥さんという出で立ち。これだけで今日来た甲斐があったというもの。
後ろ姿をこっそりじっくり堪能し、早々に満ち足りた気分になっていた僕は、鍋に向かったままの頼子さんがそういえばと口にした質問にはっとする。
「お酒がなにか聞いてなかったね。なにを持ってきたの?」
「あ、それが、その……焼酎、なんですけど……」
「焼酎?」
コンロの火を止めた頼子さんが振り返った。
「ダバダ火振っていう……あの、お好きだって聞いて……」
おずおずと彼女の表情をうかがう。気のせいか、にっこりした微笑がほんの少し強ばっていた。
「そ、そうなんだ……ありがとう、わざわざ……」
その口調に戸惑いのようなものを感じとり、僕は焦った。なにか気に障ることをしただろうか。
おろおろしているうちに、鍋が運ばれ、食器が出てきて、あっという間に飲み会の準備がテーブルに出来上がる。
こうなっては出さないわけにもいかないので、僕も持参したダバダ火振を開け、頼子さんの分から順に注いでいく。無色透明な液体はただの水のようだけれど、ツンと鼻に来る香りはやはりお酒だった。
「じゃあ、乾杯しようか」
グラスを掲げる様子はすでにいつもどおり。この反応はなにを意味するのだろう。グラスを合わせながら、僕は困惑していた。一方の頼子さんはダバダ火振を飲んでほっこりと口元を緩めている。本当に好きみたいだ。
実際、ダバダ火振は美味しかった。焼酎ではあるので、もっと度数の低いお酒に比べたら全然甘くないし、喉が熱くなる感覚はある。けれど味わいにまろやかさがあるので、思ったほどアルコールのきつさは感じない。
「意外と飲みやすいんですね。焼酎だから、飲めるか少し心配だったんですけど」
驚きを交えた僕の感想に、頼子さんは「でしょう?」と嬉しそうに破顔した。
「私もダバダ火振で焼酎を飲めるようになったの。前は焼酎ってあんまり得意じゃなかったんだけれど、友だちにオススメされて試したらするする飲めちゃって。それからお気に入り」
「分かります。僕も焼酎はアルコールそのものって感じで好きじゃなくて。でもこれは全然そんなことないですね。この味、好きです」
「そう言ってもらえてよかった。長谷部くん、普段はビールとかカクテルでしょう? 無理に私に合わせてもらったら悪いなあって思ったの」
「えっ」と僕は目を見開いた。
もしかして先ほどの微妙な反応はそれ?
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