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舞踏会に招かれまして②

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 ――どうしよう、今すぐにエミリオ様にくっつきたいわ。

 エスコートのために触れ合ってはいるものの、二人の間はたいへんお行儀の良い距離が保たれていた。セレナはエミリオの広い胸板をそっと見やって、きゅっと目を閉じる。

 おそらくここが人目の多い王宮の広間などではなく、二人きりの青藍宮の居室だったとしても、夫に抱きつくなどという大胆な行動はとてもとれなかっただろう。女性から積極的に殿方にすり寄るなんてはしたない。そういう価値観が強く刷り込まれているというだけでなく、エミリオに慎みのない女だと思われるのがいやなのだ。

 ――でもわたくしは、もっとエミリオ様に近づきたい。

 身体だけでなく、心も。もっと彼のことを知って、触れて、親密になりたい。
 自分の中に湧き起こる初めて覚える欲求にセレナは困惑していた。

 だから、二人に声をかける人物が現れたとき、そんな自身の内面から意識を逸らすことができてホッとした。だが、そうしていられたのも最初のうちだけだった。

「これはこれはエミリオ様。夫婦仲が睦まじくてたいへん喜ばしいことですね」
「モニエ侯爵」

 微笑みあう夫婦の姿を遠目に眺めていたのだろうか。悠然とした足取りで近づいてきたのは、結婚式以降しばらく顔を合わせていなかった父だった。
 エミリオはセレナに向けるのとは異なる澄ました表情を瞬時に作り、にこやかに応じる。

「おかげさまで、順調な結婚生活を送っている。妻はよく気がつくから、私も青藍宮の者たちもとても助かっている」

 社交辞令なのだと思うが、その如才ない褒め言葉はモニエ侯爵をたいそう満足させたらしい。彼は満面の笑みで深く頷くと自身の娘に目を向けた。

「セレナもよくやっているようだな。顔を見るのは一ヶ月ぶりか。元気な姿を見られて安心した」
「はい、お父様。エミリオ様にはたいへんよくしていただいております」

 わずかに顔を伏せて答えつつ、厳格な父から及第点をもらえたことに安堵する。しかし、再び頭を上げたとき、セレナはぎくりと身体を強ばらせた。娘の全身を捉えた彼の目がほんのかすかに歪められる瞬間を目撃したからだ。

 不快感を滲ませるその表情はすぐさま儀礼的な笑みでかき消されたため、気づいた者はほとんどいないだろう。それでもセレナの鼓動は嫌な感じに速まっていた。

 そもそもセレナが胸の大きさを隠していたのは父の命令である。自分の今夜の装いは、彼の気に入るものではなかったのだ。そのことを悟り、セレナは夫の隣で身を縮こまらせた。

 妻の変化を鋭敏に察し、こちらを見下ろすエミリオの視線を頬のあたりに感じ取る。しかし、前方から控えめな咳払いが聞こえたために、彼の注意はすぐにモニエ侯爵へと戻された。
 父があらたまったように恭しい態度で口を開く。

「エミリオ様はお優しい方なのでお褒めくださいますが、我が娘が殿下にご迷惑をおかけしていないかと私はたいへん案じております」

 言いつけを破った娘を遠回しに非難する言葉に、セレナはぎゅっと身を硬くした。王弟妃となった今、お前の一挙一動はエミリオ殿下の評判に直結するというのに、なにを気を抜いているのだ――そんな父の声が聞こえてきそうだった。結婚して父の目が届かなくなった途端、娘が好き勝手しはじめた。この状況では、そんなふうに見えていてもおかしくない。

 そうではない。自分はエミリオの妻として最善を尽くしている。

 そう主張したい気持ちに駆られるが、その台詞は言い訳がましくしか聞こえないだろう。なによりセレナの発言を押しとどめたのは、自分は妻として最も重要な責務をまだ果たせていないという事実だった。

 唇を引き結んで俯くセレナの腰を、力強い手がぐいと引き寄せる。
 ハッとして見上げると、エミリオの凛々しい口元がゆるく笑みを形作るのが目に入った。彼はたいへん麗しい笑顔を浮かべて言う。

「とんでもないことだ。彼女のような美しく聡明な妻を娶れたことは、私の人生でも最上の幸運だと思っている。彼女をこれほど素晴らしい女性に育て上げてくれたモニエ侯爵には感謝している」

 厚い胸板に頬がぴたりとつくほど身体を密着させられて、セレナは顔を赤らめた。

 周囲から、まあ……というため息が聞こえる。いつの間にやら自分たちは注目されていて、〝どうやらエミリオ様は新妻をたいそう溺愛しているようだ〟なんて噂が明日にでも社交界のすみずみにまで行き渡ってしまいそうな雰囲気である。

 彼の答えを耳にしてモニエ侯爵はぱっと表情を明るくした。

「さようですか。我が娘が殿下のお役に立てているのならば恐悦至極にございます」
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